11月4日 夕刻 ソラス
ーーーーソラス城内----
城外からの降伏勧告が間断なく街中に響く中、ソラス城内の守備兵詰所では守兵大隊長達が集まっていた。
そこに一人の男が入ってくる。
顔を腫らした、痩せた男。
「ああ、フランク。どうでしたか?」
最古参のシミールという女隊長が、痩せた男ーフランクを迎える。
「住民たちも兵士たちも、哀れなほど動揺していますよ。」
「それはそうでしょうね・・・あんなのがずっと聞こえてたらね・・・」
今日の午後以降戦線は完全に膠着し、ほぼ動きがない。
その代わりに城外から魔具を使った大声で、おそらくマリーアスの女王と思しき、戦場にはおよそ似つかわしくないやわらかで慈愛に満ちた女の声がずっと聞こえている。
既にオルドナ本国からの援軍はおろか、物資さえも望めない事。
マリーアスは1年でも2年でも城を囲むつもりである事。
降伏をすれば、兵でも民間人でも決して危害を加えない事。
また、マリーアスの食料を不足無いよう分け与える準備がある事。
それを、言葉を変え延々と語り続ける。
「こっちの弱点、完っ全に見抜かれてんよな。」
長髪の色男、パレオスがおどけたように言う。
彼はこの中では一番に、そしてダントツに若い。
「城内の食料は、持ってあとひと月分。
最近は配給も減って、兵士も住民も常におなかを空かせているものね。」
「だがマリーアスのいう事を鵜呑みにはできないよな。
彼らはトケイトでオルドナ兵を虐殺した。
このソラスの戦場においても、憎しみをあからさまにぶつけて来た。
降伏したら、そんな奴らの前に住民を無防備に晒すことになるのかな。」
ヒゲの大男、タカエが皆に向けて心配を口にする。
何人かが同調したが・・・
「だが、このまま籠城して・・・皆で飢え死にを待つのか?
だれが一番先に死ぬかな。
カルラさんのとこの生まれたての赤ん坊が痩せ細っていくのを見たいか?
それとも酒場の死にかけベックじいさんを寿命が来る前に飢え死にさせるか?
無条件で奴らを城内に入れたりはしない。
それにあの敵将はともかく、女王も来てるからな。
無茶はすまいよ。」
フランクが大隊長達の顔を見回す。
だれも言い返せない。
「けど、あの将軍様は降伏を飲んだりしねーっスよね?
どうするんスか?フランクさん説得できる?
オバチャンは?無理っしょ?」
パレオスが当然の懸念を口にする。
軍の全権を持つファンクスは相変わらず、守備一辺倒の命令を繰り返すだけ。
そしておそらく住民全員の命と引き換えにしてでも、自分の命を守りに行くだろう。
「説得はできない。いや・・・するつもりもない。」
フランクがパレオスを見据える。
「オイ、なんだよその決意しちゃったヨ、みたいな顔・・・
まさか・・・」
シミールもタカエも、他の隊長達も、何も言わない。
どうやら、皆がフランクの考えていることを理解しているようだった。
「オイ・・・・あんたらマジかよ・・・・」
パレオスの泣きそうな声が、やけに大きく部屋に響き渡った。
ーーーーソラス城外ーーーー
ガスパスは既に、この戦場に興味を失いつつあった。
騎馬隊長はともかく、参謀の若造はやはりまともに戦う気がない。
お互いの決め手となる騎馬を封じて戦場を膠着させ、あろうことか降伏勧告を始めた。
(もはやここは戦場ではない。ただ飾り程度に兵がいるだけの、頭でっかち共の社交場か。)
無駄とは知りつつもそんな風に心の中で毒づいてみる。
攻められない。
守ろうにも攻めてこない。
(つまらんな。)
そんなとき、早馬が到着した。
「火急の報告です!王都が、攻撃を受けています。
敵はトラギアの王女の直属部隊とのこと!!」
ガスパスは、とくんと心臓が波打つのを感じる。
「なんだと、西の戦場に居たのでは・・・・」
言いかけて気づいた。
影武者。
そうか。
トニ・メイダスはコルテスに、そして王女はビルトに。
3面ではなく、4面の同時作戦。
「炎の森か・・・。」
以前にメルケルを裏から攻めようと通った道。
それを今度はあちらに使われた、という事か。
「戦況は?」
「私が聞く限りでは、裏切者の手によって門が開き、一千を超える敵全軍が城内に進入したと。
王女はなぜか、軍侵入の際に既に城下町に居て、開門の手引きをしたという話です!」
守兵四千に近衛二千。それに対して千?
あからさまに少ない。
という事は、なにか策がある。
ガスパスはそう直観した。
「お前がビルトを出た時間は?」
「侵入を許したのが昼を半刻ほど過ぎた時間、私はその半刻後に発ちました!」
「わかった、ご苦労、下がって休め。」
不休でここまで駆けたか
馬がつぶれたかもしれないな
そんなことを考えながら、ガスパスはビルト周辺の地形図を探し始める。
城から聞きなれない鉦の音が鳴り始めたのに、ガスパスは最初全く気づかなかった。
ーーーーマリーアス本陣ーーーー
西の空が赤い。
だがそれはマリーアス堤壁で見るそれとは比べものにならぬほど、くすんだ赤だ。
それはこっちの空気が湿っているせいだ、と物知りな部下が言っていた。
ほんのすこし東に来るだけで、これほど違うのか。
夢にまで見た豊かな東の土地で、いま敵の城を囲んでいる。
戦場にありながら、テテロは瞬間夢心地になった。
「おい、なんだ?」
「なんかあったのか?」
兵たちのざわつきで、現実に戻される。
前で何かあったようだ。
だがいまは軍の後方にいて、様子がわからない。
「どうした?」
「わかりません、見に行きましょうか」
部下と一緒に前線に出ていく。
「あれは・・・・」
敵陣・・・平原に陣を張っていた部隊が、城に向かって次々に退却して行く。
耳を澄ますと、城から鉦の音が聞こえる。
「退却の鉦か・・・・籠城する気か?」
「さあ・・・・」
部下も首をひねる。
こちらとしては、面倒なことになる。
攻城戦は単純に骨が折れるし、どうしても長期戦になる。
だが向こうにしても、外に補給線を確保しておく必要があるはず・・・
そのために撃って出て来たのではないのか?
この退却命令は、解せない。
ガスパスの部隊も、守兵に続いて門に向かっている。
(退却に納得がいってないのは奴も同じだろう。
だが軍令は軍令。それに奴なら、囲みを破るくらい造作もないか・・・・)
テテロが行く末を見守っていると、突然有り得ないことが起こる。
守兵が入場した後。
ガスパスと黒雷が入城する前に、ソラス城の門が閉まったのだ。
何かが起きている。
それがなんなのか、テテロには全く解らなかった。
ーーーーソラス城門前ーーーー
突然の退却の鉦。
そして、目の前で閉じられた門。
ここまでコケにされたのは初めてだ。
怒りに顎が震える。
門の中では言い争う声。
それも、ほんの5分ほどで収まった。
そして、門の上から、何人かの軍人が顔を出した。
知らない顔ばかり・・・・
いや、年増女はどこかで見たことがあるか。
「ガスパス将軍!この城は我らがもらい受ける。
このクズの首、受け取れ!」
顔に怪我をした、痩せた男。どこぞの隊長か?
門の上から何かが投げられる。
ドサッと、門の前に落ちる。
砂ぼこりが舞い、収まる。
首。
ファンクスか。
驚いた表情のまま。
額から脳天にかけて、バックリと割れている。
「裏切りか。」
首謀者らしい痩せた男に向けた言葉だったが、年増女が答えてくる。
「どうとでも仰ってください。
我々は、あなた方や国ではなく、ここの住民を守る事にしたのです。
もう食料が底をつきます。
けれどファンクスとあなたが居ては、降伏も出来ません。
残念ですが、我々はあなた方と袂を分かつことを決めました。
・・・どうか、あなたも降伏を。」
たまらず失笑が漏れる。
軍人がそんな甘っちょろいことを言うから、民草ごときがつけ上がる。
そんな事を思ったが、こいつらには一生解らないだろう。
だから、口にはしない。
さて。
ここは負けが確定した。
南全域はもう奴らの手に落ちたも同然。
補給が受けられないのでは戦は続けられない。
西の戦況はいまだに入って来ない。
あとは、ビルト。
トカ砦に多少の備蓄がある。
それを持って、ビルトに向かうか。
王女が迎え撃ってくれば、面白い。
「トカに行くぞ。」
城に背を向け、部下に指示を出す。
それを聞いてリユトの後任の副官、アウルが寄ってくる。
「将軍。ファンクス様の首級は・・・お持ちにならないのですか?」
随分間抜けな質問をする。
そんなもの、何に使うのだ?
言いかけて、面倒になってやめた。
矢が風を切る音。
振り返り、剣で払い落す。
壁の上。
矢を射た男は若い、灰色で長い髪の男。
ニヤニヤとこっちを見ている。
「畜生。さっすが”名ばかりファンクス”とは違うッスねえ。」
舐めるな。
小弓を取る。
矢をつがえる。
男は壁上の石積みの陰に隠れる。
石の隙間を狙って一矢。
石積が砕けて四散する。
その瞬間に二矢目を放つ。
若い男の腹に、深々と矢が刺さった。
男の苦悶の表情を見て、笑いがこみ上げる。
俺に直接刃を向けた事、後悔したか?
覚えて置け、お前ごときには負けぬぞ。





