11月5日 同刻 ソラス城下
砂がちな南風に潮の臭いが混じる。
柔らかな日差しに鎧が温められ、少し汗ばむくらいだ。
テテロは敵兵を全て城下町の広場に集め、武器を隠し持ったりしていないか、部下を使って検めさせていた。
持っている者はほとんどいない。
時々見つかっても、およそ戦闘用とは言い難いナイフ程度。
徹底して捨てさせたのだろう。見事なものだ。
こうまでされると、手の出しようがない。
別に手を出したいわけではなかったが、マリーアス兵たちの中には、オルドナに対する拭いきれぬ恨みつらみ、復讐心がある。
同時にオルドナ兵の中には、殺されるかもしれぬという拭いきれぬ恐怖感がある。
お互いにそれを内に秘めたまま、静かに粛々と作業は続く。
テテロは作業を見つめる間、とめどなく去来する不安に抗えず、浮かない表情を作っていた。
確かに戦には勝った。
マスケアも勝ったらしい。
コルテスも恐らく勝つだろう。
ビルトの戦況の如何に関わらず、オルドナはその領土の半分を失う事が確定した。
だが。
果たしてこれでジャジール将軍の仇が討てたと言えるのか。
そしてマリーアスは、この戦勝で豊かになれるのか。
セリア女王の決断は正しかったのか。
テテロにはわからなかった。
先ほどコーラスとセリアが入っていった城の入り口に目をやると、きらびやかな白銀の鎧が目に入る。
(親衛隊か・・・)
今回の戦で存在感を見せつけた、女王直属の精鋭部隊。だが、もう奴らの出陣は金輪際無いだろう。
このまま行けば、マリーアスと国境を接する全ての国、街が同盟国という事になる。
テテロ達は残党刈りの遠征に駆り出される可能性もあるが、女王の出陣は有り得ない。
宝の持ち腐れ。
そんな言葉が浮かぶ。
耳障りな音が取り留めない思考を遮断する。
(なんだ?)
微かに聞こえる男達の悲鳴。
親衛隊の何人かが城の正面入口のひとつ左の扉に駆け寄る。
(あそこは確か・・・地下階段の入口?)
バタンと扉が開き、血だらけの兵士が飛び出てくる。
「た、たすけ・・・ゴブっ」
そこまで言って、兵士の首が飛んだ。
後ろの扉から現れたのは、長い剣を持った男。
いや、男と呼ぶには、それは小さすぎた。
かと言って子供と呼ぶには大きい・・・というか、体格が良すぎる。
リリィ・・・ウリリイ・・・
耳障りな呻き声。
黄色く鈍く光る目。
(亜人・・・?)
ノーム、ドワーフ、コボルト、オーガー。
そんな言葉が幾つか浮かぶが、目の前の物がどれに当たるのか、テテロにはわからない。
直ぐに戦闘が始まった。
親衛隊の連中が襲いかかったのだ。
その数、およそ10人。
すぐにケリが着くと思ったが、剣撃はなかなかやまない。
自分の背丈よりも長い剣を器用につかって、亜人は親衛隊の連中の攻撃を受け止め、いなし、反撃していた。
リリ・・・リリイ・・・
(ばかな・・・)
自分の麾下の重装騎兵にも劣らぬマリーアスの最精鋭が、ばたばたと倒れる。
テテロは咄嗟に周囲を見回す。
麾下は今城の外で待機させている。
周りにはコーラス配下の騎兵が20騎ほど。
既に、敵の勢いに呑まれている。
こいつらを使ってあれに勝てるのか。
麾下を呼ぶか。
いや、間に合わない。
そう考えたテテロは、手近の弓隊を傍に呼び寄せた。
そのうちに、親衛隊が全員倒された。
当然すぐにテテロの方へ向かって来るかと思ったのだが・・・
なんと亜人は、周囲にいるソラスの捕虜兵達を襲い始めた。
味方かもしれぬと期待していた捕虜達が、恐慌を来たして逃げ惑っている。
亜人が剣を一振する度、捕虜達の首が、腕がちぎれ飛ぶ。
リリイ・・・リリリ
黄色い濁った目が落ち着きなく周囲を見回し、獲物を見つけては襲いかかる。
内臓と糞尿の臭気が鼻を突く。
どれが誰の頭で腕なのか、見分けのつかぬ死体がそこら中に転がる。
惨劇。
「そんな事が・・・許されるかよ」
つい声が出る。
敵を殺すなら、わかる。
積年の恨みつらみからくる残虐なら、まだわかる。
自分にも抑えきれない衝動はある。
それは人の性とも言うべきものだ。
だがあれは違う。
そういうのとは決定的に違う。
敵味方もなく、ただ周りの人間の命を奪うだけ。命を潰すだけ。
まるで・・・いや、何に喩えてもあのおぞましさには敵うまい。
(あんなものが存在していいわけが無い。)
テテロは汗でぐっしょり濡れた拳を握りしめる。
血糊で切れ味が悪くなったのだろうか。まるで鈍器で殴られたように頭を潰された死体がそこら中に転がる。
「弓・・・!」
周囲の40人ほどの弓隊が、いっせいに弓を構える。
皆、震えている。
無理もない。多少の矢が刺さったところで、あれが歩みを止めるとは思えないから。
「射程に入るまで、決して撃つな。そして全弾、当てろ。お前らの人生で一番の矢を、いま放て。」
テテロは静かに下知する。
城とテテロ達の間にいた人間が、全て倒れた。
一瞬の静寂。
そして
リリ・・・ウリリリ
亜人はゆっくりとこちらを向き、そして異常なスピードで駆け出した。
弓隊の連中が緊張するのかわかる。
まだだ。
ギリギリまで引き寄せろ。
まだだ。
亜人がさらに近づく。
すぐそこまで来た。
いや、恐怖ゆえに近く感じているだけのかもしれない。
だがその距離が、テテロにとっても弓兵にとっても限界だった。
これ以上は引っ張れない。
「撃て!!!!」
テテロが叫び、一斉に弓が放たれる。
その瞬間ふと、亜人の構える剣の柄がテテロの目に止まった。
まさか、あれは・・・。





