11月3日 未明
----トカ砦 ガスパスの居室----
いつもなら東の空が白んでくる頃。
今日は雲が厚いのか、まだ真っ暗だ。
間者がガスパスの居室の扉の前まで来ると、待っていたかのように部屋の中から声がした。
「入れ。」
こんな時間にも関わらず、起きていたのか?
いや、自分の気配を感じて起きたのか?
いずれにせよ、恐ろしい。
間者は気を引き締めて、扉越しに話す。
「ようやく・・・・マリーアス、メルケル両軍の陣容が判明しました。」
「・・・入れ。」
竹でできた軽いが頑丈な扉。開けると大きな音を立てて軋む。
これは警戒のためわざとそうしてある、とガスパスを良く知る他の間者から聞いていた。
だが、この男にこんなものが必要とは、どうしても思えなかった。
「見せろ。」
ガスパスは間者が持っていた書状をひったくるように奪い、目を通す。
「わざわざ両方の軍の情報をまとめて書いてくるとは・・・
戦時は一刻を争う。次は早馬を2回に分けて出しても構わんし、真夜中でも構わんから、とにかく早く情報を寄越せ。」
ガスパスは間者に厳しい視線を送る。
「も、申し訳ございません。中央経由でここに情報が届く事になっていたのですが・・・
どうやら中継役がひとり姿を消しました。敵の間者に殺されたか・・・裏切ったか。」
「そんなところまで敵の手が入っているとしたら・・・まずいな。」
ガスパスは再び書状に目を落とす。
「マリーアスは・・・ほう、女王が出て来たか。
お飾りとはいえ・・・士気は上がるな。
メルケルは・・・」
視線を素早く動かした後、ガズパスは書状から目を離し間者を睨む
「トニ・メイダスは?」
「はっ・・・。報告には名前がありませぬ。
メディティス将軍は、それを知って、マスケアを狙う別動隊があると警戒したようです。兵を2000ほど、マスケアに移動させております。
「いや、それは無いな。仮にマスケアまで獲れたとしてもその先がない。
相変わらず自分の周りしか見えていないなあの男は。
王女は・・・?出てきているな。」
ガスパスは目をくるりと回して考える。
そしてかっと目を見開く。
「まさか・・・いや・・・」
バンッ
書状を思い切り机に叩きつけると、脇で怯える間者を睨めつけてから、扉に向かって声をかけるた。
「リユト、入れ。」
「黒雷」の副官。ガスパスの右腕と言われる男。
小柄だが分厚い体の将校が入ってくる。
この男は、いつからそこにいたのか。
間者には全く気配が感じられなかった。
「おい、貴様。」
「は、はい!」
間者が汗をダラダラかきながら返事をする。
「ビルト・・・いや、近衛隊長に直接早馬だ。
そっちに向かう別働隊の可能性あり、注意せよと。
敵の手がどこまで入っているかわからん。人に任せるな、お前自身で行け。
それから、ソラス、マスケア、ノヴドウに、俺が一旦コルテスに向かう事を連絡しておけ。こっちは部下や魔具を使ってもいい。
ひょっとしたら島でおかしな動きがあるかもしれん。
それと、そうだな・・・ノヴドウには常時臨戦態勢を取っておくよう言っておけ。
わかったらすぐ行け。」
「はっ!!」
間者は急いで扉を開け、部屋から出る。
(生き延びた・・・・。)
冷や汗と外の冷たい空気が体の温度を急に下げるのを感じて、間者はぶるっと体を震わせた。
ーーーーふたたび居室内ーーーー
「話は分かったな?
俺たちは一旦島に戻るぞ。半刻後に出発だ。
全部連れていく。準備させろ。」
副官は不敵にニヤリと笑って、返事もせずに出ていく。
ガスパスは、ここ数ヶ月のコルテスで起きたいくつかの出来事を思い起こしていた。
こちらに協力的な人間の暗殺が二件。
治安部隊長が行方を眩ましたのが一件。
そして今まで徴発に非協力的だった集落が突然文句も言わずに徴発に応じるようになった。
表立ってオルドナに噛み付く人間が減った。
それぞれは小さな事だが、全て繋がっていたとしたらどうか。
(嫌な感じだ。)
準備を急がせたい。半刻が惜しい。
副官を呼び直して訂正するかどうか刹那迷ったが、ガスパスは思いとどまった。





