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魔剣戦記 Ⅱ  作者: せの あすか
3/66

1004年12月15日 メルケル 評議会室

「間違いないんだな?」


間者から何度も同じ報告が上がってくるのを、トニは信じられない気持ちで聞いていた。


敵の中隊が丸ごと、消えたという。

マスケアに戻ったでもない、ビルトに向かったわけでもない。


此方をにらんでマスケア西方に展開していた軍で、前線に近いボナ砦に進んで合流するものと思っていたのだが・・・



消えたのはどうやら新設の騎馬隊らしく、隊長は最近将軍に昇格したガスパスという男。

コルテスで随分暴れたという噂の男だった。




地図を見る。



挿絵(By みてみん)




オルドナがトニの故郷であるコルテス島ジーラントを落とし、全土制圧を宣言したのが去年。


後門の憂いがなくなったオルドナは、軍を再編成して西方・南方に向かう軍を大幅に増員した。


西方軍の総大将はこれまでと変わらずメディティス大将軍。

副官にはファンクスという男。この男はソラス軍の有力者だったが、祖国を裏切って太守の首をオルドナに引き渡した張本人と噂されていた。



そこにガスパスが合流し、いよいよこちらに向かって進軍を開始するか、という矢先の、おかしな報告。


再び地図をにらむ。


「スティードを呼んでくれ。意見を聞きたい。」


いまジャンはトラギス。

他に相談できるのはグランゼか、若いスティード。

順当にみれば経験豊富なグランゼだったが、なぜか今回は適任でないように思えて、スティードを呼んだ。



「トニさん。」


スティードがやってきた。

軍務中だったのか、重装備のままだ。


彼は4年前オルドナの大規模侵攻を受けた際に、ジャンやトニと共にわずか20人で敵陣深くまで侵入し、投石器を破壊して帰ってくるという離れ業をやった、伝説の決死隊の一人で、それ以降は若いながらも自警団のまとめ役として力を振るってきた。

今年で23歳の有望株だ。


「間者からおかしな報告があってさ。ちょっと意見を聞きたい。」


トニはこれまでの各軍の動きと、ガスパス軍の消えた経緯を詳しく伝える。


スティードも首をかしげる。


「変ですね。後方で何かあっとしたら絶対にマスケアに戻る。

伏兵としてどこかに隠れるのもおかしい。こっちが打って出ないと意味ないから。


ボナ砦・・・メディティスとファンクスは動いてないですよね。

そもそも、援軍というのも良くわからないですよね。

ガスパスは別に城攻めに強いわけではない・・・どっちかっていうと白兵戦・・・しかも騎馬隊ですもんね。

攻城兵器と兵糧はどうですか?」



「特に変わった動きがないんだよな。


小さなことでもいいんだけど、なんか気になるとこないかなあ。

なんかさ、グランゼさんだと「気にするな」で終わる気がしてさ。

それで君を呼んだんだけど。」



「ははは。確かにあの人いろいろ気にしないですもんね。

おおざっぱというか。

実戦では決断早いんでいいですけどね!」



見るべきところは見ている。

やはり、この若者は優秀だった。


作戦立案に必要な視野の広さも持っているし、経験不足を補って余りある頭の良さがある。



「気になるところかぁ・・・

そもそもなんでガスパスが援軍に来たのかなっていうのは思いますね。

さっきも言いましたけど。騎馬でこの壁の前に来ても基本やることないですもんね。」


「・・・・・・」


オルドナの身になってみるとどうか。


支配したとはいえ、コルテスはまだ決して安定した状態にはなっていない。

そこの警備と徴発をやっていたガスパスをひっこ抜いてこっちに持ってきた。


他に選択肢がなかった?


新鋭のマーロンという女。守りにも強く攻城戦なども苦手ではない。現在地はノヴドウ。

最古参のナテュメ将軍。長く北方に睨みを利かせていた老将軍で、最近南方軍に配置換えになった。最近は歯に衣着せぬ物言いで王の不興を買っていると聞くが、攻城戦もそつなくこなせるだろう。


援軍であれば攻城戦で評価の高い大隊長クラスを派遣しても良い。

他にも人材は居るのに、なぜガスパスを送ったのか。


騎馬。

それも新設の。


おそらく精鋭。






ふと、あの日の光景がよみがえる。

炎の森、重い荷物を抱えて徒歩で歩く二人。


ーーーせめて馬があればなあーーー


ジャンの愚痴。



馬。



「地図!!」


トニが大声を出した。


「!!・・・・そこにありますよさっきからずっと・・」


スティードがビックリして答える。


トニは地図にかぶりつき、呟く。


「炎の森だ・・・!」




「え?ガスパスが?馬鹿な。軍が通れるとこじゃないでしょ。」


「普通は通れないからこそ、だ。スティード。

もしガスパスの騎馬隊が炎の森を抜けて北・・裏側から抜けてきたらどうなる?

もちろん表からはメディティス将軍だ。」


「んっと・・考えた事も無いですけど・・・自分なら補給線狙いますね。」


「そう、付近に農家がいくらでもあるから食うには困らないしこっちは北側に軍を出してる余裕なんてない。補給線をめちゃくちゃにされて1週間も経てば壁の内側の食料が尽きる。


タマスさん!!!いないか!!」



ここは評議会室。別室にタマスがいるはずだった。


暫くしてドタバタと足音が聞こえる。


「・・・なんですか大声出して!」


タマスが嫌そうな顔をしてやってくる。



「建築ギルドに手配して、木材と縄をありったけ・・・・!

ここ・・北東の壁外に集めてください。建築中の建物も工事を中断して木材を提供させて!

・・・それから職人全員、運搬に従事させて下さい!」


「え・・・と、今日はもう皆作業し始めてますよね・・・明日?」



「すぐに!!町の存亡がかかってる!

一刻も早く!!給金も工事の遅れも評議会が補填する!!!」



「は、はい!!すぐにい!」



タマスが慌てて出ていく。



「スティードは自警団で弓の強いの200を連れてすぐに今の場所に!」


身支度をしながらトニが言う。


「200でいいんですか?」


スティードは面食らった。

ガスパスの騎馬中隊相手に、200??


「それ以上割けない。よね?

守備の指揮官はジャンが戻るまでは君だとして・・・何人欲しい?」


「・・・・壁上に1200と民兵、壁下1400、傭兵1700。

いま減らすとしたら・・・壁上の弓・・・そうですね、200。」


スティードは舌を巻いていた。

この男はやはり、すごい。


しかし、200でなんとかできるのか。



「コビはこっちに貰うね。指揮官が二人は必要だ。

こっちの守備の指揮官の人選は任せる!すぐに動こう!!」



そして二人はすぐに建物を出た。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



メルケル東北壁外。


トニが職人に説明をしている。


「申し訳ないが街を守るためだ。

今日と、もしかしたら明日まで、自警団と同行してください。」


「それは構わねえが・・・・なにすんだ?

こんな材料引っ張ってきて・・・・一晩で城でも作ろうってのか?」


職人の頭らしき中年男がいうと、笑い声が上がった。


「向こうで、説明します。まずは運搬です。」


「ああ、町がなくなりゃオレ達も食いっぱぐれるどころの騒ぎじゃないからな。できる限りのことはやらせてもらうぜ。」


メルケルの住民は常に民兵で駆り出されるし、その必要性も良くわかっている。

それがこんな時は特に、心強かった。




壁外には木材と共に、あらゆる運搬手段が集められていた。

馬車、農作業用の牛車、市場で使う手引きの荷車、コロまである。



「トニ!」


コビとスティードが200の弓兵を率いてやってきた。


「コビ、悪いね。慣れた壁の上から引きはがしちゃって。」


「さすがにいつも一緒で飽きちゃってたところだからありがたいよ。」


「と言えるほど楽な相手じゃないんだけどね・・・。」

トニが苦い顔をする。



「自分は、中に戻ります!」

会話に参加せず、トニの返事も聞かず、スティードが戻っていった。

一刻も早く自分の持ち場を整えたいのだろう。


「ガスパスがほかの場所にいるとか報告が来たらすぐに早馬を!!」

トニが大声で叫ぶ。

スティードは振り返らず手を上げて答えた。


(気負いすぎるな・・・君なら大丈夫。)

トニは心の中で励ます。





「聞いたよ。ガスパス。いい評判は聞かないね。」


コビが深刻な顔をして見せる。



「うん。だからこそ、こっちに入れてはいけない。」


「場所は、あそこだね?前に柵を張ったとこ。」


一昨年、コビ・ジャン・トニの3人で、炎の森とメルケル領を隔てる森の出口に、簡単な柵をこさえた。

長さは100mほど。


ただ、所詮3人の手作業でこさえた物。

何人かでかかればすぐに破壊できる代物だった。



「あの柵を強化するの?それとも矢倉を組む?」



「どっちもやる。でもそれだけじゃ敵は止まらない。

ちょっと策がある。

あとで職人たちに説明するから、それを一緒に聞いてほしい。」


「わかった。10騎くらいで先に走って様子を見ておくね。

腐ってるとこを書き止めとく。

途中の民家の人たちにも手伝ってもらえるよう声かけるよ。」


「助かる。」



トニはすっかり指揮官が板についたコビを見て、ちょっとむず痒いような気持ちになる。


数年前に出会ったときは、若干8歳だった。

当時トニは19歳。


今はコビが13歳、トニは24歳。


コボルトの寿命は40歳前後。

その分成長が早く、10歳でもう大人の体になる。

つまり人間の倍の速さで成長する。


実際コビはもうどこから見ても大人だ。

考え方もしっかりしていて、判断力も完成されているように見える。


(コビは人間に換算すると、もう26歳?抜かれたって事なのかな。)


トニはそんなことを考えつつ、倍の速度で人生を歩む友人の背中を見送った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


よく晴れている。

風は冷たいが、日が温かいのは救いだった。



木材の半分が到着し、兵士の大半と手伝いで来た周辺住民、がもう半分の木材を取りに戻っていた。



集まってきた職人たちに向けてトニが説明を始める。



「まず柵。今あるものを補修、若干の改良を加えます。腐ったところは取替え、内側につっかえ棒をします。



それから・・・物見やぐら・・・

これは時間がないから2つで行きましょう。

柵の内側で一番見通しのいい所。ここと、ここ。」



地図を指さす。


「高さは・・・背丈の倍程度。強度はそれほどいりません。」



(倍ってのはトニの倍、って事でいいのかな。)



えらく背の高い友人の言葉にコビは心の中で突っ込みを入れる。



「それから・・・」


トニが一呼吸置く。

一番大事な事をこれからいう時の癖。



「細い木材を集めて、こういう・・・・形の物をたくさん作ってください。」


紙に絵を描きながら言う。

職人たちが覗き込む。


細い木材を縦横に組み合わせる。

縦材は細く、先がとがっている。長さは2m程度。

30cm間隔で配置。

横材は少しだけ太く二段、10m程度の長さ。

縄で組むようだ。さらに用途不明の縄が飛び出ている。


「なんだこれ?柵?にしては材が弱すぎるぜ?

すぐに蹴り折られちまう。」


「そこは多分大丈夫です。


これの使い方ですが・・・・・・・・」









トニの説明を聞き、その場の全員が唖然とする。


「なんだそれ・・・・そんなのアリ?」

ガタイの良い若い職人が声を漏らす。


「こんなの、うまくいくのかい?」

えらく細く背の高い女職人も首をかしげる。




「わかりません、が、まともにやって勝てる相手じゃない。

大丈夫。皆さんの力があればうまくいく。


改良できそうな部分があれば各自判断してどんどんやってください。皆さんのウデと経験を信じます!


さあ時間がない!皆作業に取り掛かってください!!!」


トニが手を叩く。


半信半疑ながらも、職人と兵士、住民たちは持ち場に散っていった。


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