11月5日 午前 北方 ブンザの街郊外
間者の報告は耳を疑う物ばかりだった。
敵によるビルト王城占拠。
そしてマスケアの陥落。
複数の間者から同様の報告が続く。
どうやら間違いない。
この国は、遠からず亡ぶ。
オルドナ北方軍の最高指揮官である将軍マーロンは、北方の入り口にあたる街、ブンザの郊外まで南下して来ていた。
マーロンは開戦時から何度も会議を招集し、北方の生き残り戦略を模索してきた。
出席者は、ノヴドウの旧豪族、北方商人ギルドの長、農業と治水の専門家、高位の魔法使い、土着宗教の最高司祭、さらには北方の森で発見された、亜人エルフの集落の重鎮など。
ありとあらゆる分野の知識人と責任者で議論を重ねて、得た結論は「抗戦」。
理由は単純明快。
トラギアとメルケルが北方住民の脅威となり得るから。
マーロンが実現した会議による統治が安定しているから。
そして、守りに徹すれば守り切れるという軍事的な裏付けがあるから。
火山の一番近くで一番大きな被害を受けながらも、北方は大きく崩れなかった。
オルドナがなくなっても、北方は単独でやっていける。
逆に敵の侵入を許せば安定が脅かされる。
ならばまずは抗戦する。
それで敵が引くならよし。
引かぬなら、こちらに有利な条件での降伏を模索する。
これが、会議の結論だった。
そうなると今度は、「どう守るか」という話になってくる。
これは軍事の専門家であるマーロンの主張が全面的に採用された。
すなわちブンザ西方、トルド火山と海に挟まれた地峡に砦と壁を築き、そこに拠る。
ビルトから北方に行くには、ここを通るしかない。そういう地形だった。
トルド火山の北を回れば移動はできるかもしれないが、未踏の地で山も深い。大軍の移動はまず想定しなくてよい。
砦は、地峡の北西の台地に築く。そうしておけば見張り台としても弓射台としても使える。
壁は、まずは木組みの簡単なもの。
それで敵の出足を鈍らせ、後でゆっくり補強する。
最終的には、砦も壁も石組みの頑丈なものを建造するつもりだった。
仮の壁と砦の建造は一刻を争う。
幸いブンザには、街の改修で使う予定だった木材が大量に保管されていた。
だからマーロンは先行して、職人達だけを連れて南下してきた。
既に職人たちは北西側から木組みを始めている。
’急げば1週間’
職人たちは口をそろえてこう言った。
そして、マーロンもそれでよいと、作業を始めさせた。
しかし。
余りにも、オルドナが崩壊していく速度が速すぎる。
ビルトの状況の詳細はわからない。
報告は全て「王城が落ちた」というもので、「王都全て」が陥落したわけではなさそうだ。
だが、明日にもビルト守兵は降伏し、王都が丸々敵の手に渡るかもしれない。
そうなった時、敵がすぐにこちらに向かう可能性はあるのか。
南方戦線の情報はまだ入ってきていない。
だがこの状況で南方だけ踏ん張れるとは思えない。
職人の長を呼んだ。
無骨を絵にかいたような大男。
ノヴドウの出で、確か元は工兵だった男。
男は開口一番、不満を口にする。
「忙しい。無駄に呼びつけるのはやめてくれ。」
「わかっているよ。単刀直入に言う。
王都が落ちた。できるだけ早く壁を完成させてくれ。
そうだな・・・3日だ。」
「無茶を言うな。1週間と伝えたはずだ。
それでもいっぱいいっぱいだよ。」
「兵を呼ぶ。町民もだ。
上手く使ってくれ。」
「バカ言うな、段取りもわからん奴らに手を出されちゃ、できるもんも出来なくなる。」
「だから、うまく使えと言っている。
出来ぬなら責任者を変えるぞ。」
マーロンが睨む。
男はひるまずに睨み返す。
長い長い、沈黙。
そして男は、ふっと息を吹いた。
「わかった、一旦工程を組みなおすぞ。
兵はいつ来る?住民は?
予定と人数を寄越せ、半刻以内にだ。
それから、あんたも手伝え。
資材担当の下で材料移送の指揮を取れ。」
「無論だ。
今日から使える兵は作業に専任できるのが800。
残り1200は守備も兼ねるので出来るのは輸送のみ、しかも片手間になる。
明日にはもう2000来させる。
住民は、一旦町長に話を通す。
女子供にもできる作業があれば拾っておいてくれ。
午後までにまとめて渡す。いいな?」
「・・・それでも、3日は厳しい。
不眠不休になる。
いや、そうだな・・・
女子供には作業よりむしろ食事と休憩場所の用意を頼みたい。
作業は不休でやりながら、職人と兵を交代で休ませる。
3日不眠は効率も落ちるし、出来上がりがまずくなる。」
「わかった。ほかに必要なものは?」
「輸送の馬ありったけ、ころ、馬車、それから・・・
梯子。軍用の・・・城攻めに使う、でかいのだ。
滑車なんかもあるといい。ああ、質のいい綱もありったけ。」
「わかった。なるべく早く届けさせる。
町長に話を通してくる。
段取り、頼んだぞ。
半刻後にまた来る。」
マーロンは片手を上げ、踵を返し男に背を向ける。
「なあ、あんた・・・・」
男が呼び止める。
マーロンは首だけを横に向ける。
「王都が落ちたんなら・・・オルドナはもう終わりなんじゃないのか?
あんたも降伏するのがスジなんじゃないのか?」
マーロンは横を向いたまま、微笑んで返す。
「私は・・・いや、北方は、オルドナから独立し、メルケルと対抗する。
新たな国の防衛線が、この壁だ。
だから・・・頼むぞ。」
マーロンが去る。
男は驚いた顔をして、立ち尽くしていた。
何のためかわからぬ軍の仕事に嫌気がさして、大工になった。
それから7年。
あの頃望んでやまなかった「国を守る大仕事」が思いがけず降って湧いた。
しかも兵卒でなく頭として。
その事実に、膝が震えてくるような気がした。
「・・・3日ね。
わかったよ、やってやるよ。」
少し大きめの声で独り言ちてから、男は大股で職人仲間たちの元に戻っていった。





