特産品 その3
村に着くと悲壮な顔をしたメイドが立っていた。
コーウェル公から借り受けているメイド3人娘のリーダー、アインだ。
教会の前で私を待っていたとなると結構な事態であることは予想できた。
「どうした、何があった?」
「あぁ…アダム様! ビルド様を…ビルド様を止めてください!」
その鍛冶小屋にはまだ若い土精種が1人住んでたが今は幽鬼が居座っていた。
どれだけ板ばねの製作に精魂込めたのか頬はこけ、目の下には隈、そのくせ目はギラギラと輝かせており土精種の自慢ともいえる髭も手入れされておらずボーボーだ。
髭は元からかもしれないが誰が見ても明らかにオーバーワーク過ぎる。
私とアインが小屋に入ったのも気付かずに何やら金属の破片らしきものを掛け合わせ、熱しては叩き、叩いては伸ばし、具合を見ては「違う…」と投げ捨てて新しい破片の組み合わせを試している。
「おい、ビルド…」
「…コルムをもう少し多く、炭は少なめに…」
聞こえていないらしい。
肩を掴み強引にこちらを向かせる。
「おい! ビルド!」
「…なんじゃ! っと…アダム様かい…」
「お前、ちゃんと休んでいるか?」
「これが完成したら休むわい…」
「申し訳ございません。私たちからも休むように言ったのですが…」
アインが補足を入れてくれる。
使命感かワーカーホリックか、少なくとも数日は働き詰めのランナーズハイ状態を止めるのは難しいだろう。
となれば強制的にでも休ませるしかない。
「これを飲んで少し休め。これは"命令"だ」
ファイト一発!なドリンクを渡してわざと命令として指示する。
むぅ、と見えない口を尖らせながらしぶしぶ手を止める。
いくら土精種が種族的にタフであっても徹夜をすれば効率は落ちるし思考も鈍る。
そんな不安定な状態で良いものが出来るはずも無いし、何より本人の健康が一番問題だ。
「ビルド、お前のやる気は非常に嬉しく思う。だが少しだけ考えてくれ。今まだこの村は発展に向かって歩き出したばかり、その矢先にお前が体を壊してしまっては誰が村の鍛冶を引っ張っていくんだ?」
「……」
「最高の結果を出そうと奮闘してくれたのは分かる。だが命を削るようなやり方で結果を出されても私は嬉しくないぞ」
ふぅー…と大きくため息をつくとまるで叱られた子供のように小さな反省が出てきた。
「…命の恩人にそんな事を言われるとは、どうやら少しのめり込み過ぎていたようだわい…」
「分かってくれて良かったよ、さぁまずは栄養補給も兼ねてそれを飲んでくれ」
「これが飲み物というのは分かるしポーションじゃないというのも分かる。 じゃがどうやって飲むんじゃ?」
栄養ドリンクを飲んだビルドはすさまじかった。
まるで体が朽ち果てたゾンビが一瞬で生身のぴちぴちとした若々しい肉体を得たかのような錯覚さえ覚えた。
隈が消え、筋肉はパンパンに盛り上がり血管が脈打ち、こけていた頬すら膨らんでいる。
ぬぅおおおお!?という自身さえ予想していなかった効果に叫び、肉体からは金色のオーラが見えた気がする。
「何じゃこれは!? これが噂に聞く霊薬エリクサーか!!?」
いいえ、日本の社会人の強い味方の栄養ドリンクです。
ただの栄養ドリンクで疲労回復だけじゃない、明らかに普段以上の能力が出ているように見受けられる。
後でマルダとか冒険者で検証してみようか。
「うおぉぉぉぉ!これだけ体も気力もみなぎればあと2日は行けるわい!」
「ダメ。いくら回復したからと言ってこれ以上無理するようなら鍛冶小屋を取り上げます」
「アダム様は妙な所でうるさいのぅ…分かった分かった。そんな怖い顔をせんでも今日はもう打たんわい」
「よろしい。ではお茶でも飲みながら試作品の話でも聞きましょう」
出来上がった試作品のうち、ビルドがおすすめしてきたのは3つのパターンだ。
耐久性を重視した物、柔軟性を重視した物、その間を取った物だ。
ぶっちゃけ馬車という重量物に加えて人と荷物を支えるべき部品なのでそんな簡単に目で見て分かるはずもない。
「耐久性を重視したモデルは先んじて貰った馬車に取り付けて実験は行ったが目立った問題や変形も無いがだが乗り心地の改善は以前よりはマシという程度、あとはもっと長時間の試験が必要じゃ。大して柔軟なモデルは…フワフワし過ぎて賛否両論。船に乗っているようだと逆に酔った者もおったくらいじゃ」
「その間を取った物は?」
「評判としては最高といった所じゃが……如何せん材料の配合の塩梅と叩き具合と焼き入れ加減の出来具合が神がかった偶然の産物じゃ。自分でいうのも何じゃが量産出来るとは思えん」
「ワンオフを売り込むよりは、新常識として薄利多売…いや、新たな価値を付け加えるべきか…」
「わんおふ? 良く分からんが完全な中間じゃなく耐久と柔軟の割合が7:3ぐらいまでなら可能だと思うぞ」
「それは重畳、量産に可能なパターンをいくつか出してくれ。もちろん後日で構わないからな?」
「へいへい、分かっておるわい」
「それと新たな改善点として…こういう素材に近い物を知らないか?」
「…なんじゃこの黒くて微妙に硬くてぶにぶにしたもんは…」
賢明な諸兄なら察している事だろうが、あえて言葉にしよう…ゴムだ。
これ以上クッション性の向上が難しいのであれば別の観点から改善点を模索するのは良く有る手段だ。
それに石畳を木製の車輪で走れば否応なしにガタガタ、ガラガラといった騒音で車内は満たされる。
車内では優雅な旅や落ち着いた会話など楽しめるはずも無い。
「私の国ではゴムと呼ばれるごく一般的な素材だ。原材料は……木の樹液をなんやかんやして作っていたと思うが…申し訳ないが詳しい製法は分からない」
「これが樹液…不思議なもんじゃのぅ」
「別に同じ物が欲しいわけではないんだ。身近な素材でも近い物が見つかればいい」
「ワシは鉱物には強いがそれ以外はとんと不得手でな…」
得手不得手は誰にでもあるもの。
ゴムの件は別の人…具体的には村長とかエミエ、ギル・レドもいるしキルスティンさん…最終手段でコーウェル公も有りだな。
そろそろオースに置いてきたマルダに顔を出すべきだろうし、最初は冒険者関係でゴム探ししてみようか。
「分かった、ゴムの件はこちらで探そう。ビルドには板ばねの試作品を続けて…とりあえずもう3台ほど馬車を仕入れたからその分だけ頼む」
「よしきた! と言いたいが明日からじゃなきゃダメなんじゃろ?」
「英気を養うのも大事な仕事の一部と思ってくれ」
「仕方ないの。今日はさっさと風呂に入るとするか」
「そうしてくれ。みんなが清潔に、健康に過ごす事は私の評判にも繋がるからな!」
アダムは自分の配下をそれこそ馬車馬のように扱い、使い潰すような人物と思われては信仰心集めにも影響が出る。
周りからすればヌルいと言われても自分が幸せであり、他者も幸せにできるという関係性は崩したくない。
少なくとも私の周りの人々は笑って暮らせる生活が目標なのだから。
「……目が冴えて眠れん……」
まだこの世界ではカフェインが多量に含まれた飲み物は一般的ではない。
体はまだまだ熱を秘めており力が底からマグマのように溢れて来る。
「今ならまだまだ叩ける…じゃがアダム様との約束を反故にするのは流石にのぅ…うーむ…」
悶々としたままビルドは朝を迎えるまで一睡も出来なかったようだ。
大変おまたせしております。
私事ながら咳のし過ぎで肋骨が折れました…。
マジです。
話には聞いたことがありましたが本当に折れるとは思っていませんでした。
とりあえず安静にしながらちょこちょこ打っていきます。




