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魔剣戦記 Ⅱ  作者: せの あすか
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1008年12月29日

ーーーオルドナ北方 オサザの街 商人頭 イェモンの場合ーーー



朝からえらい騒ぎだ。

南西に向く窓の外、遠くの空に黒い煙。


風向きは、こっち。



山崩れ?

とか言ってやがったな。噴火とは違うのか。

まだ地鳴りがやまない。




・・・やはり降るな。それも大量にだ。




「サラ、ウェア!!ちょっと来い!」



居間にいる妻と、20歳になったばかりの息子を呼ぶ。



「サラ、いま出荷準備中の農作物、大急ぎで全部作業止めろ。

もう荷が出てるものもできるだけ呼び戻せ。

文句言ってくるやつがいたら適当にゴマかしてくれ。

とにかく出荷はしない。


ウェア、お前はブンザの市場に行って、いま出てる作物・・・

そうだな、芋、麦、米だけでもいい、できるだけ買いあさって来い。

金はいくら使っても構わん。

荷馬車2台持っていけ。急げ。


オレはザクソンに行ってくる。」




「な・・・なんで・・・?

みんな正月の準備で・・・よく売れる時なのに・・・」



・・・このガキは。

いくつになってもイラっとさせる。




「つべこべ言うな、上がるんだよ、値が!!!

早く支度しろ!!!!!


い ま す ぐ だ ! ! !


サラも急げ!」



妻と息子が慌てて出ていく。

出来の悪い息子だが、あと数年で一人前に仕込まなければならない。


商いは機が全て。

動くときは、軍よりも早く動かなければならない。

息子は頭は悪くないが、いかんせん動きがトロい。

やはり下手にペ・ロウなどに遊学に出したのがまずかったか。


無駄に知識が増えて他人の都合が見えてくると、どうしても動きが鈍くなる。

無知も鈍感も、武器になる。そういうもんだ。




しかし・・・・




再び南西の空を眺める。

黒い煙。もう天の見えないところまで上がって拡がっている。




秋蒔きの麦は・・・下手をすれば全滅か。


長引かなければいいが・・・






ーーーオルドナ 首都ビルト 清掃人 レイムの場合ーーー



街が騒がしい。慌てて家財道具をまとめてる奴もいる。

普段なら大騒ぎしてみっともねえ、と思うんだろうが、今回はしょうがねえ。


噴火なんて初めて見たが、あんな怖いモンだとは。


ここまで溶岩みてえなものが来ることはあるんだろうか。


貧民街のヤツらに聞いてみても、皆わからねえと首を振る。

今度役人にでも聞いてみるか。




そういや、ボニエ川に水が来なくなったらしい。



この街の人間は糞やションベンをあの川に垂れ流す。

まあ、道に捨ててくヤツも居るが・・・


上流では飲めるくらい綺麗な水が、ビルトを抜ける頃にはえらく臭いドブ川になるんだから、人間ってのは罪深いもんだ。


しかし、あの川がなくなったらどうなっちまうんだろうか。



・・・街中糞だらけか。

ゴミも流さずに道に置くようになるか。



そうなりゃ、俺達清掃人は大儲けだ。

なんせ、ゴミを拾えば拾うだけ金になる。




今まで1個だった糞バケツを2個にしておくか。


糞だって農家に持ってきゃ金いくらかにはなる。

増えるんなら拾わねえのは勿体無い。




おっと、急がねえとバケツが売り切れちまうな。



こんな時はこの役立たずの片足が恨めしいぜ。






ーーーメルケル トニ・メイダスの場合ーーー



昼近くになって早馬。

朝から東に見えていた黒煙は、やはりトルド火山の噴火だった。

未確認情報ながら、山が崩壊しているという噂もある。



ビルトにほど近いこの山の噴火。

これからの季節、風は西。


オサザ、ブンザの穀倉地帯を火山灰が直撃する可能性がある。

そうなると。




「キャスカ、どう思う?」


メガネをクイっと直して、キャスカは即答する。


「僥倖です。多分、兵糧が足りなくなる。民も軍も疲弊します。

上手くすれば軍の規模を縮小せざるを得ない。長期戦もできない。


風向きが変わらなければ、かなりこちらに有利に働きます。」



「僕もそう思う。」


キャスカは分析の時にはあまり人情という物をはさまない。

悪く言えば冷徹。よく言えば論理的。

ここで食糧支援を持ち出すとか、民に罪はない、民の不幸に乗じるなど言語道断、などと言われてしまうと、その意見は正直まるで役に立たない。


こちらが仕掛けるのは戦争。


相手が軍を維持するために民を虐めるのであれば、それは放置する。

例え餓死者が出ても、だ。


民の現体制への恨みは、こちらの力となる事があるから。




「ですが、今はまだ貯蔵してあるものが沢山あるでしょう。もともと冬を越す分はあるわけですし。

来年の春夏の収穫の量が見たいですね。」


「それと、被害を受けない地域・・・コルテスやソラス地域の収穫もだね。」


「そう考えると、やっぱり強い国ですね、オルドナは。

鉄も銀も出る、大きな森もある、人口も多い、そして北方とコルテス、ふたつの食糧庫。」


人の故郷を「食糧庫」と言いますか・・・


いや、うん。君は正しいな。

単に「ひとつの事柄」として捉える。

全体を正確に捉えるには、大事なことだ。



「そうだね。

・・・ユリースの件、早めに公表してもいいかもしれない。」



「賛成です。私もそう思ってました。

民と兵が疲弊したときにうまく発表できれば、寝返りも逃げてくる民も増えます。

ユリースさんには私から聞いてみます。多分任せてもらえると思いますが。


それから、西方の穀物を買い付けて置きましょう。

こちらも多分不作のあおりを受けますし、戦争が終わった後に多分使えます。」



やっぱりこの子は優秀だ。


戦争終結後、領民に配布する食料を準備しておくつもりなのか。

まだ若干20歳でこれだけの視野。

これからもどんどん伸びるだろう。



「助かる。ありがとう。今日の緊急評議会にかけよう。

それから、しばらくビルトに密偵をひとり増やしたい。」



「人を選んでおきます。どれくらいまでですか?」



「まずはひと月。商いや農、工にもある程度詳しい人がいいけど・・・

もちろんウデも立つ人ね。」



「フフ。トニさん行きます?」


「僕・・・・いいな、行きたいな。」


「冗談です。選んでおきます。」


「う・・・」


冗談・・・そりゃそうか。残念。




そうだなあ・・・


うん、多分彼が行くことになるだろうな。






ーーーオルドナ 首都ビルト 薬師 ミーナ・メイダスの場合ーーー



夜になって、立て続けに急患がふたり。


火傷。しかも、酷い。



北の火山が噴火して、崩落した。

焼けた石が大量に雪崩れて、集落を一つ飲み込んだらしい。


集落は全滅。





運び込まれてきたのは、男女ひとりずつの若い兵士。


聞けば、集落の人々を救おうと作業していた所で新たな崩落が起こり、それに飲み込まれたという。





呻き苦しむ二人。肉が焼けて冷めた後の嫌な臭い。


焦げた服が肌にびったり張り付いて、剥がすこともできない。


女のほうは、顔もわからないほど。



もはや手の施しようがない。


火傷の範囲が広すぎる。




上位の神聖魔法なら、ひょっとしたら助かるのかもしれない。

だけど、高位の司祭を呼ぶ手続きの間に、この二人は死ぬ。



この子たちはトニよりも若いのに。

なんでこんな若者が死ななければならないの。




せめて、苦しまないように・・・

命を終わらせてあげよう。





まず、薬をかがせて寝かせた。


ここからは、見習いの娘には見せたくない。



「ジョバ、あなたは兵士の詰め所に行ってあげてください。

多分、ほかにも火傷をした方がたくさんいると思います。

火傷は軽くても放っておくと腐ったり熱を持ったりします。

薬を塗ってあげてください。


私もあとで行きます。」



美しく賢く利発で、将来が楽しみな娘。

こういう世の中の残酷さは、まだ知らなくていい。


無言でコクコクとうなずき、おおきな薬箱を二つ抱えて出て行った。





用意してあった薬を、針で首筋の血管に流し込む。



暫くすると、ピク、ピクっと指先が動いた。


やがて心臓も止まる。



「あなたたち・・・よく頑張りましたね。


国を守ってくれて、ありがとう。

ゆっくりお休みなさい。」




もう聞こえないだろう。


涙がこぼれる。






・・・




トニ・・・元気なの?

戦で怪我などしていなければいいけど。


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