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魔剣戦記 Ⅱ  作者: せの あすか
18/66

1009年8月30日 メルケル

メルケル北の平原は、完全に練兵場と化していた。


なだらかな丘、森、背の高い草。

訓練用にいろいろな地形が作られ、城壁に見立てた高い柵、騎馬兵の高さに置かれた木人形が設置されている。


最近はジャンとスティード、クラウ、ダリ、ビッキーはほとんど訓練場に入り浸りだ。


旅団の3人は隊長としての才能を開花させつつあった。

作戦当日は、ダリは斥候と後方支援の小隊、クラウとビッキーは二人で一つの中隊を率いる事になっている。



キャスカも忙しい合間を縫って、軍の指揮と練兵に加っていた。

ビルト急襲部隊の総指揮はユリースなのだが、作戦上単独行動になる時間が多い。

ユリース不在の間の指揮を、キャスカが任されることになったのだ。


キャスカに武勇はないが、以前から軍の指揮に光るものを見せていた。

とにかく状況分析が的確で、判断が早い。

自分が先頭に立たずとも、兵に実力以上の力を発揮させる、そんな指揮官だった。


早くから精鋭を選りすぐって隊を分けた甲斐もあって、ビルト急襲部隊はすでに体制を整えつつあった。




対してジャンが率いるメルケルの本隊は、多くの問題を抱えていた。


まず、義勇兵が多すぎる。

西からくるもの、旅から帰ってくるもの、オルドナから流れてくるもの。

傭兵や賞金稼ぎを辞めて参加するもの。

トラギスの住人、ペ・ロウの学生。


連日希望者が殺到し、ひと月ごとに部隊の再編成が必要になる。

もはや収拾のつかない状態になっていた。




また、8月に入ってからメルケル評議会は傭兵部隊の解散を決めた。

グランゼにもっと多くの兵を率いてもらう必要があったのと、傭兵の中から義勇兵に志願するものが多数出て、傭兵だけの部隊を維持する意味が薄れたのが理由だった。




もう一つの大きな問題は、武器防具、それから馬の不足。

剣も槍も、盾も鎧もまるで足りない。


馬は仕方がない。どう考えても間に合うものではない。

だが武器だけは無くても良いとは言えない。

木剣で砦に向かって突撃するわけにはいかないのだ。

熟練の弓兵はもともとメルケルには多い。これ以上は不要。

欲しいのは歩兵の武器。

このままでは、せっかく集めた義勇兵が無駄になってしまう可能性があった。



もちろんメルケル、ペ・ロウの鍛冶ギルドが総出で作成しているが、そもそも鉄が足りない。



もともと東アストニアには鉄の産地が少ない。


しかもその半分以上がオルドナ産なので、宣戦布告以降東からは鉄が全く入ってこなくなった。


マリーアスも鉄を産出するが、自国分の武器を賄うので手いっぱい。

ペ・ロウ近辺の鉱山が頼りだが、最近は産出量があまり芳しくない。



ペ・ロウで魔法によって作られる真銀(ミスリル)と、旧トラギアのドラゴニウムは定期的に入ってきていたが、加工が難しいので武器の量産には至っていない。




そういった数々の問題に頭を抱えていたジャンの元に来客の報が入ったのは、早めの昼食を終えた頃だった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 



ジャンは馬を飛ばし、急襲部隊が練兵しているところまでやってきた。


午前中の訓練を終えて、ユリースが兵たちと一緒に昼食をとっているのを見つける。


随分兵たちとも打ち解けている様子。

最近では「王女」と呼ばれるのにも慣れてきたようだ。

もちろん、ジャンや旅団のメンバーがそう呼ぶと怒るのだが。



「ユリース!!!!」


白髪に少しだけ赤毛の混じってきたユリースがこちらを振り返って手を振る。


ひと月ほど前から、ユリースの頭に少しだけ元の赤毛が戻ってきていた。

多くはない。肩まで伸びた髪の根元、そのなかのひと房だけが赤い。


ユリースはまだらなのを少し気にしていたが、白髪を染める気は無いようだった。

ジャンは、燃えるような赤と透き通るような白の混じった、今のユリースの髪が好きだった。




ジャンがユリースの元に辿り着く。


「来てくれ。ミトラから使者だ。」


「使者?協力してくれるの?」


「わからない。とにかくユリースに会わせろの一点張りで・・・」


「わかった、行く。

みんな、あとは自分たちで攻城兵器の組み立て訓練お願い。」


兵たちが頷く。



ユリースは昼食の残りを一気に口に詰め、最近お気に入りの芦毛の馬に飛び乗った。

今日は鎧も手甲も無し。皮のチュニックだけの軽装だ。


「早駆けで行こう。もうずいぶん待たせてしまってる。」


「もご!」


ユリースは手綱をぐっと引く。

馬がすぐさまそれに呼応して、走り始める。



軍馬一体。

騎馬隊で最も重要な要素。

ユリースがしっかりと身に着けているようで、ジャンは安心した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


北西門をくぐって街に入ると、馬車の一群が目に入る。


「4・・5・・6台?なんだろ?」


ユリースが呟きながら馬車に近づくと、突然馬の前に一人の女が飛び出した。




ジャンが剣に手を添えて駆け寄る。周囲が色めき立つ。





「やっぱり!!!!ユリース!!!」


女は嬉しそうな声を出しながら、目深に被っていたフードを取る。




ユリースは目を丸くして言った。


「マイ!!!!?????」


記憶を失って倒れていたユリースの世話をした、ミトラ修道院の修道女だ。



「噂とかあの布告文を見て、もしかしたらって思ってたの。

ユリース、王女様だったのね!!!

いろいろ思い出せたの?


あ、ごめんなさい・・・いろいろ事情があるんだと思うけど・・・

それに・・・王女様だもんね・・・ちゃんとご挨拶しないとだね。

言葉使いなんかも?やっぱり気をつけたほうがいい?」


まくし立てるマイ。

ユリースはぶんぶん首を振る。


「いいの、そのままで!

ありがとう来てくれて!


何か食べる?飲む?涼しい所に行こう?」



「へへへ。お言葉に甘えちゃおうかな。

ちょっと長旅で疲れちゃって。


そちらの方、連れてきてくれてありがとう。

従者さん?護衛の方?」


マイはジャンに頭を下げる。


「執事でございます。

御客人、高貴な御方に対して失礼が過ぎますぞ?

まず道を空け、ひざまづき・・・」



ゴンっ




ユリースがジャンの頭にげんこつをお見舞いした。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ところでさ、あの馬車はなんなんだ?」


ジャンが質問するが、マイはふるまわれた氷菓子に夢中で無視。




「すごいね、これ冷たくて甘くて・・・・おいしー!」


「だよね!魔具を使って冷やしてるの。キャスカっていう子が考えたんだけど、天才だと思わない?」


「思うわー天才だわーキャスカちゃん?女の子?会える?お礼が言いたい!」


「紹介する!

あの・・・だれか!キャスカを呼んできてくれないかな!」





・・・これではしばらく話はできない。

ジャンはわざとらしくため息をつき、その場から退出した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



そのあとはキャスカも加わって、3人は存分に氷菓子を堪能しているようだった。




さすがにしびれを切らしたジャンは、少し大きな音を立てて扉を開け、部屋に入ってみる。

3人は全く気付かずに笑いあっている。


(笑いあって・・・・???)




「ユリース????おまえ・・・・笑って・・・・・・」


3人ともジャンに気づく。




「ああ・・・・。」


キャスカがメガネをクイっとなおしながら立ち上がる。


「ユリースさん、ちょっと前から笑ってくれるようになりましたよ。

私とか姐さんとかの前だけかもしれないけど。

ジャンさんは軍とか兵とか物騒な話しかしないから、見たことないんですよ!!」



’姐さん’はビッキー。キャスカは彼女をこう呼んでいる。


マイがユリースの顔をまじまじと見つめる。

ユリースは少し恥ずかしそうに顔を伏せる。


「ふふふ。

笑うとかわいいねー。修道院に居た頃はほとんど喋らなかったし。


体の状態も良くなかったしね。

元気になってよかった。」


「・・・ありがとう。」


ユリースは改めてにっこりと笑う。












「ちょっと!!ジャンさん!!!どうしたの!!!」




ジャンは、立ったまま顔を伏せ、泣いていた。




「ユリース・・・・良かった・・・・」



「ちょっと!!!」





ジャンの気持ちを察したのか、キャスカもつられて目に涙をいっぱい溜めている。




「あれから・・・いっぱい辛い目にあって・・・

オレのせいで・・・・

しかも、こんなことに巻き込んで・・・


もう一生笑えないんだったら、オレはもう・・・

良かった・・・・・」



「ジャン。大丈夫。元々あなたのせいなんかじゃないよ。

それに、ジャンには感謝してる。私に居場所をくれたから。

もちろん旅団のみんなも、マイもキャスカも。

ほんとにありがとう。」




ユリースはまたほほ笑んだ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


マイもキャスカも、つられて号泣した。


ユリースが温かいお茶を運ばせてしばらく後、ようやく場が落ち着く。




静かなひと時のあと、マイがぽつりと切り出した。




「あのね・・・私が今日来た理由なんだけど・・・。


修道院がこの戦に協力できないっていうのは変わらないの。



私たちには一番大切にしている教義があって、そもそも人と人が傷つけあうのを許していない。


武術は(たしな)むけれど、あくまで心身を鍛えるためで、人を傷つけるためではない。

だから、僧兵として戦に参加することは絶対出来ないの。」



一旦切って、皆の顔を見る。

さっきまでとは打って変わって、強い意志を宿した表情。



「その上で、二つ伝えたいです。


まずひとつ。私、マイを、個人としてメルケルの部隊に従軍させて欲しい。

戦いには参加しません。後方で、負傷兵の治療をさせてほしい。」



ジャンが驚いて答える。


「それは願ってもない。修道僧の強力な治癒魔法があれば、死者は減らせるし・・・

そのまま前線に送り返すなんてこともできるかもしれない。」



「それはダメです。負傷者は戦場には返さないで。

私たちの治癒魔法は無理矢理体の機能を活性化させるので、負担が大きいの。

そのまま後方に送ることが条件です。


それに、私が治療するのはメルケルの人だけではありません。

オルドナ兵も等しく治療します。」



「・・・・・なるほど。味方ではなくあくまで中立の治療者として、か。」



「ぜひお願い。とてもいいと思うよ。死者が減るのが一番大事だから。」


ユリースが深刻な顔でジャンに詰め寄る。


「うん・・・いいんじゃないかな。」


「ユリースさんとジャンさんが言うならもう決まりですね。環境を整えます。

兵たちにも周知しとかないとですね。

動けない敵兵にとどめを刺すなんて事が起こっちゃうとダメだよね。」


「そう、そうなんです。よかった伝わって。


あの文章キャスカさんが書いたんですってね。

あれを読んで、こういう人達と一緒なら私でも力になれるかもしれないって思って考えたんです。


来てよかったー!」



「名分も立つし、事前に敵方にも噂として流しとくのもいいかもな。

メルケル軍は敵兵のけが人も直す、捕虜もぞんざいには扱わないって。」


「いいかもしれない。こっちに来てくれるも増えるかも。」



「その件は決まりだな。

で、もう一つは?」




「うん、さっきあなたが気にしてた、あの馬車の事です。」



(なんだ聞こえてたのかよ)

ジャンは表情だけで抗議する。



「あの中に、ある物が入っています。

信者の皆様が入信の時、不要になったものを修道院に預けるんですが・・・。

私たちには要らないもので、多分あなたたちの役に立つもの。


みんな、外に来て。見せるよ。」



マイに続いて皆外に出た。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


北西門の近く。

6台の馬車に山積みの荷物。





マイが1台目の幌を捲ると、そこには・・・



「これ・・・・・」


「武器じゃないか!!!!」



山積みの剣、矛、槍。


中には錆びて使えそうにないものもあるが、それでも精製しなおせば材料になる。


ユリースは早速いくつか手に取って振るったりしている。


「これ、全部武器なの?なんでこんなに?」



「修道院では、教義に共感してくれた人から武器を預かる習慣があるの。

金輪際人を傷つけないんだから、もう要らないでしょ?って。


ずっと保管してたのが山ほどあって。


それを・・・・」




「くれるのか・・・?」



「・・・・ええと、ごめんなさい。

修道院としては戦に加担することはできませんので。



・・・私が独断で個人的に持って来たものなのですが・・・

要らなくなったので・・・・

んっと、ここに捨ててっていいですか!?」



ジャンが噴き出す。


「そういうことか・・・。

いいぜ?そこに捨てといてくれ。

後の処理はこっちでしとくからさ。」


芝居がかった言い方で答える。



「ありがとう!

じゃあ、馬車ごと置いていきますね!!!」




「おう、あとはオレにまかせてくれ。


・・・マイさん、ありがとな。


いつまで居られるんだ?

しばらく休んでいくといい。」





「私、帰りませんよ。戦までここで暮らします。

ねえユリース、キャスカちゃん、いいでしょ?」



二人が大きく頷く。




ジャンだけは、唖然とした顔で突っ立っていた。


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