11月3日 午後 ボナ砦 野戦場
午前中とは打って変わって、お互いにその身を削り合う激戦となっていた。
ジャンの指示通り、午後一番でグランゼの部隊は敵右翼の側面に突っ込んだ。
同時にメーグの500が正面からちょっかいを出す。
それで一旦は相当に押し込んだのだが、本陣に至ったところで敵軍精鋭の頑強な抵抗に会い、潰走させるには至らなかった。
敵は陣を立て直して押し戻そうとするが、グランゼとメーグは呼応するように敵を撹乱し、優位な戦を続けている。
最古参と初陣の将の取り合わせは、ジャンの予想よりずっと良いようだった。
中央は、負けていた。
ジャンは自ら敵の弱そうなところを狙って突撃したのだが、これがメディティスの罠だった。
うまく包み込まれ、かなりの損害を出して後退。後方から弓隊のナリコと若手のアークと言う大隊長が機転を効かせて援護に動き、ジャン自身は何とか事なきを得た。
しかし敵は勢いづき、容易にはひっくり返せないほど戦況は悪い。
親子の直接対決の緒戦は、父親に軍配が上がった。
右翼スティードは、かなりの戦果をあげていた。午前中はとにかく堅実を心がけて居たようだが、午後になってスティードと副官オタロが先頭に立ち敵の本陣目掛け突撃し、破竹の勢いで敵の本陣に達した。そして、副官を討ち取り敵左翼の副将に手傷を負わせるに至った。
敵左翼は後退し、砦に入ってしまったので、いまスティードの軍はジャンの軍の隣にいて、中央に対する追撃に備えていた。
ーーーー左翼 グランゼーーーー
全体でみると、全くの互角。
ここは、若干優勢か。
一瞬たりとも気が抜けない。
何か一つ間違うと、負ける。
さっきから、いや最初から、なにかおかしい。
こちらの兵の動きは良い。メーグも良くやっている。
おかしいのは敵だ。頑なに深入りしてこない。
もう少し来られると痛いな、という時に、引いていく。
敵が慎重になる理由は何か。
敵右翼の将は、何度かメルケルにも攻めて来た事のあるオルレという大柄な男。
体の通りおおざっぱな戦をする将で、その分速さがあるのが長所・・・なはずなのだが。
全軍で押し込んでみる。
やはり本陣が固い。
メーグが今度は真後ろから弓と長槍で突っついて攪乱している。
敵はかなりの損害を出しているはずだ。
が、本陣だけはどうしても崩れてくれない。
おそらく、最精鋭をここに置いている・・・理由はなんだ。
違和感が止まらない。
「メーグに伝令。一旦帰って来い。全軍引くぞ。」
脇の伝令兵に伝える。
周りを見回す。
やはり、優勢だ。
ふと、目の端におかしなものが見えた気がした。
戦場にはふさわしくない、何か。
黒い、ふわりとした・・・・・?
なんだ、私は今何を見た?
見廻してみる。何もない。
敵の本陣がこちらに向かって動いた。
なぜか、二つに割れている。
中央には
黒ずくめのローブの集団。
おそらく、100人以上。
冷や汗が全身に広がる。
どうすればいい
「魔法だ!!!!!引けぇ!!!盾を!!!」
叫んでみるが・・・まずい。
100人が同時に両手を上げる。
その上に黄色く燃える小さな火球が現れ、みるみる巨大になっていく。
ほんの1分でそれはメルケルの城門のように巨大になり、ゆっくりゆっくりこちらに降りてくる。
逃げても、盾を構えても、間に合わない。どうしようもない。
メーグがここにいなくてよかった。
死ぬのはこの老骨だけでよい。
タマス、ジャン、トニ。
後は、頼んだ。
ーーーーメルケル中央軍後方ーーーー
左翼で巨大な火球が破裂した。
何人が巻き込まれたのか。
人が焼け焦げる匂い、真っ黒な煙。
ジャンは後ろに気配を感じて振り返る。
「ああ・・・・・本当に使ったね・・・
すぐ出るよ!!あたしを最前線まで連れていきな!!」
後方に従軍していたフミ。
いつの間にここまで来ていたのか。
「・・・グランゼさんの所が・・・・・やられた。」
「ああ、そうみたいだね。悪いけど向こうが実際に魔法を使うまではあたしは動けないんだ。
任せときな。これ以上は使わせないよ。」
フミはいつになく神妙な顔でジャンに語った後、馬車で前線に向かう。
そしてその道すがら、右手の杖を体の前に構え、呪文の詠唱を始める。
長い長い詠唱。
フミの体全体が暗い灰色の玉に覆われる。
(クラヴァルト・・・あんたの望み通りだ。見せられないのが残念だよ。)
詠唱が終わる。
敵が弓を射るのが見える。
しかし、この光の玉は何も通さない。
魔法も、剣も。
フミは低い小さい声で、最後に呟く。
「非魔法」
灰色の玉が収束する。
そして、今度は薄い紫の光の玉が膨張する。
人間の耳には聞こえない音が、他のすべての音を掻き消す。
紫の光は、大きく大きく膨らみ、ついに戦場全体を包む。
音が戻る。
光は、そのままうっすらと残っている。
「今だよ。行きな。」
フミは後ろに控えるジャンに向かって言いながら、自分は馬車の中にさっさと引っ込む。
フミによると、この光の玉の中ではこれから丸一日以上魔法が使えないし、魔具の効果も発動しない。
ジャンが剣を振りかざす。
右翼スティードの軍が敵味方中央軍の間を斜めに横切り、混乱した敵右翼・・・副将オルレの本陣に向けて突撃する。
それが通り過ぎるのを待って、ジャンの中央軍も前進し、全軍で敵中央に当たる。
怒りを込めたスティード軍の一撃は、オルレの軍を真っ二つに切り裂いた。
すぐに本陣に到達する。
最精鋭であっても、先頭に立つスティードとオタロ、後ろから来たメーグに挟まれてはどうしようもない。
みるみるうちに崩れていく。
中央で必死で退避命令を出しているオルレに、三人が到達した。
スティードの槍が届いて、右肩に刺さる。
後ろからメーグの槍の切っ先が左手首を切り落とす。
そしてオタロの剣が、その首を落とした。
ーーーーオルドナ 中央軍 メディティスの本陣ーーーー
負ける。
それは確定的だ。
そもそもこの布陣は魔法を効果的に使うためのものだ。
そのために勝てるところを勝ち切らずに置いた。
だが魔法を、どうやったのかは解らないが、完全に封じられた。
右翼に置いた魔法使いどもは、全員捕らえられたようだ。
それに、左が予想に反して徹底的に負けていた。
これがせめて互角であれば、なんとかなったのかもしれない。
もう、取り返せないところまで来た。
「将軍!ソクラテス様がおいでです!!」
言い訳に来たか。
「いやあ、これはどうも・・・まずいですな。」
「何が起こった?なぜ魔法の詠唱が出来ん?
魔具も使えんようだが。」
「おそらく、魔法ギルドの幹部が出てきましたな。
禁呪です。すべての魔法を無効化するという・・・
フッフッフ。
実在するものだとは知りませんでしたがね。」
笑うか、この状況で。
「解除は?出来ぬのか?」
「あるとしたら対抗魔法での解除でしょうな。
ですがそもそも魔法が使えませぬし・・・・
魔法部隊が居なくなってしまいました。
どうにもなりませんなあ。」
「ならば・・・」
こちらが言いかけたのを手で制して、ソクラテスが言葉を続ける。
「・・・もうここにわたくしが居てもお役に立てませんな。
早々に退散する事に致します。
大将軍、ご武運をお祈りいたしますよ。
敵は強い。あなたが最後の砦です。
オルドナを、お守りください。
王もそう望まれているでしょう。」
視界が赤くなる。
頭に血が上るのがわかる。
危機を感じたら貴様だけさっさと逃げればよいのか?
貴様の持ってきた布陣だぞ、その責任を取らぬのか?
そして王の意思を貴様が・・・私に向けて代弁するのか?
体が勝手に動いた。
気付くと、ソクラテスの体が真っ二つになっていた。
そうか、この男、いまは魔法が使えぬのだったな。
「全軍、一旦砦に入るぞ。
明日一番でマスケアまで後退する。
退却だ。」
怯える部下に指示を出す。
すぐさま伝令が走り、下知が軍に浸透していく。
また、負けた。
不思議と、悔しさはなかった。





