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魔剣戦記 Ⅱ  作者: せの あすか
13/66

1009年6月2日

--------------オルドナ首都 ビルト--------------


雨上がり。生暖かい風がむき出しの腕を撫でる。

馬車が一台走り去る。荷台に満載された武器の重みで石畳が踊り、斜陽に照らされた水滴が震えて光る。





まだ物流がある。

兵器に金を回す余裕がある・・・。






久しぶりに嗅いだこの街の臭い。

鉄。泥。糞尿、残飯。


雨が降るとその臭いが一段強くなる。

だから、あの頃雨が嫌いだった。






大通りでいじめられっ子を助けようとして、大勢に殴られた事があった。


ぼこぼこの顔で石畳にあおむけに寝転んで、のちの親友と顔を見合わせてケラケラ笑った。


それを見て、同じようにボコボコの顔で不思議そうに二人を見てた、いじめられっ子のあいつ。




あれからもう20年。

ビルトに戻らなくなって、10年弱。


オレを覚えているだろうか。

いや、忘れているならば無理矢理にでも思い出してもらわなければならない。





日暮れの二時間前。

この季節なら昼の勤務が終わって交代の時間。



予想通り「そいつ」は、疲れた顔をして正門横の守兵詰所から出てきた。





------------コルテス島 「入口の橋」----------



この橋には名前がない。

島の人間は単に「橋」という。

島の中には一つも橋がないので、まあわかる。


だがこっち側の人間からしてみれば、名前がついていたほうがずっと便利なはずだ。



仕方がないから俺達は「入口の橋」とか、「入口」と言ったりする。

全く不便だが、勝手に名前を付けて呼んでも皆に伝わらなければ意味がない。




「小隊長、何人か来ます。」



トカ砦やソラスから島に向かう人間は多い。


北方が不作にあえぐ今、コルテスはオルドナ最大の食料生産地だ。

食料の他にも、紙の原料になる木、染料、縄を造るための蔦、石炭・・・

色んな物を産出する豊かな土地だから、当然訪れるものは多い。



商人は何度も行き交うので、大抵顔見知りになる。

そんななかに知らない顔がいると、一応尋問のために引き止めることになる。


まあ、何を調べるってわけでもない。

やたらと物騒な武器を持っていないか。

毒とか麻薬とか、変なものを持ち込もうとしていないか。

大金を持ってたりしないか。


つまり「島の中でなにか面倒ごとを起こしそうなやつ」が居たら、捕縛して報告する。

コルテスを制圧した直後はそんな輩が沢山いたが、近頃はとんと見ない。


もうここの担当になって3年になるが、その間捕縛したのは片手で数えるほど。

それも全員取り調べでシロと判明して、解放している。




だから今日も同じかと思ったが・・・



少しだけ気になる奴がいた。


後ろから二番目のそいつに声をかけると、すこしビクついた様子で薬売りだと名乗った。


薬売りや薬師は珍しくもない。

島民だって大陸の薬を買いたいだろう。

それにコルテスでしか獲れない薬草もある。

ビルトで手に入れようとするとえらく値が張るらしいので、直接獲りに来る薬師は多い。



だがこいつは?


・・・まあ荷物はどう見ても薬売り。武器もナイフ以外持っていない。



何が気になったか?


・・・やけに背が高い。

猫背で身長ははっきりしないが、背筋を伸ばしたらかなりでかいだろう。



身なりはどうという事も無い。


痩せてはいるが、それなりに鍛えている気もする。


なぜ兵や賞金稼ぎでなく薬売りを?と聞くと「親が薬売りだったから」と答えた。



ビルトからと言うが・・・


どうもビルトの人間とは思えない。

どこが違うのかがわからない・・・


強いて言えば、匂い?



一応、捕縛するか?





「小隊長----!!!!」



副長が慌ててやってきた。

クソッタレ、この慌てぶりはきっと・・・



「黒将軍が、港の集落を出てこちらへ向かっているようです!!!!」




ああ、やっぱりだ。

あの疫病神がまた来る。



港の集落はこの橋ができる前、コルテスへの渡し船を出していた場所。

ここからほんの2時間。


夕暮れ前のこの時間に来るって事は、ここで野営するつもりか。


あっちは単なる通り道なんだろうが、こっちは飼葉の準備、水と兵糧の準備、警備体制の見直しが必要になる。

しかもあの戦バカは少しでも緩みがあると誰彼構わず殴りやがる。




薬売りなんかに構っている暇はない。



「おいおまえ、もういいぞ。行ってよし。」



まったく、バカが上司(うえ)になると碌な事がない。






--------------オルドナ首都 ビルト--------------


日が暮れる。

ビルトは四方を壁に囲まれた城塞都市。


昔は日が暮れても別に怖がるような事もなかったが・・・

いま、すでに人通りは途絶え、犬の遠吠えだけがやけに響く。



皆息をひそめている。

そんな印象だ。



そいつは詰所から北西の町はずれにある自分の家に向かっていた。

悟られないよう、目立たぬように後をつける。




さすがに10年経つと街の様子が少し変わっている。

ここには細い路地があったはずだが。




そいつが一人暮らしであることは調べがついていた。


路地が交差するところ、石造りの家。

1人暮らしにしてはすこし大きい。

そいつは入口の扉の前に立ち、カギを探している。




すっと近づく。足音は立てない。

そいつがカギを探し当てた。

さらに近づく。衣擦れの音に気付いてこちらを向く。



一気に間を詰める。


「ヒッ」


声を出される前に口を押さえる。

喉元にさやに入れたままのナイフを押し付ける。

押し付けられた本人からは見えないので、これで十分脅しになる。



「声を出すな。そのままカギを挿して扉を開けろ。」



自分でもこんなに低い声が出るのか、と思うくらい、ドスが効いてしまった。



そいつはコクリコクリと頷き、言われた通りにする。

扉をこちら側に開き、まず相手を押し込んでから、自分も体を滑り込ませる。



扉を閉め、鍵をかけた。



「な・・・なんだ!誰だ!」



「久しぶりだなアクソ。相変わらずスキだらけだぜ?

周囲の確認が甘い。

それに、カギは扉の前に立つ前に出しておかないとな。」


顔に巻いていた当て布を取る。


「おま・・・・ジャンか!!!??」


「シッ!!!

でかい声出すなって。」



アクソはそういわれて声を限界まで落とす。

「なんでこんなとこに・・・!

お前らのせいで大変だったんだぞ・・・・!!!」



「ハハッ まあまあ、いろいろあってさ。

今日は話があってきたんだけどさ。


その前に・・・腹減らないか?」



「おまえ・・・まさか単にメシを食いに来たのか??」



「いや、話があるのは本当だ。

ていうか・・・


お前に会いにきた。」






(メシだけのほうが100倍マシだ・・・)


アクソはとめどなく溢れる悪い予感に、めまいを覚えていた。




--------------メルケル--------------



「なかなか集まらないね・・・・」

ユリースがため息交じりに呟く。

キャスカの持つランプの灯りが積み上げられた穀物袋を照らす。


メルケルの北西門近くの食糧庫の中。

兵糧管理責任者を任されるふたりにビッキーを加えた3人は、食料の在庫を数えていた。




「やっぱこっち側にも影響があるねえ。あれだけ噴火続くと。」


噴火以降メルケル周辺も、大きな不作ではないにしろ、決して豊作とは言えない状況が続いている。


「農作物だけじゃなくて、魚も減っているみたいです。多分水温が上がってしまったのが原因じゃないかと。」


「そっか・・・牧草の生育もうまくいってないみたいだし・・・困るね・・・」


ユリースは顔をしかめた。

ビッキーがそれを見て首をかしげる。


「でもさ、これだけあれば十分なんじゃないの?

穀物は優に2年分くらいはあるよね?

兵士がちょっとくらい増えても、問題ないんじゃ?」


ユリースはかぶりを振る。

「足りない。オルドナの人たちの分が。」





驚いたのだろう。キャスカのメガネがズレた。



「オ、オルドナ?どういう事?」

ビッキーも訳が分からない風で大きな声を出す。




「もうすぐ、私の事を公表して義勇兵を募集するでしょ?

それで集まってくるのは兵だけじゃないと思っているの。


いまオルドナの人たちが飢えはじめているのは知ってるよね?


もしかしたら、今後飢えた人たちがここに殺到するかもしれない。

そしたらここにある食糧だけじゃ足りなくなる。


もし足りなくなったら、メルケルの人たちと難民の間で争いが起こる。

戦の前にそんなことになってしまったらまずいでしょ。


それに戦のあとのことも考えないと。

戦に勝った瞬間から、私たちが新しい領地を治めることになる。

その領地の領民は、皆飢えている。

としたら、皆に等しく食料を配分しないとならなくなる。」



「オルドナの領民だろ?自業自得だよ。自分らで何とかするまで待ってればいい。

そんなとこまでメルケルや私らが責任持てないだろ。」



ユリースは少しだけ間をおいて、ビッキーをみつめる。



「オルドナに住んでる人と、メルケルに住んでる人。

それを区別してしまったら、オルドナ王家のやり方と同じになってしまう。


立場が逆転するだけ。今度は元オルドナの人たちが私たちを倒そうとする。

それじゃ、意味がないと思うの。」



「う・・・そりゃ、確かに。」


ビッキーはユリースの視線にドギマギする自分にうろたえて、言葉に詰まる。


キャスカは目を輝かせて聞いている。




キャスカは最近、ユリースに四六時中ベッタリとくっついている。

事あるごとにユリースの意見を聞いていたし、ユリースの喋ることを一字一句聞き逃さないようにしているように見えた。

先日ビッキーは、冷やかし半分でその事についてキャスカに聞いてみた。

帰ってきた答えは、「宣戦布告文を書くためには、ユリースさんの心の中を知らなければならないと思って」という物だった。


たかが文。そこまでこだわる意味がビッキーにはわからなかったが、キャスカの真摯な眼差しを見てからはもう、冷やかす気にはなれなかった。



ユリースは蔵から出るよう手だけで二人を促す。



「だから・・・もっともっと量が欲しいの。ここに入りきらないくらい。


キャスカ、ペ・ロウと、それから西方の国々と交渉する段取りを整えてほしいの。

武器とか人はいらない。とにかく食料を。


お金は、いくら使ってもいい。」




キャスカはそれを聞いて一瞬首を傾げる。


メルケルの財はこれ以上使えない。

傭兵への報酬と兵糧の確保、その他の費用を考えるともう手いっぱいだ。

それはユリースも知っているはず・・・


という事は。



「ユリースさん・・えっと・・・あれ、使っちゃってもいいって事ですか?」



トラギアの財宝。


トニとジャンが、焼け跡の捜索をした際に城の蔵から持ち帰ったもの。

膨大な量の宝石、貴金属、美術品。



一部はトラギスの建設に使われたらしいが、それ以降は手を付けずに保管されていた。

トニとジャンは、いつか元の場所にトラギアを再建するときのためにと、使わずにおいたそうだ。



「うん。王家の財宝はトラギアの民の物だから本来はトラギスの人たちに分配するべきだけど。


でも今は彼らの生活は落ち着いているし、元の場所にトラギアを再建するのも現実的じゃない。

だったら今、他で困っている人たちのために使う方が有意義だと思うの。


父でもきっとそうしたと思う。」



ユリースはちょっと遠くを見るような目をした。


ビッキーはそんなユリースを見て、また少し慌てたように言った。


「いいと思うよ。すげーよ、ユリース。そんな風に考えるんだな。」



キャスカもまったく同じ感想を持った。



王家の財宝が、民の物?分配すべき?


確かに王家や貴族は民から集めた物で暮らしている。

それは代わりに治安と軍を提供してるから、とキャスカは勝手に納得していた。


でも、それは必ずしも正しくないのか。


もし税や年貢が余ったならば?

もし提供している安心よりも税のほうが重かったら?


民が拠出した税や年貢は最初から最後まで民の物で、王家はそれを管理して適正に使うためにある?

でもそれじゃ王はただの役人と同じじゃないか・・・。


ん?もしかして・・・・それでいいのか?



わからない。



トニにも聞いてみたいが、彼はすでに工作のためコルテスに向かった。

再び会えるのはずいぶん先、戦が終わった後だ。





「ユリースさん、とりあえず食料の事はわかりました。

バンバン使って、多分西方からがいいですね。かき集めます。


マリーアスにも要請していいですか?南方に送るならマリーアスからのほうが良い。

代金はこちら持ちで。」



ユリースは小さく頷く。キャスカが続ける。



「で、さっきの話・・・くわしく聞かせてください。

王家の財宝は民の物ってところ!

それってトラギア王家の家訓とか教えみたいなものなんでしょうか?


あとで・・・ご飯食べながら!」



キャスカがユリースの手を握り強引に約束を取り付ける。


「う、うん。半分は家訓みたいなものかな。実はあまり真面目に勉強してなくて覚えてないんだけど・・・ね。」



ユリースは少し照れ臭そうに、キャスカの熱いまなざしを受け止めていた。

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