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魔剣戦記 Ⅱ  作者: せの あすか
14/66

1009年7月4日 メルケル 評議会室

ついに出来上がった草稿を、キャスカは最後にもう一度読み返した。


乗せたのは民の思いか。それともユリースの思いか。

もうそれは、自分の思いなのかもしれなかった。


なんどもなんども読み返した。

もう、自分では良いのか悪いのかわからない。






ユリース、旅団のメンバー、ジャン、スティード、グランゼ、タマス。

いつものメルケルの面々に加えて、今日はマリーアスから宰相のコーラスが来ていた。


青い服の好青年は、さも機嫌がよさそうにタマスと談笑している。



実はキャスカはこの男が少し苦手だった。


(優秀すぎる? ・・・「遊びがない」っていう感じかなあ)


心の中で勝手に納得する。




今日はキャスカが主役で、進行役。

考えていた開会のあいさつを反芻してから切り出す。



「今日は・・・お集まりいただいて・・・

まことに、ありがとうございます・・・


書状にて予告した通り、」



「前置きはいいよ、楽に行こう。

見せてよ、それ。」


ジャンがニヤついてかぶせてきた。

全くこの男は底意地が悪い。



「もう、たまにはキメさせてくださいよ!」



ふくれっ面で手に持っていた紙を配る。



「全然自信ないですよ。もうわからない。」





「・・・音読していいか?」

クラウが今にも笑い出しそうな顔で言う。


「ぶん殴ります。」



がさがさ、とそれぞれが紙を開く音。




キャスカは、皆の反応が見えないように、自分の椅子に座って顔を伏せる。




読み始めると、もうだれも茶化さなくなった。









無音の時が過ぎる。








時折紙を動かすかさかさという音。


時折外で小鳥が(さえず)る。


時折気持ちの良い風が入ってきて、皮膚の温度を少しだけ奪っていそいそと出ていく。






キャスカには永遠にも感じられる時間だった。








グスン



(はな)をすする音。


スティードだった。


「これ・・・いいです。感動してしまいました。」


目を赤くしている。



「きれい・・・・(うた)みたい。」

「いいね。身が引き締まる思いだ。」

ユリースとジャンが感想を漏らす。


「いいですね。とてもいい。これなら、わが国の兵たちも安心して戦に出られる。」

コーラスも目に少し涙を溜めているように見える。


ダリは真剣な顔でいつまでも檄文を睨みつけ、目を離そうとしない。

ビッキーはキャスカの方を見て微笑んでいる。



静かに受け止めた者、戦を思いいきり立つもの、故郷を想って涙するもの。

反応は様々だが、総じて良かった。

それぞれに何かを感じ、この戦いへの思いを新たにしたようだった。



キャスカは皆の反応を受けて、頬を染めて喜んでいる。




クラウが疑問を口にした。

「なあ、これさ、ジャンとかグランゼさん、コーラスとか、その辺の名前は無くていいのか?

もっといっぱい載っけといたほうがハクがつくんじゃねえか?」



「いいんです。これはトニさんと相談して決めました。

国や街は最高責任者ひとりだけ。しかも、なるたけ文官だけ。

そのほうが、逆に箔がつくんだそうです。なぜかは知りませんけど。」



「他国との戦争を軍人が決めちゃダメなんだ。

あくまでも王のため、民のためじゃないと名分が立たない。

軍人は名分がある時に限って正義になる。

自分の判断で攻め入ったら野盗と同じになる。

だからこういうモノには軍人は出さないんだ。」

コーラスが助け舟を出す。



「なるほどなあ。一番に死ぬのは軍人なのに、割に合わない気もするよな。」

クラウが半分だけ納得したような顔をする。


「オレもこれでいい思う。ホントの所はトニよりもキャスカかタマスさんあたりがいいんだけどね。トニは軍の指揮もするから。」


「「あたり」ってなんですか!失礼な!」

タマスが抗議の声を上げる。


「ハハハ悪い悪い。でも今はほとんど実権ないからねタマスさん。

名ばかりの人出しちゃうとそれこそ箔がつかない。」

ジャンが畳みかける。


「意地悪ですねまったくあなたは。

わかりました、私の少ない権限であなたの給金を半分にしておきますよ!

無能の引退前の最後の仕事です!」


「ちょっと!!そんな!職権乱用だ!!!」


ジャンが慌てる。

皆が笑う。





ビッキーも名前の羅列のところを見て疑問を持ったようだ。

「ペ・ロウの二人は?まだ協力の約束は取り付けてないんじゃないの?」



「戦線の主旨には賛同を頂いていますし、物的な支援は約束してくれてます。

名前を出すことも快諾いただきました。

あそこは明確な最高責任者がいないので、実力者を上から二人入れてます。


実戦に人を出してもらえるかどうか、その他対魔法関連でなにか協力してくれる事がないかを、いま交渉中です。」


「あのババア、ちょっと説得難しいかも。みんな期待しないで。」

フミを相手に交渉を重ねているカールが毒づく。

随分苦労しているようだった。






他に意見は出ないようだ。






いま一度、皆で檄文を見直す。




--------------------------





忘れはしまい

彼の地に誇りがあったこと

木漏れ日すら(おのの)

雄々しきコルテスの木々を


忘れはしまい

彼の地に(みの)りがあったこと

風の形を知らせてくれる

ふくよかなノヴドウの小麦畑を


忘れはしまい

彼の地に慰めがあったこと

灼けた砂が(さえず)

美しきソラスの水際を


忘れはしまい

彼の地に秩序があったこと

一夜のうちに焼け落ちた

気高き千年王国を。




いまオルドナ王国は東アストニアの大半をその支配下におさめ

良民を搾取し 他国を脅かし 貴族たちは肥え太る


森は痩せ 川は腐臭を放つ

宿場に旅人の姿はなく

麦の穂は天を仰いだまま



いずれ国土は良民は疲れ果て

緩やかに死へと向かうだろう



だが希望の炎は決して消えていない


いま

千年王国の最後の王女が10年の時を越え

奇跡の復活を遂げた


時を同じくして

山の神は彼らに天罰を下そうとしている




我らは

前トラギア王ペテル5世が娘

ユリース・ケイティア・トラギアの名の元に

オルドナの(くびき)の下で藻掻(もが)く良民を(たす)くべく

手を携え立ち上がった


暴虐のオルドナ王家を廃し

アストニアに輝きを取り戻すために



その時が来た


心あるものよ

才あるものよ


我らの元に集い共に戦おう

彼らに与することを恥じよう


かけがえなきその力を


踏みつけられた民草のために


幼き子らのために






オルドナ解放戦線


トラギア王家 ユリース・ケイティア・トラギア

マリーアス王国第13代国王 セリア・マリーアス

ペ・ロウ魔法ギルド最高幹部 フミ・レンチョウ

ペ・ロウ魔法学校学長 チェン・ピン

ディナ・ディノ町長 ラズロ・エンコーダ

メルケル評議会議長 トニ・メイダス




----------------------------------



キャスカも改めて全文に目を通す。

皆の評価を得たからか、先程とは打って変わって自信に満ちた表情。




「これで行きたいと思います。皆さん、大丈夫ですか。」



キャスカが念押しする。



皆、キャスカの背中を押すように、力強く頷いた。







-----------夕刻---------------------




コーラスはキャスカの檄文を何度も読み返していた。

最初に得た感動を、自分で分析してみる。


(隙が無い。そしてうまい。)



それとは言わぬまま、トラギア崩壊の原因がオルドナにあることを匂わせた。

敵はあくまで王家。民は救済の対象であることを明確に示した。



そして火山の噴火を「神の怒り」と繋げる。

飢饉は悪政のせいだと断じる。


ここは全く正確ではないのだが、単純にオルドナに付く人間に恐怖感を与える。

逆にこちらに付こうとする気持ちを後押しし、味方に安心感を与える。


それは、神を信じず情勢をかなり細かく分析しているコーラスでさえも例外ではなく、自分の今までが正しかったような気がして安心感を得、ほっとしたのだ。



これに、亡国トラギアのユリース王女生存の報が加わる。


もともと知っていた我々でさえここまで心をつかまれた。

知らなかったものへの影響はいかばかりか。




出来すぎている。




キャスカの才。


情勢を読む力は以前から非凡なものを見せていた。

それに加えて、人々の心を動かす力も持っているのか。


(トニ・メイダスも食うほどの才かもしれない。

いや、いつかマリーアスも・・・?)



ユリースだけでも周辺国にとっては相当な脅威だ。それにあの娘が加わったことで、メルケルは恐るべき力を持ったのではないか。

この戦争がうまくいった後の東アストニアの権力構造が、予想できない。





いや、戦争の後の事を考える余裕など今はないはず。


現に今まではなかった。



(まさかこの檄文に触れて勝ちを確信したとでもいうのか?)




一瞬情景が浮かぶ。


列をなす志願兵 集まる物資

士気を上げるマリーアスの兵

敵からの脱走兵と流民




(妄想など。)





コーラスは頭を振る。









マリーアスは、オルドナ南方軍を倒すことに全力を尽くす。


いまはそれだけでいい。


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