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1571年−2

誤字報告有難うございます。


葉月 尾張国 清須城 


「殿、越前国の木下様より書状が届いております」


小姓よりひったくる様に受け取り、急ぎ目を通すと...


「何を考えておるのだぁぁぁぁぁ! (ハアハアハア)


 小一郎(あのもの)は...そして、与三と五郎左は何をしておるのだ!!!(ハアハアハア)


 暴走を止めよと命じたのに...」


殿はこめ髪をヒクヒクさせながら、瞬間湯沸かし器がピィィィと鳴り始めたのであった。

そして、その様子を見ながら顎に手を当てていた、松永殿が。


「殿、余りお怒りにならずともよろしいのでは...

 元から、森殿と丹羽殿で木下殿を止める事は叶わないはずではありませんかな」


「しかしなぁ」と言いながら、書状を松永殿に...

そして、キラリと目が光る松永殿。


「面白い事を考えましたな」


書状にはこう書かれていたのだ。



朝倉様(影鏡様)を引き抜きました。

次いでに、朝倉様の家臣達にも「君、いい体してるね!織田家に仕官しないかい」と誘って影鏡派約200人を連れて帰ります(家臣の配偶者、子供を含む)

そして、取り敢えずの仮の住まいに観音寺城の手配をしました。今後は状況(影鏡様の体調)を見ながら家臣達を訓練に参加させていきたいと思います。そして将来的には織田家の西の守りに付いて頂きたいと考えています(要約)


と簡単な報告が書かれていた。

そして小一郎の考えでは朝倉様を家臣に迎えた事で、万の軍勢を任せられる将を補充する事が出来たのである。

現在の織田家で、万の軍勢を安心して任せられる家臣は...佐久間様・柴田様・蒲生様と一族衆で織田信光様と何とか織田信広様だけである。いや松永様も任せられるのだが......諸問題の為に任せるのが難しい。其処に実績のある朝倉様である。的確な補強でもあった!

因みに、小一郎には精々300人が限度であろう。しかもしっかりとした古強者を副将とする事が前提である。因みに兵士300人は他国からしたら立派な武将であるが、総勢10万人(内2万人は各地の関所などの守備要員で、今現在の最大動員人数は8万人である)である為に他国との比較は難しい所である...


「木下殿は西の守りの為に朝倉殿を登用ですか...そして千熊丸様(わか)が阿波国・讃岐国を固めると...ますます守りは硬くなりますな」ニヤリ


「転んでもただは起きぬ男よ」ニヤリ


と二人の腹黒い男達は語るのであった...



その頃越前国では...

朝倉家家臣団(反朝倉影鏡や中立派)は、次の御当主を決める為の政治闘争に明け暮れていた。

御当主候補の一人は朝倉景健殿で、父と兄らが相次いで死去したため跡を継いだ人物で、大野郡司、敦賀郡司に次ぐ家柄の出身である。

そして、対抗馬は朝倉景嘉殿で上位から6番目の家柄で、義景と系譜的に近い関係にあった人物である。

因みに今現在は、越後国の上杉謙信様を頼り朝倉家再興を目指したのである。

史実でも上杉家を頼り上杉様の信頼を得て、上杉軍上洛の際は越前において一城を預けるという確約をとることに成功した人物である。

この二人のどちらをご当主に据えるか、下心120%で諸将が多数派工作に走り回っているのである。

そして、それに付き合わされて帰国できない男達がここに居たのだ!

親方や前田殿に佐々殿それと森殿に丹羽殿達は、結論の出ない会議の出席を交互に行うようになり適度なガス抜き行っているが、小一郎は心の中で泣きながら毎日出席を続けていたのである。グスン!


そしてこの話合いは二週間を越えようとしていたそんな時である。

会議中にもかかわらず、面会を求められた一人の忍びから手紙を渡され内容を確認する#$%&'&(


「...巨星墜つ...か....


 ・・・

 ・・・

 ・・・


 まずい事になった(と思う)」


ご苦労と言って労をねぎらい忍びを下がらせると、小一郎は直ぐに動き出す。

いや動き出せねばならなかった。

この情報(今川義元様遠行)が何をもたらすか、いや正直なところ武田家の動きが気になるのである。

この時期に絶頂期を迎えている(であろう)武田軍が、このチャンスを見逃すであろうか...

虎視眈々構えて今川領攻略の軍を挙げるであろうと考えるのが普通である。

史実で桶狭間以降の今川領侵略を知っているから、どうしてもそう考えてしまう。

今川氏真様も良将ではあるが、武田様(信玄様)と比べると格の違いがはっきりと分ってしまうのだ。

では今川家が打てる有効な手段は...北条家と良くて織田家に援軍の依頼が来るぐらいであろう。

ただ北条家も、ご隠居様の容態はよろしくない。実際に指揮を執るのが北条氏政様では結果的に敗北は免れないだろう。しかし今の武田軍と戦をして互角の戦いが出来るのは上杉様(上杉謙信様)だけだと思われる...

だったらどうする?小一郎は難しい問題を突き付けられた。動き出したい武田家をどうやって止める...頭の痛い問題を抱えて尾張国に向かうのであった。

(あとの事は森殿と丹羽殿に託しています。

 また、軍一万はそのまま越前国に駐屯して頂くようお願いしています)



清須城に登城する前に自宅に帰るが、只ならぬ雰囲気に子供達も寄って来ない。

すると其処には、百地様・藤林様・服部様に服部殿・弥七殿が客室で待機していた。

百地様や藤林様は、小一郎より後に越前国や加賀国を出たはずなのだが...いや深く考えるのはやめよう。


「御足労頂きありがとうございます。」そう言って小一郎は語り出した。

いや、その前に報告があります。と言って弥七殿が、現状の報告を行い情報の共有を行い補足で伊賀衆が持っている情報を追加すると全員が渋い表情に。


・・・

・・・

・・・


「......あからさま、いや、白々しいな」


沈黙を破り誰かが呟き全員が頷く。

武田家の動きがおかしすぎるのだ。あたかも関心が無いとアピールしているみたいで違和感を感じてしまうのだ。

そんな事をしてでも武田家に取っては、千載一遇のチャンスである。

どうにかして駿河国や遠江国を手に入れたいであろう。


「白々しさ満点の武田家を止めるのは、至難の業だな。

 木下様!どうされますか?」


藤林様に問われた小一郎は渋い表情のままだが、改めて考えて見ると何か違和感を感じる。


「おかしいな...


 いや、あの武田様がこんなに簡単に尻尾を掴ませるものなのか...」


小一郎の言葉に全員に?が付いている。

伊賀衆に饗談の情報収集能力はとても優秀である(と思っている)が、あの武田様である。秘中の秘である同盟破棄を、そして自分から戦をする為には、根回しをして根気よく必勝態勢を引くはずの武田様がである。チャンスはチャンスであるが、直ぐに動かなくても内応などの策を駆使して...

重い空気が流れて、小一郎が出す答えを全員が待っていた。


・・・

・・・

・・・


「,,,あっ! そうか! そうなのか!」


つい声が大きくなるが、小一郎の中で何かが繋がった!

一人でうんうんと言って納得している。


「すまん、一人で納得してしまった。」


頭を掻き謝罪をしてから、自分の考えを述べる。


「武田様はご自分の寿命を考えている(と思う)

 言い換えれば、ご病気か何かで体調が良くないか老いを感じているのであろう

 そして、今回の今川義元様の遠行されてその上、北条氏康様も戦や政に携われぬぐらい体調が悪いと聞く。

 その事を鑑みると、目の前に一望千里の草刈り場が出現したように思われるのであろう。

 そして生い先が短い身としては、無茶をしてもどうにでもなると考えたのではないだろうか?


 あくまでも、推測だが...」


そう静かに言葉を紡ぎ出したが、状況は差し迫っている。

 

「では、我らはどの様に動けばよろしいか」


誰かの言葉に、参加者全員の緊張感が増していく。

そして腕を組み、眉間にシワを作りながら対応策を絞り出していく小一郎。


・・・・・・

・・・・・・


「もし今川家攻略に動けば、武田家の目と耳を奪う!

 織田領・斎藤家領の武田の忍びと歩き巫女を捕まえて頂く、その為の準備をお願いしたい。

 そして、作戦決行の指示は改めて出すのでそれまでは、待っていただきたい。


 ・・・


 また、自分が武田様の立場であれば、織田家に介入させぬ為に織田家の西・北・南で不穏な動きを起こす事を考える。その為に武田家の動きがあるはず。これを未然に伏せぐ為に密使を捕まえて頂きたい。

特に、織田家に不満を持っているであろう人物や各家に接触をすると思われるから...


宜しくお願いいたす」


「「はっ」」

「心得た」


と返事を頂き全員が屋敷を後にすると、小一郎も覚悟を決めて急ぎ清須城に登城するのである。

そして、其処には小一郎を待ち構えている殿達がいたのであった!


「遅い!」


殿の第一声である。

私室には既に織田信広様・佐久間様・柴田様・内藤様・蒲生様・三雲様に松永様が、対策を話し合っていた。

重苦しい雰囲気ではあるが、松永様だけはそこまで深刻では無かった。

経験値の違いであろうか!ピリピリしている殿の前でもどこ吹く風であった。

そして、話し合いでは武田家・今川家・北条家・上杉家を始めとした東国の国々の動きを注視して、何かあれば対応するという事で話は纏まっていたのである。

ただ、殿は何かを感じているのであろうか?殿独自の情報網からだした結論と違うのであろうか?終始いら立ちが見えていたのであるが...


「この対策!小一郎はどう思うか!」


「はっ、現時点ではこの対応がよろしいかと存じます」


問われた小一郎は、頭を垂れながら答えを(白々しく)返すのである。

しかし、その白々しさは参加者全員が気が付くところであり、小一郎(こいつ)は今度は何をしでかすのだと皆が思う。そして小一郎の腹芸はまだまだ未熟で合った。


「そうか...では当面の間は、東国の動きに注視する!以上だ」


殿の機嫌も少し良くなり解散となると...

小一郎は、三雲様を捕まえて別室にて甲賀衆の協力依頼をしたのは秘密である...が織田家重臣方の中では秘密にならなかったのである。


清須城を後にした小一郎を城外で弥七殿が待っていた。

表情が硬い。


今度は何があった!


小一郎の直感が悪い事が起こったと訴える!


「何だとぉぉぉぉ!」


耳打ちされた言葉に、大声を出して狼狽える。

清須城の大手門前だが、関係が無かった。

いや、抑える事が出来なかった。

まさかの出来事が起こっている。政秀寺の覚慶様がさらわれたのだ。

饗談の者達にも死傷者が出ているとの事だった。

後悔してもしきれないが...


「あの時...」


小声で呟くが、最早後の祭りである。

罪なき者を殺す事が出来なかった小一郎の、戦国武将としての弱さが甘さが現れたのである。いや、史実でも、三好家は諸事情により覚慶様を殺す事は出来なかったのだ。それはある意味歴史通りであろう。

ただ、命の危険があった覚慶様の安全を確保して、畿内が平安を迎えたらやがては興福寺別当となり、高僧としてその生涯を終えるはずそんな未来を送らせたかったのであるが...


「弥七殿、ケガをした者には十分養生してもらい。また、亡くなった者は手厚く葬ってやってくれ


 ...すまぬ


・・・・・・


それと、饗談と伊賀衆に連絡して覚慶様の行方を追ってくれ」


その言葉を何とか絞り出して、再び清須城に入って行くのであった。




神無月の初頃



あれから覚慶様の捜索も捗らず。武田家も何かを待っているかの如く動きが無かった。

そんな中、弥七殿から、文が届く。

内容は確証はないがとの前置き付きだが、甲斐国で足利義秋という人物が動いているらしい...と


「何だとぉぉぉぉ!」


目を見開き、驚く小一郎。山崎関所に大声が響く。

尻尾を掴んだと思ったら、還俗していたとは!

この情報を掴んだという事は...多分準備はかなり進んでいるのであろう。


武田家の動きの一端がつかめたのである。

今川家攻めと見せかけて実は、上洛作戦であったのだ。

小一郎は前世の記憶から今川家攻めをして、遠江国・駿府国を攻略するものと思い込んだのだ。

そして、まんまと偽情報をつかまされて踊らされていたのである。


まず、覚慶様は還俗して足利義秋様と名乗り、足利将軍家の当主になる事を宣言し諸国の大名に御内書を発し上洛の為に出兵を要請し出したのだ。

他力本願を地で行くスタイルはこの世界でも変わらない(らしい)

本人は全く気が付いてないのであろうが、足利13代将軍がお亡くなりになってから6年、何事も問題なく世の中は回っているのである。もはや足利将軍家は無用の長物であり山城国に京に上洛!14代将軍に就任すればトラブルメーカーにしかならない、それが小一郎の考えであったし、足利将軍家には良い感情が無いのは、殿とも同じであった(個人的には無かったのだが...)


そして、恥も外聞も無く足利将軍家の使者が訪れる。

足利将軍家からしたら織田家を味方に付けたらその時点で目的が達成されるからだった。

しかし、使者と殿の会談は予想通り決裂した!当たり前の話である。織田家は影ながら覚慶様を護衛していた者達に死傷者が出ている。また、今日迄覚慶様が安全に過ごせる様に守って来たのだ。其れを飛ぶ鳥跡を濁しまくって出て行ったのである。

その様な状況で、誰が足利将軍家になどに従うのだろう?いや、むしろこの状況で織田家が従うと思うお花畑な思考が問題であろう。


そして...交渉決裂!


この様な事態に至っては、もうどうしようも無かった。

行き着く所まで行くしかなくなったのである。

そして、尾張国清須城には、早馬が情報をもって押し掛けていた!


まず、この交渉決裂を予想(予定)していた武田様は、甲斐信濃から全軍3万5千を持って東美濃に侵攻作戦を開始した事。時を同じくして、駿府より軍1万5千が出陣!尾張国国境に進軍中との事。上杉軍が越中国に進軍した事などである。

殿は、急ぎ鳴海の関所に織田信広様を沓掛城には内藤様に各5千人づつの兵を預けて守らせる。

また、蒲生様を始めとした近江衆に軍3万を預けて摂津国や山崎関所に駐留するように指示を出して織田家西の守りを任す。また森殿・丹羽殿に指示を出して越前国から転進して、織田信光様と合流して指揮下に入り北の守りに専念するように指示を矢継ぎ早にだした。

それと、斎藤家と北畠家には援軍の要請を出したのである。



それからと言うと、饗談と伊賀衆の情報収集で色々な事が分かって来た。

まず、足利将軍家の一門の今川家や吉良家を武田家の後押しで巻き込んだのだ。何かを待っていた様に、足利家の使者として三淵藤英殿と細川藤孝殿が今川家を秘密裏に訪れて、協力する事を約束させた!次に北条家を訪れて、今度は武田家と今川家が協力するのだ。同盟国である北条家も是非にと強気に迫る。いや、三淵殿と細川殿の駆け引きの旨さであろう。そして最後の殺し文句である上杉家とも同盟を結ぶ用意があると!。そして...でも...北条家が...だったら...北条氏政様は更なるゆさぶりに陥落をしてしまった!しかしそれは仕方が無い事だと思う。あの軍神!上杉謙信様であるし、軍神が率いる上杉軍の怖さは北条軍は身に染みて分かっている。そして、それに対抗できる名将!北条氏康様の命は燃え尽きようとしていたからである。

その後、上杉家を訪れた三淵藤英殿と細川藤孝殿は、交流のあった先代(足利義輝様)の無念を引き合いに出して、上杉様の義侠心を刺激!跡を継ぐ足利義秋様を、是非助けてほしいと、そして足利義秋様が征夷大将軍になり日ノ本統治するのが慣例であると説き伏せ、上杉家を4国同盟締結に舵を切らせたのである。

其処には、三淵殿と細川殿が一世一代の大仕事をこなしたのであった。


悪い知らせは、後を絶たない。

森殿、丹羽殿が退去した越前国では、次期党首の座を巡り小競り合いが...そして次第に戦火は大きくなって行き越前国を二分する内戦に陥ったのである。

武田家が接触した朝倉景健殿と、上杉家が庇護していた朝倉景嘉殿の争いで、其れは織田家の勢力圏内で武田家と上杉家の代理戦争の様相であった。

また加賀国の一向衆は恐怖に飲み込まれようとしていた。越中国を少しずつ支配下に置きながら上杉軍が西進してくるのである。!それと時期を合わせるように能登国の畠山家(永禄九年の政変で傀儡政権である)も出陣、状況は最悪の事態を迎えようとしていた。上杉家の一向一揆に対する恨みは凄まじく、上杉軍の猛攻に晒された一向一揆軍(越中国内)は各地で敗退したのである。

まだまだ悪い話は続く、織田家に仕えた畠山様達の行方が分からなくなっいるし、丹後国の一色家の動きもおかしい?気を付ける必要がある。

ただ、幸いな事に丹波の国人領主達や播磨国の国人領主達に大和国南部の国人領主や寺社領ではこれといって大きな動きが無い。また、本願寺顕如様にも武田家や足利将軍家からの誘いは来ているはずだが戦には参戦しない事を表明した。小一郎はその事に疑問に感じたが、その疑問は服部殿の報告で納得が出来た。本願寺顕如様は戦の後遺症でいまだに苦しんでいるらしく、日常の生活には支障はなくなって来たが、突発的に何かがあると、あの時の事を思い出し苦しみ過呼吸になるそうだ。そんな状況では戦どころでは無いだろう。

しかしその数日後...河内国で畠山様謀反!そしてその勢力の主力は雑賀衆であると早馬で知らせが入っる。状況は悪くなるばかりであった。ただ旧領の民には畠山様の声は響かず、虚しい空気が流れたそうである。また摂津国の上杉軍には、摂津国の浅井家と北畠家の両軍でにらみを利かせて動けない様にしているのであった。それと和泉国の武田家では不気味な程、動きが無かったのである...


その頃、武田軍(本隊)は東美濃の平定!織田軍・斎藤軍と対峙していた。

あっという間に遠山一族を傘下に収めていったのである。其れは武田派の遠山家が降伏勧告をして無血で平定したのであった。


「壮観だな」ニヤリ


「殿、そんなに悠長に...」


尾張国国境に織田軍4万人(守備兵も動員している)と北畠軍1万人と、中美濃と東美濃の境辺りで斎藤軍1万5千人と武田軍3万5千人が防御陣地をしっかりと固めて対峙している。そんな時に悠長に語る織田信長様(との)に佐久間様が苦言を発するが、どこ吹く風だった。

其処には、小一郎の策が託されていた。

いや、策とは言えないが織田軍と武田軍がまともに野戦をしたら武田軍が勝ちます。

これだけの大軍同士の戦いです。総大将の用兵が勝敗を決めるでしょう!ですから防御を固めて膠着させて下せい。武田軍は雪が降る迄に戦いの帰趨を決したいのです。ですから時間を稼いで下さい。

と言いにくい事をはっきりと言われ、苦笑いをするしかなかったが武田軍は、織田信長様にとっても高い壁であったのだ。

また、尾張国と三河国の国境沿いの戦いは、出陣はしたが積極的な戦闘の意思がない今川家は少し離れた所に布陣して、にらみ合うだけであった。

それとは別に、北条家では北条氏康様が遠行、戦処では無く出陣を取り止めたのであった。


そして、東美濃の各地で局地戦が始まった。

織田軍や北畠軍は、防御を固めた陣地に陣取り防御に努め守り勝つ戦を徹底していたが、其れを武田軍は何とか戦場に引っ張り出そうと、あの手この手で攻め寄せるのだ。だが斎藤軍は状況が違った。

美濃国内や織田家ではその才能を高く評価されていた今孔明こと、竹中半兵衛殿がその才能を発揮した。斎藤軍軍師として全軍を手足の様に動かし出したのだ。

竹中殿の指揮で良将の美濃三人衆をはじめとした諸将は、あの武田家の武将達を翻弄!常に先手を取って戦を有利に進めていった。ただ、武田軍も負けてはいない。先手を取られても焦らず挽回して行く、また時には味方の援軍を得て体勢を立て直し反撃の一撃を喰らわす事もあった。ただ武田家の諸将の認識は、斉藤家は油断ならんと警戒をする様になったのである。




霜月初旬 山崎関所



会談決裂後、殿の了承の下に尾張国を離れた小一郎は、各地を回り山崎関所に帰って来ていた。

織田軍の補給の段取りを、増田君達に指示を出して一任!小一郎は関白様や蒲生様など会談、今後の対策に奔走していた。

関白様との会談時に、春に提案していた次期日ノ本の統治構想も今回の足利義秋様の挙兵で御破算になってしまったと報告を受けて、ごっそりと気力!が日ノ本に対する責任感!が削げ落ちたのであったが、何とか表情に出さずに踏みとどまったのである。

そして、何とか全ての段取りを整えた。いや認めさせた。無理矢理段取りを付けたと...今回の事で関白様を始め朝廷の重鎮達は小一郎の行動力に!対応力に!申し出に!震え上がった。


準備を万端にして、伊勢国よりある方を迎えて小一郎は護衛(山崎関所の軍勢一万)と供に入京!ここに来て舞台は全て整ったのである。



霜月中旬 山城国 


あるニュースが発表される。

それは全国に激震をもたらした!


"足利幕府14代将軍に足利義助様が就任"


をしたと言うものであった!

織田家の助けを借りての就任で、現在上洛作戦を推し進めている足利義秋様の根拠を打ち砕く初手の策であった。


ニュースはそれだでは終わらない。

翌日...将軍である足利義助様が...


"大政奉還"


を行って、正親町天皇が奏上を勅許したのである。

この事によって、足利幕府は14代で終わりを告げたのである。

いや、誰かの次手の策で終わらされたのである。


そして小一郎の策は更に追い打ちをかけるのだ。

次のニュースも衝撃が全国を駆け巡る。

大政奉還の翌日には、村井様が殿の代理として参内、帝にある事を申し入れて受理されたのだ。


"それは蘭奢待の切り取りであった!"


過去に足利義満様、足利義教様、足利義政様、土岐頼武様しか切り取られていない皇室のいや、天下第一の名香と謳われいてそれを、織田信長様が切り取る事の許可を得たのである。

その事は、織田家と皇室や朝廷との良い関係性を表し、深読みすると朝廷は織田家の味方ですと表明したのと同じであった。ただ、この件に関しての小一郎の読みは甘かったのである。

そして、三つ目のニュースの発表を待って小一郎は伊賀衆・饗談・甲賀衆に連絡!武田家の目と耳を奪う作戦を実行した!また、服部殿には別の作戦の実行を出したのであった。


衝撃の情報の津波が、全国に広がりどの大名や諸将達も続けざまに三回の衝撃を受けたのである!

その後に小一郎にもたらされた饗談からの情報によると、武田様は最初の一報(足利幕府14代将軍に足利義助様が就任)で激怒して軍扇を「ちくしょうめぇぇぇぇぇぇ」と言って下に投げつけたそうだ。

次の情報(大政奉還)がもたらされると、バキと音がしたと思ったら新しい軍扇が二つに折られていて、武田様は再び激怒!側近が声を掛けれないほどの怒り状態であった。

そして、次の情報が届く(蘭奢待の切り取り)と怒りに我を忘れて、織田信長様にたいして罵詈雑言を発したそうだ。それは普段から冷静沈着で思慮深い武田様には信じられない光景であった(らしい)


また、参陣している足利義秋様の下にも、この情報はもたらされてたら...

会った事の無い足利義助様にたいして、甲高い声で罵詈雑言を発し、何かの物に当たり何とか心の平安を取り戻そうと足掻いたが、次の情報(大政奉還)がもたらされ、内容を理解するとキィィィィと甲高い声で叫んだ後、泡を吹いて倒れたそうである。


今川様や北条様にも驚きを持って伝えられた情報で、至急!今後の対策会議が持たれたのである。

幸い?にして戦端が開いていない(対陣しての睨み合いのみ)今川家では、どうやって織田家と停戦or終戦にするか、頭が痛い問題であった。

また、ご隠居様(北条氏康様の)遠行で戦人参加していない北条家では、ご隠居様が命を掛けて最後の最後まで、北条家を導いてくれたと話す家臣が沢山いたそうだ。


ただ、上杉様は別格であった。

これらの情報がもたらされても、何食わぬ顔で「そうか、ご苦労」と聞き流し。


「では、皆の者撤退するとしようか」


豪放磊落とはこの方の為にある言葉ではないかと思わせるほどで、これらの情報を受け止め速断!越中国(越後国)に帰還する事を決めたのである。

今回の戦で、神速をもって越中国を平定!その足で加賀国に攻め入っている。そして長年の宿敵である一向一揆勢に致命的な損害を与えて、悠々と引き上げていく正に名将であった!

ただ、引き際を誤った武将もいた。

能登国の畠山様である。

加賀国に領土的野心の無い上杉様が見事な撤退した後も、領土的野心たっぷりの能登畠山家軍は一向一揆勢と戦火を交えて泥沼の戦いに突入してしまって引くに引けなくなってしまった。

初雪の便りが届きそうな時期に、苦しい戦を続けたのであった。

また、それとは別にこの情報を聞いてもそれどころではない者達がいた。

越前国、朝倉家での内戦である。

振り上げた拳は最早降ろせずに、激しい内戦に向かっていくのであった...


そして忘れてはいけない。

この情報が織田信長様(との)に届いた時は大変であった(らしい)

小一郎は殿に相談なく、いや相談する暇なく策を立案、事後承諾で全てを進めたからである。

聞いた所によると、最初の一報(足利幕府14代将軍に足利義助様が就任)では、顔を真っ赤にして小一郎に激怒していたそうだ。

第二報(大政奉還)がもたらされると、顔を真っ青にして小一郎に超激怒していたらしい。

第三報(蘭奢待の切り取り)では、殿はフリーズ!口から何かが抜けだしかけたそうである。

それを聞き、小一郎は思った...君主って大変...100%他人事であった。


ここに来て、武田様の打った奇手が見事に返され戦の潮目が変わった!

此処からは、織田家のターンであるが簡単には攻め込めなかった。

流石、武田様である。織田連合軍(斉藤軍・北畠軍)の攻勢に備えて防備を固め簡単に戦端を開けない状況をを作り出す。下手に戦を仕掛けると大打撃を被りかねない。この様な事態になっても士気に緩みはない武田様は正に名将であろう!


そして、師走に入った頃に小一郎が武田義信様(還俗済み)と一緒に尾張国に帰って来た。

和泉国武田家、いや武田義信殿とその一党の引き抜きは、武田信玄様達の挙兵後に服部様を通じて行ったのである。武田本家から追放されて、三国同盟の関係で命を長らえたが扱いは惨い物であった。実質上お荷物状態の武田殿が小一郎の話に乗るのは至極真っ当な流れであったのだ。そして作戦決行の合図を下に武田本家から付けられた重臣達を拘束!武田家を追放されたかつての部下達(約30人強)も武田義信殿の決起に参加!手柄を立てたそうだ。その後本家から来た家臣達を見た者はいなかったそうな。

そして、その日のうちに織田信長様(との)との会談を織田家本陣で行われ遠くには武田軍の陣地が見えるのである。また、会談中に小一郎が仕掛けた作戦(意地悪)が、武田家に対して更に追い打ちをかける!




「とのぉぉぉぉぉ!」


一人の側近が走り込んで来て落ち着きが無く、報告する。


「と と 殿、 おだ 織田 織田本陣に・・・

 武田菱が立っております-」


「何だと」叫ぶのとほぼ同時に本陣を走り出し...


「あの男は鬼か、悪魔か...」


織田本陣に立っている武田菱の旗印を確認した武田様は、その場に崩れてしまったのだ。

そして静かに。


「もはや、これまでか...」


と語ったそうだ。

旗印を見て武田様は理解したのだ。

和泉国武田家が織田方に付いたことを。

あれだけ催促しても、兵を挙げなかった事の真意を理解したのだ。

織田家の西側の反織田陣営は挙兵に失敗、波風も立たずかく乱する事は叶わなかったのである。


そして、織田家には待ちに待ったが吉報が武田軍には訪れてほしくない物がやって来た。

そう本格的に冬将軍が本格的にやって来たのであった!





武田殿との会談後に、直ぐに軍議が始まった。

その場には、斎藤様や北畠様も参加されていて、勿論、竹中殿も同席していた。

織田方の各諸将も小一郎が帰って来たと聞いていたので、最終局面に入ったなと感じていて緊張感が半端ない。


「では、軍議を始める」


そして、小一郎はあの件を報告!斎藤様達や北畠様達に織田家諸将の手前、表情は激怒しているが褒める事しかできない殿がいたのである。

殿の激怒の表情で重苦しい雰囲気で始まった軍議も戦の流れが我が方にある為に、積極的に打って出て武田軍を打ち破る好機との意見が大半を占めるが...

具体的な用兵に関しては、誰も明確な回答が出せない。

それもそうだ。織田同盟軍6万5千に対して武田軍3万5千!両軍合わせて10万人の決戦であるからだ。


「小一郎ー!」


何か話せ(策を出せ)とまだ激怒りモードで声がかかるが,,,


「はっ

 自分よりも、適任者がおります。

 是非、その方のお考えを聞いて下さい」


そう話して、竹中殿を推薦した。

どうあがいても、用兵に関しては竹中殿の方が上手だからだ。


最初は、固辞をしていたが斎藤様のご許可の下で話始める...

それは、立て板に水を流すが如く理路整然とした作戦案であり、これが旨く行けば、いやこの者の指揮に従えばあの武田軍を打ち破る事も可能と思わせるほど素晴らしい内容のものであり、その説明を受けた諸将の満場一致で作戦決行!武田軍との決戦に舵を切ったのであった!



師走中旬



織田連合軍と武田軍が、東美濃を舞台に激突した。

今まで守りを固めていた織田軍(北畠軍)が積極的に動き出した!


「動いたか!」


武田様はいや武田軍は、織田連合軍の攻勢を予測していた。

知っていたわけではない。織田軍の雰囲気が変わったと肌で感じていたのだ!

だから、驚きもなければ焦りも無い。

武田信玄様の下で戦ってきた強者ばかりである。決戦にて雌雄を決しようと武田軍の指揮も高かったのだ!


そして数日前から、小一郎も動き出していた。

伊賀衆と饗談の忍びを東美濃に秘かに忍ばせ、決戦が始まったら伝令を打ち取るように指示していた。

またある作戦を指示していて、作戦(いやがらせ)が実行されたのは決戦が始まってから一刻後であった。

その効果はてきめんで武田軍全軍に動揺が走ったのだ!


"木曾義昌殿ご謀反"


武田全軍の士気が目に見えて一気に萎んでいく。

木曽殿が裏切りば、帰る道が無いからだ。

叱咤激励をして部隊を立て直そうとする武田家諸将だが、いくら強兵でも農民である。

一度、動揺してしまうとどうしようもなかった。

本陣に伝令を出して確かめようとしても、伝令が帰ってこない。

また、武田様も動揺を鎮めようと、伝令を出してその事が虚偽である事を伝えようとするが、諸将に伝令が届くことはほとんど無かった...

また、立て続けに虚偽情報が流れる。

"武田家は朝敵になった"とか"馬場殿や山形殿戦死"など武田家の士気を下げるものばかりであった。


動揺が波紋の様に広がって行く様子を織田本陣から眺めていた小一郎は、「これで、被害が少なく済む」と小声で呟く。あとは竹中殿の指揮の下で武田軍を相手に猛攻を掛けるのだ。

そして両軍が入り乱れた戦場も、時間にして二刻ぐらいが立った頃であろう。

大軍を効率的に運用して戦う織田連合軍に対して、士気の下がった状態でも何とか踏みとどまっている武田軍だったが、兵士達の体力も尽きようとしていた。いや、あの状態で織田連合軍の攻撃を二刻支える武田家の諸将の統率力は、凄まじいものであったが其れも限界を迎えようとしていた。

いつどの部隊が抜かれてもおかしくない状況まで追い込まれている。

各諸将も最早これまでと、覚悟を決めようとしていたその時であった。


「掛かれぇぇぇ!」


戦場に大きな声が響く!それは風林火山の旗印を全面に押し出して、織田家最強の部隊である柴田隊に突撃する部隊があったのだ!!!その部隊は柴田隊に強烈な一撃を与えると、佐久間隊に蜂屋隊と次々と一撃で各隊を切り裂いて織田方の攻勢止める。それは武田軍全体に勇気を与える物であった!

流石にまずいと思った竹中殿も、撤退の指示を出し戦場に陣貝が吹かれると、それに合わせたように武田軍でも陣貝が吹かれ双方が兵を治める事となった。

正に名将の戦いと、見事な引き際で合った!


その後、部隊を再編した時には戦場に武田軍は戦場にいなかったのだ。

追撃は行わずに、東美濃の確保に動いた織田連合軍は各遠山家を織田家の傘下に収めて撤収するのである。

因みに、この戦での死傷者は織田連合軍約3千人に対して武田軍約1万人を失う大敗でありこの敗戦で、武田家の影響力が急激に下がったのは仕方のない事であろう。


そして、激動の1571年は静かに幕を閉じたのであった......



つづく。



 




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