【幕間】ゴブリン絶対殺すウーマン・後編
崖の小道を下りた先は巣穴…というよりも集合住宅と言った方が正しいか。
大きな穴の住宅だけでなく、小さな穴が無数に開いている。
故意か、偶然か、上からではこれらの小さな穴は見えないようになっていた。
「…まずいわね、罠にはまった気がする…」
「ハマったというか…ハマりに行ったの間違いだと思うなぁ」
「…嫌な視線を感じるぅ…」
そこかしこの穴から様々な意図が籠った視線が彼女たちに突き刺さる。
餌か、玩具か、忌避すべき敵か…チラチラと見える中には子供らしいゴブリンも見受けられる。
何にせよ彼女たちは既に戻れない位置に立っていた。
「…!」
先ほど彼女らが出てきた洞窟からも新顔のゴブリンが顔を出し退路が断たれた事を示していた。
後方からの数匹を皮切りに、周りからぽつぽつとゴブリンが姿を現し徐々に彼女らの包囲網が完成し始めた。
5匹、10匹…徐々に数を増していくゴブリン…いくら1匹1匹は雑魚とはいえ、数が多いとやはり圧倒される。
「あはははは…こんなに居たとは予想外ね」
「逆に考えれば好都合でもあるわ。出てきてくれるならまとめて処理できる」
「ねぇねぇ!もうヤってもいい?いい?」
慎重派なレッタは若干の及び腰、効率を重視するフルーに楽天家で好戦派なイロエ、三者三様である。
じわじわとゴブリンの包囲網が厚くなり、どこにこれだけ居たのかと思えるほどだ。
その数はおよそ100匹以上、子供も合わせると150匹は下らないのではないか。
炙り出しが出来たという意味では進んで正解だった。
「グャァァァァァァ!!」
餌か、捕らえた後のお楽しみが待ちきれなかったのか、1匹が突出しイロエの背後に迫る。
手にはお世辞にも鋭いとは言えない刃こぼれした短剣…だが、力いっぱい突き刺せば肌は容易に貫けるであろう代物が光る。
完全な背後からの奇襲、叫び声に振り返る頃には突き立てられる短剣がもう避けれない位置にある。
乙女の柔肌に薄汚れた刃が突き刺さり、鮮血が飛び散るであろう。
叫び声を上げ、地面をのた打ち回り助けを請う姿を想像してゴブリンは涎を零す。
ああ、刃が迫る、あと1秒も無い。
刃は乙女に刺さらず、届く前に光が瞬いた。
地面に倒れこむゴブリンの体から煙は薄く煙が立ち上り、肉が焼ける香りが辺りに満ちた。
「ふふっ…逸った馬鹿が最初の生贄なの~」
1匹が先行し、なし崩しに集団による数による蹂躙が始まるかと思われたが、先行して生贄となった姿を見て足が止まる。
戦いにおいては数、個人の能力、装備、戦術と勝敗を分ける要素が各種ある。
その多種多様にある要素でも何より大切なのは意識…戦意だ。
何よりも相手に勝とうと思う気持ちが無ければ何も始まらない。
その点に置いてはゴブリン達は知能というよりも本能でそのことをよく知っている。
だから1匹が突っ込めば大勢が雪崩れ込み、戦いの主導権を握り勢いに任せて相手を蹂躙するのがゴブリンにとっての常道だ。
だが、足を止めてしまった。
いつもの相手であれば、奇襲に失敗し1匹2匹切られたり、潰された程度では止まるはずのないゴブリンの濁流が止まった。
「何だあれ」「知らない」「分からない」「おかしい」そんな些細な疑念が数匹の足を止め、連鎖するように集団が動きを止める。
「ぶっ~あのまま突っ込んでくれば連鎖で一気に殺せたのにー!」
「チッ…浅知恵というより本能で動く分だけ計算がずれる。忌々しい…」
「まぁそう簡単にいかないよね…」
一度は止まった濁流だが、いつ動き出さないとも限らない。
現に包囲網は敷かれたままだし突っ込みはしないもののズリズリとすり足で滲み寄る音が聞こえるような威圧感は感じる。
「…第2作戦やるわよ」
「え?第2ってなんだっけ?」
「イロエ…あんたは…フルーの水が後でアタシの炎が前、アンタの雷でいたぶるヤツよ」
「……あぁ!はいはーい!」
「まったく…3つ位しか作戦作ってないんだから覚えておきなさいよ。後ろの壁作るわよ!」
フルーの掛け声に宝珠が反応し、大きな水のカーテンが現れた。
ゴブリン達の背後を囲むように薄く広がり、やがて噴水のような形に仕上がった。
背後に現れた水は何だ?と訝しげに見る輩もいるがほぼ全てのゴブリンは気にすらしていない。
「…炎よ!壁を!!」
今までにない程に赤い宝珠が光を放ったかと思えば突如、轟々と燃え盛る炎の壁が今度はゴブリン達の前方に現れる。
今度は炎…これ以上なく本能に危険だと直接訴え、混乱が生じる。
炎と水の2つの壁に囲まれ、行き場を失ったゴブリン達…頭数は圧倒していても相手が一騎当千だと分かるや否や我先にと後方へ殺到するがそれもまた誤りである。
もう少し知能のある生き物であればむやみに飛び込むなんてことはしなかっただろう。
そして最初の悲劇が起こる。
水のカーテンを突き破ろうとした数匹の上半身が消えた。
手から行こうとしたものは手を失い、頭から行ったものは頭を失った。
詳しく言えば水のカーテンは高速で回転する水の刃だ…触れた場所、通過した部位を切断するように調整されている。
目の前で意味不明に命を奪わればその両隣にいるものは足を止める。
三度ゴブリンの動きが止まると、次は…先の前方から炎に焼かれる声が響く。
なぜか炎の壁が徐々に迫っているように見える…いや、気のせいでは無いく本当に炎は徐々にではあるが前へ進みゴブリンを水のカーテンへ追い込んでいる。
頭の悪いゴブリンでも将来が予想できてしまった。
待っていれば炎に焼かれ、後ろに逃げれば水に触れて死んで――「ギャァッ!!」
隣にいた奴が真っ黒になって死んだ…炎にも触れてないのに?
気づけば死のドーナツに囲まれた中から時折叫び声が上がる。
「どのこにしようかな~? えいっ!」
「ギャッ!」
「ギィ!!」
「グギャッ!」
「あはははは!楽しいの!」
「………」
「………」
楽しそうさなイロエとは正反対に炎と水のカーテンを維持しているフルーとレッタの額には汗が浮かび眉間に皺を寄せている。
炎の壁、水のカーテンを維持し、挟み込む役と気軽に遊撃する役では負担の割合が違うという事だろう。
そもそもイロエのようなタイプには精密な動作よりも自由にかき乱してもらったほうが助かるという3人ならではの割り振りとも思えるが。
炎で焼け死ぬ、水に触れて切断される、気まぐれな雷に打たれて死ぬ…死に方を今すぐ選べといって選べるものか。
死の壁の中からは絶え間なく悲鳴が聞こえ、ゆっくりとではあるが頭数が減っていく。
炎と水の間が2メートルほどになった時、1匹が炎の壁を突き抜けて現れた。
全身に火傷は負っているがそこまで重症には見えない。
よく見ればその体は血で濡れている。
恐らく死んだゴブリンの血を被ったことで一時的ではあるが火に耐性を付けて抜けてきたのだろう。
数多の仲間を殺され、目を見開き怒りに燃えた目線で3人の少女を見据える。
「ギャア!ガガァァ!ギャァァァァ!!!」
手にしているのはゴブリンの得物にしては大ぶりな両手剣…いや、人種が装備するのであれば片手剣ほどの代物だ。
よく見れば簡素でも鎧を纏い、兜らしきものまで被っている。
おそらくは群れのリーダーか戦士長のようなポジションなのだろう。
だが…
「でてきちゃだめー!」
イロエの一言と共に雷に打たれ絶命した。
あっけなく、無慈悲に。
イロエとて遊んでいる訳でなく魔法行使中で動けない2人の護衛も兼ねている。
「フルーちゃんとレッタちゃんに何かあったらオヤツ抜きにされちゃうの。だから大人しく死んでてね♪」
それから間もなく、ゴブリンの集団は焼死体、切断された肉片、感電死の死体へと姿を変えた。
常人が見れば戦慄…まずは吐き気を催すような現場、対象がゴブリンであろうと人であろうと血と死体と臓物と異臭が漂う現場で笑っていられる者が常人なはずがない。
「あぁぁぁぁ……! 疲れたぁぁぁぁ~…」
「流石に中級レベルの技を一日に何発も使うのは精神力を使うわね…」
「私はまだいけるよぉ!」
「…なら元気なイロエは周りの巣穴を探索して来て。隠れてるゴブリンは殺していいけど他の生存者が居たら助けてあげてね…あ、もちろん大きい魔法は使用禁止ね。私達はここで少し休憩しているから」
「は~い!」
もはや待ち伏せも罠も怖くないとイロエは手近な巣穴に飛び込んでいく。
時折、雷の音や掛け声が聞こえることから無事な事は手に取る様に分かった。
「……こういう時にあの子の元気さには救われるわ……」
「はははっ、苦労させられる事も多いけどねぇ」
その後、戻ってきたイロエはニコニコとした表情で成果を語る。
見た目には返り血も受けた傷も無く、さしたる問題は無かったようだ。
「残ってたのはみんな子供のゴブリンだけだったからみんなビリビリしてきたよ!あとねぇ、捕まってた人…だったと思うモノはあったよ」
「…ご苦労様」
「もうこんな時間かぁ、夜が明けたら遺品…探しに行こう。あとは遺体も弔わなきゃね」
いつの間にか夜も更け、崖の底からは星が見える。
彼女たちは世間ではギルドに登録された名前よりも「ゴブリンキラー」「ゴブリン絶対殺すウーマン」「アンチゴブリン同盟」とゴブリンに対する恨みを持った集団と認知されていた。
若い娘だけで組まれた現役パーティはエネキア王国…引いては冒険者ギルド広しと言えども片手で数えられるほどしかない。
その中でも破竹の勢いで名を上げるのが彼女たちアダムスファミリー。
アダムに救われた娘だけで構成され、ゴブリンを駆逐し、アダムの信徒を増やすのが主目的である。
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「あー!3日ぶりの街ー!今日は宿でぐーたらするの!」
「ゴブリンの巣で仮眠を取って、運良く行商馬車に乗せてもらえて…それでも疲れたぁぁ~…」
「…確かに疲れたけどまずはギルドに報告でしょう。後口のゴブリンも調査依頼して追加報酬貰わないと」
「めんd…難しいことはフルーちゃんにお任せするの~…」
「悪いけど右に同じ…宿で飯と風呂の用意はしとくからさ…ね?」
「はぁ……しょうがないわね。 あと面倒とか抜かしたら報酬減らすからね」
「嫌ぁ!フルーちゃんの鬼ー!」
このやり取りもいつものことである。
以前に一度だけイロエに報告を任せたが受付嬢から「分かり難すぎる」「表現が抽象的すぎる」と苦情が来てからはレッタかフルーが行っている。
レッタもそれほど書類や数字に強いわけでは無いがイロエよりはマシ程度だ。
疲れた体に鞭を打ち、冒険者ギルドへの通いなれた道を進む。
「……まぁ…自分でやった方が問題も少ないし確実よね。 不公平感は否めないけど…」
オースの街から今回の依頼場所までは徒歩で2日程度の距離があり、巣穴を夜遅くまで攻略してそこで仮眠を取ったとはいえ疲れが抜けるはずもない。
帰りは少しの間、荷馬車で足を休めせられたとしてもガタガタ揺れる荷台では寝られるはずもなくフルーの目の下には歳に似合わないはっきりとしたクマが見えている。
周りからすれば酷使された小間使いにしか見えないだろう。
とにかく自分だって休みたい、その一心でフルーは冒険者ギルドへ足を進める。
「はい、確かに討伐報告は受理しました。追加の討伐についても1週間以内に結果が出せると思いますのでお待ちくださいね」
「ありがとうございました…次は2日後に伺います」
小奇麗に整えられた受付嬢は現場の血生臭さや徹夜の疲労を知っているのだろうか…。
書類仕事にはそれなりの苦労もあるだろうが生き死にに関わるほどではないだろうな…引退したらギルドの受付嬢も良いかもしれないな、なんて事を考えながらフルーは当初の報酬額を受け取った。
たかがゴブリン、されどゴブリン…十数匹分の討伐だけでも村で暮らしていた頃からすれば年単位に近い報酬だ。
オースの物価が高いのもあるが、これだけあれば2週間は安泰だ。
「さて…流石に今日はもう宿に戻って休みましょう…」
報酬を受け取ったフルーは薄汚れた外套を翻し受付を後にする。
寝不足から来る頭痛でいつも以上に眉間に皺が寄る。
冒険者になりたての頃はいろいろな意味で声を掛ける輩が居たが今では親しい間柄かビジネスライクな相手しか声を掛けてこない。 それもあのいかにも不機嫌ですと言わんばかりの眉を見れば声を掛けるのを躊躇うだろう。
また周りの印象を悪くし「色潰し」だの「ベテラン殺し」だの言われるのは勘弁してほしいが…。
多少ふらつきながらギルドの扉を開けようと手を伸ばすとその手は虚空を押してしまう。
押すべき扉が無かったためだ。
体重を掛けるべき場所を失い地面とキスするのももう間もなく……だが、一向にその痛々しい瞬間は訪れなかった。
「おっと…大丈夫かな?」
自分が男性の胸に抱かれている事を知り、フルーは慌てて佇まいを正す。
背中まで伸びる銀髪と整った顔立ちに中性的な声色…あの胸板に触れてなければ女性と勘違いしていたたかもしれない。
「…失礼しました」
「いや、こちらこそ申し訳ない。扉を開くタイミングが合わずにお嬢さんを抱きしめる形になってしまった。申し訳ない」
「いえいえ…お気になさらず」
ピアスから察するに緑ランク…先輩冒険者だ。
こんな容姿の冒険者がいれば噂になるだろうけど外に出ていることも多く、あまり交流をしない私達では有名人とて知る機会はそれほど多くはない。
それでもこれほどの美貌…男性に美貌と使うのは間違っているとは思うが適切に思えた――まぁ、その美貌なら嫌でも耳に入ってくると思うが今まで不思議なほど入ってこなかった。
あまり非礼に礼を繰り返してもしょうが無いので会釈でその場を離れる。
「あれ…さっきの娘…どこかで見たような…」
「アダム様も隅に置けないっスねぇ、街に戻ってきた瞬間に女の子を手篭めにするなんて…」
「人聞きの悪い事を言わない。事故だよ事故」
「――アダム…様?」
その何気ない会話が彼女を振り向かせる。
彼女らが再び運命に出会うまであと―――。
締めが気に入らなくて時間かかってしまった…。
PS4スパイダーマンたのしいです^q^




