1009年10月12日 メルケル評議会 会議室
昼過ぎからひどい雷で、今日の訓練は全て中止。
連日の厳しい訓練と戦が近づく緊張感に日々晒されている兵士たちにとっては、いい休息になるに違いなかった。
指揮官たちと竜鱗旅団の面々は、先ほどジャンの呼びかけに応じ、メルケル評議会の会議室に集まる事になっていた。
思い思いに椅子に座る面々。
ビッキーだけは一番後ろの壁にもたれて立っている。
ジャンは珍しく、薄黄色で袖の長いまるで文官のような装束を着て、ひな壇上の椅子に座っている。
普段はもちろん鎧か軍服なのだが、不思議とこういう服も似合う。
「あといないのは・・・キャスカとクラウかな。
ああ、あとタヤンな。
クラウは大丈夫なのか?」
「大丈夫」というのは、クラウの怪我の具合だろう。
ついさっき、雷に驚いた馬に振り落とされて腕を突いたらしい。
「たぶん、大したことないよ。2~3日じっとしてれば治るんじゃないかな。
あたしの馬もヤバかったよ。変な天気だ。」
ビッキーが窓の外を見ながら、露骨に嫌そうな顔をする。
外は滝のような雨。時折稲光と大きな音。
そのたびに何人かが顔をすくめる。
ガチャ
ドアが開き、包帯で腕を釣ったクラウと、キャスカ、タヤン、それから老年の侍従がひとり入ってきた。
「大丈夫か?」
ジャンがすかさず声をかける。
クラウは決まりが悪そうに、怪我をしていない左手で頭を掻く。
「まーたドジッちまった。まあ、大したこと無さそうだ。
タヤン大先生の見立てによると1週間だとよ。」
「捻挫です。おとなしくジッとしてたら1週間。
それが出来なければ、治りが遅くなりますし、後遺症が残ることもあります。」
タヤンが冗談は許さぬという面持ちで返す。
クラウは神妙な顔をして黙るしかなかった。
「馬はカミナリが怖いからね。まあ馬だけじゃないけど。」
ビッキーがいたずらっぽい顔でユリースを見る。
「あんた、相当大っ嫌いだよね。あんなに逃げ回るなんて思わなかったよ。」
ユリースは少し頬を上気させて反論する。
「雷なんてどこに落ちるかわからないし自分に落ちたら絶対死ぬもの。
なんでみんな平然としているのか、意味が解らない。
なるべく背を低くしてれば落ちる確率は減るのに、なんで皆しないの。
戦なら敵が見えるからいくらでも対処できるけど・・・雷なんて絶対避けられないもの!」
ユリースが力説する。至極もっともなのだが、他の面々は真面目にきいていない。
「まあねー。今日みたいにひどいと確かにちょっと怖いね。
あたしは戦のほうがよっぽど怖いけどね。」
ユリースがちいさく頷いた。
「それで、なんなんだ?」
会話の切れ目を狙っていたように、ダリがジャンに尋ねる。
ジャンは一枚の手紙を取り出す。
「トニから手紙だ。暗号だからオレにしか読めないけど。
出陣の日が決まった。」
一同、ざわつく。
「メルケル本隊とマリーアス軍の出陣は11月2日早朝。
ビルト急襲部隊は移動の都合上11月2日の昼前に出発。
4日朝にビルトに到着、日没までに王城占拠を目標とする。
コルテスは、11月3日昼に行動開始だ。」
「日程決定の根拠を。」
キャスカがクイっとメガネを直す。
「ガスパス将軍がその時期にコルテスから出ることが確定的になった。
巡回や警備の日程をトニがつかんだんだ。
一番怖いのはガスパスがコルテスに残って蜂起をつぶされることだからな。
他が上手くいって奴が孤立しても、あそこには単独でやっていけるだけの物品と守りに適した地形がある。
コルテスがガスパスの国になってしまうかもしれない。
だから奴がコルテスに戻らないよう、最初に橋を落とす。」
「なるほどな。でも、西と南、もしくはビルトか・・・
そのうちのどこに来るかはわからないのか?」
ダリが地図を見ながら顎に手を当てる。
「そうだな。わからない。どこに来たとしても要注意だが・・・
オレは、やつはビルトには来ないと見ている。
攻城戦とか守りの戦は苦手と聞くからな。
気に入らない任務だと平気で命令無視をするらしいし。」
「めちゃくちゃな野郎だな・・・・そんなんで将軍ができるのか、オルドナは。」
「それだけ実力が飛びぬけてるんだろうよ。
あたしゃ出来ればそんな奴には会いたくないねえ・・・」
「僕もです。怖すぎる・・・」
「ユリースとやったら、どっちが勝つんだろうな。
まあ負けるわけないとは思うけど。」
ダリの疑問に、全員が一斉にユリースを注目する。
ユリースはちょっと困った顔をする。
「そんなの・・・わからないよ。噂じゃ実力は絶対にわからない。
皆が勝てない敵なら、私がそこに駆けつけるっていうのが・・・
もしできたらいいけど・・・」
「難しいだろうな。
向こうはいい馬をそろえてるし、マスケア、ボナ、トケイト、ソラスあたりまで救援に行くとなると一日かかる。間に合いはしないだろうな。
そもそもビルト急襲は、ユリースが居ないと成功しない。
だから、こっちの本隊か、マリーアスの本隊でなんとかするしかない。
一応、策は練った。
だけどガスパス無しでも戦況は難しいからな。
逆に・・・もし南に行ってくれれば、こっちでコルテス、マスケア、ビルトを抑えることが出来る。
マリーアスが・・・例えばソラス攻略に失敗したとしても、物流が途絶えるので奴らは軍を維持することが出来ない。」
「なら・・・西に来る可能性が高いって事になりますよね?」
スティードが不安そうな声を出す。
「そうだな・・・・。
なんとか戦わずにいなすことが出来ればいいが・・・
戦況次第という事になる。
とにかく・・・ビルト攻略の面々も、ガスパスが来た時の想定はなるべく綿密にしておいてくれ。」
一同頷く。
「あー、ついに来ちまったな。」
クラウが感慨深げに言う。
「そうだな。始まっちまうな。」
ダリもクラウの気持ちがわかるようだった。
「始まってほしくない、と思ってしまう。」
ユリースがぽつりと言う。
「・・・!」
一同が注目する。
ユリースは立ち上がって、ジャンのいる前壇に向かってゆっくりと歩く。
「・・・人がたくさん死ぬね。私の名のもとに。」
「そう・・・なるね。」
ビッキーが深刻な顔でうなずく。
「でも・・・それは、あのオルドナを倒すためだろ?」
クラウが慌てたように机に手をついて立ち上がるが、手が痛んだのか顔をしかめた。
「そのために死んでいい人がいるのかな。
良い人も悪い人も、兵士も・・・多分民間人も死ぬ。
味方も。もしかしたら皆の中からも。」
「死なねえよ。俺たちは。なあ。」
クラウが皆に同意を求める。
が、だれも答えない。
「そういう事じゃないよな。
気休め言ったってしょうがない。
俺たちだって十分死ぬ可能性はあるさ。
厳しい戦に出るんだ。」
ダリはそう言って立ち上がる。
そして、ユリースに向かって頭を下げる。
ユリースは少し驚いた顔をする。
「すまない。俺たちはユリースに全部背負わせてるんだな。
ジャン達はともかく、俺たちはみな、「ユリースに付き合う」って顔をしてきた。」
「あ・・そういうつもりじゃなくて・・・」
「わかってる。だけど事実だ。
俺たちはこれまで戦の準備に専念してきた。
難しい事や責任をぜんぶユリースに押し付けて、だ。
それを謝りたい。」
「えっと・・・」
困惑するユリース。
「確かにそうですね。私もそうかもしれません。作戦立案なんかもジャン、トニ、キャスカとユリースさんに任せっきりで・・・どこかで他人事だったのかもしれませんね。」
タヤンが怒ったような顔で考え込む。
「なんだよ・・・じゃあ、どうすんだよ?
ここまで来て・・・」
クラウがユリースと皆を見比べてうろたえる。
「ごめんみんな。私が悪い。迷うようなことを言うべきじゃなかった。
ここまで皆がやってきたことを無駄にしたいわけじゃないの。」
ユリースもうろたえる。
「あのさ。」
カールだった。立ち上がって、前壇に上がってくる。
「もう、何を言っても降りられる段階じゃない、ってのはユリースもわかってるよね。」
チラっとユリースを見るが、反応を待たずに続ける。
「だけど戦に対しては疑問がある。当然だ。
ユリースほどの名、実力と見識があってこのメンバーがいれば、時間をかけて別の方法でオルドナを解放できるかもしれないからね。
その可能性は僕も、多分トニやジャンもずっと考えてると思う。」
ジャンがぐっと頷く。
「で、比較検討の結果、戦という手段に頼る事が最善だと考えた。
これは、まずジャンとトニが。そしてユリースもそれに乗った。
・・・ここで一つ問いたい。
僕たちの中で、本心ではオルドナを武力で倒すべきではない、戦を起こすべきではないと思っているものは居るか?いや、居ると思うんだ。
その気持ちを持ちながらも参加する人がいるか。正直に答えてほしい。
責めるつもりはない。「そんな気持ちなら参加するな」なんて言うつもりもない。
ただ、気持ちの上で。自分自身の正義に照らし合わせて。
ユリースのために、正直に話してほしい。」
みな、押し黙る。
長い長い5秒間の後、ビッキーが一番後ろで手を上げる。
「あたしは、戦なんかすべきじゃないと思ってる。
小さい頃戦で父親を失って顔も知らないんだけどさ。
母親は苦労してたよ。
「とにかく、戦はいけない」っていうのが母親の口癖だった。
あたしもそう思う。
だからほんとのところ参加はしたくない。
だけどあんたたちには義理がある。
そしてあんたたちは正しいと思う。
それに軍という物に参加してみたいという興味もあったかも。
オルドナのせいで苦しい思いをしてる人たちが居るのもわかるし。
そんな気持ちかな。
あたしは、この戦限りで抜ける事にきめてる。
でも今回はやるよ。きちんと仕事をこなす。
死ぬつもりもないしあんたらにも兵士にも死んでほしくない。
あたしが居たほうがあんたらが死なない確率が増えるからね。」
ビッキーは、ニヤリと笑って締めた。
「おれは・・・」
クラウだった。
「とにかくユリースの力になりてえと思って最初は参加した。
その後、オルドナのやってる糞みてえなことを知って・・・
今は、これは自分の仕事だと思ってる。
だから、単にあんたらに乗っかってるつもりはねえよ。
そのせいで兵士が死ぬのも民間人が死ぬのも・・・・
俺は自分で背負うつもりだ。自分自身の責任としてな。」
ダリが乗る。
「オレは今まで・・・ついさっきまでは、あんたらの作戦に協力してやるよ、って気持ちだったかもしれない。
悪いな。まるでそんなこと考えなかった。
ちょっとあらためて考えてみるよ。
オレも自分事だと思わなきゃいけないと思うんだ。
実はさ、ビルトに知り合いがいる。
そいつらを戦のせいで殺したくないんだ。
だから逆に、ビルト急襲部隊に絶対に付いて行きたい。
兵士が民間人を殺さないように。
追い詰められた敵さんが住民を人質に取ったり・・・
戦だからな、クソみたいなことが沢山起こる。
それを、少しでも止めたいと思ってる。
だから、「勝利が全て」ではないんだ。
でも、なんというか・・・・最善は尽くすよ。」
「私は・・・」
キャスカだ。
「もとよりトニさんジャンさんの考えに深く共感しています。
それに、ユリースさんをずっと見てきて・・・・
少しでも早く、「皆」にとって良い国を作りたい。
そう願います。
そのためにこの戦がある。
戦をしないための戦だと思っています。
だから・・・全力で、戦います。」
「あなたの気持ちはあの檄文を見ればわかりますよ。」
タヤンが微笑みながら話し始めるが、すぐに険しい顔に変わる。
「私は正直な所、戦なんてまっぴらごめんです。
できれば付いて行きたくもない。
だけど作戦上急襲部隊にひとり薬師が絶対に必要です。
だから行きます。
守ってください。絶対に死にたくない。
わたしにはもっと多くの人を治療する使命があるのです。」
タヤンの言葉に、急襲部隊の面々がぐっと頷く。
そう、戦には死にたくない人間も多く従軍する。
がちゃり、と鎧がこすれる音。
「私は軍人です。
そこに戦があれば、命令通りに敵を殺し、勝ちます。
それ以上の事は考えません。」
「私も同じだ。軍人が戦の中身以外に頭を使うと碌な事がない。
戦に行きたくないなどと思う事があれば、その場で引退しよう。」
黙って聞いていたスティードとグランゼが、いかにも軍人らしい意見を言った。
「僕も・・・・いいかな。」
皆黙ったところで、カールが小さく手を上げる。
「言っておくよ。正直、戦の目的には興味がない。
結果に関しても、どっちに転んでもいいと思ってる。」
「おい・・なんだよそれ・・・」
クラウが抗議しようとするが、ダリが手で制した。
カールは構わず続ける。
「どの国が支配して、どの民が誰を虐げてっていうのは、未来永劫続いていくよ。
いま少し民にとっていい国が出来たとして、それがなんになる?と思ってる。
僕はいままで、周りがどうであろうと僕のやりたいように生きてきた。
これからもそうするつもり。
戦がいいか悪いかもわからない。言ってしまえば、人殺しすら。
でね、なんで僕がこの戦に協力してるかっていうとね。
・・・あんた達への恩返しなんだ。
僕が魔法学校を追い出されて路頭に迷っているときに、仕事をくれた。
あのおかげで僕は生きてるんだ。
その恩を返す時を探してた。
それが今だと思ってる。」
クラウとダリ、ビッキーが心底驚いた顔をする。
「あとは、魔法への興味だ。
ここにいるといろいろ難しい魔法を求められるからね。勉強になるよ。」
ユリースも少し驚いたようだった。
タヤンはなぜか少し涙ぐんでいる。
どうも涙腺が異常に弱いようだ。
マイは作戦に加わるわけではないので、ここにはいない。
残るは、ジャンだった。
自然と皆がジャンに注目する。
「オレも軍人だから・・・・・・
なんてことは言わないよ。安心してくれ。
でも、頭の隅ではずっと、作戦はトニにまかせて自分は命令通りに動くだけだからって思ってきたよ。ずーっとだ。
だけど、いまはトニが居ない。
この作戦はオレの責任で動く。
死ぬ兵も民間人も、オレのせいで死ぬ。
そこから逃げるつもりはないよ。
むしろ全部オレが背負うから、皆は作戦の遂行に集中してほしいと思っている。
悪かった。先にはっきり言うべきだったな。
・・・本当はユリースの分まで背負いたいんだけどな。
こればっかりははそうもいかない。君が総大将だもんな。
上の責任を下がとるってのは有り得ない。世間が納得しない。
だから・・・ユリース。」
ジャンはユリースを正面からじっと見る。
「オレは気づかないふりをしてたのかもしれないな。
悪かった。
・・・君は、全ての責任を負う事になる。
勝った後も、負けた時も。
もう逃れられないところまで来てしまった。
だけど、一人で思い悩むなんて事が無いように・・・・
オレ達は全力で・・・・・
なんというのかな・・・」
ジャンが言い淀む。
「どんな結果になっても、全力で後始末します。」
キャスカが勝手に引き取った。
「死者の家族への対応、労働力の足りなくなった農村に不要になった兵士を送る手はずを整える、食料の輸送、統治機構の早急な整備、法の整備。
ぬかりなく、素早く。1秒でも早く、「オルドナより良くなった」と全員に思ってもらう。
それしかこの戦を正当化する手段はありません。
任せてください。私とトニさんで・・・できれば姐さんや旅団のみんなにも手伝ってもらって・・・
やりますから。」
「オレも入れてくれよ・・・!」
ジャンが小さい声で抗議の声を上げるが、キャスカは無視する。
「この戦が正しかったかどうかは、歴史が証明します。
私たちは、全力でやります・・・・私はあなたが好きだから、あなたの名前が歴史の中で輝いてほしい、そう思ってます。」
何人かが深く頷いた。
「ありがとう、キャスカ。
カールも・・・皆もありがとう。
みんなの気持ちよくわかった。
そうだね・・・なんとなく自分だけ悩んでる気がしてた。
当然皆いろいろだよね。そしてもうここまで来たんだもんね。
ジャン・・・ごめんね、苦手な事させて。」
「いや・・・いいけど」
変に気を使われて赤面するジャンを見て、キャスカが笑いをかみ殺す。
「人が死ぬ。
それは仕方がないのかもしれない。
でも私はあきらめない。
ひとりの死者も出したくない。
味方や民間人はもちろん、本心では敵にも。
・・・作戦はジャンの言った予定通りに決行します。
それまでに改めて、軍規を徹底しておいてほしい。
私刑、不要な殺生、捕虜に対する暴力を一切禁ずると。
「王の軍」としての誇りを持つように、と。」
(覚悟ができた、という事か。)
ユリースが自ら「王」を語った。
もちろんそれなりの効果を狙っての事だろうが、それを言えるかどうかが重要な意味を持つこともある。
―肩書は人を育てる―
幼いころ、父が言っていたのをジャンは思い出す。
窓の外、いつの間にか日が差した広場で子供たちが喚声を上げるのを聞きながら、ジャンは静かに覚悟を決めていた。
父と、ついに戦う時が来たのだ。





