1009年10月8日 ペ・ロウ 魔法ギルド 応接室
ペ・ロウの中心部には巨大な建築物が4つある。
西側には総合大学の本館。
北側には大学併設の図書館や資料館。
東側は魔法学校。
そして南側の一番大きな建物が、魔法ギルドの本部だ。
その魔法ギルド本部一階、応接室でカールはフミを待っていた。
歴史のありそうな建物。
つややかな木の柱、石膏の壁。
いかにも高級そうな調度品と、品よく抑えた魔法の灯り。
交渉は、実に5度目。
今日は事前に約束のない訪問。会えない可能性もあった。
しかし幸いなことにほんの十分待っただけで重い木製扉が開き、カールはほっとした。
「またあんたかい。しつこいね。
何度来ても同じだ。ウチからは人間は出さないよ。
いくら積まれても、何と引き換えでもだ。」
フミは必要以上に力強くドアを閉め、ゆさゆさと体を揺らしてソファーまで来て、どさりと腰かける。
ふわりと、いい香りが漂う。
嫌みのない品のある香りと目の前の人物の下品な立ち振る舞いのギャップに、カールは苦笑する。
「わかってるよ。それはもうあきらめた。
今日は、別の事を頼みに来たんだ。」
「へえ。なんだい?魔具ならもうそれなりにやってるだろ?
兵糧はこっちもからっきしだ。金はこれ以上出せない。
もう、大分譲歩したつもりだよ。
そもそもあんたらが勝つ保証はないんだ。これ以上はやれないよ。
・・・どうするね?
時間の無駄だとおもうんなら、もう帰ってもいいんだよ?」
フミが扉の方にクイっと顎を動かすのを見て、再びカールは苦笑する。
カールはこの人物が嫌いではなかった。
はっきりした物言い。
全く裏がない。面倒な読みや駆け引きがない。
トニやジャン、コーラス等と比べると、カールにとってはずっとやりやすい相手だった。
「単刀直入に言う。あんたが、戦場に来い。ひとりでだ。」
「・・・・・!!!」
さすがのフミも度肝を抜かれた表情。
(先制攻撃、成功。)
カールは内心ほくそえんで、畳みかける。
「メルケル戦線にオルドナ魔法部隊が投入された場合、相当の苦戦が予想される。
というか、負けが濃くなる。
部隊を送れないなら、あんたがひとりで来い。
僕は、魔法部隊がビルトで待機していた場合に備えてビルト急襲部隊に参加する。」
「・・・・・あたしが、行くとでも?」
「あんたは、来なきゃならない。」
「待ちな。ずいぶん勝手じゃないか。
なんであたしが?
あの小娘たちが言う事には確かに筋が通ってる。
オルドナは秩序を乱している。
魔法ギルドとしても看過できないさ。
だからモノも金も飯も出すって言ってる。
それ以上・・・そうまでしてあんたらに協力するメリットは何だい。
何を言い出すかと思えば素っ頓狂な事を言いやがる・・・
訳が分からないね・・・・。」
早口でまくし立てる。
が、カールには解っていた。
フミは動揺している。
こちらの意図を測りかねている。
カールはフミの目をじっと見据えて、低く抑えた声で言った。
「あんたには、未だ使った事のない、あんだだけに使える魔法があるはずだ。」
フミの表情から怒り、焦り、疑いといった感情がすとんと消える。
カールの目をじっと見つめる。
奥の奥まで見透かそうとするような、そんなまなざしに、カールは一瞬たじろぐ。
(これがこの女の真の表情なのか?)
フミは目をそらさない。
カールも・・・ヘビに睨まれたカエルのように、目をそらすことが出来ない。
永遠とも思える十秒。そして・・
「カレルナ・クラヴァルト」
フミが放った呪文のような一言に、今度はカールが度肝を抜かれる。
「・・・・!!!
なんで、それを・・・・」
「あんたほどの子が、ここの魔法学校を出ていないなんて事があるのかと思ってね。
過去の名簿をひととおり調べたのさ。
あんたと同年代で在学してたうち、いま所在が分からないのがざっと二百人。
その中で飛び切り優秀だったのが四人。
で、「カール」と呼べそうなのがひとり。
それがカレルナ・クラヴァルト。
どうやらアタリだね。
・・・あんたは2年で退学処分になってるね。
退学の理由は・・・・規則を破って書庫から許可なく禁呪の書を持ち出したから。
それも、数十冊を半年にわたって。
・・・・どうだい、なにか覚えて使ってみたのかい。
返答によっちゃあんたをここで捕縛して禁忌の術を掛けるよ。
嘘をついてもわかるからね。心して答えな。」
禁忌の術。
重大な禁忌を犯した魔法使いに施される術。
魔法を唱えたり、魔具に触れたりすると、体中に激痛が走る。
魔具や治癒魔法の恩恵も一切受けられなくなり、ごく普通の生活を送れなくなる。
特にカールのような人間にとっては、死刑に等しい刑だ。
そこまで調べられていたのは意外だった。
いつ調べたのか。そして、なぜ今まで言わなかったのか。
「・・・使っていないよ。だけど、使おうと思えばひととおり使える。」
「フフフ、そうだろうね・・・。
で、いま言ったのは、そういう類のモノの事だね?」
フミの口調から、からかい・威圧が消える。
だがカールにとっては今までより十倍怖い。
「そう。「非魔法」を使ってほしい。
状況を打開するには、それしか有り得ない。
・・・ギルドの長であるフミ・レンチョウ殿に正式に禁呪使用を要請します。」
非魔法は禁呪の一つで、一定時間、周辺一定範囲のすべての魔法効果を無効とし、新たな詠唱もできなくする魔法だ。
非常に強力な魔法で魔具などの付与効果も発動しなくなるため、禁呪とされたもの。
最高位の魔術師、及び司祭のみに解放される術だが、術者も個人の判断での使用を禁じられている。
「フフフ。敬語を使えるのかい。知らなかったよ。
だけど、あんたならわかってるだろう?
禁呪は必要だからってホイホイ使えるもんじゃない。
しかるべき手続きってのがあってね。
しかも非魔法クラスになるとね・・・・
四百名以上のギルド員の署名付き動議、それから理事会の承認・・・・」
ドサッ
カールは待ってましたとばかりに紙の束をテーブルの上に放り投げた。
フミは驚きの声を上げる。
「これは・・・・!?」
表紙は、”対オルドナ戦に於ける禁呪使用に関する動議”。
「マリーアス、ディナ、メルケル、ペ・ロウ、その他周辺地域合わせて八百名。
全員の魔法署名入りの動議だ。
疑うなら調べてみてくれ。
発起人は・・・・チェン老師だ。」
「あのじじい・・・
コソコソなにか動いてるとは思ってたけど・・・
こんな事やってたとはねえ。」
フミはなぜか、ニヤニヤしていた。
「・・・ここまでやられちゃ仕方がないね。
解ったよ。理事会は通してやろう。
畜生、結局あたしが戦場に出るのかい。
全くおかしなことになったもんだよ。」
フミは元の調子を取り戻したようで、悪態をつく。
カールは舌を巻いていた。
相当予想外だったはずなのに・・・
動揺したのは一瞬。
胆力が、とてつもなく強い。
そして、やはり頭がいい。損得勘定が早い。
「頼むよ。あんたの力が必要なんだ。」
フミは少し考えるしぐさ。
真っすぐにカールを見つめる。
「あんた・・・・ビルトに行くって言ったね。
魔法部隊がそっちに居た場合は・・・
どうするつもりだい。」
刺すような厳しい眼。
(くそ・・・気づかれたか・・・・。)
カールは観念して白状した。
「・・・・・使うよ。僕も。」
「バカ言うんじゃないよ。それがどういう事かわかってるのかい。
あたしは理事会で正式な承認を得る。
だがあんたはそれに含まれない。
あんたが使ったら、それは禁忌を犯したことになるんだよ?」
「・・・わかってる。」
「いいや、わかっちゃいないね。
魔法も魔具も使えなくなるんだよ?
ふつうの生活は出来なくなる。一生だ。
若気の至りじゃすまないよ。
禁呪への興味だけで使うのであれば、やめときな。」
フミの目が光る。
真っ直ぐな視線。
カールはそれを受け止めて、小さな声で言う。
「・・・だけじゃない」
「・・・?
なんだい、聞こえないよ。」
「興味だけじゃない。
確かに興味は尽きないけど・・・
それよりも僕は・・・・
あの人たちの力になりたい。」
フミが目を見開く。
「あの人たち?王女様かい?」
「ユリースもそうだ。それから、賞金稼ぎのやつらさ。
僕はあいつらに、でっかい借りがあるんだ。
それが返せるのなら、僕は魔法を捨ててもいい。
本気だよ。あんたとの交渉が上手くいかなくても、そうするつもりだった。
でも、体を二つに分けるわけにはいかないからね。
西部戦線は、あんたに託す。
・・・頼んだよ。」
「それは解ったけど・・・
あたしは、あなたが禁呪を使ったら容赦せずに処分を下す。
それだけは肝に命じといて。
そして、当日までに何度も考えて欲しい。
・・・それでも使うというのなら、使えばいい。
文字通りあなたの人生を賭けて。」
カールはこくりと頷く。
そして、少し不思議そうな顔で尋ねる。
「フミさんさ・・・・いまの喋り方・・・
いつものだみ声は演技?
仕草なんかも・・・?」
フミは一瞬きょとんとして、そのあとバツが悪そうに笑った。
「ハハハ、バレちまったね。
あんたがおかしなこと言い出すから演技するのを忘れてたよ。
そうさ、わざわざ粗暴に振舞ってるのさ。
そうでなきゃ魑魅魍魎蠢くこんな所で女がアタマは張れないよ。
笑えるだろ?
この体も、作ったものだ。折れそうな体じゃ舐められるからね。」
(そうか、この人にも、裏表があったのか。)
カールはほっとして、その後フミに対する敬愛の気持ちが湧いてくるのを感じる。
「そうなんだ・・・
フミさんも・・・・苦労してるんだね。
その・・・コワイ顔も作ったもの?」
バチン
魔法よりも強力な平手打ちが、カールの頬を襲った。





