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魔剣戦記 Ⅱ  作者: せの あすか
26/66

11月2日 夕刻~

ーーーートケイト(ジャジール)砦ーーーー



トケイトの砦がはっきり見える場所まで来た。

十年前の戦いのあとに修復され拡大した砦。

彼らはその砦に、マリーアスの守り神であった将軍の名をつけた。

ジャジール砦、と。



敵からも畏怖され尊敬されていた、という事だろう。


しかし、奴らは卑怯な手を使い、戦場を侮辱したのだ。

やつらにジャジールの名を語る資格などない。

あの日を思い出す度に、血が沸騰する。

この十年、幾度となく眠れぬ夜を過ごしてきた。




将軍の死後、戦線は完全に崩壊した。

瞬く間にこの周辺を制圧され、マリーアスは元の領土・・・堤壁の内側まで退くしかなかった。



軍の柱を失った不安からか、それとも将軍の遺言を忠実に守ったのか、シュケル代王は既存の領土を確保することだけに腐心し、それを見越したようにオルドナはコルテス島攻略を着々と進めた。




後門の憂いを断つ為にやつらは、なんとしても将軍を殺さねばならなかったのだろう。




俺はオルドナの横暴を指をくわえて見ているしか無かった。

王命がなければ軍は動けない。

それを崩した時には軍はただの暴力に成り下がる。


ジャジール将軍の遺した精鋭には、精鋭に相応しい志と使命が必要だった。






そして数年後。新たに即位したセリア女王の下した命令もやはり、「ひたすらに守れ」だった。


俺はそのころ既に将軍の地位にあったのだが・・・えらく不満だった。

王命とは言え、将軍の遺志とは言え。


兵にもそんな風に言う奴らが多かった気がする。


マリーアス軍は充実し、以前より輝きを増しているように見えたからだ。








だがセリア女王の決断が正しかった事を、ガスパスとその騎馬隊「黒雷」によって思い知らされる事になった。



完膚なきまでに負けた。

コーラスに助けられ、生き延びた。





それ以来の3年間は、とにかく訓練に明け暮れた。

自分に将軍たる資格があるのか、国を守り抜けるのかを自問する日々。


誰にも言っていないが、将軍の座を降りようと思った事も何度かあった。







そんな時、ユリース王女とメルケルのやつらが現れ、コーラスと共に女王を動かしてくれた。

皮肉にも、王ではなく外から来た彼らが、将軍の残した兵に志を与えてくれた。


兵は今、見違えるように士気を上げている。









陽は十分に傾いた。日暮れまでにもまだ間がある。


斥候が戻る。伏兵や怪しい動きはない。



十年前の光景が一瞬よみがえり、体温が少し上がった気がする。




あの時、将軍に安全を確信させたのは、俺の報告だった。

俺が敵陣のおかしなところに気づいていれば、結果は違ったのか。




考えても詮無い事と知りつつも何百回と自問してきた。

この戦が終われば、解放されるだろうか。

いや、おそらく一生背負っていくのだろう。






「騎乗」


当時のような機動力重視の軽装騎兵ではなく、片手持ちの槍を持っての集団戦を得意とする重装騎兵。


オルドナとの戦だけを想定し、魔法使いとの連携も訓練してある。もちろん魔物への対処法や魔法の知識もひと通り付けてある。



ジャジール騎兵はよく鞭や剣に例えられたが、このテテロの騎兵隊は槌のように重みのある攻撃をする。

守りにも強い。




敵の主力は今砦に張り付いている。まともにぶつかって勝てないことは重々承知、という事か。





まず攻城兵器を前に出し、ゆっくりと前進させる。敵は火矢の準備をしているようだ。


弓の射程に入る直前。敵に声が届く距離。




先頭に出る。

砦の守兵を睨めつける。



「我はロジェの子にしてジャジールの子、テテロ・マスカード!!!

積年の鬱憤、ここで晴らさせてもらおう!!!


参る!!!!!」





キラリと西日が剣に反射する。





空は青く、砦の石は赤く染まる。


美しい。







突撃の合図とともに騎兵が速度をあげる。


真っすぐに砦の壁に向かう。




普通に考えれば、馬で壁を越せる訳が無い。

敵には無謀な突撃に見えるだろう。

壁の上で笑っている敵兵もいる。



笑っていろ。すぐにわかる。




門が近づく。

敵の矢は降り注ぐが、馬まで重装備のこの騎馬隊にはほとんど損害を与えていない。





そろそろだぞ、コーラス。





心の声が聞こえたかのように、後方で、巨大な投石器のしなる音がした。





ビュン!

ビュン!




風を切る音。





ゴガガン!!!!!!



目の前の壁が、粉々に砕けた。




一瞬後ろを振り返る。

さすがだ、コーラス。




騎馬隊の突撃に合わせ、投石器で人の背丈ほどもある大岩を壁にぶつけて、崩す。



普通投石器は自軍のいないところに向けて放つ。

味方を巻き込むからだ。

だから壁を崩せても、味方がそこに辿り着く前に補修されてしまったり、そうでなくても迎撃態勢ができてしまったりする。


しかしコーラスは、投石器の精度を格段に上げる方法を思いつき、それを実際に作って訓練させた。




突撃とともに投石器で行く先の壁を狙って壊し、直後に騎馬が殺到する。

飽きるほどの調練を繰り返し、精度を上げてきたこの作戦に、ふたりは「雷撃」と名を付けた。


事前に対策を立てていなかったら、絶対に止められない。







しかも今は西日を背負っている。

敵からみたら、壁がいきなり爆発したように感じたはずだ。



ほら見ろ、敵は完全に浮足立っている。






行ける。





「いくぞ!!!殺し尽くせ!!!!」





・・・まずい。


つい、本音が出た。









----ボナ砦の野戦 オルドナ軍本陣---



日が暮れて両軍兵を引いた。



初日は一進一退。

お互いに決め手を欠いた。


魔物部隊はそれなりに敵に動揺を与えてはいたが、すでに相手も対策をしているらしい。

大きな混乱にはならず、立て直された。


魔物などが有用だったのは最初だけだ。

知っていればどうという事はない。


最近は、なにかのきっかけになればとか、相手に余計な手間を取らせるためとか、その程度にしか考えていない。



先鋒の若いのは堅実な戦をする。策もなく大きく崩すのは難しい。

怖いのはやはりジャン、そして脇についている女もなかなかの曲者。

向こうもこちらも、本陣はほとんど動いていない。


噂に聞く王女の武勇が本物かどうか、是非見てみたいものだが。




衣擦れの音が近づいてくる。

嫌な音だ。




「大将軍様・・・・苦戦しておられるようですな。フッフッフ。」


「ソクラテス、何しに来た。呼んだ覚えはないぞ。」


「フッフッフ。ずいぶん嫌われているようですが・・・

中央からの命令です。明日は、私の部隊が出ますよ。」


見ると一枚の書状を手に持ってひらひらと振っている。

そのしぐさ一つ一つが、不快だ。




「勅か。しかし出したのは王ではなくあの女だろう?」


「出所はどうあれ王の印がある限り王の命ですよ。」


「・・・・わかっている。好きにしろ。」


「フッフッフ。そうさせてもらいます。

あ、それから明日は本陣にご一緒させてもらいますよ。

大将軍様の見事な采配、しかとこの目に焼き付ける所存です。

では。」




浄化の魔法でもかけたい気分だ。



しかし・・・ついに野戦で魔法を使うか。

恐らくそれで、敵は壊滅する。


息子も・・・生きられはすまい。









----ビルト王城内 某所----




「よいのですか・・・!?」


「なにが?」


ふかふかのソファに座った黒い服の女が不機嫌そうに答える。


「いえ・・・前線からは絶えず兵糧の要請が・・・・来てますし・・・

戦なのですよね?」


「それが?」


女は片方の眉を吊り上げる。




「い、いえ。なんでも・・・ありません。」

侍女は目を伏せて下がろうとする。



おかしな気配を感じて侍女は目を上げる。

すると目の前に女が立っていた。


何も音はしていない。突然に移動してきた。



「ああ・・・戦ねえ。どうだろうね。

もしかしたらソクラテスや白い子が敵を皆殺しにしちゃうかもよ。


でもそこだけで勝ってもしょうがないからねえ。

この国、もうダメかもわからないね。」




「あ・・・・・・え・・・?」


侍女は恐怖で震えている。




「私はさ、ちょっと早めに逃げる準備をしようと思ってるのさ。

あんたはどうするよ?この国に残る?それとも一緒に来るかい?」


至近距離。

下から舐め上げるように見つめる、底なしに真っ黒い瞳。



「え・・・・・・

私は・・・・残り・・・たい」



「そうよねえ。子供がいるもんねえ。

ふふふふ。あんたとも長い付き合いだからね。


そろそろ会わせてあげようか。」



「え・・・・?」


侍女の顔がぱっと明るくなる。


そのすぐ後に、表情が凍り付いた。





侍女の背中からつららのようなものが生えている。


不思議なことに血は一滴も出ない。






「あんたの子供さあ、下で飼ってたんだけど間違って殺しちゃったのよ、何年か前に。

隠してたけどさ。もういいや。


あんたも死ねばきっと「向こう」で会えるさ。

世話になったね。」




「ゴフッ」


侍女の口から一筋の血が、ぽたりと床に丸い染みを付けた。


どさりと、侍女の体が床に転がる。





「さて、住み慣れたこの城ともおさらばかね。」


女は侍女のことなどもう忘れたように、軽やかな足取りで奥の部屋に入っていった。







----ソラス城 玉座の間----



日はとっぷりとくれて、外は濃い青から黒に染め変えられている途中。


ソラス城、玉座の間。




「落ちたッ!!!!というのか!!!!!」


髭面で痩身の男、オルドナ南方軍の将軍ファンクスが机を蹴り上げる。



本来の主である王が居なくなって10年が経つこの城。

いまはファンクスが玉座の間を執務室として使っている。

元々はソラスの重臣であったファンクスを陰で「盗人」「売国奴」と呼ぶ者も多かった。

ソラスの王家から国を奪った盗人。

オルドナに国を売った、文字通りの売国奴。


得たのは、将軍の地位と自由に使える税金、それからこの城。

まるで王のようにふるまう日々。



その盗人が、顔を自らの装束のように真っ赤にして、口から泡を吹きながら大声を上げる。



「しばらくは持つと言っていただろうっ!!

それがっ!!!半日も経たずに!!!!」




「ですから・・・敵の作戦が・・・

尋常なものではなく・・・・」


ファンクスの前に跪くのは、同じく痩身だが髭のない、大隊長のフランクという男。

トケイト周辺の砦に拠っていたが、トケイト砦がマリーアス軍に占拠されたのを見て、即刻ソラスに退却してきたのだった。




「それで・・おめおめと!!!

なぜ最後まで戦わない!!それでも貴様!!オルドナの将校か!」


ファンクスがフランクの顔を蹴り上げる。


フランクはあおむけに倒れたが、気丈にもうめき声ひとつ立てず立ち上がり、また全く同じ体勢で跪く。



「お言葉ですが・・・将軍、あのまま残って戦っても勝ち目はありません。

(いたず)らに兵を失うだけ・・・・


それよりも、おそらくそれほど経たずにここにも敵がやってくるでしょう。

迎撃の準備をしようと思います。

時がありません。ご容赦いただけませんか?」



「ううむ・・・!!!バカモノが!!

次はないと思え!必死でやれ!何としてもソラスの門は開けさせぬぞ!」


「はい・・・では、失礼します。」


フランクは立ち上がり、翻って歩き出す。


その顎は腫れ、唇からは血がにじんでいる。



後ろからはまだファンクスの罵声が聞こえるが、彼はもう聴いていない。





つかつかと、速足で歩く。


その目は、強い光を帯びている。




玉座の間を出ると同時に、フランクは小さな声でつぶやいた。


「あいつでは国は護れぬ。我々がやらねば」


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