1009年2月16日 メルケル 自警団詰所 会議室
頭が痛いのはこの鬱陶しい曇り空のせいか。
はたまたここ一か月紛糾しつつもなかなか進まない会議のせいか。
トニは自分の限界を感じていた。
あまりに不確定要素が多い。あまりに動かす人やモノが多い。
何度計算しても、勝てる可能性はとても低い。
オルドナ西部方面軍の総数は、傭兵と自警団を合わせたメルケル軍の3倍。
練度も高く、砦も固い。
加えて中央からガスパスや魔法部隊が加勢にくる可能性がある。
さらにこちらはその少ない兵の中からビルトの急襲部隊を編成する必要がある。
カギとなるのは、ユリースの生存を公表した後に集まってくるであろう義勇兵の数。
敵方からの寝返りの数。
それから周辺勢力・・・具体的にはペ・ロウ魔法ギルドとミトラ修道院の協力の有無。
そして、オルドナの春夏の収穫量。
兵糧の不足は大軍にとって致命的だ。
もしこのまま噴火の被害が続けば、オルドナは軍を縮小せざるを得ない。
今のところ、火山灰はオルドナ北方領に積もり続けている。
だが、これがもし明日にでも止んでしまえば、冬小麦の種蒔きに間に合ってしまう。
ある程度の兵糧を確保されてしまう。
(運頼みか・・・・)
戦の勝敗は、様々な要素により大きくゆらぐ。
天候、士気、地形、人選、作戦、配置、兵糧・・・
そのゆらぎをできるだけ小さくするのが参謀の仕事だが、今の状況ではこちらにどれだけ有利に揺らいでも、勝利には遠いと感じられた。
「トニさん、皆集まりました。始めていいですか?」
キャスカの声で我に返る。
会議のメンバーは
ユリース、トニ、ジャン、ダリ、キャスカ、それからスティード。
グランゼは新兵の練兵。
カールは付与武器の作成作業中。
旅団の他のメンバーは訓練に出ていた。
いつの間にか皆椅子に座り、トニに注目している。
トニは慌てて喋りはじめた。
「ごめん・・・始めよう。
議題は・・・今日はビルト急襲の・・・
とっかかりの所をどうするか、だね?」
「ああ。強行突破では門は開けられないので、内通者を作る。
内通者を本当に作れるのか、作れたとしても1人で門を開けるのか?
その辺どうするかってとこから、だったな。」
ジャンが引き受けて続けた。
この件は昨日も話し合われていて、今日はその続き。
「内通者は・・・オレが責任をもって作る。
そのためには数日・・・1週間くらいはここを空けるけど・・・
さすがにいまオルドナが兵を出すことは無いとみている。
いない間の守りは皆に任せたい。」
「うん。交渉は任せる・・・守りも問題ない。
でもいくら内通者が居ても、たった一人で門を開けて、確保しておくのは厳しいよね。
複数人を裏切りに巻き込めればいいけど、それは難しい。」
トニが皆を見回す。
「1小隊ごと巻き込めればいいんだけどな。正直それは難しいと思う。」
ジャンが腕組みして少し考え込む。
「一晩考えてみましたが、なにも思いつきませんでした。
門を止めてるのはでかいカンヌキなんですか?
下手すれば一人じゃ動かないんじゃ?
外からだと破壊槌とか鉄馬車なんかが無いと壊せないけど、そんなもの持ってけない。」
トニと目が合ったスティードが発言した。
「カンヌキは、ひとりで行けるよ。テコになってて片手で操作してた。
ただ、広く開くまでに少し時間がかかる。そこは心配だな。」
実際に見て来たダリがそう答え、トニとジャンが頷いて情報の正しさを保証する。
「いっそ、旅団の皆さん全員、前日から街に忍び込むってどうですか?」
キャスカの提案。
「やめたほうがいい。一般人を巻き込むかもしれないし、作戦前に捕まる可能性も高くなる。」
ダリが即答した。
「侵入が発覚しそうになった場合、例え相手が市民だろうと即座に殺す必要が出てくる。
俺達の戦いは市民を巻き込んで良いものでは無いよな。
・・・相手にするのは軍属だけにしたい。」
トニは少しの違和感を感じていた。
この手の事を言い出すのはたいていユリース。
だけど今回はそれよりも早くダリが反応した。
(ビルトで何か、あったな。)
そう確信はしたが、あえて聞く事はしない。
既に諜報の成果は事細かに報告を受けている。
だからこれ以上何か聞くのは、なんらかの疑いを掛けていると相手に伝える事になる。
彼が話さないのだから、表向きは何も無いのだ。
色々な意味で、ダリは手強い。
下手に機嫌を損ねたり、孤立させたりはしたくなかった。
「時間を合わせて私だけ門内に放り込んでくれれば、守兵を倒すことくらいはできるけど。」
ユリースが提案する。
「あ、それいいですね。」
キャスカがあっさり賛成する。
「ダメだ。もし何かあったら取り返しがつかない。」
「カンヌキを外した瞬間に守兵全員が襲いかかってくるんだよ?」
が、トニとジャンが慌てて止める。
「問題ないよ。やられはしない。」
「いや、とんでもない手練れが居るかもしれないだろ?
例えばいかにユリースと言えども、ここにいる全員に同時に後ろから襲われたら・・・・」
言いかけてジャンは後悔した。
ユリースは小首をかしげ、ジャンのほうをじっと見据えていう。
「問題ないよね。」
ーーー1週間前ーーーーーーーーーーーーーーー
トラギア騎士団の手甲が完成した。
メルケル鍛冶ギルドの長、スパロが直々に手掛けたもので、残っている資料とユリースの記憶を頼りに作成され、何度も試着を重ねてユリースの体に合わせた調整が行われた。
付与魔法は、魔法反射。
あまり大きな宝石がつけられないので強い効果ではないが、もっとも対処の難しい魔法部隊と対峙した時に役に立つ、という理由で決められた。
素材となったドラゴニウムはもともと真っ黒なのだが、表面を銀色に塗装しトラギアの紋を入れた。
完成後、ユリースはすぐに訓練場にジャンと旅団のメンバーを呼んだ。
試して、違和感があれば直す、という事だった。
ユリースは手甲と両手剣サイズの大木刀。
対するジャン、クラウ、ビッキーは、片手で持てる木刀。
木刀とはいえ当たり所が悪ければ大けがをする。
手加減が入ると意味がないので、全員軽鎧を身に着けた。
ユリースは手甲を身に着けて剣を構える。
不思議な感覚。
体が、剣が軽くなったような。
関節の動きが軽くなったような。
ユリースはじっと手甲をみつめ、しばし考え込んだ後言った。
「ダリとカール、3人の動きに合わせて弓と魔法を撃ってほしい。
ダメージがある矢でも魔法でも大丈夫。」
「おう・・・わかった。本気で狙っていいのか?」
「僕はやめておくよ。日頃の恨みがつい出ちゃってクラウに当てちゃう。」
ユリースは黙ってうなずいた。
向こうでクラウが抗議の表情。もちろんカールは気にも止めない。
「皆、手加減しないで。本気でお願い。
正攻法じゃなくてもいい。
試合では使わない汚い手を使ってもいい。
できれば・・・殺す気で、来て。」
ユリースのなにかただならぬ様子に、皆黙ってうなずく。
3人が剣を構える。ダリが弓を引く。
ジャンがユリースの右手に回る。
ダリは弓を引いたままで左手に回る。
ダリがユリースの視界から外れるところまで動き、悟られないように素早く矢を交換して一矢目を放った。
攻撃のためのものではなく、鏑矢。
鳥の断末魔のような、けたたましい音が訓練場に響く。
同時にクラウとビッキーが動く。
先にクラウ、後ろにビッキーの連続攻撃を試みる。
と見せかけて、ビッキーが小石を投げつける。
合わせてジャンも動いた。
鏑矢がユリースの脛に当たる。
小石は左肩に当たり跳ね返る。
ダメージが無いことを知っていたように、ユリースは全く動かない。
ダリが二矢目をつがえた。
さすがに本物ではなく矢じりの無い訓練用。
今度は胴を狙って当てに行く。
クラウがユリースの元に最初に辿り着いた。
ジャンもほぼ同時に切りかかる。
ここでなんとカールが魔法を詠唱し始める。
ユリースはクラウの一撃を左手の手甲で受け、くるりと剣を巻き込むように動かす。
同時に自分の剣を持ったまま右手の手甲で、ジャンの横凪ぎの一撃を思い切りはじく。
クラウが武器を取り落とし、腕を抑える。どうやら関節を痛めたようだ。
ジャンの木刀は折れた。腕が痺れたのか、柄を取り落とす。
ユリースは同時に剣でダリの矢をはじく。
カールの魔法の詠唱が終わり、光の矢が飛ぶ。
ビッキーの肩口をかすめて向かって飛んで来た光の矢を、ユリースは右の手甲で斜めに受ける。
光の矢は方向を変え後方の地面に当たり、弾ける。
すかさずビッキーがユリースの左上段から渾身の一撃。
同時にジャンが右後方から下段の廻し蹴りを放つ。
ユリースは大きく飛んで蹴りを躱しながら、空中でビッキーの剣を手甲で受ける。
クラウにやったのと同じようにひねり、奪う。
次の瞬間には
ビッキーとクラウの喉元に同時に剣先を当てながら、ジャンの膝を踏み、動きを封じてしまった。
ユリースはふっと息を吐き、3人を解放する。
「カール、いいね。ありがとう。
・・・でも皆ちょっと手加減したでしょ。」
ユリースは言ったが、皆呆然として、うまく反応できなかった。
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「た、確かに・・・・やられはしないだろうな。」
ジャンは1週間前のユリースの恐ろしい動きを思い出していた。
普通の人間では絶対に止められない。認めるしかない。
「ユリースさんなら大丈夫ですよね。その時だけ部隊は私が動かします。」
キャスカが申し出、ユリースが頷く。
「魔法、亜人、魔物、罠、毒。いろいろ使って来る可能性はあるけど、どうでしょう?」
スティードはやはり心配性なのだろう。だが、こういう人間が会議には絶対に必要だ。
「だいじょぶだろ。魔物とかは街の中じゃさすがに放せない。あり得るのは魔法だけど、こっちは奇襲だからな。魔法使いを呼んでるうちに門くらいなら制圧できる。
その後は・・・どうだろうな。細かい事まで決める必要あるかな?」
ジャンが首を横に振る。
「陣容や敵兵の配置がわからないから決めてもしょうがない。
とにかく城に向けて進む。
守兵と近衛は全員倒す。
城への跳ね橋を上げられると厄介だが・・・何か考えとく。扉はなんとでもなるな。
そして城内で王を確保して、人質にしすべての兵に降伏を促す。」
皆、こくりと頷いた。
作戦の成功は確定的に思えてくる。
ユリースが先頭に立って動くだけでこれだけ安定感が出るのか。
トニは改めて実感し、ユリースをチラリと見る。
厳しい表情。おそらくジャンの「守兵と近衛は全員倒す」という言葉が引っかかっているのだろう。
誰も殺さずに勝ちたいのだ。
だがそれもユリースなら出来るのではないかと、トニは思っていた。
ビルトはこれでいい。
あとは移動経路の精査と、内通者。
なんとかなりそうだ。
そうなると今後はむしろ対西方軍戦とコルテスの作戦の詰めに重点を置く必要がある。
「時期は・・・・いつ頃になるんだろうな。」
ジャンが呟くと、トニが少し考えてから答えた。
「・・・このまま灰が降ってくれれば、兵糧に陰りが見えてくるのが夏。
兵を削る必要が出てくるのはもう少し後。
・・・・秋だね。」
「ってことは・・・ユリースさんの事を公表するのは・・・夏ですね?」
キャスカがメガネを直す。
ユリースがキャスカの方を少し驚いた顔で見る。
「そうなるね。目に見えて国力が落ちてきて、民衆も軍属もちょっと不安になってきたところを突くのが一番効果が高い。
追い詰めすぎると逆に態度が硬化してしまうかもしれないから、夏。」
トニの解説にユリースは納得した様子。
「なにか特別にすることがある?トラギスの時みたいにみんなの前で話したりとか・・・?」
「いや、噂と使者という形で良いと思う。
ただ、その後は向こうからの使者の対応は増えると思うし、定期的に人々の前に姿を見せてもらう必要がある。
噂とか虚報で片づけられてしまうと意味がない。
本物であることを認めてもらわないとならないし、強くて・・・若く美しいってとこも見せたほうがいい。」
トニは後半部分をちょっと言いづらそうにした。
キャスカがちょっとむっとした表情を見せる。
ユリースは全く気に留めた様子がない。
「わかった。宣戦布告は?すぐにする?」
「うん。世間にこっちの意図をしっかり見せないと、義勇兵は集まってこないし裏切りも望めない。
生存の発表と同時に、解放戦線の結成とオルドナへの宣戦布告を行う。
いい文章を、キャスカが考えてくれるよ。」
「やっぱり私ですか・・・やだなあ」
「いいじゃないか。君の作った文章が世界を動かすんだ。」
「私はもっと・・・物語とか詩を書くのが好きなんです!
殺伐とした文章なんて書きたくない!」
「ははは。むしろ適任だよ。僕では事実を並べてこっちの正義を並べるだけになる。
大事なのは、人の心を動かすことだ。だから、君にしかできない。」
キャスカはふくれ面をして見せるが、まんざらでもないようだった。
「灰が止んだら?」
ダリが当たり前の質問をした。
今の仮定は全部、トルドの火山灰が降り続けた場合の話。
それがなかった場合は。
「オルドナの体力がさほど落ちないことになる。
・・・時期が遅れるね。
こっちが体力をつけて・・・
時を待つ、という事になる。
1年か、2年か。もっと先か。」
トニが深刻な顔で黙る。
楽観的な空気はそれでなくなった。
そう、今はまだ大人と子供。
勝てる保証などどこにもないのだ。
コン コン コン
「誰だろう・・・・待っててください」
スティードが一旦部屋を出てすぐに戻り、トニを呼ぶ。
なにか書状のようなものを受け取っている。
トニは素早く目を通した後、部屋に戻ってきた。
「悪い知らせだ。」
皆が注目する。
「ミトラ修道院が、解放戦線に参加しないと正式に言ってきた。」
外のひんやりと湿った空気が、体の中に少し流れ込んできたような気がした。





