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流行

 流行…それは特定の思考、表現形式、製品などがその社会へ浸透・普及していく過程にある状態を表す。byウィキペディア

 

 いくつもの流行が生まれては消え、生まれては消える。

 人、特に上流階級においてそれは顕著だ。

 流行を生み出せば話題の人になり、それにあやかろうとする者、お零れに預かろうとする者、遅れてなるものかと必死に食らいつく者…とにかく話題の中心に居れば様々な意味で得が出来るということだ。

 逆もまた然り、流れに着いて行けない者は淘汰され会話にすら混ざれなくなる。

 イメージするなら現代のいじめ問題に近いだろう。

 上流階級…主に貴族にとって話題に乗り遅れるというのは情報収集の能力が劣る、力が無い者というレッテルを貼られるに等しい事であり、馬鹿馬鹿しい事ではあるが全く興味が無くても力の誇示に努めねばならないのが悲しい性なのだ。


「貴方、少しお話がありますの」


「何かね、愛しい妻よ」


 鬼気迫る勢いで書類に目を通しサインをする夫を気にもかけずに彼の妻――メルラダ・ミリエ・マンダンは言葉を続けた。

 少し声を掛けた程度で仕事の手が止まる、ましてミスする人ではないと彼女も知っているという経験則からだ。

 それにしてもただ佇み、微笑んでいるだけなのに感じる威圧感は何だ?


「今日のお茶会用の馬車は何ですの?内装はともかく、外観は酷い物じゃないの!あんな物で出向いた日には『公爵家も遂におしまいか』と言われてしまいますよ!?」


「そう大きな声をさないでおくれ…あの馬車はな、さる筋から手に入れた馬車だ。外観は…まぁ…後でどうとでも出来るし、それにあれは『新しい流行』になるかもしれない逸品だ。君が乗って満足したのであればそれを口実に他のご婦人方も乗せてあげると良い…印象が変わるぞ?」


 コーウェル公は最後だけサインの手を止めると妻の顔を見つめニヤッと笑った。

 メルラダも夫とは長い付き合いというのもあり、乗らないと分からない何かがあると悟った。

 そしてその何かは当家の今後に少なからず影響を与える物である…と。


「あらそうなの?なら先に仰ってくれれば良いのに。ふふ…悪い人ね。私に内緒でそんな面白そうな事をやっていたなんて」


「面白いかどうかは別件としてもアレは革新的な代物だ。私の感では間違いなく今後の主流に成り得る…が、今はまだ売りさばく時ではない。あくまでも『公爵家が素晴らしい物を持っている』ぐらいで留めてほしい」


「うふふふ、自慢するのは大好きだけど本気で興味を持った方々は止められないわよ?」


「かまわん。むしろ盛り上がって貰わないと儲けが出んからな」


「ふぅ…仕方ないわね、話題の中心になる為の恥は必要経費ということで今回は納得してあげますが……私がその秘密に満足しなかったら後で酷いわよ?」


「…お手柔らかに頼む」






「お疲れ様のご様子、お茶でもお淹れしましょうか?」


「いや…お茶よりもあのポーションを頼む」


「……唯でさえ無理を重ねていらっしゃるのに…アダム様からの頂き物とはいえそれを頼りになされるのは感心しませんな」


 この老骨の執事はいつだって私に容赦なく意見してくる。

 それもそのはず、私が親から家名を継いだ時…およそ20年に渡って仕えてくれている。

 もう1人の父親と言っても過言ではないだろう。


「そう言うな、この書類の山が片付いたら今日はもう休む。だから1本だけ出してくれ」


「仕方ありませんな…ですが小休止と軽食は必ず召し上がってください。それに夜は必ず休ませますのでお覚悟を」


「すまんな…」


 目の前にまだうず高く残る書類の山を前に気合を入れるとハム、タマゴ、葉野菜と栄養と彩りを兼ね備えたサンドイッチをおよそ食事とも思えない作業のようにかみ砕いて胃に流し込む。

 蓋を捻るとカシュッと小気味よい音を立てて開いた。

 止めはアダムから譲り受けたポーションの爽やかなのど越しで今日の最初で最後の食事が終了した。

 以前飲んだ事のある疲労回復のポーションはとてもじゃないが飲めたものではなかった。

 例えるならその辺の雑草をすり潰した汁を雑巾に浸し、搾り、更に煮詰めたようなものだ…命の危機が迫った状態でなければ2度と飲むものか。

 個人的には馬車よりもこちらのポーションを製品化したいぐらいだが…あの人それを望まないだろうな。

 しかし、この効能は体感すれば癖に…いや、私のように昼夜問わず働く者にとってはもはや良薬を通り越して劇薬とも言えるほどの効果だ。


「惜しい…実に惜しい…」


 さて、ポーションが効いてきたのかさっきまでの体の怠さや眠気が嘘のように消えうせた。

 あのように言われたからには夜半にはベッドに縛り付けられるはずだ…それまでになるだけ多くの案件に片を付けなければ…。






― ― ― ― ― ― ― ― ― 



「んっ…」


目に当たる日差しが目蓋越しでも感じられるということは既に日はそれなりに高い時刻だろう。

数日ぶりだろうか、早めに寝床に入り熟睡したからか朝の目覚めは非常に清々しい。

しかし、私の目の前には昨夜処理したはずの書類が新しい山を形成しているように見えた。


「…おかしいな、書類の山は昨夜の内に処理したと思ったんだが…?」


「おや旦那様、おはようございます。珍しく遅いお目覚めですな。」


「久々に長く眠れたような気がするよ」


「それはようございました。机の書類は昨夜奥様がお茶会でお話ししたエルメモン男爵家、モンデル男爵家、アルサルベイン子爵家、ペドロ・ヒメネス子爵家、ナインパー侯爵家…まぁ、早い話が奥様の話に一枚噛ませろとの各貴族家よりの要請の書類でございますね。皆様流石の嗅覚をお持ちのようで、先日の領地の件も含めてあれやこれやと美味しい話やら怪しい話まで盛りだくさんでございます。」


「…はぁ…」


 妻よ…どれだけ宣伝したのやら…

 これから売り出す身からすれば嬉しい悲鳴なのだが未だに元伯爵領の掌握も完全に出来ていない上に当家に好意を持っていない連中との折り合いもこれからだ。

 

「はぁ…しばらくはあのポーションで耐えられるが…」

 

 あのポーションは何とか個人的にでも手に入れたいが…金も武器も交換材料になりえんしなぁ…

 使えるとすれば私のツテと知識ぐらいか…


「…魔法の装具でなくあのポーションをねだってみるのもありか?」


「……旦那様」


「ん?」


「アダム様への皮算用もよう御座いますが眼の前の仕事をまずお片付けください。早々に片付けねば奥様との時間もですがお嬢様との時間まで削られる一方ですぞ」


「…わかっているよ」


 そうだな。

 執務に追われて家族との時間を無くすのは人生の浪費だ。

 家族の安泰、ひいては国の安泰のためにまずは身を粉にするところから始めよう。


「というわけで今朝も1本…ダメか?」


「まずはシェフが腕をふるった朝食をどうぞ。どうしてもと言うときには出しますので」


「チッ」


 いくら一国の公爵といえども敵わないものは多い。

 妻に娘に王族に…私にとってはこの執事もそれらに並ぶ1つだ。

ポイントが伸びてました。

いやっほう!

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