11月4日 夜 ビルト城内 1
日暮れ直前に、城内に居た人間が手当たり次第に中庭に出された。
数はおよそ100人で、貴族とみられる人間は居ない。
殆どが侍従とか侍女とかいう立場で、役人もちらほら居るようだ。
全員が集められたのを見て、ユリースは拭いきれぬ違和感を感じていた。
この規模の城にしては人が少なすぎる。
なかに侍従長だという老人が居たので、話を聞いてみることにした。
小柄な老人。真面目そうな印象。
「あなたは・・・侍従長さん、と聞きましたが。」
「はい、デルカドと申します。
あの・・・私どもはどうなるのでしょうか・・・」
「それは後で決めます。今はこちらから質問させてください。
玉座に続く道は、閉ざされていると聞きました。
どういうことですか?」
デルカドは哀れなほどに動揺し、何度も引っかかりながら答える。
「そこの・・・ひとつ先の広間の・・・奥に、玉座に続く廊下が・・・
長い回廊が、あります。
その回廊に・・・入り口に扉があって、そこにはカギがかけられています。」
「そのカギは?」
「私は持っていません。というか、誰も持っていないのだと思います。」
「どういうこと?謁見の時は?食事は?」
「ここのところ・・・もう3年・・・4年になるかもしれません。
謁見は一度も行われておりません。
食事も・・・こちらからは運んでおりません。
日用品などは渡すことが・・・たまにあります。」
「どうやって?」
「回廊にひとり、そういうやり取りを、専門に行う者がいます。
・・・ああ、そうか。
王の勅書だけはその者づてに・・・玉座の間からときどき・・届きます。
こちらからは、報告書や各国からの書状などを渡します。」
「その人は・・・今も?」
「おそらく・・・回廊からは出られないはずですから。」
「その人は玉座の間に行けるのね。
じゃあ回廊への入り口のカギを壊して、その人に案内してもらえばいいのかな?」
「いえ、書状などはその者が中継して玉座の間に持っていくはずですが・・・
その者は玉座の間にも入れません。本人がそう言っていました。
ずっと回廊に居て、書状やちょっとした物品のやり取りのみを専門に行っております。」
聞いていた周囲の人間が絶句して顔を見合わせる。
なにか言おうとする近衛隊のロレンとクラウを手で制し、ユリースは質問を続ける。
「どこか他に玉座へ続く道は?」
「裏道は・・・私が知る限りはないと思います。
お話に出てくる、王家だけが知っている秘密の通路なんてものはあるかもしれませんが。」
「・・・わかりました。ありがとうございます。
この方をお連れして。」
デルカドが兵に誘われてほかの侍従たちの所に戻っていくと、ユリースは幹部たちを集めた。
クラウ、ビッキー、タヤン、カール、キャスカ。そしてオルドナ近衛長隊長のロレン。
「ロレンさんも、今の話は知らなかったという事でいいですね?」
さっきから驚きと疑念の表情を隠さないロレンに、ユリースが確認する。
「ああ。我々の警護はこの中庭までだからな。
おかしすぎる。城の中で何が起こっているというのだ。」
「近衛でも謁見は無かった・・・命令は?勅命とか。」
クラウが声を落として質問する。
別に誰が聞いているわけでもないが、あまりに異常な話。
大きな声で話してはいけないような気になる。
「命令は、書状で来ていたと思う。
隊長が受け取っていたので詳しくは知らないが。
時には、王から直接・・・というか魔具を通じて、激励の言葉があったりした。」
ビッキーが腕組みしながら大げさに考え込むようなしぐさをする。
「なるほどねえ。玉座には誰もいけない。誰も会えない。
たぶん王様は病床に居て、命令だけは出している、って事かな。
にしても、玉座が閉じてるのはおかしいね。看病は誰がしてんだろ?
・・・どうする?とりあえず突っ込んでみるか?」
「そうだね。行って見よう。
ああ、だけど・・・・」
ユリースは城の建物の中に目をやる。
カールの非魔法の影響で魔具の灯りがともらない城内は、漆黒の闇に塗り尽くされていた。
「何も見えない・・・ね。」
「僕のせいにしないでよね。みんなだって賛成したから非魔法を使ったんだ。」
カールが口をとがらせる。
「ふふふ。大丈夫です、みんな怒ってませんよ。
松明とかあるかな。ちょっと聞いてきますね。」
捕虜になったショックからすっかり立ち直ったキャスカがすこし明るすぎる声でそう言って、侍従たちのほうに走っていった。
ーーーーーーーーーーーー
「ちょっと想定外だったね・・・」
松明の灯りに灯されたユリースの表情が曇る。
「魔法封じにこんな落とし穴があるとはねー。
火が近すぎると何も見えないね・・・
ねえあんた、私が少し離れて先頭行くから、松明持ってついてきて。
あと、ほかの松明持ってるやつら、もっと四方に散って。ほら。」
ビッキーが松明を持つ兵に指示を出し、自分は前方に向かった。
クラウは兵士たちと一緒に、少し後ろを付いてきているはずだった。
タヤンとカール、それにキャスカは、侍従たちや残りの兵と中庭に残った。
城内に入ったのはクラウとビッキー、それからロレンだ。
道案内に連れて来た若い侍従によればここは"歌人の間”という大広間で、来客時のパーティや大規模な祝祭に使われる広間。
天井が高く松明の灯りが届かないので、上を見ると闇に吸い込まれそうな気分になる。
(なにか潜んでいてもわからないな・・・)
ユリースは本能的な恐怖を覚える。
先頭が広間の端に着いたようで、何やら話声がする。
「誰かいたの?」
ユリースが先行していたビッキーに追い付く。
「扉の向こうに人が居る。
例の連絡係かな?」
ユリースが扉の小窓から暗闇に向かって声をかけると、中からぼんやりとした男の声が返ってきた。
「はい。なにか?」
声に続いて小窓に男の顔が現れて、一瞬まぶしそうな表情を見せる。
意外なほど若い。
うつろな目、痩せた頬。
背後には漆黒の闇。
不思議なことにこの事態にあっても、男には動じた様子がない。
「大丈夫ですか?真っ暗になってしまって。」
「ああ、寝ていました。なんですか、報告書ですか?」
「いえ、ここを通りたいと思っています。」
「鍵がかかっていると思いますので、通れません。」
男の受け答えがどうもおかしい。
なにかが決定的に欠落している。
「玉座側にはなにか変化はありましたか?」
「知りません。寝ていましたから。」
「なにも?」
「なにも。用がないならもういいですか?
無駄に起こされてしまった。
起きたからには本の続きを読みたいので、これで。」
男の顔が引っ込んでしばらくしてから、ユリースは気づく。
本を?この暗闇で?
暫くすると、耳が痛くなるほどの静寂の中、かすかに紙をめくる音が聞こえてくる。
皆が、化け物でも見たような顔で顔を見合わせる。
「と、とにかく、この扉を破ろう。
どうしようか・・・扉も蝶番も鉄だし・・・
カギも丈夫そうだよな・・・・」
「私が。
鉄の蝶番ならこの剣で・・・」
ユリースがドラゴニウムの大剣を抜き、構える。
「いまは強化の魔法は効いてないけど・・・多分。」
扉に近づき、上段から剣を一閃する。
キン、と高い音がして、上側の蝶番が一つ外れる。
「もうひとつ。」
もう一度音がして、今度は下の蝶番が飛び散る。
ユリースは松明の灯りで剣を確かめる。
刃こぼれはしていないようだった。
クラウとロレンが扉を押してみる。
びくともしなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
兵に用意させた丸太を、扉にぶつける。
暗闇に大きな音が響く。
ひとつぶつけるたびに、少しだけ扉がずれる。
10回目くらいで、人が通れる程度の隙間が開いた。
ユリースを先頭に、クラウとビッキー、ロレンが通る。
その後を兵たちが続く。
奥が見えないほど長く、真っすぐ続く回廊。
真ん中あたりに小部屋があって、そこにさっきの男がいる。
松明で照らされるとちらりとこっちをみたが、自分に用がないとわかるとすぐに本に目を戻す。
ユリースは何を読んでいるのかどうしても気になって覗きこみ、そして後悔した。
長年の手垢だろうか。
文字が判別できないほど赤黒く塗りつぶされたページを、男は熱心に読み耽っていた。





