11月3日 朝
ーーーーコルテス島 入口の橋ーーーー
「おい、何の真似だ。こんな事してタダで済むと思ってんのか!?」
青年と中年の間、すこし中年よりの小隊長は、手首を縛られて無理矢理歩かされながら、しきりに僕に向かって話しかける。
「おめえ、どっかで・・・あれだ!!いつかの薬売りだ!!!!!
怪しいやつとは思ってたが・・・やっぱりあんとき捕まえときゃ良かったんだ!
この野郎!!
こんな事したらすぐにオルドナ兵や黒将軍がやってきて殺されちまうぞ?
悪いことは言わねえ、やめとけ。な?
いまなら大人しく逃がしてやるからよ?」
僕は苦笑しながら答える。
「悪い。こっちにも色々あってね。
心配しないで。
あなたを殺してもあんまり意味がないのでそれはしない。
ただ、いまからこの橋を落とすんでね。
とりあえず向こう側まで渡ってほしいんだ。」
小隊長はあんぐりと口を開ける。
「橋を???って????
本気で言ってんのか!!馬鹿かお前は!
そんなことしてなんになる?みんな困るだろ!!」
「そうかもしれないね。
でも、それをしないとコルテスは死んでしまう。
コルテスは今日で、オルドナから分離するんだ。」
「ちょ・・・・・ちょっと待て!
おめえナニモンだ!そんな勝手に!!!
許されると思ってんのか!!」
これにはさすがに少しむっとした。
「許すもなにも。
コルテスはもともとあんた方のモノじゃないだろ?
まあいいよ、これ以上話しても仕方ない。
とにかく早く歩いてくれ。」
僕は馬上から剣でチクっと小隊長の背中を刺す。
「いってえ!!!いてえ!!やめてくれわかった!
歩くから!!ホラ!!!」
速足で歩きだす。
まわりにいるオルドナ兵の部下たちも、同様に島と反対側に向かって歩かされている。
ほどなく全員が橋を渡り切った。
そこでオルドナの捕虜たちを一列に並べ、手首同士を綱で結わえ、ひとつなぎにする。
「こうしておけば、ひとまず安心だな。
よしみんな、作業にかかろう。
こっちの綱にある程度切れ目を入れて、あっちにわたって全部の綱を切る。
それで全体が落ちるはずだ。」
全員で作業にかかる。
この橋はつり橋なので、落とそうと思えばそれほどの労力をかけずに落とせる。
そして橋を落とせば、ガスパスはじめオルドナ本土からの救援は無くなる。
島内に常駐する守備兵はわずか1200ほど。
ガスパスさえ居なければ、住民の蜂起で十分に制圧できる数だ。
だが時機が早すぎると、西方、南方にいる敵の主力が攻城兵器などを駆使して臨時の橋を架け、渡ろうとしてくる可能性がある。
戦が始まり、連合軍がオルドナにとって十分に脅威たり得る事がわかったはずだ。
今ならば、前線から増援は来ない。兵器も来ない。
あとはガスパスの動き。
奴が来ると、全てが破綻しかねない。
メルケル軍に僕が居ないことは、いずれ敵に伝わる。
その情報を得た敵軍が何をするか。
まず別動隊を警戒し、マスケアの防備を強化する。
心配症であれば、ビルトの防備も強化する。
上手くすれば、後方の防備に割いた分だけ前線の兵士を減らせる。
そして、戦全体、国全体を見渡す目を持っていれば、コルテスやノヴドウで「何かある」と考えるだろう。
とはいっても敵方の幹部や将軍達がどう考えるかは読めない。
だからもうひと手間かけて、情報の伝達を乱した。
相手の連絡網を絶つために、連絡用の魔具をそれと悟られぬよう破壊し、間者を何人か殺した。それにメディティスの一番近くにいる伝令は、こちらの手の者だ。
おそらく今のところうまくいっている。
その証拠に、ここには新手が来ていない。
誰も気づいていないか、情報の遮断が上手くいったか。
しかし。
オルドナ側の作業がちょうど終わった頃、見張りが声を上げる。
「遠くに土煙!!!!おそらく騎馬!!!!」
来てしまった。
ガスパスと考えて間違いない。
「作業はおわったね!!!???
全力で橋を渡って!!コルテス側に!!!!!早く!」
僕は馬だが皆は徒歩。
「ものすごい勢いで近づいてます!!!!!!早く!!!!みんな!!!急げえええ!!!!」
見張りが泣きそうなこえで絶叫する。
全力で走る。
トニの馬がいち早くコルテス島の地面を踏む。
そして。
「一本だけ残して綱を切って。今すぐに。」
部下たちが手早く作業を始める。
ガスパスの騎馬隊を甘く見てはいけない。
ほら、もう来た。
対岸にはっきりと姿を見せる。
地平線に見えてから、僅か十分。
人を乗せていない馬の脚ならばわからないでもない。
だが乗っているのは軽鎧ながら完全武装の騎兵だ。
異常なまでの機動力。
3本の綱は切れた。
残るはあと一本。
僕はその近くに立ち、剣を抜き、背中に隠す。
あわよくば、ガスパスを橋と一緒に落としたいのだが。
味方は全員渡った・・・・
いや、見張りだけはガスパスの騎馬隊に捕まったようだ。
残念だが、助けられない。
皆の荒い息が海峡に吹く風よりも大きく聞こえる。
来た。
橋の向こうに、真っ黒い騎馬隊が整列する。
中央に長身、長髪の男。
兜は付けていない。
さすがに勘がいい。渡ってこない。
猪突猛進に突っ込んできてくれたらよかったのだが。
それとも、あの小隊長さんが止めたか?
「ガスパス!!!」
僕は橋の向こうに向かって声を上げる。
向こうから、低いが良く通る声が聞こえる。
「ああ、薬売りか。貴様がトニ・メイダスだったとは。
上手く化けたな。
殴られたところはどうだ?痛むか?」
「痛いさ!でもそのおかげでこうしてあなたを出し抜くことが出来た!
悪いが今度も僕が貰うよ!
コルテスはもう、オルドナには戻らない!」
「フン。ほざけ。
全員追い出した後でゆっくり制圧に来てやる。
まあそうなっても貴様はまともに戦わずにまた逃げ出すのだろうがな。」
ガスパスは部下から弓を奪い取り、矢をつがえる。
まさか・・・
ビュン!!!!!
矢の向く方向は・・・・
僕じゃない。
右に立つ部下に真っすぐ向かう。
早く、強い。
剣を矢の進行方向にもっていく。
が、間に合わない。
部下の胸に矢が突き刺さる。
急所。助からない。
「みんな、岩陰に!隠れろ!」
二矢、三矢。
次々と部下の体に矢が突き立つ。
二矢目以降は即死ではない。だが明らかな深傷。
部下が逃げ散り、僕だけが残る。
「僕を狙え!!打ってみろ!!」
「貴様に向けても弾くだろう?
意味のない攻撃をする気は無い。
なんなら一騎打ちでもするか?
・・・その勇気がないならあまり大きな口をきくな。
ほら、さっさと橋を落とせよ、弱虫。」
くそ。
なんて返そう。
「落とさせてもらうよ!
ああ、ひとつ頼みがある!
おたくの飼ってる間者が、僕にいろいろ情報を流してくれてね!
部下にずいぶん嫌われてるみたいだね!
おかげでいろいろうまく行ってる!
暇だろうから、帰って礼を言っといてくれないか!!」
半分は嘘。半分は本当。
すこしでも攪乱できれば、それでいい。
ビュン!!!
ガスパスが矢を放った。
僕に向けて、殺す気で。
怒ったのだろう、さっきより強い矢だ。
ガン!!!!
あぶない・・・
なんとか剣で叩き落すことが出来た。
返す刀で、橋を支える最後の綱を切る。
橋全体がふわっとしなった。
ぐらぐらと揺れた後、中央部がねじれる。
そしてコルテス側から、バラバラになりながら、海峡に落ちてゆく。
長らくコルテスの繁栄を支えてきた橋。
だがこの橋がいまの苦難の元凶になった事も確か。
これでコルテスは一旦、解放される。
きっと元の、素の状態に戻る。
「またな、最強将軍!」
剣を掲げ、黒将軍に向ける。
精一杯の皮肉を込めたけど、伝わったかな?
----ノヴドウ オルドナ北方軍宿舎----
北方の将軍マーロン。
女だてらに一時期はガスパスの「黒雷」に居たこともある「超」がつく精鋭で、北方の制圧戦、コルテス制圧で武功を上げた。
将軍の座に就いたのが5年前。
前任はナテュメという老将で、長くオルドナ北方の地を護ってきた男。
マーロンはナテュメに2度ほどしか会ったことがないが、民にも兵にもずいぶん好かれていたらしく、今でも彼を懐かしむ声をそこかしこで聴く。
ナテュメはいまのオルドナの方針に真っ向から異を唱えた数少ない人物のひとりで、中央からは煙たがられていた。
だから5年前の病死にも、いろいろな噂が付きまとう。
実は毒殺だったのではないか。暗殺だったのをひた隠しにしたのではないか。
マーロン自身、その噂は事実だろうと思っていた。
いまのオルドナ中央は、なんだってする。
目的のためなら手段を選ばない。
非道、不法、不義。
普通人が畏れるこういったものを、軽々と飛び越える。
兵卒の頃はそれが小気味よいと感じた事もあったが、力を持った今となってはそれは自分にとっての脅威ともなった。
いつ殺られるか。
多少の剣の腕など何の役にも立たない。
様々な、訳の分からない魔法で力を奪われ、精神を侵され、ときに殺される。
そうならない為には・・・
考えない、逆らわない、自分からは動かない。
マーロンは将軍に就任して以来、それを徹底していた。
少なくとも、中央からそう見えるように。
そうしていれば、少なくとも殺されることは無いと思えた。
だが火山の噴火以降、北方はまるで変わってしまった。
とにかく食糧が足りない。
放っておいたら人と人は奪い合い、殺し合いを始める。そして最後には、餓死するものがでる。
実際に、オルドナの旧来の領地であるオサザやブンザで住民同士の争い事が起こり、何人かが死んだ。
ノヴドウや極北のザクソンでも、不穏な空気が漂い始めた。
しかし中央は無茶な徴発の命令を繰り返すのみ。それも恐らく、ただ軍を維持するためだけの徴発。
もはやオルドナは、統治すること自体を放棄したのかも知れない、とマーロンは思った。
このままでは皆死ぬ。
民が皆死ねば、軍も国も意味をなさない。
マーロンは考えた。
今までは一将軍で良かったが、それでは北方は崩壊する。
誰かがまともな政を行わなければならない。
だが自分にはその資格がない。何故なら学がないからだ。
「政治とは、十年先百年先まで考える事。
だが我々は、自分の経験だけでは先を見透すことは出来ない。見えるのはせいぜい一年だろうな。
だから良い政治家は他人の経験を拝借して活かす。それがすなわち学問で、それを軽んじる政治は必ず失敗する。それも歴史が証明しているんだ。」
これは幼少期に通っていた学校の教師の言葉。
学校はすぐに辞めてしまったのだが、この言葉だけがやけに強く頭に残っている。
そしてそれは今思うと、正しい事のように思えた。
すなわち、学のない自分には政治を行う資格がない。
ならばどうするか。
マーロンは、他人の力を借りる事にした。
産業、商業、物流、治水、開拓、建築、魔法。
各地方、各部門の専門家を自分の元に呼び寄せる。
そこで議論をさせ、結論を出させる。自分が参加し意見するのは、軍事に関わる事のみ。
最終的な決断は自分が行うしかない。
しかしマーロンは、専門家の意見を無視することを自らに禁じた。
今までのように全てに軍事を優先する事も止めた。
これならば、絶対に自分の独断にはならない。
まず、中央の徴発命令を躱す。
収穫量を実際より少なく報告する。視察があれば上手く隠す。
火山灰の土壌でも、少ない日照量でも育つ作物を調べ、苗や種を調達し、植える。
新たな農地を開拓する。
街道と物流の仕組を整備し、少しでも余る物があればすぐに足りない所へ運ぶ。
最低限の警備兵のみ残し、残りの兵と馬は全て開墾と道路工事と物流に回した。
それを数ヶ月続けると、目に見えて北方は変わった。
なによりも、民が変わった。
苦しいながらもきちんとやるべき事をやっていれば、本当に苦しい時に政治が援けてくれる。
そうなると争い事は減り、人は真面目に働く。
どこかで自分に返ってくる事が解るから、税も意思を持ってきちんと収めるようになる。
北方は、すでにマーロンを中心とした自治領の様相を呈していた。
(何事も無ければ良かったのに。)
マーロンは西部と南部の戦況の報告を受け、そんな風に感じていた。
彼等がオルドナを倒すならそれでもいい。
だがその後は?ここに攻め込んでくるのか?
そうなった場合、こちらに戦う力は無い。
ならば降伏か。
いや、奴らがオルドナよりマシである保証は無い。もし領民から略奪し放置するような奴らであれば、徹底的に戦うべきだ。
各地で作業に携わっている元兵士と元軍馬を呼び戻すか。
しかし物流が滞れば、たちまち飢饉が戻ってくる。
逆に北方が降伏の意思を示した後に侵略者どもが負け、オルドナが生き残るのもまずい。
おそらく裏切者のそしりを受け、マーロンは殺される。
部下も民も、ただでは済まない。
動けない。
何もかもが分からない。
この戦は北方に何をもたらし、何を奪うのか。
(そうだ、こんな時こそ。)
マーロンは従者を呼ぶ。
すぐに鎧姿の若い女が現れる。
「有識者を呼んでくれ。なるべく早く、全員だ。」
恭しく礼をして出ていく従者を見送る。
ふわりとカーテンが揺れ、若い女特有の良い臭いが鼻をくすぐる。
「そう、こんな時こそいつも通りに、だ。」
マーロンは誰にも聞かれぬよう、呟いた。





