第六領域:狂信共鳴聖都・『アトラクエデン』
第六領域:狂信共鳴聖都・『アトラクエデン』
神々しい光が常に満ち、洗練された造りの建物が並ぶまさに聖都と呼ぶにふさわしい世界。
この領域の支配者である大聖女・ナクア=ヤショダラは、彼女らしくもなく激しく苛立ちを隠し切れない表情をしていた。
その原因は――自身の眼下で開催されようとしている一つの光景にあった。
広場の中央に設置されたステージに向かって、女性達がサイリウムを持ちながら興奮した面持ちで待機していた。
その数――およそ60万人。
彼女達は今か今かとその時が来るのを、激しく胸を昂揚させながら待ち望んでいた。
そんな彼女達のもとに、これまで流れていたBGMが中断されたかと思うとアナウンスの声が聞こえてきた。
その内容を聞かずに、盛大に沸き立つ女性達。
圧倒的な歓声にかき消されそうになる中、アナウンスはこのような知らせを膨大な情報と情熱に流されまいと自身の責務に忠実に告げていた。
『皆さま、大変長らくお待たせいたしました。これより超絶級アイドルユニット:”エスカ☆麗奴”によるライブを開演いたします……!!』
そんなアナウンスに呼応するように場がヒートアップする中、そんな空気すらまだまだ生ぬるいと言わんばかりに、今この世界で最も熱い男達が姿を現す――!!
色鮮やかな照明の光が左右に揺れながら舞台に近づいていったかと思うと、そこには眩いオーラを放つ9人の男性が各々のポーズを取りながら、スタイリッシュに佇んでいた――。
彼らこそが、ノクターンプロダクションを代表する超絶級アイドルユニット”エスカ☆麗奴”であるーー!!
彼ら一人ひとりのメンバーが、まるで男性向けの過激な成人漫画や小説、PCゲームから抜け出てきたような独自の色気や魅力を持った存在であり、デビューするや否や世の女性達を瞬く間に虜にしてしまったのである!
彼らは転倒世界だけでなく、この『アトラクエデン』に降り立つや否や、この世界の女性信徒達の心を鷲掴みにし、遂には聖都での大規模ライブを開催するまでに至っていた。
女性ファン達が、壇上の推しメンに向けて次々と思い思いの声援をかけていく――!!
「研ちゃんせんせー!!私にナイショの教育的指導をしてくださーい!」
「ギオンハルト様ー!!夜の街を彷彿とさせる覇道を、私に敷いてくださーい!!」
「光一君~!!自慢のエロアプリを私に向けて~~~!スマホをこちらにかざした瞬間に、私が渾身で放つ"リフレクミラーX"で、今度こそ逆に光一君を我が物にしてくれるわ~!!……ヌフゥン!!」
会場内のファンからは押しメンに対する熱いラブコールや、エスカ☆麗奴全体に対する激励の声などがひっきりなしに響き渡っていた。
「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!……今の私は世界を救うために立ち上がった聖戦士様でもなければ、冴えない中流家庭に生まれ落ちた異世界の聖女の生まれ変わりでもねぇ!!……やっぱり”エスカ☆麗奴”が好きな気持ちに嘘をつけなかった、名もなき不器用なファンの一人だァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
『おいでよ!姉虎ランド♡』で仲間達が未だ戦っているというのに、”エスカ☆麗奴”のライブを見るために自分だけ切り上げてこの『アトラクエデン』へ駆けつけた25歳の住所不定・無職の女性:黄崎 花×が、自身の推しメンカラーの光を放つサイリウムを振り回しながら、熱烈に叫ぶ。
そんな花×に対して、彼女の学生時代からの親友である赤坂 点美が、ライブを見る傍らで保護者のような優し気な笑みを浮かべて頷きながら、隣の花×に話しかける。
「やる事為す事色々言いたい事とか、他の人達に代わって言わなきゃいけない事とかたくさんあるけど……とりあえず、今回の事が全部終わったら、キチンとお仕事探そうね!花×ちゃん」
「……お、おぅ!」
「コラッ!何よ、その生返事は!」
「あっ!そんな事より始まったよ、点美ちゃん!……ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
親友である点美の叱咤をかき消すほどの勢いで、ボルテージが最高潮に到達した花×が声を上げる――!!
気が付くと、会場内を包み込む圧倒的な熱狂とファンの怒濤の声援に押し負けまいと、大声量の音楽が流れ始めていた――!!
そして、自身が担当するクラスの女生徒を相手に淫行を繰り広げるのが得意な男性教師や異世界で酒池肉林の宴を開いている転生魔王、女の子に卑猥な命令を実行させることが出来るアプリをダウンロードする事が出来た男子生徒など、ノクターンカラーに満ちたメンバーが次々とステージ上に姿を現す。
「「ヒッ、ヒッ、フー!ヒッ、ヒッ、フー!」」
ライブが始まってすぐだというのに、早くも気分が最高潮に達した花×と点美の2人は、最早ライブ恒例となった推しメンバーとの想像妊娠から疑似出産というハードコースに突入していた。
見れば、花×達だけでなく周囲の女性達もサイリウムを振るのを忘れて、想像破水や推しメンと息子を連れてのお食い初めの儀式をシミュレーションする女性達の姿で溢れ返っていた。
(どうやら、この世界にも相当な猛者がゴロゴロいるみたいだな……私も負けてらんねぇ!!絶対に、このライブを乗り切ってみせる……!!)
花×がそう決意を固めている間にも、ファンの歓声に合わせて怒涛のライブが繰り広げられていく--!!
(何ですか、これは……信者達の動きが予測出来なくなっている……?)
この『アトラクエデン』の領域支配者であるナクア=ヤショダラは激しく困惑していた。
どれだけ膨大かつ複雑に絡まった人間関係であろうとそれらを”網羅”し、自身の手駒として利用尽くしてきた。
だが、『転倒世界』から来た”エスカ☆麗奴”によって、この自分を絶対とする世界の秩序に把握出来ない空白が出来始めている。
アイドルとは単なる趣味ではないのか?
それは自分への信仰を上回るほどに人々を熱狂させるモノなのか?
現に次々と彼女にとって予測不能なことが舞い込んでくる――!!
「ナクア様!!信徒の中でも選りすぐりの美男子を揃えて参りました!!……彼らを”ナクア☆琥玲珠”としてデビューさせて、奴等”エスカ☆麗奴”に対抗できるアイドルが、ナクア様側のもとにもまだまだいるのだという事を、万民に示しましょうぞ!!」
「告知の準備などは、既に完了しております!!……あとは時期を調整し、それに向けてバンバンと派手に宣伝をしていけば……」
男性信者達が何かを口にしているが、そんな付け焼刃の技術やアイドル活動と何の縁もゆかりもない者達を投入しても上手くいくはずがない事は、あまりそういうモノに詳しくないナクアでも分かることだった。
なのに、何故彼らは今も必死にこの事態を打破するために智謀を尽くしている自分を無視して、くだらない相手の模倣行為などに躍起になっているのか?
彼らの胸中が分からなくなりながらも、言外に『黙っているように』という意味を込めてナクアが感情を抑えるような冷たい能面の如き無表情を張り着かせる。
だが、信徒達はそんな彼女にお構いなしで打ち合わせを続けていく。
ただ、彼らは悔しかったのだ。
自分達がこの世で最も素晴らしいと崇拝するナクア=ヤショダラという女神から、人々の興味が急激に離れていく事が。
この爆発的ブームもいっときのモノかもしれない。
だが、そう割り切れるほど彼らがナクアに捧げてきた想いは冷静さからは程遠く――彼女への想いを証明するためだけでなく、同じ”男”としてもステージ上で多くの女性達を魅了する彼らに負けられない、というこの世界でナクアを崇拝しているだけでは生じることのなかった”対抗心”とも言えるモノが芽生えていた。
この地上で衝突した『パラダイスロスト』の者達のように、他の絶対的な崇拝対象を掲げているだけなら、自分達もナクアの偉大さを喧伝し、彼女を盲目的に絶対視していれば良かっただけかもしれない。
だが、スタッフ達の協力があるに違いないが、自分達の実力を持って”アイドル活動”という形で世界に覇を唱える彼ら9人を前にしていると、『パラダイスロスト』の者達に抱いた憎悪などとは違う感情が彼らの中に沸き上がり、彼らを前にジッと大人しくしている事など神の戒厳を持ってしても不可能だった。
そうしている間にも、男性信徒達の議論は白熱していき「”対抗出来る”程度の者達でどうする!?奴らを遥かに”凌駕してやる”くらいの心意気で挑まんかぁッ!!」などと、どーでもいい事で紛糾し始める始末。
それらを前に、とうとう耐え切れないと言わんばかりにナクアが声を上げる――!!
「静かになさいッ!!思考がまとまらないじゃないの!?……アイドルだの何だのどーでもいい事に現を抜かして何なの貴女達!!そんなモノは所詮一過性なんだから、気にすることなく少しでも信者とお布施を増やす努力でもしたらどうなのよッ!!」
それは、この世界の支配者としてナクアが彼らに見せてきた”大聖女”でも”大淫婦”とも違う、衝動任せで稚拙ともいえる”怒り”に満ち表情であった。
信者達が「アッ、ハイ……」と間の抜けた返事をする。
そんな彼らの反応を見ながら、ナクアは――自身が構築した網の目から何かがスルリ、と抜けていくような感覚に陥っていた。
絶対的な一つの存在に縛られていたネットワークにおいては、情報が伝わるのもまさにあっという間であった。
指導者然としたナクアの”醜聞”が皆のもとに伝わっているのか、一人、また一人と彼女のもとから立ち去っていく。
教団を脱退してはいないが、彼らがナクアと距離を置きたがっているのは明らかであり、男性信徒たちはナクアへの崇拝などとは別の感情から、”エスカ☆麗奴”に挑めるだけのアイドル養成活動に夢中になっているようだ。
また性別を問わず、純粋に彼らを応援したい!という気持ちからか、”エスカ☆麗奴”のライブ活動を円滑に行うための裏方として器材搬入、照明、音響、人員整理などを手伝う者達まで出始めた。
言いつけたわけでもないのに、誰も寄り付かなくなった”大聖域”の間で、ナクアは爪を噛みながらブツブツと一人で思案する。
「どこで、私の計算が狂ったというのです……彼ら風情に何の力があると言うのよ……!!」
ナクアの敗因、それは彼らアイドルの活動を単なる”お遊び”だと認識したままで終わらせてしまった事にある。
だがナクアの認識とは違い、”エスカ☆麗奴”はどこまでも真剣であった。
この『アトラクエデン』……いや、どんな世界であろうとも、ナクアの玩具や道具として使い潰されて良い存在なんかいるわけがない。
自分を支えてくれる者達を、単なる消耗品で終わらせてきたナクア=ヤショダラという存在に、多くのファンを魅了しながら、彼女達に支えられてきたというまさに凌辱的な純愛のような関係を築き上げてきた自分達が負けるわけにはいかない――!!
煌びやかなステージのパフォーマンスの裏側で、そのような9人の激情が燃え上がっていた事を把握できず、それをしようともしなかった事が、この領域支配者であるはずのナクアが犯した最大の過ちであった。
「それじゃあ、みんな~!!……まだまだ盛り上がっていくよ~!!」
『あんまりノクターン的な雰囲気がない事から、実は男装しただけの中性的な女の子ではないか?』という噂が囁かれている”エスカ☆麗奴”のメンバーの一人、愛沢 蒼士の呼びかけに合わせて、場に集ったファンの者達が一斉に歓声を上げる――!!
多くの”エスカ☆麗奴”に魅せられた者達が集っていた。
友達とこのライブに来るのを待ち望むあまり、夜もロクに眠れなかった女子高生信徒。
娘が強く勧めるから仕方なく付き合ってきたという名目できたお母さん信徒もいれば、ママ友達を引き連れて堂々と乗り込んできた主婦信徒達もいた。
どういう因果なのか、5歳くらいの孫娘を連れたお爺ちゃん信徒がいた。
純粋に”エスカ☆麗奴”のパフォーマンスがカッコイイから、という理由で彼らを応援する男性ファン達や、蒼士が男装少女ではなく、男の娘である事に一縷の望みを賭けて追い続けているという振り切れたレベルの男性信徒の姿もあった。
老若男女を問わず、豪華絢爛に咲き誇る”エスカ☆麗奴”という存在に魅せられた者達の熱狂が、この会場を激震させる――!!
それらの熱狂は、ナクア=ヤショダラが”網羅”する事が出来ないほどの、巨大なうねりとなってこの『アトラクエデン』という一つの世界を呑み込んでいく――。
今日は一世一代の”エスカ☆麗奴”によるこの世界の蹂躙劇。
楽しい時間は、まだまだ終わらない――!!