11月3日 午前
ーーーー炎の森ーーーー
メルケル北の草原の端にまる一日兵を伏せ続けたのち、ユリース達ビルト急襲部隊は進軍を始めた。
魔境、炎の森を抜けるルート。
馬の蹄には炎除けの付与。
兵も将も、できる限りの炎対策をしてある。
だから、進軍は順調だった。
空は快晴のはず。
だが濃密な蒸気で空は見えない。
ユリースは芦毛にまたがり、1200人いる部隊の中央を行く。
先頭はダリとビッキーに、殿はクラウとタヤンに任せてある。
カールとキャスカはいまは姿が見えないが、近くには居るはずだった。
信頼できる仲間に囲まれた事で、ユリースはこの先の事に思考を集中できていた。
明日の昼までにビルトに着くためには、夜通し進む必要がある。
だがぶっ続けでは兵と馬が持たない。
だから炎の森の中にいくつかの休憩場所を事前に準備してある。
涼しい休憩場所、飼葉、食料に水まで。
場所は旅団のメンバーが決め、整備してくれた。
これで炎の森を抜けるまでは大丈夫。
問題はその後。
マスケアの北側の平原に出た後だ。
まず東に進み、ボニエ川を中流地点で渡る。
その後、見張り塔をひとつつぶし、ひた駆ける。
距離としては問題ない。
ダリによると、ビルトまでは街道こそないがほとんど凹凸がなく、馬でも馬車でも走りやすいらしい。
だが途中にある見張り塔の守兵に発見されると、狼煙や魔具などでビルトに報告される。
だからそこでは、発見されないように姿隠しの魔法を使う事になっていた。
念のため、明るくなりきらないうちに、そこまで進みたい。
ダリは大丈夫だという。
しかしどうしても気が急く。
気を紛らわそうと、ユリースは髪をたくし上げ、後頭部でひとつに束ねた。
ユリースの髪はすでに肩まで届くほどになっている。
根元から半分が赤毛。残りの半分は透き通るような白。
後ろに束ねると、前から後ろにかけて美しいグラデーションを描く。
ユリースはこの結び方を気に入っていた。
キャスカやマイ、ジャンに褒められたというのもあるし、戦闘中髪が邪魔にならない。
(でも長い間結んでいると生え際が痛いんだよなー)
そんなことを考えながら、黙々と馬を進める。
「おーい王女様ぁー」
わざと間の抜けた声を出しながら、前からビッキーが下がってきた。
「もうすこししたら森が開ける。そこが一回目の休憩場所だよ。」
ユリースは首をかしげる。
「ちょっと早すぎない?みんな全然元気だけど・・・」
「だからこそだよ。先は長いんだ。疲労は蓄積させないことが大事。」
「うん、わかった。任せる。」
ビッキーは前に戻っていく。
森が開けた。
広く美しい場所。
小高い丘に刺さる剣が一本。
ビッキーがそこに跪いて、祈りをささげている。
先についていたダリやキャスカ、兵たちは遠巻きに、不思議そうに見ている。
「なに?お墓?」
ユリースはビッキーに近寄り、尋ねる。
「まあ、そんなものかな。・・・いまはまだ言えない。
いつか説明するよ。
さ、とりあえず馬に餌だよ!あんたも休みな!早く早く!」
ビッキーは一瞬悲しそうな表情を見せた後すぐにいつもの顔に戻り、ユリースを馬から引きずり下ろした。
ーーーーボナ砦の野戦場 メルケル軍 ジャンの本隊ーーーー
朝から方々で小競り合い。
お互いに大きな動きはない。
押しては反撃されて引く。その繰り返し。
(埒があかない。)
ジャンは若干焦っていた。
この砦にはそんなに時間はかけられない。
なるたけ早くマスケアまで押し込みたい。
「グランゼさんに伝令。後ろから左に回って敵右翼の側面をついて欲しい!
それからメーグ!精鋭を500渡す!ここから分離して、グランゼ隊の援護を。
その場の判断でグランゼさんが攻めやすいように、危なくならないように適宜動いて欲しい!
オレは同時に正面から突っ込んでみる。ちょっと弱いところがありそうだから。
右翼スティードに伝令!昼までは堅実に、押し込まれぬことを最優先にと!」
伝令が駆けていく。
メーグは残って何か言いたそうにしている。
「どうした?」
ジャンはわざと事も無げに聞く。
「あの、500は・・・初めてですが・・・・大丈夫でしょうか?」
当然の心配だ。
「ぶつけ本番で悪いな。だけど、君ならできる。
というか、君ほどの素質を持ってる人間を大事に温存して大事に育ててる余裕がメルケルにはないんだ。
言い方は悪いが、使えるものはすべて使う。
頼む。やってみてくれ。」
「・・・・わかりました・・・やってみます・・・・・」
メーグは少しうつむいてコクリと頷き、翻って行こうとする。
「待って。」
ジャンが呼び止める。
メーグは顔だけこちらに振り返る。
「死なないでくれ。自分の身はきちんと守れるよう。
いざとなったら、グランゼさんやオレを諦めてでも君が生き残れ。
それが戦だ。
心してくれ。」
メーグはニコリと笑う。
彼女は10年前、メルケルでのジャンの初陣の時に、ジャンやトニと共にオルドナ軍内に決死隊として飛び込んだ10人のうちの一人、ジョシュという男のひとり娘だ。
ジョシュはその戦で、決死隊の皆を守るために一人敵陣に残り、退路を確保した後に死んだ。
母を早くに亡くしているメーグは、それで孤児になった。
噂によるとそれ以来ずっと、父親と同じ坊主頭を貫いているという。
真意は解らないが、様々な思いがあるのだろう。
父親にも、メルケルやオルドナにも、そしてジャンに対しても。
(頼む、死ぬなよ・・・)
ジャンは祈るような気持ちでメーグの後姿を見送った。
それからジャンは一旦後方の弓隊の所まで一人で駆ける。
赤い鎧の小柄な女隊長を見つける。
「ナリコ!!中隊をひとつ借りたい!
突撃の補助をさせたいんだ!」
「あいよ。あんまり敵に近づけないでくれよ?
ウチは接近戦の訓練なんかしてないし民間人あがりも多い。
たぶん敵に近づきすぎるとションベン漏らすよ!?」
このナリコも10年前の決死隊の一人で、いまは弓隊の大隊長となっていた。
部下や他の隊長からの信頼も厚い。
「大丈夫だ。最初のきっかけ作りだけだよ。すぐ返す。」
「とかいって、うまく乗せて無茶さすんだろ?
あんたの昔からの手口だ。
みんな、騙されんじゃないよ!!
命が一番大事だ!
無駄に死ぬなよ!」
ナリコは兵たちに向かって大声で忠告した。
兵たちが「おう」と答え、笑う。
ナリコが中隊長を何人か呼ぶ。
皆冗談交じりに「行きたくねえ」「おめえ今回働いてねえだろ」など押し付けあって笑っている。
戦の中にあって、この雰囲気。
(こういう軍も悪くない。)
ジャンは妙に感心してしまった。
ーーーーソラス城北の平原ーーーー
「もう責めんでくれ。ああなってしまったものは仕方がない。
兵たちにも積年の恨みが溜まってたんだろうよ。」
テテロはうんざり、という表情で言う。
「しかし・・・我らはこれからここを治めようという軍なのです。
単なる戦争ではない。
ああいう事があると、軍は信頼されない。
王女の名にも傷がつきます。」
マリーアス兵はトケイト砦を落としたのが昨日の夕刻。
多数のオルドナ兵が捕虜となるはずだったのだが、捕虜は一人も出なかった。
興奮し殺気だったマリーアス兵が、オルドナ兵全員を虐殺したのだ。
その数、およそ1000人。
情報は拡散せぬようにした。
虐殺に関わった兵は罰として全員遺体の処理に当たらせ、前線から遠ざける処置をした。
それでも、敵軍には伝わっているだろう。
そして、味方軍内にも噂は広まる。
こういう不穏な情報は、兵の残虐性を刺激する。
そしてそういう時の戦は、得てして凄惨を極める。
ソラスの城が見える。
その前に、敵陣。
「・・・迎え撃つ気か!」
テテロが驚きの声を上げる。
整然とした配置。
兵たちの決意の表情。
コーラスは唇をかむ。
「どうやら、南方軍は決死隊になってしまったようです・・・」
「どういう事だ?」
「見てください、あの表情。
こちらに殺されるくらいなら、死ぬ覚悟で突っ込む・・・
そんな顔です。」
「・・・・・・」
テテロはようやく気付いた。
砦での虐殺が、相手の兵を強くしたのだ。
「すぐに陣を敷いて軍議です。
私も直接部隊を指揮します。
大隊長を集めておいてください!」
コーラスが慌ただしく出ていくのを確認して、テテロはすこしだけ笑う。
そして誰にも聞こえぬように言った。
「相手に不足はないって事だな。
面白い。我が騎馬隊の力、存分に見せてやろう。」
ーーーー正午 コルテス島 東端の集落ーーーー
漁村。取り立てて特徴のない、小さな集落。
その中心部、オルドナ兵の詰め所。
「な、なんだてめえら・・・・」
「おい・・・何してやがる・・・」
オルドナ兵5人が、50人ほどの住民に囲まれている。
住民の手には、銛、鎌、竹の槍、木刀、錆びた剣。
粗末ながらもそれなりに殺傷能力のある武器。
「おめえらオルドナを、追い出すんだよ。島からな!」
「さんざっぱら虐めてくれやがってよ!覚悟しろよ!?」
「ほれ、早く降参しちまえよ。命までは取るつもりはねえから!」
住民たちは血走った眼で、それぞれに怒鳴る。
「き・・・・貴様ら・・・ただでは済まんぞ?すぐに巡回が・・・」
「それが来ねえんだよ。どこもこの時間に合わせてオルドナをぶっ倒すことになってっからよ。」
「な・・・・・」
顔面蒼白で顔を見合わせる兵士たち。
取り囲む住民の輪が、一段と小さくなった。





