1004年12月16日 メルケル北 炎の森防御線
突貫作業でモノは作り終えた。
総動員で、柵の外にそれらを設置しはじめている。
新しく作った矢倉の上に登ってみた。
森から平原に出るところ。
左手には海に落ちる崖。
右手には高いところまで続く崖。
ちょうど段になったような地形で、炎の森からメルケルに向かうに当たって、一番狭い所。
当時このあたりをくまなく歩きまわって、ここに柵を作ることを決めた。
簡単な柵でも、有ると無いとでは雲泥の差。
もしもの時のために作っておいてよかった。
メルケルからは、ジャンが戻って指揮を執っている旨の早馬が来た。
心配事が一つ減った。
こっちに集中だ。
コビは兵士や職人20人程度と柵の外で作業中。
もういつ来てもおかしくない。
マスケア西から入って、ここに抜ける。
奇しくも5年前のあの道程と重なる。
ふとコボルトの集落の事を思い出した。
結局あれから一度も立ち寄れていない。
コビも里帰りできないでいる。
毎日が忙しい。気を抜けない。
あののんびりとした集落での日々がよみがえる。
いつかまた、あそこで過ごしたい。
できれば3人一緒に。
そんな日が来るのだろうか。
少なくともメルケルの守りを任されているうちは難しい。
せめてコビだけでも行かせてやりたいと思うが、コビ自身が自分の役割を放り出すのを嫌がっていた。
「トニさん、霧です!」
隣の見張りが教えてくれた。
そういえばさっき風が北に変わった。
海からの風が陸で冷やされて霧になったか。
この辺はこの季節、まだ海水の温度が高い。
予測できたはずなのに、うっかりした。
「悪い、ボーっとしてた。まずいな・・・
柵の外に広めに斥候を配置しようか。」
「何人でしょうか。」
「3人。鏑矢を持たせて。」
「了解です。」
見張りが命令を伝えに降りていく。
その時、霧の向こうが動いた気がした。
じっとりと湿った空気が肌をなぞる。
脇に汗を感じる。
違う。
自分が敵ならーーー
「待って、斥候はいい。コビに伝えて。作業中断、途中でもいい。柵の中に早く。」
自然と抑えた声になる。
見張りが神妙な顔で頷き、走ってコビのほうに向かう。
霧で森の奥が見えない。
霧は近接戦闘に有利。
自分が敵ならこの霧に乗じない手はない。
嫌な汗が吹き出す。
梯子を下りて騎乗し、弓を用意するよう周囲の兵に伝える。
同時に、なるべく音を立てないよう全体に通達を出す。
視界が悪いときには、音が重要な意味を持ってくる。
職人達と民間人が配置につく。
柵の外・・・
柵から100mほどの位置でしゃがんで作業をしているコビに、見張りが話しかける。
短い会話。コビが周囲になにやら指示を出す。
見張りと、作業を手伝っていた兵士、職人が戻ってくる。
コビは残った。
なにか、やっておいたほうが良い事があるんだろう。
それはわかるけど・・
「急いでくれ・・・」
自然に独り言が漏れる。
カチャ
森の奥から小さな金属音。
コビも気づいた。
一瞬森に目をやるが、作業を続ける。
柵の向こう側に居るのはもうコビだけだ。
頼む・・・もういいから
早く・・・・
カチャ・・・・カチャ・・・
金属音が増える。近づく。
騎馬にしてはかなり音が小さい。
なにか蹄鉄や鎧になにか細工がしてあるのかもしれない。
ガチャ・・・ガチャ・・・・
まだ姿は見えないが、もうはっきりと音が聞こえる。
軍だ。
コビが作業を終えた。
戻れるか・・・いや・・・
一瞬こちらを見て迷った様子を見せたコビが、柵の方向ではなく道の脇・・・
海側の岩陰に隠れる。
賢明だ。こっちに来てたら恐らく間に合わない。
無事でいてくれ・・・無理をせず隠れていてくれ・・・
トニは祈るような気持ちでコビを見つめた。
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奇襲など下らない。
正々堂々と戦って、勝てばよい。
鍛錬が足りずに死ぬのなら、そこまで。
だが、城や壁が絡むと、そう単純ではなくなる。
攻城兵器、水、兵糧。
面倒なことが増える。
そんなことは捨て置いて、騎馬で思い切り駆け回りたい。
敵軍を崩し、大将を屠る。
そういう戦をしたいのだが、ノヴドウ以来そういう戦がない。
コルテスは森ばかりで、敵もロクなものではなかった。
そしてもう東には戦場がなくなってしまった。
オルドナに来ればいくらでも戦ができると言われたのは何だったのか。
今や北にも南にも、壁の中に隠れ閉じこもる臆病者ばかりだ。
だが、この道を見つけてきたやつがいた。
蹄に炎除けの細工をして、マスケアからここまで2日。
もうすぐ、原野に出る。
久しぶりに、血がたぎる。
好き勝手暴れまわる。
敵の主力がこっちに当たってくる。
メルケルには優秀な指揮官が何人かいるというが。
寡兵でそれを、ぶち抜いてやる。
自分の手足のような騎馬隊を作りたくて、徹底的に調練を繰り返してきた。
良い馬も全て奪ってきた。
ようやく試せる。
さっきから鬱陶しい霧が視界を遮る。
臆病者は隠れることが出来て喜ぶのだろうが。
俺には、必要ない。
隘路になった。
嫌な地形。
隠密行動なので斥候は放っていない。
敵軍がもしいるとしたら、このあたりか。
森が途切れた。
霧の向こうに、何かが見える。
柵?
矢倉が2。
「チッ」
下らないものを作りやがって。
急造だろう、それほど丈夫ではなさそうだ。
という事は、こっちの動きが漏れていたか。
弓200。
後ろは民兵か?物の数ではない。
指揮官は中央の騎馬か。
文官のようにも見える、背の高い男。
「気づいたのは褒めてやる。
待ち受けた場所もいい。
だが、こっちの力量を見誤ったな。」
剣を抜き、頭上に掲げ、前に。
突撃だ。
柵など踏み越えてやる。
風を切って進む。
矢が雨のように飛んでくる。
矢筋がいい。
「悪くない」
呟いて、自分に飛んできた矢を剣で払う。
それなりのやつらという事か。
何人かが後ろで矢に倒されたのを感じる。
左手で馬の頭を前に押す。
同時に振りかざしていた右手の剣をぐいっと前に出す。
ーーー速度を、上げろ。ーーー
馬がすぐさま反応する。
周りの兵も速度を合わせてついてくる。
この反応。
初めて見るだろう。
どうだ、この騎馬隊。
柵がぐんぐん近づいてくる。
もう、すぐそこだ。
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噴き出す汗が止まらない。
騎馬の動きが尋常ではない。
ひとかたまり。
ひとつの生き物。
自在に形を変え、一つの意思を持って向かってくる。
そして風のように速い。
弓も、ほとんどがはじかれている。
よほどの精鋭なのだろう、急所や馬に向かってくるものは剣ではじき、それ以外はわざと鎧にあてて受ける。
全く無駄がない。
300騎に少し足りない程度か。
よくこの数で、この質を保っている。
こいつらがここを抜けたらと思うと、真に恐ろしい。
全速で近づいてくる。
予想通り。
なにも外れていない。
だが不安で押しつぶされそうになる。
住民は?職人たちは?
壁の上から戦闘に参加したことはあるだろうが、地べたで騎馬に向かってこられる恐怖というのは格別だ。
頼むから、耐えてくれ。こらえて、まだ待ってくれ。
兵士たちが狂ったように矢を射かける。
半分は演技。
しかし兵士たちも恐怖を感じているに違いない。
この騎馬隊は、怖い。
吐き気のようなものが襲ってくる。
蹄の音が近づく。
もうすぐそこ。
速い。
だが
その速さが
命取りだ
剣を上にあげる。
「今だ!!!!!!!」
職人と住人、そして一部の兵士が、手元の縄を一斉に引っ張る。
騎馬隊の足下。
落ち葉の山の中から、無数の木の串が立ち上がる。
ドガガガガ!!!!!
ギャァァァァァァアアアア!!!!
轟音。そして絶叫。
それが人のものか、馬のものかもわからない。
馬の足に、腹に、鋭く尖った木材が刺さる。
急停止する馬。落馬した兵の腹を木材が貫通する。
さらに後ろからの激突でつぶされる兵士たち。
一瞬で、300騎が血まみれの団子になった。
「矢だ!全部使っていい!とどめを刺せ!」
一斉掃射。
敵将ガスパスの馬が死んだのが見えた。
いける。
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全滅だ。
もはや打つ手がない。
俺の脇腹にも大穴があいた。
徒歩で柵を破るか?
いや、オルドナのためにそこまではしないぞ。
ここで死ぬわけにはいかない。
退却だ。
さっきの指揮官。
顔は見えなかった。
クソッタレが。
地面から出てきたトゲと死体が邪魔で真っすぐ後退できない。
一旦海側に避けるしかない。
矢が鬱陶しい。
耐えがたい痛み。
だが耐えるしかない。
動けるものはまだいる。
ほとんどが徒歩だ。
クソッタレ。
俺の騎馬隊をどうしてくれた。
こんな姑息な手を隠してやがった。
木の棘の森を抜けた。
後ろに40人ほどが離脱してくる。
騎馬も多少居る。
ようやく矢の射程から外れた。
ざっと80人。
騎馬、たったの20。
なんだこれは・・・・
良い馬を集めた。
厳しい人選と調練を行ってきた。
それが一瞬で、このざまだ。
自分の体の一部をもぎ取られたような・・・
喪失感。
ん
岩陰に何かいる。
「おいおまえ、あの岩の影を見てこい。」
兵が岩陰を覗き込む。
一瞬驚いた顔をして、そのままあおむけに倒れた。
胸から血が噴き出ている。
なんだ。
岩陰を除くと、背の小さい亜人が切りかかってくる。
「誰だ。」
腕はいい。速さも力もある。
一撃目をいなし、打ち込む。
躱された。
剣が戻ってくる。
うけとめる。
鍔迫り合い。
すぐに勝てないと悟り、向こうが引いて飛びずさる。
あのクソどもの一味か?
殺してやろうか。
「何者だ。」
「お前に答える義理はない。早く国へ帰れ。もうここにお前の戦場はない。」
いい事を言う。
その通りだ。そうさせてもらう。
が。
「指揮官か?」
「・・・・」
答えない。
メルケルの壁上に陣取る亜人の噂を聞いたことがある。
恐らくこいつがそうだ。
「おもしろい、せめてもの土産にさせてもらう。」
こっちは手負いだが・・・・負けはしない。
一気に距離を詰める。
打ち込んでくる。
剣の腹で相手の切っ先の向きを少し変えてやる。
相手の剣が頬の横を通り抜ける。
相手の体がぶつかってくる。
みぞおちに、拳を叩きこむ。
相手がうずくまったところで、後頭部に手刀の一撃。
脇腹の傷がとんでもなく痛い。
叫びだしたい気にもなるが、叫んでどうにかなるものでもない。
「おい、こいつを・・・連れていけ。」
逃げ帰るまでの人質だ。
帰ってからも何かに使えるかもしれない。
これだけ準備をして来たのに、成果はこの亜人一匹。
この上なく腹が立つ。
しかしいまはとにかく生きて帰らねば。
そして、俺の手足たるこの兵たち馬も、少しでも多く連れ帰らねば。
追い打ちに来るなら来てみろ。こいつを救いたいだろう?
だが、かならず返り討ちにしてやるぞ。
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動けなかった。
コビが連れ去られる一部始終を見ていたにもかかわらず。
打って出る事は出来たかもしれない。
だが、そもそも勝てたかどうか。
相手は手負いとはいえとびきりの精鋭。
勝てればいいが、負けたら取り返しがつかない。
僕が死ぬ。柵を壊されこの一帯を確保される。増援を呼ばれる。
それでメルケルの防御線は完全に崩壊する。
どうしても、動けなかった。
そして、恐ろしい敵ととびきりの友人が、一緒に霧の森の中に消えていった。
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血を流しすぎた。
目がかすむ。足がふらつく。
馬で半日。
深い森で道は暗く、方向がおぼつかない。
痛みが、少し遠のいてきた。
まずい。
治療・・・何か方法はないか。
この部隊は薬師も聖職者も連れていない。
機動力が鈍るからだ。
動けなくなったものは、捨て置く。
踏みつけてでも、ほかの兵が前に進む。
それがこの部隊の掟。
だが、今回は裏目に出た。
なにか、ないか。
せめて水、火、食料。
前方にちらりと、白いものが見えた。
なんだ。
「おい、おまえ。先に行って見てこい。」
近くの兵士。
すぐさま早駆けしていく。
こんなところに何がある。
遺跡?
それとも。
人が住んでるとは思えないが。
「ガスパス様、人里・・・です。というか・・・・
そいつと同じような奴らが、沢山住んでいるようです。」
戻ってきた兵士が、馬の背に臥せった亜人を指さして言った。
まだ運があったか。
どうやら命をつなげそうだ。





