番犬
グレイ――この名前はあの御方より賜った私の大切な名前。
あの狼藉者に旦那と息子の1人を殺され、私自身ももう虫の息という所に手を差し伸べてくれたあの御方。
狼族に伝わる伝説の神狼フェンリル様を呼び出した時は止まりそうな心臓に止めを刺しに来たかとさえ思ったがそんなフェンリル様すら小間使いにする姿はまさにこの世の頂点に君臨するにふさわしい御方。
辛うじて残った息子もあの御方より賜り、この村の中では"ハク"を名乗っている。
私たちに与えられた使命はたった1つ。
この村の周辺を縄張りとして私たち親子の管理下に置き、あの御方の庇護下の人種や亜人種を外敵から守ること。
人種に限らず私たちに害をなす存在は全てが敵だ。
幸いなことにこの村にいる間は人であろうと亜人だろうと私たちのような存在ですら平等である…と、「私を信仰する限りは私の庇護下だ」とあの御方は仰ってくれた。
だから今日もあの御方の為に自分の役割をこなすのです。
私たちの住処は村人が『教会』と呼ぶ建物の傍に建てられた小屋。
森に居た頃は洞窟や木の洞を生活の拠点にしていたので雨風が凌げて外敵の危険があまり無いこの場所はとても具合がいい…何より寝床が温かいのが良い。
食べ物に関しても森では獲物が取れる時とそうでない時がある。
ここでは獲物が取れなくても最低で日に1度は食べる物が出るのが素晴らしいし、味がとても良い。
食感だけは肉と違ってカリカリとしているがこれを食べた後は非常に素早く動ける気がする。
『このカリカリしたのおいしーね!』と息子は非常に気に入ってるようだし気にするほどの問題ではないか。
私たちの朝は鶏の声と同時に始まる。
この声が聞こえてから暫くすると教会に村人が集まってくる。
朝一番の仕事は教会に入る人たちを守ることだ。
今まで外敵が入ってきたことは無いが警戒することは重要だ。
敵というのはどこから見てているか分からないし、気を抜いた瞬間をいつでも狙っているから。
最後の1人は決まってこの村の長という人種族の男でこの男に続いて私たちが教会に入る。
皆が席に座ると長が一言、二言話しあの御方を模した像に祈りを捧げる。
これが終わるとそれぞれの仕事に出向いていく。
これから村の周りを見回る仕事が始まる。
陽が落ちるまではぐるぐると村の周囲に新しい臭いが無いか、マーキング跡は無いかを確認して回り、もし獲物や敵が居たなら駆除する。
幸いなことにこの村近辺は私たちが住んでいた森よりも同じか少しだけ敵が弱くて息子の練習相手にもぴったりだ。
だからと言ってまだまだ息子は1人では心もとない。
もうしばらくは私が手本を見せて、弱い獲物からやらせてみたいものだ。
っと話している間に同種の奴が現れた。
私がこちらに来た頃からマーキングしてあった奴だろう。
同種とはいえ群れが違えば敵同士だ。
特に私は群れと言ってもあの村の群れに属しているので同種でも中々異質ではあるが…。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
姿勢を低くした黒い毛並みの狼が3頭臨戦態勢を取っている。
対するは2頭の白い毛並みの狼――グレイとハク…数的に不利なうえに2頭うち1頭はまだ子供なので体が小さいので戦力としても数えられないかもしれない。
『近頃、村の周りに匂いを付けていた若い奴か、どんなやつかと思えば群れから離れた若造共ではないか』
『ふん、確かに貴様のようなババアからすれば若造かもしれんが甘く見るなよ!』
『ほう?私をババア呼ばわりとは女の良さを知らんと見える』
『…今なら俺の下に付くか縄張りを譲るなら見逃してやるぞ?』
『論外だな。私よりも"弱い"雄に付く気はさらさら無い』
『口の減らないババアだな、吠え面かかせてやる…!』
双方に一触即発の空気が漂う。
黒い方の1頭が大口を開けて飛び掛かる。
大きな口に生え揃った牙、中でも飛びぬけて大きい犬歯は突き刺されば重症必至、太い血管に刺されば致命傷だろう。
だがグレイは特に動かずに待ってましたと言わんばかりに目を細めた。
速攻を掛けてきた黒い方の牙が突き立つ前にギャン!!と叫びながら中空に縫い付けられた。
『攻め急ぐのは若さから来る経験の無さだな』
地面から氷の棘が生え黒い方の体に突き刺さっている。
どれもそれほどの太いものではないが幾本も体を貫通して赤く塗れている氷を見れば致命傷なのは明らかだ。
後の先を制したグレイは流れを掴む為に次の獲物を見定める。
『さて、次はどちらだ?』
仲間を殺されて唖然としたか、自分に矛先が向く怯えか、どちらにせよ相手の足は止まっている。
形勢を対等以上に持っていけるのは今しかない、と判断したグレイの行動は早かった。
『経験が無さ過ぎるな、この若さから追い出された口か…』
空中に氷の棘を複数生み出し打ち出す。
でたらめに放った牽制だ、掠りでもすれば儲けものと思ったが幸運な事に1本が片方の足に刺さった。
これで機動力が大きく削がれたので狙いの優先順位が決まった。
無傷の方を何とかすれば…っと怪我した方は戦意を無くしたのかひょこひょこと片足を上げながら逃げて行った。
縄張りは惜しいが死んでは元も子もないと無傷の方も少しずつ後退していく。
『痛い痛いよ!』
『黙って逃げろ!』
やがて魔法の射程範囲を過ぎると後ろを向いて駆けて行った。
『向かってくる気概も無しか、論外だな』
数的には不利な状況だったが経験の差で私の勝ちだ。
早くこの子にも戦えるようになってほしいものだが大人になるまであと1年、まともに戦えるまではさらに1年は見なければならない。
息子の将来は別としてこんな感じで時折縄張りを広げてくる奴らの相手をしたり、獲物を狩ったりして村の安全を守っている。
それに今回は黒い狼だから食いでがあまりないが、猪の奴や鹿や熊であれば村の者達は大いに喜ぶようだ。
食いでの無いこいつも毛皮や牙は使えるらしいので引きずって持って帰る。
あの御方の匂いが色濃く残るこの建物の傍に獲物を置けば処理してくれる事になっている。
それに…私たちにとっても非常に…非常に利益もあるのだ。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
ウォン!と外から狼の声にツヴィーが反応した。
コツコツと急がず慌てずの速度で勝手口を開けるとドアの前にはお座りしているグレイとハクの姿があった。
「お待たせしましたグレイさん。今日の獲物は……フォレストウルフの雄ですね」
フォレストウルフは群れで狩りを行うモンスターで単体ではそれほどの強さでは無いが、3匹、5匹と数を増す毎にとにかく連携が凄まじい。
1匹が隙を作り、1匹は背後から、もう1匹は別の角度からと一対多がとにかく強く、パーティを組んだ手練の冒険者ですら数で押しつぶしてしまう。
そんな相手を子連れで1匹だけとはいえ仕留めてくるなんてやはりこのグレイの強さは頭1つ抜けている。
アダム様の庇護下にあるので敵に回ることが無い事に感謝しつつツヴィーは例の物を用意する。
「は~い、グレイさん報酬のジャーキーですよ~、ハクちゃんもどーぞ」
普段は物静かなアインと元気っ娘のドリィに囲まれているので"普通"で通しているツヴィーだがこの時ばかりは年相応の女の子の顔になる。
アダム様が用意したジャーキーなる干し肉はグレイ達にとって非常に美味しい物らしく、毎日欠かさず何かしらの獲物を捕ってきている。
村人にとってモンスターは作物や家畜、時には自身にあだなす害獣であると同時に僻地では貴重な肉や素材だ。
今回はフォレストウルフだから食べるのには向かないが毛皮は防寒着に、牙や爪は装飾品や武器に使われる事もあり需要は高い。
何を捕ってきても村の損にはならないし、何より…
「んふふ~美味しいですか~?」
美味である…と答えるようにウォフッ…と答えると口の周りをペロリと舐めて一心地着く。
何より…凶悪であるはずのモンスターのこんな緩んだ一面が見れるのだ…役得とツヴィーは思う。
「お粗末様です。またお願いしますね」
小さくウォンと吠えると白い尻尾を翻してグレイはまた村はずれの方に歩いていく。
その後ろを右に、左にウロチョロしながら付いていくハクの姿を見つけると誰もが口角を自然と上げている。
「では英気も養えましたし、獲物を捌くお仕事にとりかかりますか!」
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
この辺の獣、モンスターを狩ってもあのような干し肉は作れない。
硬いはずの干し肉なのに柔らかさを持っており、噛めば肉の旨味と刺激的な味が広がり…旨い、すんごい旨い。
私にとっては獲物の価値は勝てるか勝てないか、食えるか否かでしか無いが人にとっては違うらしい。
今日のような同族なら1匹につき1枚、ダッシュボアなら2枚、上位のストライクボアなら3枚、滅多に居ないキラーベアやブラックスネークであれば5枚も貰える。
息子もあの干し肉が大のお気に入りらしく『僕も早く強くなる』と息巻いている。
私と旦那の血を引いているのだ、近い内に魔法も覚えれば私を超える日もそう遠くはない。
さて、日も沈みかけたということは私達の食事も用意されているだろうから帰ろうか、ハク。
『うん!』
明日はハクにも戦えるような手頃な相手がいればいいね。
白い狼が守る村の夜は静かに更けてゆく。
おまたせしました。
いやーオバロの新刊面白かった…。
次はBDにコミックに…あー次の投稿遅れそうだな―(棒




