11月4日 夕刻 オルドナ王都 ビルト 2
ーーーー数分後 中庭ーーーー
不気味なほど暗く静まり返る中庭で、両軍が対峙する。
トラギア軍は前軍と中軍合わせて450ほど。
対する近衛は200人ほど。
どちらも、かなりの被害を出している。
ビッキーとクラウは、キャスカが捕らえられたのを見て一旦離脱し、兵達と合流した。
近衛軍も、先ほどより一回り小さくなった方陣をしっかりと組んでいる。
中央には、この部隊の隊長らしい槍の大男と、縄を駆けられたキャスカ。
両軍は中庭の中央でにらみ合う。
キャスカを捕らえられて殺気立つメルケル軍。
かたや、冷静に陣を組み命令を待つ、オルドナ近衛兵。
「その娘を返してくれねえか。」
クラウの声が不気味に静まる中庭に響き渡る。
「そちらが兵を退くならば。」
低い、落ち着いた声。
「悪いね、あたしらには決定権がないんだ。
もうすぐウチの大将が来る。それで交渉してくれよ。」
猿轡をかまされたキャスカが首を振ってうんうん唸る。
そこに馬の蹄の音。
ユリースが単騎でやってきたのだ。
ユリースは状況を見て取ると、鬼の形相でクラウとビッキーの脇まで来た。
腿の包帯は既に血で真っ赤で、顔は真っ青。
クラウが見とがめて声をかける。
「お・・・おい、おまえ、大丈夫か」
が、ユリースは返事をしない。
思いつめたような、おびえたような。
自分に危害を加える者に噛みつこうとする獣のような、そんな表情。
クラウはどこかで見た顔だと思って、すぐに思い出した。
トニやジャンに襲いかかった、あの時・・・
ユリースが馬を降りる。
つかつかとひとり、両軍の中央に向かって歩く。
「ユリース王女とお見受けした。
某、近衛軍中隊長、ロレンと申します。
交渉をしたい。」
「その娘を放しなさい。」
「人質などこちらとて不本意だ。だがこの状況。
明らかにこちらは不利。
だが我々は王都を守る近衛軍、黙ってここを通すわけにもいかぬ。
そこで」
「その娘を放しなさい。
早く。」
ユリースは相手が言い終わるのを待たずにもう一度言う。
その間にも、どんどん近づいていく。
近衛軍の一人がユリースの圧力に耐えられず矢を放つ。
矢は真っすぐにユリースに向かう・・・・が、手甲によって弾かれ、足元に落ちる。
「バカ、誰が撃てと・・・
お、王女。
そちらが兵を退けば、この娘は無傷で返そう。
退却の邪魔もせぬ。事後の和解にもできる限りの口添えをしよう。
どうだ、悪い条件ではないと思うが・・・」
ロレンはまくし立てる。
が、ユリースは歩を止めない。
「兵は退きません。
その娘を放しなさい。
放さないのならばここで全員殺します。」
なんの感情も無く、ユリースが言い切る。
近衛兵がざわつく。
血の気の多いらしい何騎かが、前に出る。
ロレンはキャスカの喉元に剣を当てる。
「やめておきなさい。」
ユリースがさらに表情を険しくし、歩を進める。
騎兵が5人、一斉に斬りかかる。
次の瞬間、剣の二人が武器を落とした。
一瞬遅れて手首から血が噴き出す。
ひとりが槍で突く。手甲に巻き取られ、槍が宙を舞う。
兵士は肩の関節が外れたようで、片腕がだらんと垂れ下がる。
さらに歩を進める。
残る二人はもう動けない。
ユリースは固まるふたりの手から槍を奪い、遠くに投げる。
ユリースの腿の包帯が含み切れなくなった血を垂らす。
肩の包帯にも赤い血がにじんでいる。
「その娘に手を出せば・・・・
全員、殺します。
ここで、今すぐに。」
ユリースはまっすぐにロレンを見据え、さらに歩を進める。
ロレンは自分の手が震えているのを感じる。
汗がとめどなく流れる。
(なんだ、この・・・
太刀筋が全く見えぬ・・・
バケモノか・・・)
ユリースが目の前まで来た。
ロレンは剣を地面に投げる。
同時に、周囲の兵がキャスカの縄をほどき、解放する。
キャスカがよろよろと歩き、ユリースに抱きつく。
ユリースはほっとした表情でキャスカを抱き止め、微笑んだ。
ーーーー数分後ーーーー
宵の闇が迫る。
さらに下がった気温が、雨上がりの中庭に霧を作る。
胸にしがみついてしくしく泣き続けるキャスカの頭を撫でながら、ユリースは縄を掛けられたロレンに話しかける。
「降って頂いてありがとうございます。
金輪際わが軍があなたたちに危害を加えることは有りません。
安心なさってください。
これから私は、オルドナ王に会いに行きます。
どなたか案内をお願いしたいのですが・・・・」
なかば強制的に降伏せざるを得ない状況を作られたロレンは、内心ひそかに抗議しながら答える。
「それならば私が。
しかし、案内できるのは玉座の間の直前の回廊まで。
そこから先は最近は重臣さえ近づけぬようになっております。」
「行けるところまでで結構です。
よろしくお願いします。
それから確認ですが、あなた方の他にこの城内に動ける軍は居ますか?
軍でなくても、我々が組織的な攻撃を受ける可能性は?」
「私が知っている限り、ありません。
近衛が最後の砦です。」
ロレンが唇を噛む。
ユリースはそれを見て、ちょっと懐かしそうな表情で微笑む。
「誇り高い、良い部隊ですね。
先ほど城外の隊長さんとも少し話しました。
オルドナ王に危害を加えぬこと、手荒に扱わぬことを約束しております。
その点はロレンさんも安心してください。」
「かたじけない。」
ロレンは恭しく頭を下げた。
重臣でも近づけない玉座。
そんなものがあるのか、謁見などはどうしているのか。
近衛ですら知らないのか?
ユリースは不吉な予感に寒気を感じ、ぐっと腕を緊張させる。
「グェ」
胸の中で、キャスカがうめき声を上げた。





