1009年11月30日 ビルト城内 1
ようやく、ひと段落。
キャスカは小さなため息をひとつ吐いてから、頭の中を整理すべくテーブルの上の巨大な地図に向かう。
西。
魔法都市ぺ・ロウ。
フミは戦が終わると、ギルドから魔法使い達を呼び寄せ、戦後処理に協力してくれた。
ペ・ロウは結局相当な金と人を出してくれている。
ユリースやトニ、ジャンの能力を買ってくれていたのは確かだ。
こっちが勝つと踏んで勝ち馬に乗ったというのもあるだろう。
あるいは、表に出さぬ義憤もあったのかもしれない。
だがそれとは別に、キャスカはひとつの確信を得ていた。
すなわち、フミという人物が「相当なお人好し」かつ「気遣いの人」であるという事実。
頼まれると断れない、困っているのを見ると放っておけない。気付いたことはしてあげたい。
きっと、元来そんな人物なのだ。
悪態をつきながら、反対をしながらも結局頼んだ事は全て期待以上にやってくれたし、物も十分に送ってくれた。頻繁に届く荷馬車の中には、こっちが頼んでもいない、だけど足りなくて困っていた物が何故か入っていたりした。
例えば清潔な布。湯沸かしのヤカン。よく燃える焚き付け。本当にちょっとした、でもあると助かるもの。
それは見返りを前提とした「仕事」ではなく、明確な善意だった。
フミには常に「煩い人」という印象が先行して付き纏うので気づきにくいのだけれど、言い分は常に正論、正当。融通が聞かないように見えて柔軟、自省的。
実際フミを説得し納得させようとして行った全てのことが、トラギア・メルケル軍全体に良い影響をもたらしている。
最初から解っていて我々を導いてくれたのではないか、という気さえしてくる。
そういえば。
フミは、オルドナ魔法部隊の全員に、禁忌の術をかけた。魔法を使おうとすると身体中に激痛が走るという、魔法使いにとって最も重い罰。
戦争に魔法を使った、即ち魔法ギルドの掟を破ったわけだから、それは当然と言える。
けれど、禁を侵し独断で非魔法を使用したカールは、何故か罰せられなかった。
カールが自ら罰せられる事を望んだにも関わらず、だ。
フミの今回の行動の中で、それだけは大きく他と矛盾している。
キャスカはそれがどうしても気になっていた。
フミとカールの間には、何かある。それは前から感じていたが、これで確信に変わった。けれどそれがなんなのかが、解らない。単にお互いの能力を認めあってるだけなのか。それとも何かの過去?師弟?まさか、血縁?それとも・・・
妄想がおかしな方向に行こうとするのを、キャスカは頭を振って追い出した。
再び地図に目を戻す。
ペ・ロウから少し東の難民の街トラギスには今、ビッキーとクラウが居る。
ビッキーの怪我はかなり酷く、腱が完全に断ち切られていた。タヤンの見立てが正しければ、もう二度と剣を握れない事になる。
それに出血が酷く、怪我から数日後に見舞いに行った時はこれがあのビッキーかと思うほど肌は透けて白く、呼吸は浅く、目を瞑ったらそのまま死んでしまいそうな有様だった。
一週間経って少し容態が安定したところで、彼女はなんとトラギスでの療養を希望した。
どうも、ビッキーはトラギス出身らしいのだ。
つまりトラギアからの移住組?
年齢的にトラギア崩壊も経験している?
両親は死んだと言っていたから・・・孤児?
もしかしたらビッキーには、ユリースやオルドナに対して、隠された並々ならぬ思いがあったのかもしれない。
「水臭いな、ねえさん。」
つい独り言を漏らす。
執務室には誰も居ないので、やけに響く。
それから、クラウ。
ビッキーがトラギスに行く事になると、強硬に同行を希望した。
軍の再編成や残党狩りに必要だと何度頼んでも、ビッキーの傍で様子を見たいと、まるで聞く耳を持たなかった。
そしてそのまま、二人は行ってしまった。
「クラウさん・・・やるなあ。」
動揺してまた独り言が漏れる。
誤魔化すように咳払いをひとつして、キャスカは地図をトラギスから南にたどる。
旧トラギア。
戦が終わるまでの間、ドラゴニウム鉱山として多数の人が行き来したおかげで、トラギアとトラギスの間の街道は随分整備された。
これから旧トラギアの城下町だったところに宿場を整え、マリーアスとの交易路を復活させる試みが始まる。
もしこれが上手く行けば、トラギア地域に再び人が住み、街ができ・・・
そんな未来をキャスカは想像していた。
簡単なことではない。
まず涸れた川に水を戻す。
荒れ果てた耕地を耕し、最低限の穀物と野菜、果物を育てられるようにする。
何より、そこに住んでくれる人がいなければならない。
トラギスの人々は戻りたがるだろうか。
それとも、新たに募るのがいいのか。
とりあえずは、役人だけを何人か行かせるか。
まだまだ、これからだ。
旧トラギア少し東、竜の巣が目に入る。
数日前、竜の従者チップリ少年からユリース宛に手紙が届いた。
ユリースは内容を語っていない。
だがポツリと、会いに行かなきゃな、と呟くのは聞いた。
ユリースは竜達に、オルドナに、それから解放戦線とこの戦に、今どんな感情を持っているのか。
聞いてみたいが自分が聞いて良いものではない気がして、キャスカは踏み込めずにいた。
だけど、今自分の他に誰がそういう話を聞いてやれるというのか。
突然とめどない連想が始まって、パッとダリの死に顔が浮かぶ。
それをきっかけに、思考が北方に、コルテスに、メルケルに、マスケアやビルトに次々と飛んで、感情が押し寄せる。
(ダメだ。ひとつずつ。ひとつずつ。)
キャスカは深呼吸して、それから両手で顔をパシッと叩いて涙を押し戻す。
5秒待って、息を大きく吐く。
視線を地図上の旧トラギアに戻す。
指でなぞって南にたどる。
マリーアスの文字に指が触れると同時に、気持ちが暗く沈む。
あの国はこれから、どうなってしまうのだろうか。





