11月2日 夕刻~
ーーーートケイト(ジャジール)砦ーーーー
トケイトの砦がはっきり見える場所まで来た。
十年前の戦いのあとに修復され拡大した砦。
彼らはその砦に、マリーアスの守り神であった将軍の名をつけた。
ジャジール砦、と。
敵からも畏怖され尊敬されていた、という事だろう。
しかし、奴らは卑怯な手を使い、戦場を侮辱したのだ。
やつらにジャジールの名を語る資格などない。
あの日を思い出す度に、血が沸騰する。
この十年、幾度となく眠れぬ夜を過ごしてきた。
将軍の死後、戦線は完全に崩壊した。
瞬く間にこの周辺を制圧され、マリーアスは元の領土・・・堤壁の内側まで退くしかなかった。
軍の柱を失った不安からか、それとも将軍の遺言を忠実に守ったのか、シュケル代王は既存の領土を確保することだけに腐心し、それを見越したようにオルドナはコルテス島攻略を着々と進めた。
後門の憂いを断つ為にやつらは、なんとしても将軍を殺さねばならなかったのだろう。
俺はオルドナの横暴を指をくわえて見ているしか無かった。
王命がなければ軍は動けない。
それを崩した時には軍はただの暴力に成り下がる。
ジャジール将軍の遺した精鋭には、精鋭に相応しい志と使命が必要だった。
そして数年後。新たに即位したセリア女王の下した命令もやはり、「ひたすらに守れ」だった。
俺はそのころ既に将軍の地位にあったのだが・・・えらく不満だった。
王命とは言え、将軍の遺志とは言え。
兵にもそんな風に言う奴らが多かった気がする。
マリーアス軍は充実し、以前より輝きを増しているように見えたからだ。
だがセリア女王の決断が正しかった事を、ガスパスとその騎馬隊「黒雷」によって思い知らされる事になった。
完膚なきまでに負けた。
コーラスに助けられ、生き延びた。
それ以来の3年間は、とにかく訓練に明け暮れた。
自分に将軍たる資格があるのか、国を守り抜けるのかを自問する日々。
誰にも言っていないが、将軍の座を降りようと思った事も何度かあった。
そんな時、ユリース王女とメルケルのやつらが現れ、コーラスと共に女王を動かしてくれた。
皮肉にも、王ではなく外から来た彼らが、将軍の残した兵に志を与えてくれた。
兵は今、見違えるように士気を上げている。
陽は十分に傾いた。日暮れまでにもまだ間がある。
斥候が戻る。伏兵や怪しい動きはない。
十年前の光景が一瞬よみがえり、体温が少し上がった気がする。
あの時、将軍に安全を確信させたのは、俺の報告だった。
俺が敵陣のおかしなところに気づいていれば、結果は違ったのか。
考えても詮無い事と知りつつも何百回と自問してきた。
この戦が終われば、解放されるだろうか。
いや、おそらく一生背負っていくのだろう。
「騎乗」
当時のような機動力重視の軽装騎兵ではなく、片手持ちの槍を持っての集団戦を得意とする重装騎兵。
オルドナとの戦だけを想定し、魔法使いとの連携も訓練してある。もちろん魔物への対処法や魔法の知識もひと通り付けてある。
ジャジール騎兵はよく鞭や剣に例えられたが、このテテロの騎兵隊は槌のように重みのある攻撃をする。
守りにも強い。
敵の主力は今砦に張り付いている。まともにぶつかって勝てないことは重々承知、という事か。
まず攻城兵器を前に出し、ゆっくりと前進させる。敵は火矢の準備をしているようだ。
弓の射程に入る直前。敵に声が届く距離。
先頭に出る。
砦の守兵を睨めつける。
「我はロジェの子にしてジャジールの子、テテロ・マスカード!!!
積年の鬱憤、ここで晴らさせてもらおう!!!
参る!!!!!」
キラリと西日が剣に反射する。
空は青く、砦の石は赤く染まる。
美しい。
突撃の合図とともに騎兵が速度をあげる。
真っすぐに砦の壁に向かう。
普通に考えれば、馬で壁を越せる訳が無い。
敵には無謀な突撃に見えるだろう。
壁の上で笑っている敵兵もいる。
笑っていろ。すぐにわかる。
門が近づく。
敵の矢は降り注ぐが、馬まで重装備のこの騎馬隊にはほとんど損害を与えていない。
そろそろだぞ、コーラス。
心の声が聞こえたかのように、後方で、巨大な投石器のしなる音がした。
ビュン!
ビュン!
風を切る音。
ゴガガン!!!!!!
目の前の壁が、粉々に砕けた。
一瞬後ろを振り返る。
さすがだ、コーラス。
騎馬隊の突撃に合わせ、投石器で人の背丈ほどもある大岩を壁にぶつけて、崩す。
普通投石器は自軍のいないところに向けて放つ。
味方を巻き込むからだ。
だから壁を崩せても、味方がそこに辿り着く前に補修されてしまったり、そうでなくても迎撃態勢ができてしまったりする。
しかしコーラスは、投石器の精度を格段に上げる方法を思いつき、それを実際に作って訓練させた。
突撃とともに投石器で行く先の壁を狙って壊し、直後に騎馬が殺到する。
飽きるほどの調練を繰り返し、精度を上げてきたこの作戦に、ふたりは「雷撃」と名を付けた。
事前に対策を立てていなかったら、絶対に止められない。
しかも今は西日を背負っている。
敵からみたら、壁がいきなり爆発したように感じたはずだ。
ほら見ろ、敵は完全に浮足立っている。
行ける。
「いくぞ!!!殺し尽くせ!!!!」
・・・まずい。
つい、本音が出た。
----ボナ砦の野戦 オルドナ軍本陣---
日が暮れて両軍兵を引いた。
初日は一進一退。
お互いに決め手を欠いた。
魔物部隊はそれなりに敵に動揺を与えてはいたが、すでに相手も対策をしているらしい。
大きな混乱にはならず、立て直された。
魔物などが有用だったのは最初だけだ。
知っていればどうという事はない。
最近は、なにかのきっかけになればとか、相手に余計な手間を取らせるためとか、その程度にしか考えていない。
先鋒の若いのは堅実な戦をする。策もなく大きく崩すのは難しい。
怖いのはやはりジャン、そして脇についている女もなかなかの曲者。
向こうもこちらも、本陣はほとんど動いていない。
噂に聞く王女の武勇が本物かどうか、是非見てみたいものだが。
衣擦れの音が近づいてくる。
嫌な音だ。
「大将軍様・・・・苦戦しておられるようですな。フッフッフ。」
「ソクラテス、何しに来た。呼んだ覚えはないぞ。」
「フッフッフ。ずいぶん嫌われているようですが・・・
中央からの命令です。明日は、私の部隊が出ますよ。」
見ると一枚の書状を手に持ってひらひらと振っている。
そのしぐさ一つ一つが、不快だ。
「勅か。しかし出したのは王ではなくあの女だろう?」
「出所はどうあれ王の印がある限り王の命ですよ。」
「・・・・わかっている。好きにしろ。」
「フッフッフ。そうさせてもらいます。
あ、それから明日は本陣にご一緒させてもらいますよ。
大将軍様の見事な采配、しかとこの目に焼き付ける所存です。
では。」
浄化の魔法でもかけたい気分だ。
しかし・・・ついに野戦で魔法を使うか。
恐らくそれで、敵は壊滅する。
息子も・・・生きられはすまい。
----ビルト王城内 某所----
「よいのですか・・・!?」
「なにが?」
ふかふかのソファに座った黒い服の女が不機嫌そうに答える。
「いえ・・・前線からは絶えず兵糧の要請が・・・・来てますし・・・
戦なのですよね?」
「それが?」
女は片方の眉を吊り上げる。
「い、いえ。なんでも・・・ありません。」
侍女は目を伏せて下がろうとする。
おかしな気配を感じて侍女は目を上げる。
すると目の前に女が立っていた。
何も音はしていない。突然に移動してきた。
「ああ・・・戦ねえ。どうだろうね。
もしかしたらソクラテスや白い子が敵を皆殺しにしちゃうかもよ。
でもそこだけで勝ってもしょうがないからねえ。
この国、もうダメかもわからないね。」
「あ・・・・・・え・・・?」
侍女は恐怖で震えている。
「私はさ、ちょっと早めに逃げる準備をしようと思ってるのさ。
あんたはどうするよ?この国に残る?それとも一緒に来るかい?」
至近距離。
下から舐め上げるように見つめる、底なしに真っ黒い瞳。
「え・・・・・・
私は・・・・残り・・・たい」
「そうよねえ。子供がいるもんねえ。
ふふふふ。あんたとも長い付き合いだからね。
そろそろ会わせてあげようか。」
「え・・・・?」
侍女の顔がぱっと明るくなる。
そのすぐ後に、表情が凍り付いた。
侍女の背中からつららのようなものが生えている。
不思議なことに血は一滴も出ない。
「あんたの子供さあ、下で飼ってたんだけど間違って殺しちゃったのよ、何年か前に。
隠してたけどさ。もういいや。
あんたも死ねばきっと「向こう」で会えるさ。
世話になったね。」
「ゴフッ」
侍女の口から一筋の血が、ぽたりと床に丸い染みを付けた。
どさりと、侍女の体が床に転がる。
「さて、住み慣れたこの城ともおさらばかね。」
女は侍女のことなどもう忘れたように、軽やかな足取りで奥の部屋に入っていった。
----ソラス城 玉座の間----
日はとっぷりとくれて、外は濃い青から黒に染め変えられている途中。
ソラス城、玉座の間。
「落ちたッ!!!!というのか!!!!!」
髭面で痩身の男、オルドナ南方軍の将軍ファンクスが机を蹴り上げる。
本来の主である王が居なくなって10年が経つこの城。
いまはファンクスが玉座の間を執務室として使っている。
元々はソラスの重臣であったファンクスを陰で「盗人」「売国奴」と呼ぶ者も多かった。
ソラスの王家から国を奪った盗人。
オルドナに国を売った、文字通りの売国奴。
得たのは、将軍の地位と自由に使える税金、それからこの城。
まるで王のようにふるまう日々。
その盗人が、顔を自らの装束のように真っ赤にして、口から泡を吹きながら大声を上げる。
「しばらくは持つと言っていただろうっ!!
それがっ!!!半日も経たずに!!!!」
「ですから・・・敵の作戦が・・・
尋常なものではなく・・・・」
ファンクスの前に跪くのは、同じく痩身だが髭のない、大隊長のフランクという男。
トケイト周辺の砦に拠っていたが、トケイト砦がマリーアス軍に占拠されたのを見て、即刻ソラスに退却してきたのだった。
「それで・・おめおめと!!!
なぜ最後まで戦わない!!それでも貴様!!オルドナの将校か!」
ファンクスがフランクの顔を蹴り上げる。
フランクはあおむけに倒れたが、気丈にもうめき声ひとつ立てず立ち上がり、また全く同じ体勢で跪く。
「お言葉ですが・・・将軍、あのまま残って戦っても勝ち目はありません。
徒らに兵を失うだけ・・・・
それよりも、おそらくそれほど経たずにここにも敵がやってくるでしょう。
迎撃の準備をしようと思います。
時がありません。ご容赦いただけませんか?」
「ううむ・・・!!!バカモノが!!
次はないと思え!必死でやれ!何としてもソラスの門は開けさせぬぞ!」
「はい・・・では、失礼します。」
フランクは立ち上がり、翻って歩き出す。
その顎は腫れ、唇からは血がにじんでいる。
後ろからはまだファンクスの罵声が聞こえるが、彼はもう聴いていない。
つかつかと、速足で歩く。
その目は、強い光を帯びている。
玉座の間を出ると同時に、フランクは小さな声でつぶやいた。
「あいつでは国は護れぬ。我々がやらねば」





