冬の1日
北部の冬は早い。
当然と言われれば当然の話だが、北部最大の都市オースから更に山奥へ進んだこのアダム村は過酷というに相応しい。
都市のように人手もそれほど多くなく、吹雪が酷いと数日家から出られない、雪が積もりすぎてドアが開かない、煙突が詰まる、雪の重みで倒壊…条件が悪い方に重なれば家にいながら凍死や圧死など問題点は多い。
それに雪の期間も長く、只でさえ少ない交易も春目前という雪が解け、森をようやく歩けるか…という時期まで止まり、文字通り陸の孤島となってしまう。
そして今年初にして最後の行商団が村を去ると待ってましたと言わんばかりに雪が降り始め、辺りを白く染めていった。
それでも今年は行商団が来たこと、稼ぎ頭が急増したことにより例年の数倍にも上る食料、燃料の備蓄が出来ており冬の静かな日々を楽しめる程度には気持ちの余裕が村には漂っていた。
「村長…ゲイツよぉ、お主はこのままでよいと思ぉとるのか?」
「爺さん、藪から棒に何だい?」
村長の家に集まった村立当時からの顔役たち。
村長であり、顔役たちの中心人物であるゲイツ、土木や狩りのまとめ役のキニーク、これといった役職では無いが相談役として深い知識を持つジェイ、女性達のまとめ役オーバの4人。
この面子だけで揃うのはエミエの件以来ではないだろうか。
「この村ぁ…アレから逃げたわし等が拓いたもんじゃ。それは今更言わんでも良い事じゃが、ここ最近は大所帯になりつつあるからのぅ…元リーダーとして村長としてどう考えているのか…とな」
「どう…か」
椅子に体重を掛けるとギッと軋む音が部屋に響く。
普段は豪快に喋るキニークも空気を読んで大人しく茶を啜り、オーバも静かに話の行く末を待っているようだ。
ゲイツはお茶を一口含み味わいながら、どう口に出そうか…と思案しつつ嚥下した。
ジェイの言いたいことも何となく察しは付く。
恐らくは汚れ役を買って出ようと言うのだろう…昔から憎まれ役というか「心配事は年長者に任せておけ」と随分先輩風を吹かせていたものだとゲイツはほんの少しだけ過去を思い出した。
「…答えられんか?」
「いや、答えはもう決まっているんだがどう言葉にしたらいいもんかなと思ってさ」
「アンタの思ったように喋ればいいさね」
「ならお言葉に甘えようかな」
付き合いが長い奴らだからこそゲイツがどういう決断をするかも想定しているのだろう。
急かすでもなく、問い詰めるでもなく自然な発言を促している。
「うん…俺はこのまま流れに逆らわず、そのまま行ってみようと思う」
「ほっほ、このままアダム某の専横を許すと?」
「爺さん、言い方がキツイ。いくら俺を心配しての言葉とは言え他の家に聞かれたらやばいぞ」
「ふん!元からそのつもりじゃ。誰かが警戒しとらんと最悪の事態に備えられないじゃろうが」
やはり…とゲイツとオーバは思った。
ジェイは万が一、例えばアダムが旧村民を追い出す、村長に取って代わる、敵対する…などを想定して備えるつもりなのだ。
過去に彼らが犯した悲劇を繰り返さない為にも…。
「爺さんがそう構えていてくれると安心するよ。だけど俺はあの人が悪い人とは思えないんだ」
「…アタシだってそう思ってるさ」
「じゃが、人の心というもんは分からんぞ。特にかの人物は神を自称しておる。宗教なんぞどこも教祖は神という名の詐欺師が定番じゃがあれは…」
ギル・レド率いる盗賊団と黒幕のエミエに村が襲われた時の事を思い出す。
見た目こそ人種と何ら変わらないがその中に秘めた力は底が知れず恐怖を超え、畏敬すら感じるほど。
「…あのゴーレム、全盛期のわしらで倒せたかのう?」
「「無理」」
ゲイツとオーバが同時に声を出した。
人質の件がなくてもあれに勝てる勝率は皆無だろう。
大型の肉食獣であれば弱らせて…という常套手段が使えるが魔法生物であるゴーレムは疲れないし核を壊さない限り修復もされる。 膂力も人のそれを遥かに上回ることから1発でももらったら即終了だ。
「そうか…やはりわしの目は狂っておらなんだか…」
しばし沈黙が場を包む。
冷静沈着で情報処理に長けたジェイが自分の目を疑う程にアダムはそれこそ神に等しい者と見えていたらしい。
「あんな化物を圧倒する力…この場合は膂力と魔法もだけど人種の域を超えてるね。あの人の前じゃ特色ですら霞むさ」
「それに神を自称して置きながらあの人物はどうもチグハグに思えるんじゃ…まるで神になった子供のような印象さえ覚える」
「…俺の意見を続けるが、あの人に最初に会ったのはリリアナらしい。そして流行病に臥せっていた所を助けられた…と。そこでアンとリールを助け、経過を見に来た所であの事件だったらしい」
「はぁ…お見舞いのついでに助けられたのかい…幸運ってことかねぇ」
「まだ分からんぞ。病気を知った理由は分からぬが村に取り入るために盗賊、引いては宮廷魔法士を…というのは邪推が過ぎるか」
「ははははは、流石にそれは爺さんの裏読みが過ぎるだろう。そもそも村に行商団を派遣できるほどのツテがあるならこんな村に執着する必要ないだろ?」
「わしらの知らないこの村の価値…あるかのう?」
「まぁ、推測は置いといても少なくとも現時点ではあの人は村のためにあれこれと手を尽くしてくれている。考えても見ろ、これほどの食料に燃料…人躯が整った時期が有ったか?確かに今になってまるで物語が急展開するようにこの村に良い風が入ってきている。少々異色の風とも言い切れないが悪い道に進んでいるわけではないだろう?」
「そうだね、寒さに凍えず、飢えに苦しまない冬を越せるだけでも御の字さね」
「…それで良い。お前たちは変わらず人の善意を素直に受け止められる生き方をすれば良い。老骨は若輩が不安なく過ごせるようにあれこれと裏で手を尽くすのみじゃ」
「爺さん、俺らもいい歳だぞ?いい加減若者扱いはやめてくれよ」
「ふん、そういう事は孫が出来てから言え!」
「…旦那すらいないアタシへの当てつけかい?爺さん…」
「お主は肝心な所で意気地がないから大きい魚を逃すんじゃ。今からでもゲイツに種を――「このクソジジイ!黙ってろ!」
その時、村長宅の壁が吹き飛んだ。
村に轟いた轟音は近所の者を集め、また盗賊でも来たのか?と不安を走らせた。
単純にジェイとオーバの小競り合いという事で納得してもらえたが雪が本格的に降り始めた矢先になくなった壁を見つめる村長の目はとても遠い物だった。
なおキニークは話について行けずお茶とお菓子を堪能するだけだったという。
「それにしても…あの時爺さんは何を言わんとしたんだろうなぁ?」
大きき魚は逃げるどころか、そもそも存在すらしなかったのではないだろうか…。
村発展の基盤が出来ましたのでこれでとりあえず4章の区切りと致します。
次章ではまた新しい面子が登場します。
なるべく濃ゆい面子になるよう煮込んでいますので次はちょっと時間が掛かりそうです(当社比
気長にお待ちいただければと思います。




