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魔剣戦記 Ⅱ  作者: せの あすか
19/66

1009年9月22日 コルテス島 ジーラント

農民はもはや明日を食うにも覚束(おぼつか)ない。

オルドナ兵による徴発は苛烈を極めた。


農民は無茶な輪作で荒れ果てた畑を出て、山に入って果物を捥ぐ。

鶏や豚は全て供出した。山羊も、ロバさえも見なくなった。


見るのは農耕用の水牛のみ。

それすら明日には食用に回されるかもしれない。


既に早播き米の収穫が終わったが、これも一瞬で消え失せた。


本格的な米の収穫は普通十月も中旬になってから。

しかし、この状況ではそこまで待てないだろう。


刈り入れが早いと未成熟の米粒が入るので、収穫量が減るのだが・・・


後のことなど考えられぬほど、この島とこの国は飢えていた。





トニはここ一か月、ほとんど山中で一人で過ごしている。

体を拭くこともできず、食料も自分で調達するしかない。

農民では入れない山奥まで入って果物を探す。

時には蛇を食い、野草の根をかじる。


服は定期的に川で洗っているため、それほど汚れていない。

髭ももともとそれほど伸びる性質(たち)ではない為、助かっていた。


それよりも野宿で怖いのは、蚊が媒介する伝染病だ。

虫よけだけは欠かすことが出来ない。

体中に虫よけの黒い塗料を塗り、夜は生乾きの薪を燃やし煙を出して、蚊除けにしていた。





(随分痩せた。)


自分の腕を見る。

手首や肘の骨が浮き出ている。

食べ物が悪いんだろう、肌艶も悪い。


あとひと月あまり。このままでは持たないかもしれない、そう思い今日は街に下りてきた。




--------------------------------------------



トニの故郷、ジーラントの街。


コルテス北部に位置する、島で一番大きな町。

トニは4歳までここに住んでいたと聞かされていたが、全く覚えていない。

断片的に覚えているのは、母の姿、山の中、街道沿いを旅している風景。

この街の記憶は、不思議なほどなかった。


街道沿い、南の正門をくぐる。


南門から北に向かう大通りには、商店が並んでいる。

常ならば昼過ぎの一番忙しい時間だが、人の往来は少ない。


住民が皆、息をひそめている。そんな印象。




まずは飯。

街の酒場が昼から開いていたのでそこで食事を頼んだのだが・・・

ひどいものだった。


小麦粉の塊が入ったスープは塩味ばかりで具が少ない。

肉はなく、豆を挽いて練ったもので代用している。


それなりの値段を支払ったのだが・・・

空腹を紛らわせただけで、決して満足を得られるようなものではなかった。





トニは気を取り直して、街の様子を見て回る事にした。

あれ(、、)から、なにか変化があったのか・・・




大通りの突き当りに領主の屋敷がある。


屋敷の手前に左右二つの建物があり、それぞれ守備兵とオルドナ兵の詰所になっている。

守備兵は常駐なので、左側の詰め所にはいつも見張りが立っているが・・

今日は右側、オルドナの詰め所にも見張りがいる。


(来ているな・・・)



黒将軍は不定期に島内を徘徊している。

出来れば鉢合わせにはなりたくない。


領主のカレドンにも会っておきたかったが、今回はやめておいたほうが無難に思えた。




道はここから真横に、東西に分かれる。

東は住宅街、西は職人街。


職人街の奥の道具屋に用事があるので、西に向かう。




左側の暗い路地が目に入る。



刃物で喉を割く嫌な感触が蘇る。






ひと月前トニはここで、ジーラントの守備兵長であったラナという女を殺していた。


理由は、作戦の邪魔になるから。







トニは以前からジーラントの領主カレドンと交渉を続けてきた。

カレドンは人並みの正義感と良識はあるが、猜疑心が強く冒険が出来ないタイプ。

オルドナへの不満は日々感じているものの、なかなか蜂起に応じようとしなかった。


説得のためにトニは何度もここに足を運び、どうすれば蜂起の成功率が上がるかをとことん話し合った。


そして3回目の会談の際に、一つの結論を得る。



守備兵長のラナが、邪魔だ。




ラナはもともとジーラントの出で長く守備兵を務めてきた人物だったが、オルドナ侵攻に当たっていち早く投降してオルドナに協力を表明し、その功が認められて兵長に取り立てられた。


つまり、親オルドナの筆頭。剣の腕も立つ。

当然住民からは裏切者としてひどく嫌われている。



ジーラントでオルドナ兵を倒すには、守備兵の力が必要だ。

守備兵と住民が協力して、オルドナ兵を倒して街を閉鎖する筋書き。


だが守備兵長が彼女である限り、守備兵は動きづらい。

住民はむしろラナを敵だと思っているので、守備兵と住民は力を合わせて行動できない。


逆にもし彼女を暗殺できれば、成功率は格段に上がる。間違いなかった。



そしてカレドンは、暗殺が成功したら蜂起に参加する、と明言した。









その日の夜のうちに、トニは暗殺を実行した。





ここの路地裏。一人になった瞬間を狙い、後ろから近づいて喉を掻き切る。

すぐ発覚すると厄介なので死体は近くの納屋に隠し、すぐに街を出た。






それ以来ジーラントには来ていなかった。






もちろん騒ぎにはなったらしいし、犯人捜しも行われたはずが・・・

そろそろほとぼりも冷めていると予想していた。











トニは職人街の奥の道具屋を目指す。

ここの主人はオルドナ近衛兵時代からの旧知で、作戦についても話してある。

今日も挨拶だけはしていこうと思ってはいたが・・・・・






道具屋の前に、軍馬が3頭。







ガラガラ!!!!バキィ!!!





中で大きい音がしたかと思うと、3人の男が出てきた。


黒ずくめの鎧。

ひとりは大剣、後の二人は剣を持っていない。

マントに付いた埃をはたきながら出てきた。




大剣の男は、黒将軍ガスパスだった。





(最悪だ。)



鉢合わせ。最も恐れていた事態だ。


ここは職人街のどん詰まり。道具屋しかない。

そこに向かう自分と、そこから出てきた兵士。

まさか無視するわけにはいかない。



手下のひとりがトニを見つける。


「なんだ、おまえは。ここに用か?それとも俺たちか?」



(答えを間違うな・・・僕は薬師。コルテス、プラティアの人間。)



「いえ・・・ちっとそこの道具屋さんに・・・」



手下がニヤリと嫌な笑い顔を作る。


「今日は閉店だ・・・ああ、もしかしたらずっと閉店かもな。」




(なんだ・・・何をした)


怒りがこみ上げるが、ここは抑えて耐えなければならない。



「へぇ・・・ちっと日が悪かったみたいですな。出直します。」


平民のようなコルテスなまりの言葉と、猫背を意識する。

(へつら)うような笑みを浮かべ、ちょっと頭を下げて、踵を返す。




「待て」


どこまでも低く、威圧感のある声。黒将軍だ。


(くそ・・・)


ビクっと肩を震わせる演技をしてから、トニは猫背のまま半身だけ振り返る。



「ずいぶん背がでかいな。何を・・・している?」



(職業か?)


「へえ・・・薬師を・・ちっとばかり。」



黒将軍が近づいてくる。



(気取られるな。)


怖がって自然と一歩下がるような演技。

足運びも、非合理極まりない素人臭さを意識する。


「なぜ兵士にならぬ?それほどの体なら誘いはあろう?」


すぐ傍までくる。


「へえ・・・元が臆病な性質(タチ)でして・・・戦いなんてモノはどうも・・・」




黒将軍はトニを値踏みするようにじっとみつめる。

トニは、狼に睨まれた羊のように目をそらす。



しばしの沈黙。




「まあよい、行け。」


黒将軍はそう言って踵を返す。




その刹那。


黒将軍は翻って力任せの裏拳をトニの頬に浴びせた。



不意打ち。




トニはそれをもろに食らった

そして

真横から、顔から地面に倒れる。



その様子をじっと観察する黒将軍。




トニの呻き声。

手下の下卑た笑い声。





「フン。情けないな。武術でも始めて見ろ。

体はあるんだ。自分の身くらい自分で守れ。」



そういって黒将軍は、手下に馬を持ってこさせ、それに乗って詰所の方に去っていった。





トニは寝転がったまま、蹄の音が遠ざかるのを待った。





(痛い・・・・)


うめき声は演技ではなかった。




少しも避けないのは逆に怪しまれる可能性があったので、反射的に少しだけ動いた風を装った。

すると、動いた先に拳が飛んできた。



一番効く所で受けたことになる。



そして、受け身も・・・敢えて取らなかった。



顎と鼻が悲鳴を上げている。

逆の顔をすりむいて、肩と腰もしこたまに打ち付けた。

首も痛い。胸も少し打ったので、呼吸が苦しい。



(だけど・・・・バレなかった。)


それが何よりだった。



しばらくのたうち回ると、痛みが少し散逸した。

咳をしながら、鼻血を拭きながらよろよろと立ちあがる。


何処かで見ているかもしれない。

猫背のまま、道具屋の中に入る。


なかはひどい状態だった。

商品は散らばり、扉は外れて折られている。

奥の部屋に店主を見つけた。


うめき声。



「大丈夫ですか!!!!」


酷く殴られている。


「どうして?」


「ラナの件だ。なにか知ってるんだろって・・・・」


「それで?」


「なにも喋っちゃいねえよ。大丈夫だ。」


「ほかにもこんな事されてる人が?」


「いや、居ねえと思うよ。心配すんな。

おめえもやられたな。

感づかれてないな?」


「大丈夫だとおもいます。コルテスなまりは本場仕込みだし。」


「ていうかよ、なにか知ってるなんて言っちまったらそれこそ殺されるからな。

知ってても、言わねえほうが絶対得なんだよ。

そんな事にも気づかないなんて、バカだよな、あいつら。イテテテテ」


「確かに・・・バカですねえ。イテテテテ

でも、しつこいんですね・・・もう一か月たつのに・・・」


「手際が良すぎたんだろうよ・・・・あのクソ女を誰にも気づかれずに殺すなんてなかなかできねえからなあ・・・・イテテテ」


「手際の悪い暗殺・・・そんなのが必要なんて考えたこともなかった・・・

練習しときます。イテテテ」




お互い笑うと顔が痛むのだが・・・二人はしばし、笑う事を恐れずに語り合った。


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