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魔剣戦記 Ⅱ  作者: せの あすか
23/66

1009年11月2日 早朝

--メルケル南東の街道--


9500人。

夜明けから大きく三軍に分かれて進軍している。


(良く集まったものだ。)


ジャンは高台で立ち止まり、感慨深く軍容を眺める。


初めてメルケルに来たころは、せいぜい2500人だった。

それも自警団、傭兵、民兵を合わせて。


それが正規兵のみになり、数も3倍以上になった。

兵糧も攻城兵器も充実している。


馬と武器は心もとない。これは弱点と言って良い。

しかし、それを補って余りある物量と士気が、この軍にはあった。




第一軍を率いるのはスティード。

第二軍、ジャン。

そして第三軍は、名目上はユリースの指揮。

実際にはグランゼが指揮を執る。

ペ・ロウからの援軍、フミもここにいる。


その後方には支援部隊。

マイはここに居て、搬送されてきたけが人の治療を行う。





この戦を前に、メルケル軍は正式にユリース麾下の軍となることを表明した。


つまり、この戦の成否にかかわらず今後メルケル軍はユリースとトラギア王家の名のもとに動く。


”トラギア王家を盟主として東アストニアの秩序を取り戻す”

この大義名分に現実味を持たせ、兵の士気を上げるための措置だ。


それに伴い、ジャン、スティード、グランゼの三人はトラギア王国配下の将軍を名乗った。

「正当な王の軍」の象徴、トラギアの旗がそこかしこに眩く輝いている。


実際にそれで兵士の士気はかなり上がったようだ。




それに伴いメルケル評議会は、街の運営に関しては大きな権限を有しながらも、治安維持と軍務の権限を失う事となった。


「自由都市」としての歴史の終焉。

タマスや他の評議会の面々は当初渋い表情を見せていたが、ユリースが現れて以降の義勇兵や人材の集まり方、軍の成長を見て、もはや流れは止められないと悟ったのだろう。最後には快く受け入れた。





ユリースは、ここにはいない。

本人は全く別の場所・・・メルケル北の平原のさらに北端で、1200の精鋭と共に息をひそめている。


総大将の椅子には、背格好の似た女兵士が変装して座っている。

影武者というわけだ。





間者の目はごまかせているだろうか。

細心の注意を払ってはきたが、それでも不安は消えない。






もうすぐ、ボナの砦が見えてくる。

そこに敵の大将軍・・・自分の父親がいる。





軍人としての自分。

指導者としての自分。

そして息子としての自分。


ぐるぐるとその3つがせめぎ合うのを感じながら、あらためて軍容を見渡す。



(この軍は、強い。)



ジャンは心で唱えたあと、ぐっと握りこぶしを作った。







--マリーアス提壁--




コーラスは提壁の上から重い門がゆっくり開くのを見ていた。

この門が開くのは、三年前の修復以来だ。


埃が舞う。ひどく軋む。




門を出るとオルドナ領へ渡る巨大な橋。

橋の下にはリリエ川が滔々と流れる。


この川はどれほどの干ばつでも水量が減る事がない。

水の神が住むとされ一年中水位の変わらない、巨大なコリノイ湖が上流にあるためだ。

だからこそ歴代のマリーアス王は、ここに壁を作り王都の守りの要とした。



マリーアスがここから外に領土を広げたのは、先代ドナテロ王が初めてだった。


リリエ川東岸地域は適度に湿り気がある粒の非常に細かい泥のような土壌から成っており、砂の多いマリーアスでは栽培できない作物が育つ。

若かりし頃のドナテロ英雄王がその豊かな実りを狙って版図を拡大すべく、防衛拠点として無数の砦を作りはじめたのがおよそ40年前から。その中心となるトケイト砦を建設したのが、30年前。


もともと守りにくい地形だが、当代一の名将と名高いジャジール将軍を中心に、複数の砦が農村をはさんで有機的に連携し、この地域に強力な防衛線を構築していた。



それが、10年前の戦で破られた。




コーラスはその頃15歳。ペ・ロウの総合高等学校の学生だったが、当時教師や学生たちの間でこの戦は細かく分析され、研究されていた。


初めて実戦で魔物を扱った

まともにぶつかりあってからわずか1日で勝利を決定づけた

攻城兵器を使わずに砦を落とした

地形をうまく利用した


こういう派手な部分が盛んに議論されたが、コーラスは違う結論を持っていた。

それはすなわち、この戦自体が「ジャジールひとりだけを狙った戦」だったというもの。



それはふた月前のソラス攻略から始まっている。

間者の行き来を徹底して防ぎ、マリーアス軍に事前の情報を渡していない。

もし事前に情報を得ていれば、マリーアスはソラスの救援に兵を出していたに違いなかった。

それをさせず、速戦でソラスを一気に落とした。


その後、全く間を置かずにトケイトに向けて出兵。

この間も、マリーアスはオルドナ軍に関する一切の情報を得ていない。


もし事前に魔物の情報、ソラス攻略の驚くべき手際などが伝わっていたら、おそらくジャジールはそれなりの対策を取ったのではないか。


そして実際の兵の動き、陣の動きを細かく追っていくと、またいろいろな発見があった。


例えば軍の配置を見ると、わざと弱く見せているような部分がある。

通常は正面前方に強い部隊を持ってくるが、逆にしている。

装備も敢えて貧弱にしてある。

兵士の証言によると、陣もかなり緩く見えたらしい。


陣の位置も普通ではない。定石を外して、本陣が森に近い。

それも違和感を与えない程度に。まるで大将が経験の少ない素人であるかのように。

そして毒矢。下手をすると味方の兵も死ぬので、普通乱戦では使わない。

それを躊躇なく使った。

切り札である魔物の配置は、本陣の裏。森の近く。




ジャジールは誘われるように騎馬隊を単独で動かし、後方の森から本陣を突いた。

そしてそこで魔物に足を取られ、精鋭部隊の毒矢で死んだ。




この戦、両軍を比べると実は圧倒的にオルドナのほうが被害が大きい。

また、ジャジール騎馬隊は、最後に将軍とともに散った数十名以外ほとんど生き残っている。

つまりほとんど追撃を受けていない。

他の戦線も、混乱はあった物のすべからくマリーアス優位。



だがジャジールひとりを失った事で、トケイト周辺の防衛線は崩壊。

マリーアスは堤壁の内側に閉じ込められ、二度と出てこられなくなった。



オルドナはほとんど労力をかけずにトケイト砦を自分たちの砦とした。



そしてこの戦を機にオルドナは一気に版図を拡大した。

だれも止められぬ勢いで。



マリーアスの脅威がなくなった事で、動かせる兵が格段に増えた。

リリエ川東岸の豊かな土地が、軍を支えた。





結果だけ見ると、ジャジールひとりが周辺諸国数万の兵の働きをしていたことがわかる。


それを見抜いて、絵を描き、軍を編成して配置し、彼を嵌めた。

これは絶対に偶然ではない。


よほどの戦略家による立案だと、コーラスは思っていた。





メディティスではないだろう。

それまでの戦果や経歴から、またその後の戦を見ても、これほどの作戦を思いつくことが出来るとは思えない。

おそらく根っからの軍人で、国家同士の戦略にまで目はいかない。



誰かほかの人間による発案。

それが誰はいまだにわからない。



(だがこの戦で、出てくる。必ず。)


コーラスは半ば確信していた。








テテロの本隊が橋を渡る。


その後ろから、セリア女王の馬車が続く。


病気の体を押して、彼女は出陣を申し出た。



これは国運をかけた戦なのだから、と。




女王はオルドナ解放戦線に加わって以降、自身の才能を隠すことをやめた。

政務、治安維持にも積極的に関わり、軍の編成にまで口を出すようになった。

それがあてずっぽうであれば単なる無能君主だ。だが、ほとんどが的確で、そのたびにコーラスは驚かされた。


この若い女王は、ドナテロ英雄王の血を確かに引いている。

現在の側近たちの評価はそんなふうに変わっていた。


しかし病は容赦なく体を蝕む。


近頃は肌艶も良くなく、時々自室にこもって出て来られないことがあった。

気が張り詰めているのだろう、目だけはいつも輝いている。


そして、コール殿下。

同じ血が流れているとは思えない凡庸で無能な王子は、姉の有能さを見るにつけ、嫉妬と絶望に狂って行った。


いまは金と利権で抑えている。

この戦にも従軍させ、武功も上げさせる。面子はつぶさない。


だが後になって、彼は必ず国を蝕む病巣となる。


なんとかしなければならなかった。






王女が馬車から顔を出す。

そして堤壁の上のコーラスを探し出し、片手を上げた。


コーラスも片手を上げて返す。




最初は少しはできる王族・・・その程度に思っていた。

だが彼女は、名君ともいうべき王の資質を持っていた。


果断であり、明晰。

病にも負けぬ強い意志、責任感。



コーラスは4つ年上の彼女に、これ以上ない畏敬の念を抱いていた。



そして近頃はそれとは別に愛情の様なものを抱くようになった。





いまのやり取りで、改めてはっきりと意識する。


(いや、それはまずいだろ。さすがに。)



コーラスは軽く首を振って、胸の奥に湧き上がってきた気持ちを追い出す。



東。快晴。


馬の脚は早い。

昼までにはトケイトに兵を進められる。




コーラスは自分も馬に乗るべく、階段を降りる。



セリアの姿を想う。

彼女にとって、恐らく最初で最後の出陣。


(病が悪化しなければいいが・・・)


コーラスは、そればかり気にしてしまう自分に戸惑いを感じていた。


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