1009年4月28日 オルドナ北方 オサザの街
(兵も、街のやつらも、ますます殺気立って来やがった。)
オサザの商人頭イェモンは気が気ではなかった。
もう、蔵に食料を隠してあるなどという事を言える状況ではない。
街の人間は時々しかまともな物が食えない。
それでも軍は徴発の手を緩めない。
作物は育たず、たまに来ていた旅人も姿を消した。
災害の規模が、大き過ぎた。
あれからずっと、灰は降り続けている。
周辺の農家は灰混じりの土でも育つカブやダイコンを播いてみたり、果物の木を持ってきて植えてみたりしている。
だがそれも、日の出ている時間が極端に少ないせいか、出来がとても悪い。
この街はもう、限界だった。
自宅の居間で昼食を取った。
野菜のスープと、麦をふやかしたものが少し。
羊肉が少しあるが、夕食のために取っておいた。
こんなものでも、食えるだけマシだ。
家の中に居ればつかのま、外の惨状を忘れていられる。
もう20年住んだ家だ。あちこち壁が綻び、床も軋む。
それでも、この家は家族にとって一番落ち着く場所だった。
「あなた・・・私もう怖くて・・・・すぐにでもこの街から出たいのだけど・・・」
イェモンの妻、サラは最近時々こういうことを言うようになった。
彼女はビルトの出で、見合いでここを訪れた時にイェモンと知り合い、結婚した。
これも二十年前の話だ。
都会出ということで虐められた事もあったが、イェモンが商人頭になった頃からは、生活に余裕もでき、周囲ともうまくやっているように見えた。
だがそれは、平和だったから。
最近は隣人と挨拶する事もないようだ。
人間不安が大きくなってくると、薄っぺらい面の皮が剥がれ落ちる。
いまこの街には、暴力と暴言が蔓延っていた。
「確かにな・・・・だがいま目立つのは良くねえ・・・。
時機を見て、ビルトにでも逃げるか。
・・・ウェアはどうしてる?畑か?」
イェモンも小さな畑を持っている。何でもいい、少しでも育てなければならない。
最近は家族三人共、畑に出ることが多くなっている。
「多分。昼までには戻ると言ってたけど・・・遅いわね。」
「まあいいさ。商いのほうはからっきしだからな。」
よそに持って行って売るだけの食料がない。
持って来ようにも、よそにもないのだからどうしようもない。
「そうね。それにしてもいつまで降るのかしら・・・」
「ひでえ話だよな。ある日突然火を噴きました、今年は作物ができませんって言われても・・・・」
外で悲鳴のような声がして、イェモンは喋るのをやめた。
サラがおびえて縮こまる。
イェモンはカーテンを小さく開けて外を覗く。
「おい・・・・ウェアが・・・・」
「なに・・・・!!??」
サラが窓際に走り寄ってカーテンを開ける。
そこには血だるまになった息子が居た。
両腕をつかまれ、荷車から引きずり降ろされている。
周りにいるのは20人ほどの町民たち。町長の息子もいる。
荷車に一杯の穀物と干し肉。
イェモンは血の気が引くのを感じた。
「あれは、蔵に隠してたやつか・・・・」
バレたのだ。
「ウェア!!!!ウェア!!!!」
サラは窓を開けて外に出ようとする。
「おい!!ダメだ、いま出て言ったら何をされるか!!!」
イェモンは必死で止めるが、恐ろしい力で振り払われる。
サラは窓枠を乗り越えて、半狂乱で息子に駆け寄る。
後を追おうとするが、雷の魔具で殴られたように体が動かない。
サラが息子を取り戻そうと若者の腕に縋りつく。
誰かの振り下ろした木刀がサラの頭を直撃する。
ぱたりと、サラが倒れた。
それでイェモンは我に返る。
「お前ら!!!何しやがる!!!!!」
窓枠を乗り越え、駆け寄る。
「おう、強欲ジジイのお出ましだぜ」
町長の息子。たしかウェアの一つ上の、質の悪いガキだ。
「こんなに貯め込んでやがった。値を吊り上げるつもりかよ。」
「ガキどもだって腹を減らしてるのによ。」
「殺してやるよ、クソヤロウが。」
若者たちが口々に罵り始める。
「違うんだ、聞いてくれ。俺ぁ・・・もっと食えなくなったときに皆に・・・」
ゴン
町長の息子の木刀がイェモンのこめかみを直撃する。
「カァハ・・・・」
イェモン目を見開き倒れ込む。
若者が群がり、所かまわず蹴りつける。
イェモンは激痛に身もだえながら、妻と子の姿を探す。
妻はピクリとも動かない。
息子は両腕を広げた状態で荷車に括り付けられている。
一番体のデカイ奴の蹴りが、息子の顔を直撃する。
息子の首が、普通ではない方向にぐにゃりと曲がった。
イェモンはもう、体を動かすことができない。
(畜生)
声も、出なかった。





