順調な生活
私は沢渡 神一郎という名の日本人だったが、今はアダムという名を使って生活している。
最後にその名前を使ったのはまだ数か月程前なのだが、酷く懐かしく感じる。
以前はサラリーマンをしていたのだが上司に恵まれなかった事とやりがいを感じられずに辞めてしまった。
幸いなことに新しい仕事はすぐに見つかり中々自分に合っているのではないか、と自負もあったしこれなら…と正式に就職した途端に裏切られた。
いや、語弊があるな…
業務内容は「ダイブ型MMORPGのゲームマスター兼テスターとしてAIを持ったNPCの世界管理をする」というものだった。
実際の業務は「助けを求める者(亜人、モンスター含む)に救済を与え、信仰を獲得する管理者」だ。
何が違うの?って事に正確に答えるなら…
ダイブ型MMORPGではなく『現実の別世界』であり、AIをもったNPCではなく『実際に生きる人たち』であることだ。
悪い冗談では無いしご丁寧にゲームマスターとしての権限は残っていてゲームのようにスキル・魔法など制限無く使えてこの世界の誰よりも強い肉体にもなっている。
これだけでも十分万能だとは思うがこれはあくまで"システムの中で最強"というだけだ。
例えば俗にいう負けイベント…どんな能力が高く、装備が最高でも必ず負けるように設定されていれば勝ちようがない。
それを超える物が『信仰』だ。
こちらの世界の者が神像に祈りを捧げると私に信仰ポイントが付与されるが今の段階で分かっているのはこの3点だけ。
1、転移による移動
2、異世界の品の取り出し
3、建築
1と2はまったく消費しないといっても問題ないぐらい軽いので気にしないが建築だけは別格だ。
テントや小屋などは10ポイントか20ポイント程度だが、建物が豪華になるほどポイント消費が加速する。
今のところ確認しているのは3階庭付き一戸建てが500ポイントという事だけだ。
この能力がシステムを超える?と言われれば少々物足りない感が否めないが、現段階でシステム上ですら私に危害を加えれるような存在が居ないという事が唯一の幸いだろうか。
まだ片田舎での活動しか出来ていないが、今後は自分の強化という事も考えなければいけないな、うん。
あらすじという名の振り返りはこれ位にして続きの物語を始めよう。
― ― ― ― ― ― ― ―
「クハハハハァー!我にひれ伏せぇぇぇ!」
ギガントサイクロプス(注:身長8メートル弱)の左頬にハチの渾身の右ストレートがめり込む。
灰色をした皮膚は見るからに厚く、硬そうで肘や膝などの関節部は岩石のように高質化しているのが見て取れた。
メリッとゴリッが混ざったような鈍い音が聞こえ、ギガントサイクロプスの上半身がズレ、足がたたらを踏む。
やはり皮膚の硬さは見た目通りだったようで頬には痣が残るだけだった。
重い一撃を貰ったといえ大きな一つ目にはまだ光が残り、眉間には皺が寄る。
GAAAAAAAAAAAAAAA!!!
鼓膜を破るかのような大音響の雄たけびを上げるとハチ目掛けて巨石のような拳を打ち込んできた。
身長に対して比率が人とは違い、約5頭身ぐらいだろうか、腕も足も各部位の大きさがとてつもなく大きく感じられた。
その握った拳だけでも1人分くらいの大きさがある。
そんな人間大のパンチをサッ…と避け、握りこまれた指に一撃お見舞いしている。
あー…あれは痛い。
GIIIIIII!?
ほら、やっぱり痛い…悲痛そうな叫びがなお同情を誘う。
「ハチー、あんまり痛め付けずに終わらしてやれー」
「むっふふふ、ならば最後は必殺の――」
すたたた、とギガントサイクロプスの足元にしゃがみこむと、真上にジャンプした。
「ドラゴーン…ヌアッッパァァァァ!!」
スーパーマンの飛び方のような、右手を大きく上に掲げてギガントサイクロプスの顎を射抜くアッパー。
必殺とも呼べないようなシンプルな技だが人に非ざる身体能力を有したハチならば十分に巨人をも昏倒させられる威力を秘めている。
もっとも今はものすごーく手加減しているので昏倒だけで済んでいるが本気でやったのなら顎から上が浮き飛んでいる事だろう。
数秒のタイムラグの後にズズンと巨体が地面に倒れる。
「いやー…アダム様もヤバいっすけど、ハッちゃんも大概っすね…」
そう言ったのはマルダ、私が管理者として最初の頃に助けた1人の冒険者だ。
最近は私、ハチ、マルダでパーティを組んで行動している。
いつの間にかハチと仲良くなったのかハッちゃん呼びが定着し、当人もそれを受け入れているようだ。
「うむ、やはり手応えのある戦いというものは楽しいぞ! 縛りプレイを考えたやつは天才だな!!」
冒険者生活を始めてからハチがものすごい生き生きし、さながら水を得た魚…ゲームに夢中な中学生といった感じ。
まずここまで来て初見の人がいるとは思えないが説明は大事だよな。
人非ざる身体能力――といったがハチは人…こちらでいう人種ではない。
この世界で召喚によって呼び出した『黙示録の赤き竜』という数少ない最高ランクの召喚獣だ。
そして名前の通りドラゴンであり人化したのが今の姿だ。
それに本人も縛りプレイと言っていたがその通りで今は全力を出せないように呪いのアイテムを装備し、普段の能力の2/3に制限されている。
ちなみに縛りプレイなる言葉を知っているのは後に説明する機会もあると思うのでここでは省こう。
「それで全力ですら無いって…現役の冒険者が聞いたら泣いちゃうっすよ…」
聞く所によるとハチがあっさり倒したギガントサイクロプスは数いる冒険者の中でも緑ランクが数パーティによる飽和攻撃か赤ランク以上の特筆すべき一撃がないと倒せないと言われているらしい。
確かに手加減したとは言えハチの拳を受けても破れない皮膚、反撃するタフネスに大きいという利点は戦闘において重点だ。
あっさりと躱していたが確かにあの拳は当たればひとたまりも無いだろう。
「だからここで見たことは当然内緒だし、手柄の殆どはマルダが頑張った…ということにしといてくれ」
「ん~…アダム様がそれで良いなら良いんですが…とりあえず止め刺しちゃいますね。」
気絶して仰向けになっているギガントサイクロプスの胸に立つと心臓と思われる位置に槍を突き立てる。
体が数度痙攣するように跳ねると動かなくなった。
可愛い顔して中々エグい…いや、冒険者として生きるのであれば当たり前の事だろう。
現代日本人であれば常日頃から殺生に関わる者はそれほど多くなく、私もその一人だから息の根を止めるという行為に若干の忌避感を覚えるのだろうか、今までこちらで幾ばくかの命を奪っている私が言えることでな無いな。
「よし…あとはギルドに回収依頼を出しましょう」
「すまないな、最後の止めだけ任せてしまって」
「大丈夫です、下手に傷を増やして価値を下げても勿体無いですしねー」
私が以前の依頼でダッシュボアをいくつか駄目にした事を根に持っている…のは思い込みだろうけども事実だ。
知識のない者が止めを刺そうとしても商品になり得る器官を潰してしまうことも多々ある。
特に今回討伐ギガントサイクロプスはあの硬い皮膚から、内臓系は薬や触媒、筋肉は家畜用の餌など使い道は豊富にあるらしい。
ゲームマスターの権限があるのでお金や装備に困るような事はないが、冒険者という隠れ蓑を維持する為には世間体に合わせることは非常に重要だ。
あまり目立ちすぎて国や貴族などのお偉方に目を付けられるのは避けたいしな。
さて、街に帰ろうか。
― ― ― ― ― ― ― ―
ここは"夕霧亭"、オースの中央部に近く、冒険者ギルドからもさほど遠くない事から客の8割以上は冒険者が占めるこの街では老舗の名店だ。
1泊2食で銀貨1枚という価格は街の中でも上位に食い込むがそれは宿泊の値段であり食事だけなら銅貨だけでも事足りるので食事だけの利用者も結構な数がいる。
私たちがギガントサイクロプスの討伐から帰るころには夕日は既に山影に消え、街は宵闇の静けさと飲んだくれの喧噪が入り乱れる冒険者の街ならではの光景が広がっていた。
夕霧亭の1階は酒場兼食事処になっていて既に喧噪の渦だ。
依頼を終えた者、失敗した者、これから発つ者…良くも悪くも活気にあふれた場は嫌いじゃない。
カウンターが空いていたので3人で座るとマスターが「いつもの」を言う前にエールを2つとミルクを並べてきた。
それくらいには私とハチもこの街に馴染めているのかな。
「では、依頼の完了とみんなの無事を祝って……かんぱーい!」
「かんぱーい!!」
「乾杯」
カーンと小気味良い音と若干のこぼれた液体が舞うが気にする者はいない。
「マスター、今日のおすすめ料理をお任せでいくつかお願いします」
「…あいよ」と低い声で返すと人数分の小皿と大皿に何品か料理が並べられた。
1品目 ダッシュボアの煮込み
2品目 ポテトサラダ(のようなもの)
3品目 ピザ(のような具材を載せて焼いたパン)
中々に最初はモンスターの肉…と聞いて引いていたがいざ食材として見てみれば案外抵抗なく受けれることが出来た。
私が最初の討伐記念としてもらったダッシュボアは確かにそのままでは獣独特の臭みがあった。
しかし、現代日本の英知の結晶…調理用ソースにより難なく解決することが出来た。
ちなみに一番最初のメニューは王道の生姜焼きで、ハチと奪い合いになるほどだった。
「う~ん…よく煮込まれてて臭みも無くほろっと砕ける肉…味が染みた野菜がまた蕩ける様で…」
「アダム様はあれっすね、食事になるとイキイキしてますね」
「食は生きる上で重要な要素だ。私の数少ない楽しみの一つだといっても過言ではない。」
口に運んだ肉の旨味、野菜の甘味を堪能しエールで一気に流す。
惜しむらくはエールはビールと違い爽快感と冷蔵に欠けることだろうか…旨いから良いけどね。
「お、新進気鋭のパーティじゃーん!今回の成果はどんなもんよ??」
声の主を探して振り返ると見覚えのある男がそこに立っていた。
確か…名前は…
「ジュースさん…でしたか。」
「覚えて居てくれてうれしいねぇ、俺も同席していいかい?」
この2.5枚目はこのオースで数人しかいない赤ランクがいるパーティ…確か"猫の爪"というパーティのリーダーだったはず。
身のこなしはフラフラとし、性格はフランクで少々軽めだがその実力は確かだ…赤ランクという看板はそれほどまでに重要視されるものだ。
世間話程度は付き合いをもしておいて損はない。
「マスター!俺にもエールちょーだい。あとおつまみもね。」
ドンとジョッキに並々と注がれたエールを1/3ほど一気して一息つく。
「…ッパァー! で? で? 今回の成果は――って話だけど?」
「ギガントサイクロプスの討伐依頼に行って来まして、まぁ、無事に終えて帰って来れましたよ」
「ほー、そりゃまた難儀なのを受けたね~」
ポリポリとナッツをつまみながら耳を傾けるこの先輩には多少脚色した冒険譚を聞かせよう。
私の隠れ蓑の為にもマルダの活躍を全面に押し出さないとな。
「本当に難儀でしたね、私とハチは囮として逃げ回るので精一杯でしたよ。」
「ほうほう、装備とか体の具合を見る限り1発も貰わなかったようだね。あんな奴のを貰ったらそれこそ原型なんて残らないか」
「ええ、あの拳を間近で見たときは背筋が凍りましたよ」
「それでも逃げ切れるだけ大したもんだ。大体の奴はそれにビビッて逃げるか固まってしまって……ドンだ」
拳でナッツの殻を潰しながら再現している。
実際に人は恐怖すると体が強張り動きが鈍り、一定値を超えればそこは硬直、あの怪物を前に硬直していてはそれこそ死が待つのみだろう。
「ですが、私たちを狙っている隙を付いてマルダさんが槍を一投げ…終わってみれば呆気ない最後でしたね。」
「ほぉー!さすが期待のホープのマルダちゃん!俺らでも手こずるギガサイを一発かぁ…やっぱ魔法の武器ってのはうらやましいねぇ」
隣で料理をガツガツと詰め込んでいたマルダがむせているが気にしないでおこう。
ハチは全く会話に参加せずにマスターに「おかわり!」と満面の笑みで注文している…今回の功労者だし多めに見てやるか。
それにしてもマルダに渡したミサイル・ランスは魔法の武器ではあるが、能力的には下の上ぐらいのものだ。
それを羨ましがるとはそれほどまでにこの世界の水準は低いのだろうか。
この赤ランクから雑談混じりに情報を聞き出せればなーと酒とつまみの皿を重ねながら冒険者達の夜は更けていく。
インデント入れてみました
後で場所によっては調整するかも




