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第七領域:封絶独裁王国・『ウルティマリア』

 第七領域:封絶独裁王国・『ウルティマリア』


 ――ウルティマリア宮殿・会議室


 この領域支配者である絶対終身女王・"レティシア=ウルティマリア"は、いつになく激昂しながら部下達に命令を下していた。


 彼女がここまで荒れるのも無理はない。


 この『ウルティマリア』に、『転倒世界』の者達が侵攻してきたというのだ。


 ただでさえ高慢で自身の思い通りにならない事が許せないレティシアが荒れるのも、無理はない話であった。


 苛立ちを隠そうとしないまま、レティシアが暴君丸出しともいえる様相で怒鳴り散らす。


「領域警備をしていた間抜けは一体何をしていたの!?即刻銃殺……いえ、一族郎党処刑なさいな!!全財産を没収するのも忘れるんじゃないわよ!!」


ハッ、と部下が答えようとしたそのときだった。


 突如、扉が大きな音を立てて開け放たれる。


 それと同時に部屋に入ってきたのは、息を切らせた兵士だった。


 彼は慌てて、レティシアを始めとするこの世界の首脳陣へと自身が見聞きした事実を告げる。


「も、申し上げます!!現在この宮殿に、多数の民衆が押し寄せてきています!!……そ、その数、およそ……50万人……!!ゆっくりとこの宮殿へ向かってきています!」


 そんな兵士の報告に怪訝な表情を向けるレティシア。


 50万人というのは決して少なくない数字だが、それでもこの世界に常駐している軍隊なら鎮圧出来ない人数ではないはずだからだ。


 ただ事ではない様子を感じ取ったレティシアは、兵士に訊ね返す。


「その大挙している衆愚共はどんな武器を所持してるの?進行速度は?首謀者がいるならさっさと始末なさいな!」


 そんなレティシアの問いに、早口で兵士が答える。


「ぶ、武器は誰一人として所持していません!プラカードや横断幕を所持している者達はいますが、子供を引き連れている者や老人などがいるため、進行速度は大した速度ではありません!!」


 それを聞いた瞬間、先程までの緊迫した雰囲気から解放されたレティシアは一息安堵したように息を吐くと、にこやかな笑みを浮かべながらそれとは不釣り合いな命令を与える。


「あっそ。なら、さっさと全員戦車でも使って轢き殺しちゃいましょ♪歯向かう奴らは銃弾の雨を浴びせ、居並ぶ死体を前にしてようやく大人しくなった連中から、死んでいったお仲間さん達の分まで国に奉仕するように徴税率500%……いえ、500倍の勢いで子々孫々まで絞り尽くすのよ!!」


「な、何の武装もしていない自国民を、50万人もですか……?」


 ウルティマリアの命を聞いて青ざめる兵士。


 彼とて普段は貴族兵として、平民や奴隷を虐げる事を何とも思わないし、今回の地球制圧には参加しなかったが、過去に大きな他世界への侵攻作戦に二度参加し、その世界の何の武力も持たない一般人を相手に略奪・強姦行為を行った事もある。


 だが、それも全て戦争だったからだ。


 平民や奴隷に対して冷酷に振る舞うのも、貴族として無知蒙昧な彼らに『人間には定められた役割とそれらを果たすための生まれついての身分があり、至高の世界たるウルティマリアに生きる者として、それらの秩序を遵守しなければならない』という事実を教えてやるためである。


 しかし、今回のレティシアの命はそういった貴族としての矜持を示すためにしてはあまりにも苛烈に過ぎ、緊迫している情勢とはいえ、戦争している相手でもない自国民を一方的に殺戮するなど、まさに常軌を逸しているとしか彼には思えなかった。


 そんな逡巡を見せた兵士に対して、物凄い剣幕でレティシアが詰め寄る。


「当然でしょ!”転倒世界”が攻めてきているただでさえ忙しいこんな時に、何の意味もないデモを起こすような奴らなんてまさに非国民よ!!報道関連には『”山賊”に扇動されて国家転覆を企てた転倒世界のシンパの集団』とでも流すように伝えておきなさい!!……それでも、邪魔するって言うんなら貴方も……!!」


 そのような不愉快さと獰猛さを前面に押し出すレティシアに対して、兵士が顔面蒼白になりながらも捲くし立てるように、まだ言えてなかったもう一つの問いの答えを口にする――!!


「で、ですから!現在、民衆を先導しているのは、”転倒世界”……それも、そこから来た”山賊”です!!民衆が、山賊のもとに集っているんです!!」





 会議室にいた一同に、凄まじい衝撃が走る――!!









 兵士が報告した通り、大衆を率いているのは転倒世界において、”山賊を超えた山賊”と称されるトップアーティスト集団:”HEAPS(ぼた山達)”のリーダーである田中たなか 裕也ゆうやという一人の青年だった。


 この世界に降り立った裕也は、ダサ格好良いという独特のデザインのCDジャケットと、『何言ってんのか分かんねぇよ、ソルトが足んねぇよ!』と思わず言いたくなるような本人以外歌えなさそうな早口で紡がれるリリック、そして、自分を前面に押し出していくMVミュージックビデオの映像によって瞬く間に多くのファンの心を鷲掴みにし、社会現象を巻き起こすほどになっていた。


 そんな裕也は普段からトップアーティストとは思えないラフな格好をしている事で有名だが、そんな表現では済まないほど今の彼は全身汚れ、血を流していた。


 というのも、”山賊を超えた山賊”と呼ばれる彼は、この”反・山賊教育”に染まった世界の住人にとってまさに不倶戴天の敵であり、この『ウルティマリア』での活動の最中に大衆の前に引きずり出され、生卵や石などを盛大にぶつけられていたのだ。


 裕也が額から血を流したところで、普段の鬱屈とした生活の憂さ晴らしが出来た民衆は最寄りの兵士達に報告しに行こうとしたのだが、裕也が口ずさみ始めると、途端に場の空気は一転していた。


 裕也が放つ本物の”BE-POP”ともいえる、魂ごと焼き討ちするかのような激しい熱唱。


 最初は激しく抵抗し、怒鳴り散らし、更に裕也に向けてモノを投げていた彼らだったが、次第に静まり返っていったかと思うと、涙を流して裕也の歌声に聞き惚れる者まで出始めたのだ。


 これほどまでに自分達の心を揺さぶる青年が、本当に国が教える『全ての悪意、卑しさ、貧しさ、汚濁、下劣さ、といった邪なモノを世に広める万物の敵:"山賊"』という存在なのだろうか……?


 涙ながらにそのように訊ねる彼らに対して、裕也は否定も肯定もしなかった。


 ただ、彼は自身の声が続く限り歌い続け――その旋律を待ち望む者達の期待は、彼を囲む大きな輪となっていた。


 そうして、いつしかロクに休みもせずに前へ進み始める裕也のもとに、多くの人が集まり始めた。


 一つの村の規模が、次第に百人、千人と集まり始め、いつしか国を動かすほどの大勢の人々が裕也の熱唱に負けないほどの賑わいを持って、彼のもとに続いていく――。





 気づけば裕也は、50万人の集団の先頭を悠然と歩いていた。


 彼ら彼女らの顔はどこまでも誇らし気だった。


 この『ウルティマリア』で絶対的な教義として掲げられている”反・山賊教育”の下で見せることのなかった、明るい笑顔や希望に満ちていた。


 そんな彼らの顔を見渡しながら――自身の持ち曲を歌い終えた裕也が、強い意思を秘めた眼差しで人々に話しかけていく。


「今でこそ”山賊を超えた山賊”なんて呼ばれているが、数年前までの俺は、普段は綺麗ごとを口にしているくせに、”誰か”の言う通りのままに他の”誰か”を悪し様に罵る立派なはずの大人達や、そんな奴らに便乗するかのように一緒になってはしゃぐ同世代の奴等……そして、そんな周囲の状況に何も出来ない”自分自身”って奴が心底嫌いで仕方なかった……!!」


 今の威風堂々とした裕也からは到底考えられない彼の過去に驚く民衆。


 そんな彼らに対して、軽く頷きを返しながら裕也が話を続ける。


「でも、そんな俺でも自分の意思で声を上げて飛び込んで行ったら、人生で誇れるような最高の”仲間”って奴らに出会えたんだ……!!今となっては立場や何やらあって互いに気軽に会えなくなった奴とか、自分達で勝手に何でも決めて何も告げずに勝手に俺らの前から姿を消した奴等もいる。……人格者には程遠く、決して褒められたような奴等じゃなかったけど、間違いなくアイツ等は俺が誇れる”仲間”だった……!!」


 そう言いながら、再び裕也が居並んだ人々を見渡す。


「俺がアイツ等と全員で顔合わせられるのはいつになるか分からねぇ。……ただ、それでも分かっている事があるとすれば、トップアーティストになっても、そこに至るまでの道はまだまだ遠い、って事くらいだ!!」


 大事に想う仲間に会えない裕也の抱えた苦悩。


 これまで自分達に見せてきた屈託ない表情の裏に秘められた孤独を前にして、皆が沈痛な面持ちを浮かべる。


 そんな彼らに、憐れみを乞うのではなく、むしろ叱咤するような力強さとともに裕也が呼び掛ける――!!


「……でも、アンタ等は違うだろう!?……まだ、自分達にとって大事な人間が傍にいてくれるなら、誇る事が出来る”自分”ってヤツがまだあるのなら!……簡単にそんな大事なモノを命令するだけの”誰か”なんかに投げ捨てたりしないでくれッ!!」


 裕也の心からの叫びを聞いて、彼のもとに集った大衆が瞠目する――!!


 これまで彼らにとって、”山賊”とはどこまでも野蛮で下劣な醜悪的存在であった。


 だが、この裕也という”山賊”を名乗る青年も特別な人間などではなく、自分達と同じ……いや、それ以上にどうしようもない過去への想いに縛られた一人の人間である事を理解していた。



 ――この”山賊”の青年は、どこまでもひたむきな感情とともに駆け続けてきた。


 ――そして、自分と同じような気持ちを誰にも味わわせないようにと、危険も顧みず人々に罵倒され傷つけられようとも、『これ以上誰も失わせない』という壮絶な”覚悟”と共に、この場に立っている。





 ――ならば、”山賊”とは何だ?


 例外なく”山賊”という存在が”悪”だと喧伝してきた国の教えとは何だ?





 幾たびの疑問と逡巡の果てに、彼らは”山賊”という言葉に秘められたかつての意味と宿った意思を、自身の中で連綿と続いてきた遺伝子の中から掘り起こす――!!





 ――それは、大事な家族・友人といった周囲の”縄張り”を守り抜くという誓い。


 ――それは、凌辱的な純愛劇を繰り広げたい、などという理性や理屈では制御出来ない研ぎ澄まされた熱き”衝動”の塊。


 ――それは、新たな時代を切り開く事を夢見る”BE-POP”な意思の力。





 レティシアが命じた国策である”反・山賊教育”によって抑制されていた人々の”BE-POP”な意思が、急速に彼らの中から解放されていく――!!





 それと共に深い後悔が、彼の胸中に重くのしかかる。


 自分達は”反・山賊教育”という偽りを隠れ蓑に、どれほど多くの裕也()のような”山賊”達に犠牲を強いてきたのだろうか。


 ”山賊”と呼び切り捨てた者達の顔を本当に自分達は意識してきたのだろうか?彼らが本当に”山賊” でも何でもない自分達のような怯える事しか出来なかった人間ではない、と言い切れるのだろうか。


 だが、それ以上に沸き上がる想いがあった。


 それは、隣に大事に想う存在がいてくれるという幸福であり。


 まだ、自分達は最後の最後でそれを諦め、失わせずに済んでいるという事実の確認であった。


 ゆえに、彼らは強く誓う。


「……ユウヤ。俺達はかつて君の周囲で”誰か”を迫害することに加担していたようなくだらない人間……いや、罪深い人間そのものかもしれない。……君に何があったのかは知らないが、君が仲間達と会えないにも関わらず、多くの人達を傷つけ今も君に牙を向けておきながら、自分達だけはのうのうと幸せになろうとしている卑怯者に違いないのだろう」


 そう言いながら、代表者の男性は強い眼差しで裕也の視線から逸らすことなく、自身の……自分達の意思を告げる。


「だから、ユウヤ。俺達はそんな自分達の醜い部分も含めて、これまで自分達がしてきた事、これから起こる事……それら全てから目を逸らすことなく見届けることを誓うよ……!!」


 男性の言葉に、誰一人言葉を発することもなく、それでも皆が皆強く頷きを返す――。


 彼らは田中たなか 裕也ゆうやという一人の青年の在り方を通じて、本物の”山賊”というモノを見せつけられてしまった。


 それを知ってしまった以上、誰に命令されたところでそれを嘘にすることなど出来はしない――。


 ゆえに、彼らは最後まで自身の意思が続く限り、真実を見届ける事を誓う。


 例え命じられた事であろうと、”反・山賊教育”に加担しそれを支持しながら、惨めな現実から目を逸らすように他の誰かに犠牲を強いてきたのは、紛れもない自分達である。


 だからこれは、決別の誓いではない。


 どれほど”BE-POP”な意思が宿ろうとも、この『ウルティマリア』の暗黒時代を築いてきた当事者である以上、レティシア達に全ての責任を被せて新しい時代を築いていく資格など自分達には微塵もないはずだ。


 後に続く世代に恨まれ糾弾されようが、自分達やこの『ウルティマリア』という世界にとっての不都合な事実、どれほどの醜悪な事象であろうと目を背けない事を彼らは強く誓う。





 ――終わらせるためでもなく、始めるためでもない。





 全ては、自分達の護るべき大事な日常をロクに知りもしない”誰か”の命令で簡単に失わせたりなんかせず、ただこれからも未来に”続けて”いくために――。





 『その決断で本当に後悔しないのか?』


 強い眼差しによる裕也の無言の問いかけに、笑みと共に男性が答える。


「例えどれほど醜悪だろうと、俺達にとっては色んな思い出が溢れるこの『ウルティマリア』こそが、どんな世界よりも素晴らしい最高の故郷なんだ。……そんな世界で生きる俺達が、少しくらいは異界からの客人に良いところを見せておかないと、"示し"って奴がつかないだろう?」


 何より、と彼は続ける。


「それ以上に、あの”反・山賊教育”なんて妄言を信じ、それに騙されている事に居心地のよさを感じているような間抜け面を、これ以上子供達の前で晒し続ける事に比べたら遥かにマシって奴さ……!!」


 その言葉に続くように、集まった群衆が歓声を上げる。


 だが、真実に向き合う事を決めた彼らの意思に向けて、早くも"現実"からの洗礼が浴びせられようとしていた。





「貴様ら、それ以上動くな!……発砲許可は既に降りている。抵抗するならば、即刻問答無用で撃つッ!!」





 裕也達の前に現れたのは、完全武装したウルティマリア軍の兵士達だった。


 自分達に向けて銃を構える兵士達を前にし、民衆の間に緊張が広がる。


 そんな彼らの怯えを察知したように、兵士が口の端を釣り上げて対照的ともいえる笑みを浮かべた。


「ふん、今なら首謀者を差し出せば貴様らの罪を減刑してやろう。……さぁ、そこの薄汚い"山賊"とやらの前から離れろッ!!」


 だが、そんな恫喝を受けても――彼らは怯えながらも、裕也の前から立ち退こうとせず、むしろ皆がこぞって兵士達から裕也を守るように互いの手を繋ぎながら自分達の身体を張ったバリケードを築き上げていた。


 そんな民衆を前に、兵士が苛立たし気に怒鳴り散らす。


「貴様ら……一体、何のつもりだッ!?」


 兵士の凄まじい怒声を受けて皆が萎縮する。


 ……だが、それも一瞬の事であり、群衆の中から次々と声が上がり始める――!!


「……これは"誰か"に命令された訳でもない、"誰か"のせいにするつもりもない。――これは、僕達が自分の意思で決めた選択だ!!」


「私達はもう逃げたりなんかしない!……例え、私達が"山賊"のような存在にはなれなかったとしても……私達の後に続く子供達が堂々と山賊を目指す事が出来る時代を、きっと、築き上げてみせる!!」


 そんなある一人の女性の発言に対して、盛大に兵隊長が激昂する――!!


「言うに事欠いて、"山賊"だと……?この、『ウルティマリア』とレティシア陛下の威光を汚す非国民どもめ!貴様らにこの先の未来など微塵もありはしない……ここで、全員終わりだぁッ!!」


 "反・山賊教育"に思考が染まりきった者からすれば、それは当然の判断だったのだろう。


 憤慨した兵隊長の叫びと共に合図が出され、ウルティマリア兵達の一斉射撃が裕也と民衆に向けて盛大に放たれる――!!


 ……あとには、目を覆いたくなるような悲惨な光景が繰り広げられるのみ、と誰もがそう思っていた――そのときである!!





「――……ッ!!」





 それは、一陣の風であった。


 まさに疾風ともいえる勢いで裕也達の前に現れたかと思うと、手にした大剣を振るい上げ、強烈な嵐を巻き起こしていた。


 嵐は裕也達に迫ろうとしていた全ての銃弾を凪ぎ払い、守るべきはずの自国民に銃を向けた兵士達を厳格に裁くかのように、豪快にその身を吹き飛ばしていく――!!


『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?』


 残った兵士達が、何とか目を凝らしながら見つめた先にいたのは、大剣を手にした一人の無愛想な青年だった。


 彼に向かって、兵隊長が盛大に声を荒げる――!!


「貴様……一体、何者だァァァァァァァァァッ!?」





Merhabaこんにちは





 無表情ながらも、そのようなトルコ語による挨拶を返す大剣使いの青年。


 彼の名は、(あらし)


 "転倒世界"の日本国内で、『ネオ・オスマン帝国』の建立を目論む過激派武装戦士だった。


 かつてのオスマン帝国が誇る武装兵士イェニチェリを彷彿とさせるような戦闘服に身を包む嵐は、ウルティマリア兵達に剣の切っ先を向けて、静かに語り始める――。


「……『ネオ・オスマン帝国を、日本国内で建国する』。そんな夢を掲げながら、俺達は何度もその想いを打ち砕かれてきた……そして、どんな朝を迎えようとも、この男(裕也)の歌を聴かない日は1日たりとてなかった……」


 最初は、自分達とは関係ないまさに"どーでもいい"雑音だった。


 月日が経つ内に、自分達が何度も挫けかかっているというのに能天気に"希望"を語るような、耳障りで忌々しい存在になっていた。


 しかし、幾度もの夜を越えて嵐達は気づく。


「……いつしか、日本で戦い続ける俺達にとって”HEAPS(ぼた山達)”の歌は目指し、超えるべき目標になっていた。……俺達の掲げる『ネオ・オスマン』の旗よりも、多くの人々を導く希望が存在している……という事実がひたすらに悔しかったから、俺達は諦めずに戦い続ける事が出来たんだ……!!」


 そこまで言葉にしてから、嵐が自身の大剣に闘気を滾らせていく――!!





「そんな『ネオ・オスマン』の旗を掲げる俺達でも越えられないこの田中(たなか) 裕也(ゆうや)という男の意思を、そんな薄っぺらい暴力でへし折れると本気で思っているのなら……この国(ウルティマリア)、終わったも同然だな……!!」





「そうそう。それに気に入らない相手を簡単に"非国民"とか言って爪弾きにしてたら、横からみ〜んな、俺達みたいな悪い新興国にかすめ取られた上で、自分達が弾き返されちゃうぜ?」


 嵐の言葉に続くように、彼の相棒である二丁拳銃の使い手の青年:シャハルが軽口を叩きながら、ウルティマリア兵達の武器を撃ち落としていく。


「……お前は、露悪的にもほどがあるぞ、シャハル」


「悪い、悪い!……でも、お前こそ柄にもなく……いや、すっかり熱くなるクセがついてんじゃん?(あらし)……!!」


 緊迫した場にいるとは思えないそんなたわいもないやり取りをしながら、嵐とシャハルの二人組が次々とウルティマリア軍を蹴散らしていく――!!


『グワァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』


「クッ……まだだ!!マトモな戦力はこの二人のみ!数の力で押しつぶせェッ!!」


 兵隊長がそのように檄を飛ばす。


 だが、その命令が遂行される事はなかった。





「ひえ〜!なんまんだぶ、なんまんだぶ……!!」


「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!ヨネ婆さんに続けぇッ!!」


「ヘイッ!豆腐屋お待ちッ!!」





 嵐とシャハルの危機に駆けつけるかのように、二人と親しい人情商店街の者達を中心とした有志連合の市民達が、ウルティマリア兵達のもとに殺到していく――。


 数の優位性を失った上に突如現れた勢力に混乱をきたしたウルティマリア軍は武器を取り上げられ、瞬く間に無力化させられるのみとなっていた。


「クッ……こうなったら、ここから一番近い"ミザール砦"の常駐部隊に援軍を要請しろッ!!」


「む、無理ですッ!!……そちらも現在"転倒世界"勢力とおぼしき者達の襲撃を受けて、身動きが取れない状態でありますッ!!」


「……な、何だとっ!?」









 ミザール砦。


 現在この区域に常駐しているウルティマリア軍は、"転倒世界"の勢力を相手に苦戦を強いられていた。


 その勢力とは……。





「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!さっさと、民衆の間に自由の息吹を芽吹かせやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


「この世界には、粗削りだろうが前に向かって突き進もうとする香ばしい成分が盛大に不足してんだよこのタコッ!」


「チャーハン、おかわりィィィィィィィィィィィィィィッ!!」





 香ばしいなろう小説の更新を待ち望む暴徒の群れであった。


 と言っても、彼らはこれまでの日々において、暴動とは程遠い脱け殻のような日々を過ごしたり、求めていた作品に出会えずに鬱屈とした気分を抱えながら眠れぬ夜を過ごす者達が大半であった。





 ――何か大事な存在を、今の世界で生きている自分達は忘れている。


 ――殊更面白くはないけど、全体から香ばしい匂いを放つ作品のような何かを。





 ゆえに彼らはそんな自身の直感のままに、時空の果て、虚無の彼方を目指し、その旅路の途中でこの『ウルティマリア』へと辿り着いた。





 ――そして、そんな彼らだからこそ、香ばしさどころか火種すら起きなさそうなこのシケモクが如き『ウルティマリア』の現状を、許せるはずがなかった。





 彼らの猛威が、ウルティマリア軍に迫る――!!


『ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!』


「クッ……何だと言うのだ?コイツらの根源にあるモノは一体……?な、何だと言うのだァァァァァァァァァッ!!」


 暴徒達の怒涛の勢いを前に、数多の世界を制してきたはずのウルティマリア兵達が散り散りに逃げ出していた――。









 ――ウルティマリア宮殿・大広間


 お付きの者達すら逃げ出し自分以外の者がいなくなったただっ広いこの場所で、レティシアは回りながら錯乱したように狂的な笑いを繰り返していた。


「アハハハハッ!!……何がどうなったら、こんな事になるのよッ!!」


 哄笑したかと思えば、突如虚空に向かって怒鳴り散らす。


 先ほどから、これの繰り返しであった。


 側近達や重臣達が身なりを物乞いにやつしたりしながら、宮殿から逃げおおせた中、レティシア=ウルティマリアは、プライドの高さからそのような真似をする事が出来ず、一人宮殿に取り残される形となっていた。


 彼女にとって"隠蔽"とは、自身の失策や暗部を隠すことにより、自身を至高の存在に見せるための手段であった。


 それを自分の本当の身分を隠して、衆愚相手に卑しき身分のように振る舞うなど……"絶対終身女王"としての気位が許すはずがなかった。


 それはそれとして王族としての正しい在り方かもしれなかったが、レティシアには本人が思っているほど、事態を切り抜ける能力が壊滅的に欠けていた。


 それも無理のない話であり、彼女は自身に不都合な事が起きると常に"隠蔽"をして、なかった事にしてきたが、隠蔽をしたところで現実に問題というモノは起きているのである。


 それらを不器用でも模索していけば、問題に対処していれば、似たような事が起きてもそこから自身の学んできたやり方を用いて大事にならずに済んだかもしれない。


 ……だが、レティシアはそれらに向き合おうとすらしなかった。


 ゆえに、この事態の解決法が分からないレティシアは今回の原因となった者達に怒りの矛先を向ける。


「ど、どうしてよ……"山賊"に"過激派武装戦士"に"暴徒"なのよッ!?……なのに、何でそんな奴等なんかと徒党を組んだりしているのよッ!?」


 "反・山賊教育"で国民に敵と教え込んできた、不倶戴天の敵。


 だが、彼らは本物の"山賊"である田中 裕也と出会い、彼の"BE-POP"な演奏に触れ、彼や"転倒世界"の者達……いや、自分達がまだ知らぬ人々が共存不可能な異物ではなく、魂揺さぶる旋律を通じて繋がりあえる隣人である事を理解してしまった。


 ゆえに、その手を離さない――ましてや、自分達はもう大人から友人付き合いを指図される子供ではなく、子供達にこれからの道を指し示す側なのだ、と『ウルティマリア』という国に"否"を突きつけていた。


 今やこの『ウルティマリア』という国の権威は――取り繕いようがないほど、"山賊"や"過激派武装戦士"や"暴徒"よりも遥かに劣るモノとして失墜していた。


 答えが見つからないまま、レティシアが今度はうわごとのように名前を呟き始めていた。


「助けて……父様、母様!!アレクシス!マーガレット!……カストルッ!!……私を助けてッ!!!!」


 『王族に相応しくないから』と、幼少期に"山賊小説"を読ませてくれなかった今は亡き父母王。


 自分に仕える身分でありながら、レティシアの不正を追及しようとしたため、暗殺させたかつての部下や友人達。


 彼らの名前を呼ぶが、当然の如く誰も助けになど来ない。


 レティシア=ウルティマリアという暴君にこれまで闇に葬られてきた膨大な過去達が、莫大な帳尻合わせを求めるかのように、群衆と共に押し寄せようとしていた――。









「それじゃあ、みんな!……俺の歌を聴けェェェッ!!」


『ウオォォォォォォォォォォォォォッ!!』


 裕也の掛け声に合わせて、ウルティマリア国民、ネオ・オスマンの二人組、人情商店街や有志連合、なろうの暴徒達が続く。


 彼らは裕也に続くように、目前まで迫った宮殿へと向かっていく。


 この先にどんな事があるのかは分からない。


 自分達は"BE-POP"からは、程遠い選択をしてしまうかもしれない。


 それでも――彼らは、未来に向かって進んでいく。





 ――例えこの先に何が起ころうとも、逃げずに向き合う。





 自身の意思で、"山賊"という言葉の意味を思い出した今の彼らの"覚悟"を塗りつぶせるようなモノなど、最早この世界のどこにも存在しなかった――。

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