11月4日 午後 ソラス城前 野戦場
ーーーー前線 中央軍ーーーー
戦は完全に膠着した。
コーラスは物見の魔具で戦場を上から俯瞰して描かせた図面を見ながら、思案していた。
馬留の柵によって動きを止められ痛撃を受けて以来、ガスパスの軍はマリーアス軍の中にまで入って来なくなった。
他の部隊も同様、攻撃を仕掛けては深入りせずに去っていく。
将軍ファンクスが指揮しているはずの城内の守兵は、城壁に近づいたマリーアス兵が居た時だけ申し訳程度に弓を射てくるが、それ以外一切手を出してこない。
かたやマリーアス軍。
馬留の柵は味方の動きをも制限する。大きな動きは出来ないから、攻撃を仕掛けるにしても小規模で散発的、という事になる。
大きな戦果を挙げていた親衛隊も、今は王女のそばから離れられずにいた。
静かな戦場だ。
自分がオルドナ軍ならば、と考えてみる。
コルテスの橋は落ち、そこからの補給は見込めない。
西方の戦線はメルケルが優勢。マスケアの状況は解らないが、あそこからソラスへの補給はまずありえない。
唯一残るのが、ビルトからトカ砦を経由する補給線。
ビルトの急襲が成功していれば、これも無くなる。
もしそうなれば、ただ待っているだけでこちらが勝つ。
だが、それでいいのか。
戦は常に帰結を考えねばならない。
オルドナが消えた後、マリーアスが周辺国と比較してどういう地位を占めるのか。
どの程度の力を持つのか。どこを領地として取るか。
この戦はそういったものを左右するのではないか。
もっと大きな戦果が、必要なのではないか。
「女王に会いたい。馬を。」
傍で控える部下に伝える。
部下が天幕から出ていった後で、コーラスは後悔していた。
せめて「女王に直接会って報告に」とでも言っておくべきではなかったか、と。
(会いたい、では個人的な事のように誤解されてしまう。)
しかし、それが半分誤解でない事に自分で気づき、コーラスはひとり赤面した。
ーーーーマリーアス軍後方 本陣ーーーー
半刻で本陣まで来た。
多数の天幕。すでに斜陽。夕餉の準備でそこかしこから煙が上がる。
事前に連絡を受けていたのか、セリアは陣幕の入り口に出てコーラスを出迎えた。
彼女は軍用のチュニックの上に地面を引きずるほどの長さのふんわりしたサーコートを着ていた。
両脇を腰の下までごっそりと抉った形で、中の体のラインがはっきりわかる。
戦場には少々場違いな華やかさにコーラスは一瞬目を奪われる。
「申し訳ございません、突然に。」
セリアは微笑んで頷き、コーラスを軍用の胡床に誘う。
ふたりは向かい合って腰掛けた。
「なかなか難しいようですね。黒将軍は、やはり強いですか。」
「そうですね。向こうからの攻撃を防げる体制は整えましたが・・・
こちらから攻めるのが難しい状況になってしまっており、残念ながら速戦で決着がつくような状況ではなくなってしまいました。」
「そのようですね。
ですがこちらの補給線はしっかり確保してあるようですね。
対して向こうは補給がないはず・・・・持久戦ですか?」
コーラスは驚きで少し目を見開いてから、微笑む。
「さすがのご慧眼です。現状それが最も確実で損害が少ない方法かと。
ですが、他の作戦と足並みをそろえるとすれば、持久戦では後れを取った感が否めず・・・・」
「構わないのでは?
軍人たちともかく、私たちにとってそれは忌むべきものではありません。
時間をかける事が最善なのであれば、いくらでもかければ良いのです。
でも・・・」
セリアはここで言葉を切り、目を伏せてすこし考える。
「兵糧攻めという事になれば、一般の人々にも苦しみを与える事になりますね・・・」
「そうなります。
女子供も老人も多く居りますので、むしろ一般人のほうが苦しみは深いのかもしれない。」
「つらい選択ですね。
ですが・・・・
あ。」
王女の顔がすこし明るくなる。
「ひとつ提案しても良い?もちろん、軍事ですのであなたの意見も聞かせてほしいけど。」
「有難い事です。謹んで拝聴致します。」
「敵に・・・他の拠点からの支援が見込めない事、こちらはいつまででも持久戦を行う覚悟があることを、伝えるのです。大々的に。
それで、降伏を促す。
すみません、素人考えかもしれません・・・けど・・・」
「いえ、そんなことは。
もしそれで降伏してくれるようならば、それほどありがたいことは有りません。
それに・・・・
私からではテテロにそれを提案することが出来ないのです。
コール殿下もご納得されないでしょうし・・・・
なにか替わりに・・・・」
「根回し?
随分大人になったのね、コーラス。
必要ありません。
それが最善とあなたも考えるならば、すぐに勅命を出します。」
すこしコーラスをからかって、子ども扱いするような口調。
それがコーラスにはやけに嬉しかった。
「ですが、それは・・・
後々の禍根を残すことにならないでしょうか?」
セリアはコーラスを睨むように見つめる。
よく見ると王女がうっすらと化粧をしているのがわかる。
顔色が悪いのを隠すためか、それとも。
「・・・些末事です。
それで兵士たちが死なずに済むのであれば、ソラスの民が苦しまずに済むのであれば、喜んで禍根の渦に飛び込みましょう。
マリーアス王家は元々大トラギアの貴族の家系。
トラギア正統の危機に二の足を踏むことは許されません。
そしてその兵と民を蔑ろにすることも。
よいですか、コーラス。
今は私がマリーアス国王。
コールもテテロも臣に過ぎません。
そこを誤らぬよう。」
「大変申し訳ございません、そのような意図では。
・・・私も降伏勧告が最善と考えます。
それも、できるだけ早い方が。」
「早急に、手配します。
少しお待ちください。
ケイト!居るかしら?」
王女は衝立の外に向かって声を上げる。
衝立の影からひとりの女が現れる。
親衛隊の白っぽい軽鎧姿に片手剣の兵士。
背は小さいが、一見して手練れであることがわかる。
「お呼びでしょうか?」
「勅書を書きます。羊皮紙、ペンとインク、それから封蝋を用意して。
すぐにお願いします。」
「かしこまりました。」
ケイトと呼ばれた兵士が出てゆく。
「勅は全軍に、わかりやすい形で出します。
具体的な方法は任せます。テテロとも相談してください。」
「はい。承知いたしました。」
コーラスは恭しく頭を下げる。
その顔を女王が下からのぞき込む。
「コーラス。
人がなるべく死なないように・・・・
苦しまないように・・・
お願いね。」
女王が憂いを秘めた表情で、懇願するように言う。
心臓の奥がぎゅっと締め付けられるような感じがして、コーラスはしばらく動けなかった。





