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魔剣戦記 Ⅱ  作者: せの あすか
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1009年7月21日 コルテス島 プラティア

コルテス島にはいってから、もうひと月以上が過ぎていた。



故郷の現状・・・それは「苦難」と表現するに相応しいものだった。


オルドナ本国の飢饉の影響で作物のほとんどはオルドナ兵に持っていかれる。

供出を渋ったりすると暴行を受ける。

直接は見ていないが、殺された農家もあるようだった。



僕も何度か暴行の場面を目撃したが・・・止めに入ることは出来なかった。

今事を荒立てる訳には行かない。今目立ってはいけない。


唇を噛みながら、全ては島の解放のためと自らに言い聞かせる日々をすごした。







昨日部下()てに届いたジャンからの手紙を眺める。



もちろん差出人も受取人も偽名。

一見して商人どうしの近況報告の手紙にしか見えないが実は暗号になっており、作戦に問題や想定外の事態が起これば伝えられるようになっていた。


暗号は子供の頃に二人で作った物だ。ある表に基づいて文字を変換すると本当の意味がわかるという代物で、表さえあれば誰にでも簡単に解ける。


子供のころにはお互い表を記した布を持ち歩いていたが、僕らは競って暗記をし、布はすぐに無用となった。



解放戦線の参加国や都市との連絡用にも暗号表を作って配ってあったが、僕らの連絡用の表とは別物だ。


国は自国の利益のためにだけ動く。

裏切りは世の常。彼らを信用出来るのはあくまでこの戦が終わるまで。



だからジャンと僕の暗号は、今もふたりだけのものだ。






暗号を解いた結果出てきた言葉は「スベテジユンチヨウ」。

細かいことは書いていない。


何よりだ。


だが額面通り「すべて順調」ではないだろう。

どう考えても問題は山積みで、全て解決するはずがない。


それでもこちらには順調と伝えてくる、ジャンとはそういう男だ。





僕はこの1ヶ月、旅の薬商人を装い各地の豪族や実力者の評判を聞き廻った。

不満を持つ領主、有力者。

行動力のある若者。

正義感で動く者、利で動く者。


各街、集落に一人ずつ、核になる人物が必要だ。

ある程度、人選が完了した。


これからは、直接その人々と会い、話し、説得する作業を始める。



もし人選を誤って騒ぎ立てられたりすれば、作戦自体が破綻する。

だから絶対に見誤るわけにはいかない。






僕はいま、島の入口に一番近い街であるプラティアに居る。

この街の蜂起の核になりそうな人物は、この街の領主であるサグラニ卿だ。


卿は以前からの領主で、オルドナの侵攻に対して最後まで頑強に抵抗したらしい。

圧倒的な物量に最後はやむなく投降したのだが、領民の熱心な嘆願により流石のオルドナも処刑する事ができず、そのまま太守に置かざるを得なかった、と聞く。


その後も領民を守るために手を尽くし、それでプラティアの民は他よりもマシな暮らしが出来ているそうだ。



手始めは、この人物。

島に入る前からぼんやりとそう考えていたが、数々の噂を聞きそれは確信に変わった。





プラティアは、高い木の柵で外側を囲われた、コルテス第二の街。

物品や人が島に出入りする時には必ずこの街を通る、貿易と宿場の街だ。



その街の北側にある、一番大きな門をくぐる。


屋根に厚みがある木造住宅で、壁や柱は焦げたように真っ黒い。


コルテスは森が多いが大きな木が少なく、建築材料には普通コハという木が使われる。

コハの幹は強度や太さはあるが、水分を多く含むため乾燥するとひび割れてしまう。

それを炭と泥を混ぜた黒い塗料を厚塗りして防ぐのだが、これを年に一度塗りなおすのが「家守(いえもり)」という祭りで、建物の無事を祈り病を追い出すと伝えられていた。


コルテスには滅多に嵐などが来ない。屋根などは強度が必要ないため、この塗料を塗らずわざと乾燥させ、軽くする。大きな屋根に見えても柱への負担は少なく、くたびれて来たら屋根だけをまるまる取り替えることが出来る。

そんな工夫でコハの建築物は、きちんと手入れすれば何十年も住み続けることができた。


この黒い塗料には虫よけの効果もあるので、コルテスでは家だけでなく体にも塗る習慣がある。

顔や背中、手足など、好きな場所に黒い塗料で好きな模様を描く。若者たちは新しい模様を考えては自らの体を飾り、その美しさと斬新さを競っていた。


僕はと言えば・・・これを自分で塗った記憶が無い。

コルテスから出たのが五歳だから、単に忘れているだけなのか。


それとも母が塗ってくれていたのだろうか。





記憶の中の古いコルテスの風景がふっと湧き出て、通り過ぎる。


故郷をあの頃の姿に戻すための、今日が第一歩だ。





「ごめんください。」



屋敷の入口から中によびかける。


ちょっと妙な気配を感じる。間者か?

オルドナの手の物であれば気をつけなばならない。



年配の女侍従に薬売りであることを話すと、少し待たされた後に武器の有無をたしかめられた。

「こちらに通して下さい。」


奥の部屋から低い、よく通る声が聞こえた。侍従に案内されて奥の部屋に通される。



サグラニ卿は、いかにも地元の名士といった出で立ち。

警護は無し。


もう六十になろうかという老齢だが、頭脳明晰なのはひと目でわかる。





彼の数々の武勇伝が頭をよぎる。

しかし噂はうわさ。

一旦先入観は捨てる。


この人が信頼に足る人物かは、僕自身で見極めなければならない。






居室で卿と正対する。

白髪で長髪。グランゼに似ていなくもないが、背は低く細身な印象。




「薬売りと聞いた。昨今流行病などはないが、何か良いものがあるのかな?」


物腰は柔らかい。だが、有無を言わさぬ迫力がある。


目の前にいるだけで、なんだか怖い。

いつになく緊張する。



「少しお話をさせて頂き、お勧めできるものがあればご紹介したいと思います。ご領地を一回りさせて頂きました。よい土地です。作物の出来は如何ですか?」




「なるほどな。相手によって勧める品は違うということか。悪くない。


・・・幸い今年は作物の出来が良い。

特に米がな。昨年がひどかったんだが、我慢して耕地を広げたのが良かったのかもしれぬ。


皆たくわえが出来たので、この冬は久しぶりに一息つけると思っていたところだが・・・

今度はあの火山がな。なかなか上手くいかないものだよ。


全く・・・せっかくの豊作も全て持っていかれてしまった。」




そう言ってこちらに寂しそうな顔をして見せる。


トニは残念そうに相槌を打って置く。

本心なのか、カマを掛けているのか。

安易には乗れない。


話題を変えようと部屋を見回す。




「よいお屋敷ですね。よく手入れされている。」



「まあ家などは雨風と寒さをしのげればよいのだが・・・このような大きな屋敷をあてがわれて多少持て余しておるよ。

手入れも面倒だしな。」



そう言って脇に控える侍従を見やる。



「それは面倒です!サグラニさまは散らかすし、わたし一人で見るには広すぎますよこのお屋敷!」


侍従がむくれて見せる。


「ははは、すまぬな。もう一人雇う余裕がないんだよ。

薬売り殿に、何か家が汚れぬような薬があれば頂きたいものだが。」


つまらない冗談で侍従と笑い合う。


私腹を肥やすような人間でない事はすぐわかる。

薬売り風情や侍従に対して居丈高になることもない。



それでいて、警戒は全く解いていない。

スキは全くなかった。




少し踏み込んでみようか。





「コルテスの他の集落なども見てきましたが・・・ここは他よりもずっと豊かに見えますね。」



ふっと卿の表情が曇る。



「そうですな。ここはまだ恵まれています。

が、特に東は酷いようですな。

ここに運ばれてくる食料が多すぎる・・・

あれでは民が飢えはじめるのではと、心配しておる所です。」



「ええ。実際に、食べ物に困っている地域があるようでした。

薬では飢えはしのげませんので、私にはなんともしようがありませんでしたが。」



サグラニ卿が苦虫を噛み潰したような顔をする。



「悔しいな。

本当ならば、多少なり余裕のあるこの街から送ってやりたいのだが・・・


奴らのせいでそれも出来ぬのだ。」






充分だ。

これが嘘であるはずがない。


もう茶番はやめよう。




襟を正す。



「ご領地と領主様、それからコルテス全体にとって良い薬を思いつきました。

皆さまを病から救う薬です。」



ふっと、サグラニ卿の表情が曇る。



「ほう。夢のような薬だが。病とはいかような種類のものだ?

先ほども申したが、特に皆病などかかっておらぬぞ・・・」




「病には目に見えるものと見えにくいものがあります。

ご領地の方々は皆一様に大きな病巣に苦しんでおられる。」


「どういうことだ?占いの(たぐい)か?それであればお引き取り願おう。

怪しげなものに右往左往させられるのは気分が悪いのでな。」



卿の顔を正面から見据える。

彼もこちらを睨めつけている。



「それとも、わしには見えぬ病が蔓延しているとでもいうのか?」


ぶわっと、空気が変わった。


怒り。


戦場にいる時のように、肌がひりつく。




気おされぬよう真っすぐに見返して、言う。



「お人払いを、お願いできますでしょうか。」


卿は一瞬の間の後、侍従に目配せをする。

侍従はそそくさと出ていった。





「オルドナの間者の可能性は?」


声を落とす。


「まず無い。この屋敷周辺はこちらの間者に常に見張らせている。」


妙な気配の正体はそれだったか。



「もうおわかりかもしれませんが。

病とは・・・すなわちオルドナでございます。」



「むう」



驚きはしているが、動揺ではない。

百戦錬磨の胆力は、この程度で揺らがないか。




しばし待つ。彼は言葉を発せずにいる。無理もない。数年前にオルドナに従うことを決め、その生活がようやく馴染んできたところなのだろう。


しかし、そのままではいけない。コルテス島は、コルテスの人々の物なのだから。それを思い出して貰わねばならない。



僕は名乗った後、地図を出し一気にまくしたてた。


オルドナ打倒の為に、マリーアス、メルケル、ペ・ロウの連合、合同作戦が進行していること、千年王国トラギアの姫君が生きていた事、そして合同作戦と同時にコルテス島の解放戦争を始める、その作戦の指揮者が自分である事。


そして、自分がオルドナの近衛にいた事、コルテス島の生まれであることを話す。




話しながら僕は泣いていた。


気づくと、彼も泣いていた。


ひとしきり話し終えてから、少し声が大きかったと反省した。



「時が来た、という事か。

この地が彼奴らに蹂躙されてもう6年になる。民草は重税に喘ぎ、異常に増える魔獣共に怯える日々・・・6年前に最後まで戦い、皆で死んだ方がましだったのでは無いかと思った日もあったが・・・」



机の上の調度品に目線をやるが、意識はもっと遠くに飛んでいるように思える。



「生き延びて下さった。

卿のご尊名はメルケルにも届いておりました。

是非、戦列に加わって頂きたい。

決起は、おそらく三月(みつき)ほど後。」



三月(みつき)・・・近いな。他に賛同したものは?」


「誰も。これからです。

期間が長いほど隠しておくのが難しい。

確実に力になってくれそうな方から、声を掛けようと思いまして、卿はその筆頭でございます。」



「そうか。


・・・初手としてわしを選んでくれたことに感謝する。


そうだな、オルドナへの不満が強い者を二、三知っておる。

信頼できる者を選んでわしから親書でも書くか?」


「いけません。なにかがあってオルドナに漏れた時に、卿とご領地の民に火の粉がかかる。

作戦が頓挫した時でも、卿にはこの地を治め続けて頂かなければなりませんので。

危険な役目は私が請負います。その方々の名前だけ、お聞かせください。」



卿は納得し、何人かの名前を書いて寄越した。



「今後の連絡はどうするのだ?まさか直接でもあるまい?」


「そのまさか、でございます。私が直接、全ての連絡を行います。


この作戦は他に漏れぬことがまず肝要。

手紙や使者などは一切使いませぬ。

まずはひと月で島を一周して各地の豪族を訪ねた後、またお邪魔して首尾を報告致します。」



「なかなかの無茶をするが・・・わかった。その間やっておく事はあるか?」



「目立たぬ範囲での徴兵と、練兵。それから・・・」


おもむろに一枚の紙を出す。


「オルドナに気取られぬ範囲で、この軍規の徹底をお願い致します。

此度挑発する兵はオルドナを追い出したあと島の治安を守って貰う兵にもなりますので。」


卿は目を丸くする。


「そんなものまで用意してあるのか。恐れ入る・・・


トニ・メイダスという名前は聞き及んでいたが。

なるほど、こういう人物であったか。


あいわかった。

余分な事はせず、おぬしの言う事をやっておけばよいな。

まずはひと月後か。気をつけよ。

油断して魔獣などにやられぬように。」



「はい。ありがとうございます。」


「泊まるところはあるのか?なれけば用意させるが。」


「すぐに発ちます。薬屋風情が過剰なもてなしを受けると目立ちますし。」


「ふふ。そうだったな。すまぬすまぬ。

では目立たない程度に路銀と食料を渡す、で良いか。」


「助かります。」


「では、ひと月後。」


「ひと月後に。」




そうして、退出した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ここからコルテス島を一周する。それは、この島の運命を左右する旅路。


最後に握ったサグラニ卿の固く厚い手のひらの感触を思い出す。


自分に足りないものは、あの人が持っている。

僕は、ああいった人達の力を借りて、束ねる手助けをするだけで良い。


そうだったな。それでよいんだ。僕らの目指す国のかたちは、誰かひとりだけで物事を動かすような国じゃ無いんだよな、ジャン。




目立たぬよう今夜のうちにこの街を抜けておきたい。


月は無いから、今夜は魔獣も出ないだろう。



久しぶりに涙を流したせいか、暗闇に街の光が冴えて見える。

すこし顎が痛い。緊張して歯を食いしばりすぎたか。







もし失敗していたら、殺さなければならなかった。

そうならずに済んで、僕は心底ほっとしていた。

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