表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/47

1563年-1

誤字報告有難うございます。





「殿、お呼びですか」


松の内が明けた頃にお茶を飲みながらたわいの無い話をしてから、本題に・・・


「将軍様が激怒しているそうだ」


「清酒が無いと言ってな、正月に用意出来なかったみたいだ。それにご自分達が邪魔をしたと認識していないみたいで困るし、献上品を持って行けないのだがなぁ」(もう持って行く気も無いのだが)


「でだ、帝と関白様(さーくん)と山科様の所には献上があったと"ホホホホ"言いながら話したみたいで、それが火に油を注いだみたいになったそうだ」


「そしてここから本題だ。六角家に織田家に対する討伐令がでた。

 よって敵方3国同盟が相手だ。対策を命ずる」


しばし考えこみ・・・・・・


「はっ、では申し上げます」


そう断ってから話し始める。

昨年から温めている作戦の一つだ。


「まず、六角軍の迎撃地点は2ヶ所で一ヶ所目は、本命の八風街道国境沿いに防御施設を建設して迎え撃ちます。二ヶ所目は東海道の国境沿いも防御施設を建設しておきます。このどちらかに進軍してくると思われます。また伊賀街道と他の峠道には少数の部隊を派遣し対応します。それで北畠軍の対応ですが神戸城と亀山城を最終防衛戦として野戦をした後にジリジリと後退、北勢に呼び込み籠城しながら対応します」


「これが基本戦略です。いかがでしょうか?」


「攻め手は?」


「お任せ下さい。

 しかし、将軍家に貸しを造ると大変ですなぁ」

(いや渡りに船かと思う)


そう言って部屋を出る、急がねばならんと思い親方と弥七殿に指示を出し手を打って行くのだ。

三好家の援助も頼んだ。貸している分は返してもらう。

京の近江との国境付近に軍を派遣してもらう様に、殿に頼んどかなきゃ!

因みに、弥七殿の情報で六角家のご隠居と当主の弟が蒲生殿の取りなしで和解し観音寺城に帰って来たらしいが、力をかなり失ったらしい。


「大樹、六角軍が出陣したと」


「フフフ、将軍家を軽んじた事を後悔するがよい!」


京の仮御所でほくそ笑む足利将軍様がいた。

六角軍が出陣するのと時を合わせて畠山軍(根来衆)が和泉に進出、三好軍と戦闘が起こった。

六角軍の援護である。しかし三好家は凄かった。畠山軍(根来衆)の戦闘とは別に一軍を対六角家に対して国境付近に5000人を展開したのだ。約束は守ったぞと言わんばかりの松永殿が陣中にいたらしい。

意気揚々と出陣した筈の六角軍は急報を聞き、大将に蒲生殿を指名し4000人を預け急行させるのであった(松永殿に対抗できる者で信用できる者が蒲生殿しか現状いないから)


「足利も役に立たん」


「何が、作戦は完璧だ」


ぶつぶつと文句を垂れ機嫌が悪いご当主の六角義治殿がいた。

1万人の大軍で伊勢に進軍、領地奪還の作戦は初めから躓いたのだ機嫌も悪くもなろう。そして・・・


「なにぃぃぃ」


八風街道を進軍中に来た伝令の報告に、絶叫するのであった。


織田軍の配置は、八風街道の砦に柴田様と兵2000・東海道に内藤様と兵2000・伊賀街道とその他峠で兵500・今川の備えは、織田信広様と平手様が担当している。

そして防衛線の亀山城に村井様が入り兵2000と退却戦担当兼神戸城の守将に佐久間信盛様と兵5000、副将に佐久間盛次様と森様が付いて万全の体制をしいて北畠軍の出陣を待っている。

そして、僕は・・・清洲城で村井様(ないせいのたつじん)の仕事を担当して地獄を見ていた。

ただしかし、そこに一筋の光明が・・・


「ごめん、村井殿(ぎりのちち)はいらっしゃるか?」


清洲城を訪ねて来たのは前田殿(ぎりのあに)であった。

やっと引継ぎが終わり、織田陣営に加わってくれたのだ。

話によると、小松原寺の住職希望者の選定に今まで時間が掛かったとの事、中央は戦ばかりで荒れていて、尾張に来たがる者が多数いたとか・・・

前田殿(ぎりのあに)に関様を加えて、増田君と僕で何とか乗り切れるかなぁ~。


その頃になると早馬が清洲にも到着し出す。

柴田様、六角軍と戦闘開始、なお砦の完成にはもう少し時間が掛かると。

内藤様や他の対六角の守備隊からは、敵影無しと連絡が入って来る。

そして・・・数日後に北畠軍、木造隊・長野隊と佐久間隊の戦闘が始まった。

北畠軍の10000人に対して佐久間隊は半分の5000、じりじりと押し込まれるが、のらりくらりと撤退戦を開始する。相手に決定的な場面は作らせずに北畠軍をはぐらかして徐々に神戸城付近までおびき寄せた。

その頃、柴田隊も相手方六角軍の猛攻を良くしのいでいる。

柴田隊の副将は滝川殿で、織田鉄砲隊200挺で相手の将を中心に狙っている。

その為、相手方は戦が長引くほど組織的な動きが出来なくなるだろう。今が踏ん張りどころである。

ところで、殿はいずこに・・・佐久間隊と北畠軍の戦闘が始まったと聞くと、静かに清洲城から姿を消していった。


戦が始まり、約二週間戦線の膠着が見られだす。

抜けない八風街道の砦にイライラし出す、六角家ご当主。

このままでは、北畠家に旧領を平らげられてしまうと焦っているだろう。

北畠軍は、尾張の弱兵など敵にあらずと優位に戦を進めていた。

北畠家ご隠居様とご当主は、北勢に勢力が広げれると期待を胸に膨らましているだろう。

何故って織田軍は後詰めが来ない。籠城戦は援軍が来るのが大前提だが尾張方面からの援軍の様子もない。ただ、内藤隊が亀山城に援軍で押し寄せ、被害を与えられた位である。

そして、北畠軍にゆるみは無いがスキが見え始めるのである。




「では殿、お先に!」


「皆さん、野獣になりましょう」

「いくぞぉぉぉぉぉぉ!」


夜明け前に南伊勢方面から織田軍の蜂屋様(バーサーカー)が鬼の形相で神戸城を包囲している北畠軍本陣に奇襲を掛ける。

一人の狂戦士に率いられたオオカミの群れ500匹が突っ込んでいく、前方にいる敵兵をひき殺しながら。

北畠軍本陣は途端に大混乱が起こり、何が起きたか理解せぬまま命を落とした者が多数いた。その混乱を見て城より打って出る佐久間盛次様とその手勢も見事な働きをするのだ。それはまるで今までのうっぷんを晴らすが如くであった。

そして殿は、混乱に乗じて逃げようとする敵兵や敵将を討っていくのだ。

全てが終わった時には、重傷を負った北畠家のご隠居・北畠具教殿を捕虜に、ご当主の北畠具房殿や重臣達数名の討ち死にが確認できた。


「殿、お見事でございました!」


城外に出て来た、佐久間殿達は安堵の表情を浮かべているのだ。

幾ら作戦とは言え、包囲されるのは良い気分ではない。万が一も考えられるからだ。

その後の処理を佐久間様(信盛)に任せて、兵を再編して6000の兵で亀山城の救援に向かう。

ただ、その頃になると木造殿と長野殿が率いる亀山城包囲部隊に、北畠軍本隊壊滅の報は届いていた。

「えっ」と言葉を失う長野殿に木造殿、織田軍(城方)の反撃の前に退却を図る事を勧める重臣達に何とか頷き、個々に戦線の離脱を行うのであった。

また、撤退中の木造軍と遭遇した織田本隊は決死の覚悟で突撃してくる木造軍を受け流し最小限の被害で済んだのであった。



「皆のお陰で、窮地を脱する事が出来た。感謝する」


出陣している諸将を前に、殿が謝辞を述べた。

事実かなりのピンチだったからだ。


「そして、ここからは攻勢に出る!

 敵方は混乱している(はず)ここは一気に攻勢に出るぞ!」


高らかに宣言をして攻略目標を木造城として、準備が整い次第出発する事で軍議の終わりを告げると諸将は目の色を変えて動き出したのであった。


「しかし殿、見事な作戦でございましたなぁ」


解散後に蜂屋様が殿の作戦を褒めたたえると・・・


「いや違うぞ、あれは小一郎の作戦だ!」


「えっ」と驚きが隠せない蜂屋様だ。それもそうだ蜂屋様は小一郎が九鬼殿を味方に引き入れたり、伊賀との繋がりを取ったり伊勢志摩の地図を作り作戦立案をしていたことなど知らなかったからだ。


「では殿、小一郎はどのようにしてあのような作戦を立案したのですか?

 建築中の安濃津城の荷揚げの為とはいえ津が設けられている事をどこで知ったのですか?」


「まぁ、蛇の道はヘビと言うではないか」と煙に巻きこの話はここで終わった。

その後、織田軍は順次出発!木造城攻略の為に進軍していった。


その頃、北畠勢は現状の把握に追われている。

ご隠居の北畠具教殿と当主の北畠具房殿と重臣方の行方が知れないからだ。落ち延びて来た兵士達に聞いても混乱の中で何もわからないとか、本陣に織田軍が突撃して来たとか断片的な情報しか集まらずに焦りが募るのであった。


「殿、織田軍が木造城を目指して近づいてきております」「ご苦労」と一言掛けると籠城の指示を出す。

本来なら霧山御所まで下がり態勢を立て直したいが、ここを抜かれると松阪が織田の手に落ちるやもしれん、それだけは避けなければと考え、悲壮な思いを胸に織田軍と対峙するのであった。



「木造城が織田軍に包囲をされております。至急援軍をお願いしたい」と長野城にて木造殿の使者が長野家当主に訴えているしかし、良い言葉が出てこない。

それもそうだ、木造殿(おじうえ)を救援に向かいたいが向かえない現実がある。

「うむ分かった、下がって休め」と言うしかなかった。

雲林院祐基殿と細野藤光殿の二人の重臣が鋭い視線で当主長野具藤殿を見ていたからだ。

2人の顔に書いて有るのは"援軍を送る余裕は無い"と書いてある。事実2000の兵を引き連れて出陣したが、退却戦の後城までだどり付いたのは1000人を切っていたのだ。これでは援軍どころでは無い。良くて籠城戦しかできない現状であるが、北畠家が一番の当主と長野家第一の雲林院祐基殿と細野藤光殿の間に決定的な確執が生れ始めたのであった・・・



その頃、小一郎は・・・報告書の山の中に埋もれていた。

村井様が不在の為に小一郎に仕事が割り振られて、アップアップしていた。

岡本殿と関殿もなれないながら一生懸命処理をしてくれていた。


「申し上げます 殿が率いた本隊が、城を包囲していた北畠軍の本陣を強襲して我が軍大勝利と報告がありました」


「合い分かった」


執務室に歓声と供に安堵の空気が流れる「さぁもうひと頑張りです」と関殿が声を掛けて報告書の処理に邁進していくのであった。


「木下様・・・」帰り道声を掛けてくれる弥七殿が居た。

「ご苦労様です、皆は無事ですか、この度は無理な事を言いました」と素直な気持ちで感謝を述べる。

今回の戦では、相手方の伝令の捕縛と津の確保をお願いしていたからだ。

「問題ございません」と無事に任務を全うした事を報告してから、戦況報告をしてくれた。


「予想以上の戦果ですね。

 北畠のご隠居様を捕縛しご当主を討ち取ったし、重臣も数人討ち取ったからもうガタガタですね」ニヤリ


「ご苦労様です。また何かあったら報告をお願いします」と話すと、弥七殿は闇に消えていった・・・

「では、次の準備にかかりますか」と独り言を呟きながら愛妻の待つ自宅へと帰るのであった。



つづく。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ