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魔剣戦記 Ⅱ  作者: せの あすか
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1009年11月30日 ビルト城内2

キャスカはソラスでの出来事を反芻(はんすう)する。




『停戦合意後に城下に入ったテテロが、ソラス城内から突然現れた亜人に襲われ、相討ちとなって死んだ。』




字面だけ追えば、まずは「降伏が狂言だった」とか「ソラス兵による復讐が行われた」という可能性を考える。


キャスカも一報を受けた時にはそのどちらかだと疑わなかったのだが・・・

詳しい状況を知るにつれ、どちらも否定せざるを得なかった。



ソラスの将も兵も、それから民も、降伏には納得していた。それは、破格の条件だったから。

戦後、ソラス領の自治を認める。兵にも民にも自由を与える。



マリーアスは、あれだけの兵を起こし激戦を経た上でなお、戦で手に入るはずの利の大部分を手放した。


逆にソラスの住民や兵士にしてみれば、重税と馬鹿な太守の統治から解放される訳だから、オルドナ時代よりもずっとましになるし、もしかしたらオルドナ以前のソラスよりも良い生活が出来るかもしれない。

だから、ほとんどの者が降伏を歓迎していたというのだ。



それに、亜人の行動。

敵も味方も関係なく、彼は殺しまくったという。


聞けば聞くほど、これは復讐などではないと確信することが出来る。




亜人は、テテロの剣によって致命傷を受けた。


剣を手放した刹那、亜人は正気に戻り、涙を流したという。




剣を手にしている間、我を忘れて殺戮する。

竜殺し(ドラコンスレイヤー)を手にしたユリースに起こった事と、よく似ていた。


剣に、同じような禁呪がかけられていたのかもしれない。



違うのは、ターゲットが竜ではなく人間である事。

人間・・・亜人から見れば「巨人」を殺す剣。



さしずめ、巨人殺しジャイアントスレイヤーと言ったところか。




ソラス警備兵によると、亜人は長らくソラス城内の地下に繋がれていたらしい。

劣悪な状態で、何年も。


当然、人間への深い恨みがあったろう。


その恨みを知っていて、剣を亜人に握らせた者がいるわけだが・・・


それを探し出すのは、不可能だろう。




剣は、ジャジール将軍の遺品で、長らく行方不明になっていた物だったそうだ。

それはその場で回収運搬され、マリーアス本国で鑑定される事になっていた。その後の情報は、入ってきていない。



不幸中の幸いとでも言おうか、これだけの事件にも関わらず、マリーアス軍によるソラス投降兵や住民への報復は起こらなかった。

それはたぶん、この戦においていくつか起こった奇跡のひとつだと言えよう。


聞けば、騒ぎを聞きつけたセリア女王がすぐさま現場に入り、いきり立つ将兵を直接(たしな)めたという。



単に争い事を避けたかったのか。

それとも、瞬時に裏切りや復讐でないことを見抜いたか。


いずれにせよ、不要で巨大な破壊は(まぬか)れた。

これはひとえに女王の功績と言える。



しかし、マリーアス国内からの評価はどうだろうか。

ソラスの降伏の条件だけ見ても相当の批判を受けるだろうと想像がつくが、それに加えて大将軍を失い、その落とし前を付けずに帰国するのだ。


絶対的な実績や武勇のある王ならば何処吹く風でやり過ごせるのだろうが、セリア女王にはそれがない。

まして病が篤いと聞く。

当然、退位を求める動きも出てくるだろう。



後釜として名乗りを上げるのは・・・暗愚を絵に書いたようなあのコール殿下しかおらず、そうなるとコーラスも失脚する事になるかもしれない。




政治軍事の双頭と、(ようや)くその類まれなる能力(ちから)を発揮し始めた名君。


ガスパスとオルドナ南方軍を破った若き三人が、いずれも去るのだろうか。


あの国は・・・どうなってしまうのだろうか。







取り留めなく流れる思考。

制御が効かなくなる感じがして、キャスカは一旦視線を上げる。



窓からは冬の柔らかい陽光。



少し寒い。

だがまだ火を焚く程ではない。


深く深く、息を吐く。






地図をソラスから東に辿る。




今は無くなった橋をこえて・・・




コルテス島。


トニ・メイダスの行方は、(よう)として知れない。


足取りをつかもうと、多くの証言を集めた。

それによると、ジーラントの解放の後彼は捕虜兵を連れてプラティアに向かったという。

その途上で、何故か彼は捕虜兵を全員崖から突き落として惨殺し、そのまま行方をくらました。


新たにコルテスの太守となったタスクという男の報告によれば、プラティア解放後ジーランドに現れたトニは、かなり様子がおかしかったらしい。


その直前プラティアでは、本来太守となるはずだったサグラニ卿が、敵の矢により命を落としている。


無関係ではないだろう。

だが・・・ちょっとやそっとであのトニが「狂う」とは、どうしても思えなかった。



長期間の単独隠密行動で参ってしまっていたのだろうか。



キャスカはぐっと奥歯を噛み締める。


次にもしトニと会う事があっても、今までのように話せる自信はなかった。



(下手をすれば、自死・・・)



不意に嫌な予感が形を為して、キャスカはぶるりと震える。

トニに限って有り得ないとは思いたいが・・・


虐殺・行方不明という時点で、既にキャスカの知るトニではない。

彼の身に何が起こっても、彼が何をしでかしても、おかしくない。




現在孤島となっているコルテスに、遠からず仮の橋がかかる。

そうなったら、トニ捜索隊を出そうとキャスカは考えていた。


悩むのは捜索隊の人選だ。

本来なら旅団のように、軍と関係なく行動出来る、かつ腕が確かなチームを組みたいのだが・・・


ユリースは右に左に目の回るような忙しさ。

ビッキーはクラウと共に不在。

カールは戦後処理でマスケアに、タヤンは負傷者の治療でボナに張り付かざるを得ない。


竜鱗旅団は、すっかりバラバラになってしまった。



(ダリさんが居てくれたら・・・)




ダリの不在を強く意識し、キャスカの胸はぎゅっと締め付けられる。



そういえば、ダリとクラウの最期の会話を、キャスカはユリースから伝え聞いた。

ただならぬ過去がありそうだが、クラウは決して語ってくれない。


つまり想像するしかない。

ふたりは西方出身。幼なじみ?ダリが敬語を使ったと言うので、主従?それとも、腹違いの兄弟?いや、兄弟なら敬語はないか。なら・・・もしかして・・・


また妄想が暴走する予感がして、キャスカは頭を振る。




ダリがもう居ない。

思い出す度に、鼻の奥がツンとする。


思い出す頻度が徐々に下がってきていて、それもまた悲しい。






殺した男。



ガスパス。




ニヤけた顔が浮かぶ。

不快感が胃をせり上がってくる。




あの後ガスパスは、北方に逃げ込んだ。


追っ手は出せなかった。クラウもユリースもショックで動ける状態じゃなかったし、ビッキーも瀕死の重傷。

近衛はビルトを守る義務があるため動けない。

キャスカやカールには動かせる軍がない。


ジャンがオルドナの特殊攻撃隊を引き連れて加勢に現れた時は驚いたが、それは既に、ガスパスが新しく建造中の壁の中に逃げ込んだという報告を受けた後だった。



ビルトから北方の入口に当たるブンザの町に入るには、トルド火山とタム川に挟まれた地峡を通らねばならない。

北方軍の将軍マーロンは、この戦の決着が着く前からそこに壁を築き始めていたのだ。


そして、ガスパスが中に入ってから数日で、壁を完成させてしまった。




手負いのガスパスならともかく、壁の向こうの無傷の北方軍を相手にする力は、今のトラギア軍にはない。

もはや、どうしようもなかった。




北方の勇、マーロンとはいかなる人物なのだろう。



軍内の評判は悪くない。

元黒雷なので武勇もあるのだろう。


政治に置いても、あれだけの災害を受けておきながら大きな混乱の報告は来ていない。

印象としては、可もなく不可もなく。


やはり光るのは、今回の壁の建造だ。

工事の速度が異常に早く、間者から情報が入った頃には既に手遅れだった。


位置も絶妙。

塔がひとつあれば、海から山沿いまで一望できる地形。

蟻の一匹の出入りすら、感知できるだろう。



この分析力、実行力、機を見る力は、驚嘆に値する。


壁の警備にも緩みはなく、事実未だにひとりも間者を送り込めていない。



噴火の被害が最も大きいはずの北方が、既存の軍の規模をそのまま維持できているのか?民はどのような暮らしをしているのか?またガスパスの怪我の具合はどうなのか?

まるっきり情報がとれず、キャスカは焦っていた。


このままでは北方は独立安定してしまうだろう。


いずれ攻め込んで解放すべきなのか、もしくはそのまま黙認し共存していくのか。


今はまだ、そこまで考えられないでいた。






地図を、再び西へ。


ビルトを飛ばして、マスケア、ボナ砦、メルケル。

このラインは、随分落ち着いた。

物流も、人の移動もスムーズ。


マスケアはほとんど戦の被害を受けていない。

鉱山は今まで通り豊富に鉄を産出している。

変わったのはその送り先だ。

今まで東に運んでいたが、今はほとんどを西のメルケルとペ・ロウに出荷する。

そしてメルケルの鍛冶ギルドは、武器生産を一切やめて、農具、道具の大量生産を始めていた。



ボナ砦は巨大な診療所となり、タヤンとマイ、それからトニの母であるミーナ・メイダスが中心になって、戦で怪我をした兵士達の治療を一手に引き受けている。


もともとボナは完全な軍事施設なのだが・・・

戦が終わった後、治療に必要な物資を運ぶ人間はもちろん、メルケルとマスケアを行き来する商隊がひと休みしていくせいで、あそこは常に人が集まる場所になった。


そうなるといつの間にか、宿屋や酒場を始める者が出てくる。

砦にほど近い街道沿いに、掘っ建て小屋が既に十棟以上出来上がっていた。


まだ戦が終わってからひと月も経っていないのに、どこからともなく・・・商人というのは実に逞しいものだ。




あそこにはきっと、町ができる。

周りは草原だから、もしかしたら羊や牛を飼う事が出来るかもしれない。

問題は水。今は井戸水で賄っているが、これ以上人が増えると足りなくなる。


もう一本井戸を掘るか・・・

いや、コリノイ湖から水路を引けないだろうか。

水路があれば農耕も牧畜も興せる。

水路の途中には溜池を作って・・・そこで食用の魚などを飼うのも良いかもしれない。


問題はあの辺りの固い地盤だ。

魔具で破壊して掘るか・・・

いや、掘るのではなく水を吸い上げて流す仕組みを作るか・・・


そうだ、あそこで商売する人の税を何年か免除しようか・・・




こういう生産的なことを考えるのは、キャスカにとってこの上なく楽しい作業だ。


でも、この一ヶ月はそんな事を考える暇がまるで無かった。

それは「後始末」が予想以上に大変だったから。




キャスカは、解放直後のビルトの想像を絶する有様を思い出していた。

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