999年11月11日 オルドナ 首都ビルト 王城内某所
(あーあ、汚いなあ)
アレフィはその白くて長い髪が瞳と同じ赤色に染まってしまったのを見て、ため息をついた。
また、おかしな命令がきた。
こないだドラゴンと魔獣を一匹ずつ捕まえてきて、その命を使って禁呪をかけたばかり。
それを使ってドラゴンを狩りまくったどこかの国が、ドラゴンの怒りに触れて滅ぼされた・・・
まるでおとぎ話のようだが、どうやら本当らしい。
魔獣の剣は何処に行ったのか知らない。
それで味を占めたのか、今度は人間を使って剣を作れという。
(ちょっとおかしくなっちゃってるね、あの人。)
アレフィが命令を受けたのは、単なる好奇心。
命が消える瞬間、魂をつかんで宝石に付与する。
普通の付与魔法に比べたら格段に難しい。
難しいのは、供物がいつ死ぬかの見極め。
それから、魔力も大きくないとうまくいかない。
人間は初めてだ。
どのくらいで死ぬんだろう。
さっき女の首の動脈を切った。
すでに気絶していたのだが、切った瞬間に暴れたので、アレフィは噴き出した血をかぶってしまった。
(どうせ死ぬのに暴れないでほしいなあ。縛っとけばよかった。)
暫く待つ。
首からどくどく、とめどなく血が流れる。
魔法陣の上の血だまりが、どんどん大きく厚くなる。
ぶるっと、女の腕と足が動いた。
(そろそろかな・・・・)
目の前の馬上剣に目をやる。
これは真銀製か。
宝石は緑奏石。大きい。悪くない。
アレフィは集中を始めた。
両手で魔力を練る。
女が最後の息を吐いて、死んだ。
(ちょうどいいね。さすがわたし。)
両手を女の体にかざす。
光が強くなる。
魂を・・・・捕まえた。
ずしっと重くなったような感覚。
黄色い光が強くなる。
効果と発動条件を想像する。
複雑な条件付け、精神的支配と肉体の強化の同時発動。
(こんなこと、ふつうの魔法使いにはできないでしょ。)
アレフィは優越感にうっとりとした表情を浮かべる。
人間への殺意、敵意。
恨み。膨らむ恨み。
体から力が湧いてくる。
痛みなど感じない。
もっと強く、早く。
殺られる前に、殺せ。
人間をコロセ コロセ コロセ・・・・・
手のひらを剣までもっていく。
光がさらに強くなる。
震えて、集約する。
キィィィィィン
光は宝石に吸い込まれる。
(想像の世界は自由でいい。)
アレフィは荒い息をつく。
たぶん、うまくいった。
(けど、こんなものを作ってどうしようというの。)
人が人を殺す剣。
(まあ、もともと剣は人が人を殺す道具か。大して変わらないな。
敵も味方もないってのがおかしいけど。)
アレフィはクスクスと笑う。
兵士が、心配そうに入ってきた。
女が血だまりの中で死んでいるのを見て、ビクついている。
「終わったよ。上手くいった。」
「そ・・・そうですか。お疲れ様です・・・・しかし、不気味な剣ですな・・・」
兵士が剣を見てゴクリと唾をのむ。
ふと、真顔になる。
剣から一瞬たりとも目を離さない。
(あ・・・ヤバいこいつ)
アレフィが思った刹那・・・
吸い寄せられるように、兵士が剣を持った。
「あーあ。やっちゃった。」
アレフィは魔法の詠唱を始める。
(動きを止めるだけ?いや、ヤバいな、殺そう。)
「ギ・・・ギ・・・・ギリリリィィィィィ」
おかしな歯ぎしりの音。
兵士が目を見開く。黄色い濁った眼。
歯の間からよだれが漏れる。
腕の筋肉が盛り上がっている。
(こいつ過去になんかあったんだな・・・・
まあ、多かれ少なかれ誰にもあるよな。人間への恨みなんか。)
詠唱が終わった。
光の矢を兵士の心臓に向けて放つ。
ギュン!!!
光が兵士を貫通し、向こうの壁に当たって砕ける。
「ギリリリリリィィ・・・・」
胸の大穴から血を噴き出しながらも、兵士はアレフィに向かって歩く。
(まだ動くの・・・)
「ガボボボッ・・・グボウ」
大量の血を吐く。
(きたない・・・)
これ以上自分の真っ白い体が汚れるのは我慢できない。
アレフィは後ずさる。
ガラン
兵士が剣を落として、女の死体に重なるように倒れこんだ。
なんでこの兵士は剣を持ったのか。
危ないものだとわかっていたはずなのに。
(なんか、吸い寄せられたみたいだったな・・・気持ちわる。)
アレフィは一刻も早く風呂に入りたくなったので、剣も死体もそのままにして、部屋を出ていく事にした。