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1573年-1

誤字報告ありがとうございます。

1573年 睦月 清須城内


新年を迎えても一向に武田様の動向は掴めなかった。が、武田軍は再び積極的に動き出す。

しかし、伊賀衆や饗談に消息を掴ませないのだ。


だが....その数日後。


「武田信玄様を確認しました。

 本隊の先頭に立ち、軍を率いております」


その報告に、服部殿と弥七殿がほぼ同時に訪れた。

そして、武田様は今までの事を払拭する様に存在を示したのだ。

その行動に対して士気が上がり、つい先日迄とは打って変わって攻勢に出てきたのだ。

ただ、織田軍(斎藤軍・北畠軍を含む)に油断は無く、撃退には成功するが両軍ともかなりの被害が出ているのであった。


それからの武田様の動向は軍の士気を鼓舞する様に立ち振る舞っていて、今までの事が嘘みたいでありその為、小一郎の下には毎日の様に伊賀衆か饗談が訪れて報告が上がっていた。


「・・・・以上です。」


弥七殿の報告を聞き、額にシワを作り「う~ん」と唸っていた。おかしな事がないが行動が不自然なのだ。此処まで、全軍の前に姿を見せて存在をアピールするその事がだ。

そして、証拠を掴ませないまま戦は続いたのである。


しかし、未確認情報ではあるがとうとう尻尾を掴まえる!

伊賀衆・饗談が手掛かりを掴んだ!睦月の中旬に小春日和が続いた時の事で、多勢の兵士に守られ雪道を通りやすい様に雪かきをし、板輿に乗り運ばれる人物がいたと...またその板輿は日数をかけながら信濃国国境沿いの村に到着したところまで確認が出来た。

多分、村の庄屋宅を強制徴用(かりあげ)して体調と天候の良くなる時を待っているのであろう。


「ご苦労、良く知らせてくれた!」


手がかりをやっと掴んだ小一郎は、引き続き板輿で運ばれた人物の特定を依頼した。

そして、現在陣頭に立っている武田様を影武者と仮定してその人物の特定に掛かるが、それはあっさりと特定できた。


「武田信廉殿か...」


参陣している一族衆で、同母弟である武田信廉殿の所在が不明だからである。


「...しかし武田様が本陣を離れたと言っても、なんと勇将・良将の豊富な事か!」


人材の豊富な武田家に嫉妬さえ覚える。

今の時点で、武田の将と互角に渡り合える織田方の将と言えば、柴田様と蒲生様・松永様と...次が出てこない。

佐久間様でさえ見劣りしてしまうのだ。

そんな織田家とは対照的に、武田軍は御当主がいなくても誰が総大将でもむゃくちゃ強く感じる。いや強いのだ!

戦国最強の一角は伊達ではない...が小一郎の策がやっと効果を見せ始めた。

それは意外なところから分かったのである。


「木下様、ご報告があります」


睦月の中頃から後半に夜更けに藤林様が、清須城の執務室に現れた。

それは余りに見事な忍びの技に、驚いたのは秘密である。


「配下の者からの知らせで、足利義秋様の部隊に信濃国に撤退せよと本陣から命令があったと。

 そして、約束違反ではないかと大声で不満を喚き散らす足利義秋様がいた事で情報が掴めたとの事です。


・・・

・・・


如何しますか!」


これだけの忍びの技があるのだ。暗殺や誘拐なども命じて頂ければ行いますという意思表示だろうか?

事実として暗殺は非常に有効な手段であるし、伊賀衆には命令を忠実に実行する実力もあるのだろう。そしていま影武者の武田信玄殿に何かがあれば、武田方を崩壊させることが出来る可能性があるしかし...


「このままで......


 一つお願い出来ますか、武田家に付いた国人領主の領民達の事を調べてください。

 状況次第では、食糧支援を行わなくてはならないので...」


と丁寧に言葉を返したのである。

その言葉を聞いて「承った!」との返事の後に藤林様は、音もなく小一郎の居る執務室から消えたのであった。

しかし、足利義秋様(びんぼうくじ)を掴むと、秘匿情報(撤退)の一つも非常苦労をする事が理解できた。

やはり一番怖いのは、優秀な敵では無く無能な味方である事を再認識したのである。

そして、小一郎は人知れず動き出した。殿の了解も得ずに!


「誰か...佐々殿良い所に...」


書状を手にした小一郎は、配達人を見つけた事にニコリと笑い佐々殿に南近江国までの出張をお願いする。これで参陣してくれるだろう。いやしてほしい。してくれないと困る。絶対に断られても引っ張って来てくれ!と心の中で呟きながら。


「今、構わないか」



その足で、九鬼君の執務室を尋ねた。

「木下様」と声を掛けてくれたが何時もの雰囲気とは違う小一郎に、九鬼君も一瞬で戦人の顔になり執務室に緊張感が走る。


「至急に、織田水軍と海賊衆の船を集めてくれないか。

 雑賀衆の包囲の兵力はそのままで良いから!


あと、商人達からも船を調達してほしい。

大体だが、10日後ぐらいに津島に集めてくれ!


無理を言うが、よろしく頼む!」


その後、秘中の秘だと言って作戦内容を明かされた九鬼君は(この人はなんて事を)と思ってしまうが、この人が居れば、織田家は負けないと確信させた。それだけに留まらず其れからの数日で、小一郎は作戦行動による食料などの段取りを人を使い整えて行ったのであった。



如月に入り東美濃国の戦線は大きく変わって行った。

撤退に舵を切った武田家だが、時既に遅く大雪が大軍の前に立ちはだかり信濃国に帰る事が難しい状況となっていた。その為、武田方の国人領主の城や屋敷それと各宗派の寺にも駐屯して防御を固めたのである。それは、結果的に大雪が織田軍に代わり武田軍を分断!雪が取り囲み兵糧攻めをしている状況である。

そんな状況に織田軍本陣は「今こそ武田討つべし」の声が上がり始めていた。現在の状況は、各個撃破を行うのに絶好の機会に見えるのであったのだが、殿はその声をあえて押さえていたのであった。


小一郎はやっと創り出せたこの状況と、武田方の動向(伊賀衆・饗談から上がってくる状況の報告)で今なら大丈夫!と判断。武田様のご病気時に奇策や強硬策は無い!と自分に言い聞かせて、殿の下に...


本陣に到着すると、直ぐに殿と面会する事ができた...


「殿、ご提案があります」


その言葉を聞いて、殿や諸将も表情が変わる。

今まで、小一郎の戦略通り守り一辺倒だったのだ。それがいよいよ攻勢に出れる!事に喜びを感じたのであろう。遂に武田家に引導を渡す事が出来るそう考えたのかもしれない。

しかし、小一郎から話された言葉は、予想外の物であった。


「殿...今川家を攻めましょう!」


「「「「「「えっ?」」」」」」


殿だけではない、本陣付きの諸将も驚いている。

それもそうだ、今は武田家と対陣しているのである。

しかも、雪で勝手に分断されているからだ。


なのに何故?


殿の顔にも、小一郎お前は何を考えていると書いてある。

しかし、小一郎はいたって真面目である。


「では、ご説明します」


小一郎は語った。このチャンスを生かす方法を!それは武田家・今川家の連合軍に対して初めて、片側の敵対勢力に全力で当たる事が出来る状況が出来たという事を!

また、この状況に武田軍は織田軍の攻撃を予想しているであろう事と対策は立てられていて、一つ間違えば大けがしかねない可能性のある事を説いたのである!


「つきましては、国境沿いには最低限の見張り(兵5000人)位を守備に置いて、全力で今川家に当たります。

 作戦はあ~で・こ~で・そうで・こうすると今川家は降伏するでしょう!


如何でしょうか!


そして、織田信治様と森可成殿の仇を取りたいと思います」


その言葉を聞き、殿と諸将の目の色が変わる。

今川家には手痛い負けがあるのだ。

その仇を取る為の出陣となると、諸将達の気合も必然的に変わって来るのであり、眼の色の変わった殿の決断は特に早い。

今がチャンスと判断をしたのである!


「甚左衛門!(平手様)

 

 そちに兵5000を預ける。この地にて武田軍を監視せよ!


 また、その他の者は、急ぎ兵を纏め清須城下に転進せよ!」


「「「「「ハッ!」」」」」


そして、小一郎は北畠家・斎藤家に伝令を走らせて、当地の守りをお願いし織田家は今川家と決戦する旨を伝えたのであった...





「出陣じゃぁぁぁぁ!」


如月中旬、殿は兵の再編が済むと直ぐに柴田様を先方に鳴海関所方面に打って出る。

鎌倉街道などを使い、今川軍の側面を付くつもりの様だ。

小一郎もそこまでのお願いはしていない。

用兵家としての小一郎の評価は...聞かないでください。


そして、殿が出陣して後に...


「では、明日出陣をお願いいたします!」


津島に来ている諸将と織田水軍の将である九鬼君・九鬼殿・佐治殿や海賊衆にお願いをしている。

陣容は蜂屋様に内藤様(代替わりしています)・松永様と...土橋様(改名済み)と武田殿である。


「土橋様、よろしくお願いします。

また武田殿、ご無理を言いますがよろしくお願いします」ペコリ


「おう、任されよ!」と答えてくれるお二方だが、特に武田殿には本当に無理...いや無茶をお願いしたのだ。


これで、今川家が落ちなければ泥沼にはまる可能性すらある。

小一郎は本当に、全力出陣の作戦を行っているし、織田家の優秀な指揮官は全て動員しているのだ。

反撃のチャンスに織田信広様が、重傷で不在なのが痛いが仕方がない。

(土橋様にまで、書状で織田家の危機を訴えて出陣してもらったのだ)

ただ、南近江衆が動員できればとても楽なのだが、雑賀衆を締めあげて貰っている最中であり、無いものねだりは出来なかった。




出陣後の織田家本隊の猛攻は凄まじかった!

鳴海の関所を攻めたてていた今川軍の側面を付くことに成功すると、忽ち押し返して守将である佐久間様はピンチを脱して一息つく事が出来たのである。

それから、今度は再び沓掛城の奪回に武将を派遣!積極的に動くが城の守りが硬く織田軍全体の勢いが止まってしまった。ただ現状、流石に後方遮断が可能な敵方拠点を放置するわけにはいかずに城攻めを続けてはいるが、城の守りが固く攻め手に困っていた時で見事にタイミングを合わせた登場であった。

タイミングは計っていませんが...ただ、後からの出陣と大筒の移動に思ったより時間が掛かったのだ。


*今川軍本隊や今川家諸将は一度後退して、体勢を立て直し安祥城を中心に平野部に布陣していて、沓掛城の救援の構えを見せたりして織田軍と対峙しているのである。

これは平野部に双方合わせると5万人を超える両軍が、対峙しているのであった。



「殿、木下小一郎着陣いたしました」


にっと笑う小一郎の後に木下隊200人と、親方引き入る工作兵500人それと伊賀国兵200が到着したのである。


「小一郎が来るという事は、何か策があるな」


「はい、沓掛城は重要地点の為に防御力を高めてしまいました。

 それは味方の城の時には頼もしかったのですが、敵方の城になると厄介で仕方がありません。

 ですからその為に、無理攻めで落すとなると人的被害が無視できませんし、今川家みたいに損害を無視 

 しての無理攻めはしたくありません。

 その対策として、出陣してきた次第です。

 そして殿は、後顧の憂いなく今川家本隊と存分に戦ってください!」ペコリ


自身満々の小一郎が其処にいる。

いや、実戦配備をした大筒がどれほどのものか楽しみにしているのである。

殿が”ふっ“と鼻で笑うと。


「小一郎が出張って来たのだ。

 その手腕をとくと見せて貰おうか」ニヤリ


「はっ、では早速かかります」ニヤリ


そう言って本陣を後にすると急ぎ木下隊の下に、既に大筒長が最適の場所を選定、許可が出れは直ぐにでも設営できるように親方達も待機している。

帰って来た小一郎は、親方と大筒長をみてから。


「野郎ども、作業に掛かれ!」


「「「「「おう」」」」」

 

昔なじみ工作兵達とも、笑顔をかわしながら恐ろしい勢いで整地or大筒(地上設置型)×20門or建物を設置していく。そして、その後に次々と届く木下隊の武器弾薬に、沓掛城攻めの武将はあきれ果てるのである。


翌日は、運良く晴天に恵まれる。


「さあ、始めようか」


小一郎の言葉に大筒長が反応!「ボヤボヤするなー!」と緊張感を持った声が駐屯地に広がる。

伊賀軍が周囲の警戒をしているが、異常は無い。

そして、近くにいた織田兵達も興味深々に此方を見つめている。


「弾込め―!」


大筒長の大声に、テキパキと機敏に動く大筒兵達。

練度の高さが伺える。

そして、砲撃の準備が完了すると耳栓を渡されながら...


「大将、何時でもどうぞ」


大筒長の言葉に深く頷き。


「打てぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


小一郎の合図と共に恐ろしい爆音が響き、白煙が陣地に広がる。

あまりにも大きな爆音に、耳栓をしている小一郎が耳を押さえて跳び上がってしまうぐらい大きい爆音だし、見つめていた織田兵達は驚きの余り尻餅をついている者が多数確認できた。


爆音と共に打ち出された砲弾が沓掛城に襲いかかった!

砲弾は、城内に(本丸・二の丸・曲輪※天守閣は建設されていない)着弾、多数の砲弾は木の壁を撃ち破り建物の中に...

そして、遠巻きに包囲している織田兵達にも沓掛城が混乱に陥っているのが見える。その報告は、直ちに将兵に伝えられ殿の知ることになるのである。


大筒兵達は白煙が無くなるのを待って、次弾装填に...


「大将、次弾準備完了!

 何時でもいけます」


大筒長も納得の練度であった。

そして、続けざまに三連射して沓掛城をますます混乱に陥れるのでだが、その後は一日に一発撃ったり、忘れた頃に、数発撃ち込んで沓掛城を混乱に陥れる事を続けていた。

ただ、包囲は解かず!無理攻めはせず!まるで何かを待っているようでもあった。






小一郎が沓掛城攻略し始めてから、7日後の事で現状は両軍が三河平野で睨み合い。お互いが野戦にて決着を付けようとあの手この手で相手方のスキを見つけようと各部隊が、積極的に動いて激戦が繰り広げられている時であった。


「木下様...」


陣中を訪れたのは、弥七殿である。

人払いをしてから報告を聞く、その報告は別働隊の作戦成功を告げるもので小一郎の戦略が成功した事である。


「では...」


弥七殿の報告が始まった。

その内容は...


「津島を出陣した別働隊(蜂屋様・内藤様・松永様・土橋様・武田殿)が駿府(今川館)や付け城の賤機山城を攻略、今川様のご正室である早川殿とご嫡男を保護?いや確保する事に成功しました。」


「上手くいったか!」


弥七殿の報告を聞き"パ―ン"と膝を叩き右手を握り締めガッツポーズをしながら、報告を聞く小一郎であった。

因みに作戦は、後陣崩れ!の戦略版でハッキリ言って無茶である。

具体的には、織田本隊で今川軍主力軍を引き付けている内に手薄になっている本拠地を落とす作戦で、織田水軍と商船(津島・熱田・伊勢志摩の商人を動員)で諸将と兵士(25000人)をピストン輸送する手筈だ。そして先陣である海賊衆が焼津を強襲して湊を確保してから上陸!準備が出来次第に出陣、駿府(今川館)を奇襲したのである。

また表には出ないが、服部様・藤林様・百地様の配下を今川領に前もって潜伏、焼津の強襲のサポートや敵方の救援要請などの早馬・伝令を悉く討ち取るなど、味方に知られる事なく大きな仕事をこなしていたのである。その影働のお陰で織田軍は今川館を奇襲する事に成功するのであった。

これも、大兵力を動員する事ができ、その上に制海圏を確保していないと成立しない作戦であった。


「はい。

 そして、駿河国(主要部)を掌握し直ぐに遠江国の攻略に動き出しております」


「では、蜂屋様達には大きな被害は無かったのですね」


「はい

 その為、迅速な動きに結び付いております」


その後の現在の織田軍と今川軍の戦況報告(互角で推移)を事細かく報告をした後に、弥七殿は音もなく退出していった。

流石の殿でも、苦戦を強いられていたのであった。

すると、入れ替わりの様に服部殿がやって来る。


「木下様、今川様に今川軍に府中に進軍した事が知られたかもしれません」


第一声はその言葉であった。

服部殿の予想だが、今川方の忍びが我が方(伊賀衆)の目を掻い潜り報告したみたいだと話してくれる。


「ばれてしまっては仕方がない!

 いや、この状況をどう活かすかだな


それで、今川軍全体で変わった所は...」


「今のところは、今川軍本隊からかなり多くの早馬が東に走り出ています。

 現状の確認を状況を確認しようと動いています。」


「では、時間の問題ですか...

 服部殿、今川軍に撤退や転進の気配が見えたら報告をお願いします」


「はっ」


「それと...を頼みます」


有る事を頼み。

そして「誰か...」と殿の下にその事を伝える使者を送るのであった。


その後、今川軍本陣の状況が事細かな報告が上がって来る。

伊賀衆恐るべしだ。

報告によると、今川軍首脳陣は追い込まれていたそうな。

早馬をいくら出しても返ってこない。状況がつかめない。その事が駿河国を押さえられた現実を突き付けていたからである。

その為に、今川様や諸将達はジリ貧に追い込まれていって、織田軍に挟撃される恐怖とも戦っていた。

本国(駿河国)を押さえられたのだ。普通に考えても駿河国より西に部隊を進軍させて挟み撃ちにする作戦を取る。それがセオリーであろう。

それを回避する為には織田軍(本隊)と決戦をして打ち破り、転進!そして別動隊を打ち破るという離れ業をこなさなければならない。しかも自軍の兵士達に本国(駿河国)が落ちた事を伏せて行う必要があるからだ。そして現在は互角の戦いでお互いがスキの無い用兵を行い激戦が続いているのだ。ただ、今川様はこのピンチにも動じず諸将を統率し大器の片鱗を見せていたそうだ。


そして、今川様達がこの困難な状況を打ち破ろうと立ち向かう決意を固めた頃にある噂が流れ出したのだ。

それは、兵士達の間で「本国(駿河国)が織田方の手に落ちた」というものであった。

諸将達には箝口令をひいている。その為そのうわさが何処から起こったか判らない。しかし一度広がった噂は将兵達が否定しようとも箝口令をひこうとも、広がって行ったのである。

そんな時だ今川本陣に「沓掛城落城」の知らせが届き、今川軍首脳陣をますます追い込んでいくのであった...




弥生に入った頃である。饗談の報告で、別動隊が遠江国に進軍し始めたと...

その頃になると戦況は大きく一変していた。

互角の戦いを繰り広げていた両軍のパワーバランスは崩れて、今川軍は各城を中心とした守りの戦に戦い方を変えていたのだ。

それは負けない戦に徹した最後の抵抗でもあった。

出陣時には総兵力約30000人を誇った大軍も、いまや見る影もない。

兵力は多くを見積もっても、10000人行くか行かないかだ。

その上、脱走兵が後を絶たない上に、士気はがた落ちである。

それに対する織田軍は、現在の兵力約20000人強で、今川軍との戦でかなりの死傷者を出していたが、兵力では約倍の差があり、士気は高く負ける要素はない。

その上、援軍が西進しているのである。

ただ、不安材料がないわけではない。東美濃の武田軍が雪解けを待たずに、平手隊を強襲!その後に尾張国になだれ込まれれば一気にピンチになる。ただ斎藤軍に北畠軍もいるので簡単には突破されることは無いだろうが、一抹の不安が残るのであった。



そして、小一郎が織田本陣に合流してたのもその頃であった。


「殿、ご提案があります」


織田本陣で、殿や佐久間様に柴田様の揃ってタイミングであった。

何時もと違うのは、小一郎が甲冑姿だけであろう。

しかし、殿の返事がない...


ただ..."今度は何を言い出すのだ"


そんな空気が流れたのが事実である。

しかし、そんな事はお構い無く。


「殿、ご提案があります

 ・・・

 ・・・

 殿!」


「...申してみよ」


嫌々、仕方が無いと顔に書いてあるが、ここは気が付かないふりをして小一郎は話し出した。


「殿!今川家を家臣にしましょう!」ニヤリ


「「「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」」」」


突拍子も無い事をぶち上げたのだ。

あの今川家をだ!

それを家臣にと!


佐久間様は目を白黒させながら、落ち着きがなくなり。

柴田様は腕を組み、目を閉じて動揺を見せまいとしている。

肝心の殿は、眉間にシワを深く作りグッワと目を見開いて小一郎を凝視しこめかみをピクピクさせている。


小一郎(おぬし)、信治と長可の仇を取れと言ったではないか!

 それを...それを...」


殿は悔しそうに、右手を握り締めている。


「殿...申し上げます。


 自分が申し上げたのは今川家を家臣にする事で、今川様を家臣にする事では御座いません。

 今川氏真様には、この度の戦の責任を負って頂きましょう...

 責任を取らすのは今川様しかいません...し。


 その方が、都合も良いですから」


「そういう事か...

 それで、その後の今川家はどの様にするのだ。

 跡継ぎが居なければいう事は聞くまい」


「はい。殿のおっしゃる通りです。

 自分の腹案では御座いますが、武田殿に代官として赴任して頂き治めて貰います。


 そして、武田殿の御長男を今川家の跡取りにして、殿には将来の娘婿として頂きたいと考えており

 ます。

 また、今川家の御長男には出家させて俗世と切り離したいと思います。


如何でしょうか?」


「うむ...わかった...


 ...取りあえずその件は、保留...いやその条件をぶつけて見よ、良いな!


では、右衛門尉(佐久間様)!小一郎!


「「はっ!」」


其方達に今川家との交渉を命ずる!」


「「ハッ!」」


決意を秘めて命を受けた小一郎とやっぱり来たかと覚悟していた佐久間様、そして命じられた事で今川家との戦いも最終局面を迎えるのであった...



数日後・・・



「今川様...

 この様な形でお会いするとは、あの時には思いもしませんでしたな...」


「正に、この様になるとはなぁ...」(遠い目)


流石は織田家の筆頭家老(佐久間様)である。

殺気が犇く安祥城の大広間で曲者振りを発揮している。

そして、この状況でも今川様は気負うこと無く、大国の領主としての威厳を保っていた。



「佐久間殿...それで世間話をしに来たわけではあるまい。


 本題を聞こう


 聞いたとて、答えは決まっているがな...」


・・・・・・

・・・・・・


「小一郎」と佐久間様に小声で促されて。


「織田家家臣、木下小一郎と申す。

 今川様に申し上げます」


発言をしだした小一郎に、殺気が集まる。

思わずキューとお腹が痛くなる状況だが、何とか踏ん張る。

ただ、表情には表さない様に必死で頑張ったのだ。


「今川様の命で、今川家の未来を買いませんか!」


今川様を見据えながら、小一郎はいきなり爆弾を放り込んだ。


「何を言うか!」(怒)「そこに直れ!」(怒)などの怒号が小一郎に降り注ぎ、中腰になる者や刀に手を掛けている者まで居る。

しかし、周りの事は無視して一点を今川様を見続けている。

また、今川様も小一郎を見続けていた。


「静まれぇ!」


凛とした言葉が大広間に響く...と己を取り戻した家臣達が何か言いたそうに今川様に視線を集める。

そして再び...


「静かに...


 良いか皆の者、木下殿はこの戦の降伏を進めに来ただけではなく、どちらかと言うと商談に来たと言ったほうが近いかな?」


「ご明察恐れ入ります」


静かな言葉で確信に踏み込んでくる。


「それで、木下殿の描く今川家の未来とは?」


・・・

・・・


「...それでは、ご提案させて頂きます。


 今川様が此方の条件を飲んで頂けましたら、今川家家臣には罪は問わずに織田家家臣として仕えて頂きます。

 また、領地は現状維持! ただ御長男には出家して頂き、しかるべき人物を今川家の世継ぎに付いて頂きます。

また、奥方様に付きましては、奥方様の御心を優先させて頂きます。


如何でしょうか?」


小一郎の話を聞き、何を考えているのか表情に現れない。

ただ、淡々といや半ば他人事のように聞いているのであった。


「しかるべき人物とは?」


「...はい、武田殿(義信殿)の御長男(が生まれて来たら!)を今川家の世継ぎにと考えております。

武田殿の奥方は、今川様の妹君でありそれが一番自然かと...」


・・・

・・・


小一郎の提案を聞き、皆の視線が今川様に集まった。

この提案を受けるか?断るか?固唾をのんで見守っていた...


「魅力的よのぅ~

 ワシの命一つで今川家の家名が残り、家臣達も路頭に迷わずに済む。


 ・・・・・・

 うむ~・・・


 これが商談なら、織田殿は最大限譲歩してくれたのが分かるが...

 しかし...ワシも武士(もののふ)である。

 負けてもいない戦で、相手方に下ることは無い!


 折角の提案だが、お断りさせて頂く!」キッパリ!


今川様は丁寧に語る。

それはまるで、自分に言い聞かすようにまた確固たる意志を持って言葉を紡ぎ出した。

「しかし...」小一郎が言葉を発しようとしたが...

佐久間様が小一郎を見て、首を振り待ったをかけた。

そして佐久間様が...


「今川様、交渉は決裂という事で......今度は戦場でお会いする事と致しましょう

 

 では、ごめん」


その言葉を残し、佐久間様と共に安祥城を後にしたのである。

そして城を後にしている時、今川家の諸将の結束は強く、とても強く纏まっていたのを見て感じたのであった。



小一郎は、佐久間様と殿に報告の後、直ぐに陣地に帰っている。

其処には準備万端で、小一郎の帰りを待つ親方達に砲術隊員が待っていたのであった...


「すまん、交渉は決裂した。

 ついては全力で安祥城を落として、今後の為に見せしめになってもらう。

 

 大筒長頼む!」


「お任せくだせぇ

 野郎ども、一発かますぞ!」


その一言で隊員達が動き出したのであった。

小一郎は思っていた。

ここに至り、中途半端な城攻めでは織田方の将兵の被害をいたずらに出すだけである。

こちらも全力で行かなければならないと強く感じていたのだあった。

 

また安祥城は台地の南・東・西側は湿田で覆われている平山城である。

そこに今や今川軍の全兵力約7000人弱(更に減っている)が籠っている。普通ならこれを攻略するにはかなりの被害を想定しなければならないが...ここまで来たら時間との戦いであった。

雪解けまでに今川家を攻略しないと、武田家がどう動くか判らないからだ。


「大将、準備が整いました」


大筒長の言葉に、木下隊本陣にいる親方に前田殿・佐々殿と視線を合わせた後に深く頷くと、大筒長の号令で大筒が火を噴くのであった。

轟音と共に火を噴く大筒20門!

大量の煙が、木下隊陣地を覆いつくす。


「次弾装填急げ―!」


大筒長の声が飛び、隊員達がテキパキと動いていく...

準備が出来次第に間髪入れずに、大筒が再び火を噴いたのである。

先の沓掛城戦とは比べ物にならない物量作戦で押していくのである。

ここまで、節約して来た火薬や弾を、これでもかというぐらい打ち込んでいくのだ。

容赦はしない。こちらの提案を蹴ったのは向こうである。

今後の為にも、織田方の提案を断ったらどの様になるか分からせる為にも徹底的にやるのである。

そして、今川方に攻め手は無いのだ。

射程距離1.5Kから2Kの大筒(×20)で一方的に殴るのだ!

轟音の後、本丸に二の丸・三の丸や曲輪に砲弾が吸い込まれていく、あとは考えるまでもない。

城内は、この世のものでは考えられない光景になっているであろう。


そして、大筒は五連射を行い砲弾100発を安祥城に打ち込んだのであった...


翌日早朝...


「木下様、安祥城に火の手が上がっております」


見張りからの言葉に、安祥城の本丸付近から火の手が上がっている(様に見える)

そして、その火の手を合図に今川方が城より攻め寄せて来たのだ!

ここまで早い敵方の攻勢を予想していなかった諸将は、最初はてこずったものの防御をしっかりと固めていた織田方には大した被害は出ずに、今川方は多くの将兵が討死という壮絶な最期を迎えて安祥城は落城!攻略はなったのである...




つづく。


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