11月5日 朝 ビルト城下町
ーーーービルト城入口 跳ね橋付近ーーーー
「信じられるわけがないだろう。
何度言わせるんだ。」
朝になって堀の対岸に現れ戯言を述べ始めた部下ロレンに対して、私は言葉通り何度も同じ答えを返していた。
「王が死んでいたなど・・・・
敵に言わされているのだろう?
部下を人質にでも取られたか?
それとも・・・王自身が危うい状況か?」
「本当なのです。信じられないでしょう、分かります。
ですが・・・・ああ。」
ロレンはそういって、さも残念そうに天を仰ぐ。
その様子を見るにつれ、私は徐々にこの部下を信じたい気持ちが湧いてくるのを感じていた。
そもそもロレンは嘘をつくような男ではない。
任務には忠実。国を守る仕事への誇りも、王への忠誠心も、他の追随を許さぬほどに強固なものがあった。
それゆえ、最も重要な城内の守りを任せたのだ。
「なあ、隊長さん。ホントなんだよ。
ロレンさんはひとつもウソをついちゃいねえ。
俺たちも、なにかで脅したりもしてねえ。」
敵の指揮官の大男。
誠実そうな男ではあるが、敵は敵。
「敵のいう事など信じる義理はないな。
おぬしは黙っておれ。
・・・・ロレン。
証拠は・・・あるのか?
なにか動かぬ証拠を持ってこい。
お前と言えど、簡単に信じるわけにはいかんのだよ。」
もし本当だとしたら、近衛隊の存続どころか国がひっくり返るほどの話。
そして、もし狂言だとしたら・・・。
ロレンはなにも要求を口にしていない。
強いて言えば、もう戦闘は必要ないから武装解除せよ、という事か。
「何を・・・持ってくれば・・・
王の衣服や装飾品を持って来るのは不敬。
私にはできませぬ。
とすれば・・・」
「うむ、何を持ってこられても信じぬな。
直接この目で見ぬことには。
・・・そっちのメルケル軍の将校よ。
おぬしらの大将はどうした。
あの跳ねっ返りの王女は。」
「名はクラウだ。
いま、ユリースは・・・王女は倒れちまってな。寝てる。
あんたらの矢が原因だろう。」
嘘ではないだろう。
しかしこの男、粗野な言動の中に時折礼節のようなものが見え隠れする。
悪ぶっているが所作は荒くなく、姿勢も良い。
何者か。もしや、トラギアの騎士の生き残りか。
「なるほどな。
・・・ひとつ提案だ。
私を城に入れぬか?
ひとりだ。
替わりに誰かを人質に貰う。
お互いに手を出さぬと約した上で、私が玉座を改める。
どうだ?」
「うーむ・・・ちょっとオレの一存じゃ何とも言えねえな。
一旦持ち帰る。半刻・・・もうちょっとかかるかもしれねえが・・
待っててくれねえか、隊長さん。」
「よかろう。
だが、こっちは最高指揮官だ。
それに見合う人間を寄越せよ?
むろん剣は持たずに、だ。」
「・・・わかった。」
そう言ってクラウと名乗った男はロレンを伴って引っ込む。
これを飲んでくれば、おそらくロレンが言っていたことは真実だ。
断わってくるようなら、狂言の可能性が高まる。
既に王城は敵の手に落ちた。
だが本当に玉座まで落ちたのかどうかは、まだわからない。
王城の構造は複雑だ。どこぞに誰か立て籠もっているのかもしれぬ。
城内の抵抗に手を焼いて、ロレンだけを抱き込んだ可能性も、まだある。
戦はまだ、終わっておらぬ。
ーーーーービルト王城内 中庭ーーーーー
「人質?」
カールがあからさまに嫌そうな顔をする。
「ああ。
しかも、あっちの隊長と釣り合う人間だってよ。」
「最高指揮官っていったらユリースだけどさすがに釣り合わないね。
あたしかあんたか、キャスカか、カール、タヤン。
あたしはごめんだよ。
キャスカも絶対に行かせない。
カールとタヤンは軍での実績がないから向こうが納得しない。
ってことは、あんただね!」
ビッキーはビシっと人差し指を突き出してクラウを指さす。
キャスカとタヤンが噴き出す。
だが意外にもクラウは、大きな反応をせず、頷いた。
「うん、やっぱりそうだよな。
言われた瞬間にそうなると思ったよ。
一応、大将の了承を得たほうがいいよな。」
「・・・そうだね。まだ起きそうにないけど・・・
どうなの?」
ビッキーは真顔に戻ってタヤンの顔を見る。
「傷は深くありません。処置も完了してます。
ですがだいぶ熱を持っている。
それに出血が多いので、完全に復調するには数日かかります。
目を覚ますのがいつかは、分かりません。」
「深くないのは良かったが・・・
とりあえずあっちの隊長にそれを伝えてくるよ。
時間がかかりそうだって・・・」
その時、二人の女兵士の肩を借りながら、ユリースがふらふらした足取りで中庭に出て来た。
鎧は外し、チュニックに太めのズボン。まるで町娘のような恰好が、やけに似合う。
「みんな・・・ごめん。」
真っ青な顔でそう言いながら、ユリースは皆の所まで来て腰かける。
「歩ける・・・のですか・・・」
タヤンが信じられぬという顔でユリースを見ている。
「状況を、お願い。」
それには答えずユリースが報告を求める。
ビッキーが手短に、過不足無くユリースが気絶していた間の出来事を伝える。
人質にクラウを差し出そうとしていると伝えたところで、予想通りユリースの表情が曇った。
「私が行く。」
「ダメ。」
言うか言わないかで、キャスカが怒ったような顔で否定する。
「ユリースさんは自重してください。
ここはやっぱりクラウさんの役目だと思います。
ね?」
「オレもそう思うぜ。
それにお前は、あの隊長とちゃんと話をした方がいい。
悪い奴じゃない、ちゃんとした軍人だ。
多分、この国はもう崩壊する。
だったら、あいつと今後の事を話してくれよ。」
「僕もそう思う。君が行くメリットは全然無い。
無駄な自己犠牲精神は迷惑だ。やめてくれ。」
「私もそう思います。まず、体が持ちません。
そもそも歩けるのも奇跡みたいなものです。
できれば寝ててほしいのに、敵に捕らえられるなど!」
仲間がそれぞれに反対の理由を述べる。
「・・・・」
ユリースが皆の顔を見回す。
そして、観念したようにうなずいた。
一同にほっと緩んだ空気が流れる。
ユリースの顔に、一段血の気が戻ったように見えた。
ーーーー再び、跳ね橋。----
数時間ぶりに跳ね橋が降ろされていた。
自然と殺気立つ両岸の軍。
橋の中央ではドゥドゥとクラウ、丸腰の二人がすれ違い、それぞれ敵軍のただなかに歩いていく。
ドゥドゥが城内に入る。
同時に城外に出たクラウに縄がかけられる。
それを見とがめたユリースは跳ね橋の中央まで進む。
すでに足取りはしっかりとしていて、揺らぎはない。
タヤンが言うところの「ドラゴン並みの回復力」で、ユリースは急速に元の力を取り戻しつつあった。
そのユリースがオルドナ軍を睨めつけて警告する。
「その人に手を出さぬよう、お願いします。
絶対に・・・・。」
その表情に気おされながらも、近衛の将校らしき男が答える。
「隊長殿が無事である限りは、手を出さんよ。
安心しろ、近衛の隊士は必ず約束を守る。」
(約束を守らなそうな元近衛もいるけど)
一瞬トニの顔が浮かぶ。
「さあ、行くぞ。さっさと済ませよう。」
ドゥドゥが我関せずとさっさと歩きだす。
ユリースは踵を返し、城内に戻る。
全員が城内に入ったところで、再び跳ね橋の鎖がうなりを上げはじめた。





