1555年
誤字報告ありがとうございます。
「小一郎殿、殿がお呼びです」
年も明けた睦月、殿からお呼びがかかる。
その席には、重臣方と平手様(ご隠居)まで出席している。
「今年は戦るぞ」
全員を見回して、宣言する。
「では佐久間、具体的な行動の説明を!」佐久間様は慌てる事なく、しっかりと練られた作戦立案を公表、全員を唸らせた。
「見事なものだ」
平手様(ご隠居)が一番に褒める。
佐久間様、内藤様、蜂屋様、村井様、平手五郎右衛門久秀様も一斉にほめたたえられ、ホッとした表情が見えた。
「でだ、小竹!」
「ワシは何時まで我慢すればよい」
僕に言葉を突き刺さす殿!。
「最低でも1年、いや2年は我慢ください」
「ただ、此方から仕掛けないだけで、相手から仕掛けて来たら受けて立てばよいのです」
「そうか」ニヤリ
「そうですよ」ニヤリ
そう二人は同じ穴の狢であったとかなかったとか。
その後、実働部隊の運用を細部まで詰めてお開きとなる。
そして、作戦開始は卯月から決行される事に、裏作の小麦の収穫時期に青田刈りをスタートさせるのである。
そして「謀反人の織田伊勢守家を討つ!」と固い決意で臨むのであった。
作戦が実行されるのは卯月だから、弥生に入り養蜂とへちまの栽培を新しい村々に広げた説明会を開催!噂を聞いていた村人達は全員が参加する事に・・・
今回も大橋屋さんのご協力の下に全てが順調に終わり、秋の収穫が楽しみだと話していたのが印象的だった。
その時、偶然に目に入って来たある物に心が奪われた。
それは山ぶどうである。そして「ブドウだ!」と新しい特産品候補を見つけて、不気味に笑う小一郎であった・・・
善は急げで、直ぐに大橋屋に甲斐の国と取引のある者を紹介してもらう。と言っても、すでに面識があり先日の関銭の件で取引があった加藤屋である。
"邪魔するよ"と加藤屋に入っていくと、すでに大橋屋から連絡が行っていてご主人が待っていてくれた。
挨拶もそこそこに直ぐに本題に・・・
「甲斐国勝沼にぶどうと名の付く果実がある、一尺ほどの長さの枝を10本ほど買ってきてほしい」
素直に頭を下げる。
「条件があります」ニヤリと笑う店主。
「条件とは」と言葉を返すと、商売のにおいを感じたのだろう大した嗅覚である。
「木下様がそのぶどうを販売する時にはこの加藤屋で取り扱いをさせて頂くことが条件です」
「いかが」とニヤリと笑うと「よろしく頼む」とwinwinの関係が結ばれたのであった。
すると、なんということでしょう!10日でぶどうの枝を仕入れてしまったのです。
まさに、善は急げですね!
商品代金を支払い、屋敷の庭に挿し木でブドウの木を育て始めたのであった。
そして、卯月がやって来た。
ノッブは織田伊勢守家を謀反人として糾弾!堂々と宣戦布告した。
「かかれー」
武将がカッコよく指示をするも青田刈りなので敵兵の姿は見えない。
収穫前の小麦を刈り取っていく・・・。
みんな複雑そうにしながら・・・だって自国では屯田兵だから。
しかし、50人の集団を作り、持ち場を決めて効率よく敵国にダメージを与えていく。
そして、敵兵の姿が見えたら速やかに退却して損害を出さない。
敵兵は、相手が引くと次の場所に向かい敵兵を追い払っていく。
このイタチごっこを繰り返していくのであった・・・
そして・・・田植えが終わり守護代織田信安が出陣してきたのである。
その知らせを聞いて。
「やっとだ、皆の者出陣じゃぁ」
と叫び浮野の地で激突する事となる。
この時初めて戦場に出陣した、工作兵200名が真価を発揮する。
「野郎どもかかれー」と親方の下で陣地を形成していく。
柵を設け、空堀を掘り土塁を積んでいくそして・・・
"あっ"と言う間に、簡易砦に近い物を作り上げてしまった。
砦が出来ると、織田家と言えば○○○と言われるほど歴史的に有名な織田鉄砲隊20人が華々しくデビューする為に待ち構えている。
そして、仕込みも上々である。
"さぁ、何時でも掛かって来い"状態だ。
しかし、相手の陣内も武将の戦意は高かったが、兵士の戦意は・・・
ただ、1ヶ月以上青田刈りをやられて、良いように遊ばれてやっと訪れた反撃の機会を逃さず、織田信長を討ち滅ぼす気でいたのだ。
そして、織田信安殿の陣から出陣のほら貝が鳴り響き、織田信安軍3000VS織田信長軍2000での火蓋が切られた。
ただ織田信安軍の武将は兵達を駆り立てたが・・・戦意は一向に上がらなかった。
砦に攻めて来る信安軍に対して"うてぇー""ばっごぉぉぉぉぉぉぉん"ど轟音と共に兵士達が何人か倒れた。それと音に驚いた馬が暴れたり転倒がおきて負傷する将兵がでて、敵軍には大混乱が起こった。
指揮系統が滅茶苦茶な上に、初めて聞く轟音と士気の低さに早くも兵士が逃げ始めた・・・
「全員次弾装填完了!」
報告が入り、頷くと"うてぇー""ばっごぉぉぉぉぉぉぉん"ど轟音が再び戦場を支配した・・・そして敵軍は崩壊、撤退を始めた。
「殿!」
「敵は向かってくる者ぞ、かかれーぇぇぇぇ!」
殿が陣扇を振り常備軍が一斉に襲いかかった。
解き放たれた野獣達は、敵を確実に仕留め無抵抗の者は相手をせずにこの戦場を支配する・・・
この戦いで織田信安軍は名のある武士を10人以上戦死させてしまい、以後大規模な軍事行動がとれなくなっていくのであった・・・
その後、織田信長軍は岩倉城付近まで攻め上がり、青田刈りをしまくって帰還するのであった。
「殿、およびと伺い参上しました」
「おう、早く入れ」と殿の私室に・・・すると何時もの重臣方がおられた。
それは浮野の地の戦から二週間後の事だった。
「今後の作戦行動に付いて、皆の意見を聞きたい」と殿の言葉で始まった。しかし毎回重臣方と一緒に呼ばれている・・・解せぬ。
重臣方の意見は基本的に、このまま織田伊勢守家を磨り潰していく事でまとまった。
「小竹、何か言え!」
無茶振りが入るが・・・
「では僭越ながら、今回の戦の事と4公6民の年貢の事を尾張全体に噂話を流しましょう」
「今回の戦の事は、君主の仇を討つ為に立ち上がった、殿が神のご加護を得て大勝したとか、戦が始まり神の怒りが鳴り響き、織田伊勢守家の兵士達がいきなり倒れて命を失ったとかの噂話はいかがでしょうか?」
「で、その心は?」
「尾張統一の為に、今から敵方の農民達の心を攻めたいと思います」
"ゴクリ"と音が響き、重臣方達の顔がひきつっている。
全員が、織田伊勢守家との戦しか考えてなかったが、小一郎は尾張統一を考えている。
事実、織田伊勢守家の兵達の士気は低かった・・・青田刈りでいい加減疲れていた兵達も多数おり、その上敵の殿様に治めてもらったほうが楽な生活が出来るのが判っているからだ。そして止めに鉄砲の轟音と目の前で倒れて逝く兵士達を見てあっという間に心が折れたのだ。
それを他の戦場でも・・・恐ろしい事を考えると全員の顔に書いてあった。
そして、味方でよかったと心底思うのだった。
これが元で、村井様の秘かな作戦が実行に移される・・・ここにもタヌキはいたのであった。
そう、それは木下小一郎数え年で16才、織田家では超優良物件となっていたが本人に全くの自覚が無かった。
清洲で殿に支給されたそこそこ広い家に一人で住み、仕事に追われる日々であった。
そこに・・・
「ごめんください」
聞きなれない、柔らかい声が・・・
「ごめんください」
「はいはい、どちら様でしょうか」
玄関に立っているのは、少し背が小さめの雰囲気のとても柔らかな女性が立っていた。
「初めまして、村井さきと申します」
「父に言われて、木下様のお世話をするように申し付かってきました」
「宜しくお願いします」
「$#%'()=('&%$&」
言葉にならない、眼を見開き、口をあんぐりと開けて。
そして・・・ ・・・ ・・・
(やられた~村井様何考えてるんだー!)
村井様は一人で大変だろうと、親身になりお手伝いさんを派遣してやろうと言ってくれて「是非」とお願いはした・・・したが・・・
まさか自分の娘を送り付けて来るなんて・・・
しかも親には似てなくてかわいい子だ・・・
「困った」とボソと言った言葉が聞こえたみたいで。
「ご迷惑でしたか?」
すこし目がウルウルとなりながら、こちらを見上げてくる。
この角度、ダメだ涙目の可愛い女の子が見上げてくる。
小一郎には対抗する手段が無かった・・・陥落
「取り敢えず、上がって下さい。詳しい話はそれからって事で」
上がってもらい白湯を飲みながら、さきさんと今回の経緯に付いて順番に話していく。
そして、さきさんからも経緯を聞くが「一人暮らしの部下が困っているから、助けに行ってくれ」それだけだった。
また、この時代の家長の命令は絶対で選択肢はイエスかハイしかなかったのである。
「仕方ないですね、村井様には僕から話しますから少しの間だけお願いできますか」
「はい、よろしくお願いします」
と満面の笑みで答えられると、僕も顔を真っ赤にしてしまうのであった。
次の日・・・村井様に娘さんの件を話しても煙に巻かれて有耶無耶に「嫌なら嫌とさきに言え」と僕が絶対無理なのを知っていて本人に言えという始末である・・・困った・・・小一郎16才悩みが尽きないお年頃であった。
そんな事がありながらも時は流れ文月、着実に織田伊勢守家の首を絞めつけている今日この頃、殿から呼び出しが掛かる。
「全員そろったな」
重臣方に僕というメンツだ。
何故か難しい話には呼ばれる・・・解せぬ。
「織田伊勢守家が動き出した、忍びの報告によると岩倉・犬山・末森と守山の間での使者のやり取りが非常に増えていると報告があった」
「これに付いての対応を相談したい」
全員が驚いている。
それもそうだ、争っているのは織田伊勢守家で守山の信光様は共に戦った仲でトラブルも無い、犬山の織田信清様ともなにも無い。
末森は・・・家督争いか・・・。
重臣方が困り果てている、最悪同盟など結ばれたら四方より敵に攻められて滅びる可能性すら出て来たからだ。
重い空気が流れる・・・誰もが答えを出せない状況でこれからの方針を打ち出せなかったのであった。
翌日も再び集まり、重い空気の中で佐久間様が先陣を切った。
「殿、信光様をこちら側に引き入れましょう」
「・・・で、具体的にはどうする?」
「・・・・・・良い条件を提示して・・・こ こちら側へ!」
皆、この事は考えただろう、あえて言葉にしなければならない筆頭家老の辛さがにじみ出ている。
殿もその事を分かっているので「難しいであろう」と発言し首を振るのである。
場の空気が重くなっていく・・・
・・・
・・・
「小竹!何かあるか・・・」
冷淡な声が僕に飛ぶ。
かなり追い込まれているようだ。
重臣でない僕には発言権は無い、殿に尋ねられた時だけだがその時は来た。
「献策いたします」
全員の視線が僕に集まり、何かを期待している。
・・・
・・・
・・・
「このままで良いのでは?」
「「「「「「はぁいー!?」」」」」」
「何を言っている、このボケがぁぁぁぁぁ」
瞬間湯沸かし器ヤング第六天魔王モード発動!
しかし、そんな事には動じない、社畜をなめるな!
「考えてみてください」
「尾張統一には邪魔な敵ですよ!」
「では、お伺いします。敵対勢力が同盟を結び対抗してきても一枚岩で戦えるでしょうか?」
「噂話一つで疑心暗鬼になるのではないですか?」
・・・
・・・
白湯を飲み一呼吸おいて。
「皆が漁夫の利を取りたいと思っている集まりにしか見えません。ですからこのまま知らない振りをして、噂話を流し相手を揺さぶり続け各個撃破を目指す事を進言いたします」
「それと、これからの事を考え監視の目を増やしましょう」
「先程の方と織田信広様の所も!」
「庶兄の所にもか?」
「・・・はい」
「多方面の情報が必要です」
「そうか」
「以上です」と殿を見据えて、決断を迫る。
ただ、対案がないイエスかハイの選択肢だ。
だが、最終決定はされずに現状維持で様子を見る事に決まりその場を後にした。
その帰り道で村井様に尋ねてみた。
「殿は、何で悩まれているかご存知ですか」
「多分だが、信広様や信行様・信光・信清様と争いたくないとお考えだと思う」
「・・・殿は、圧倒的な力の差を見せつけて軍門に下らしたいのだろう」
「お優しい方ですから」
ピキィィィン!と目が光る。
「村井様、ある事を思いつきました。事後承諾にはなりますがご了承下さい。では!」
そう言って、足早に消えていくのであった・・・
つづく。