通過儀礼
「我らのアイドル、マルダちゃぁぁん一緒にパーティ組もうぜぇ??」
「うっさいハゲ、消えろ。」
うわ、辛辣…全国の頭髪が薄い方申し訳ございません。
ご褒美と感じる方はそのままでお願いします。
「誰だ?」
「ホリッド、イキリ、ネラック…最近アタシにちょっかいかけてくるトリオですね…」
「お~、今日もマルダちゃんに辛辣な言葉を貰えたぜ!」
「イヒヒ…!!」
「認知してもらえてるのはうれしいねぇ!」
「…うっざい…アダムさん早く行きましょ。」
「お、おう…」
「おお?何やら見かけない奴がいると思えば緑ランクでぇ?マルダちゃんと何やら親密な関係?」
「この支部の顔は大体把握していますが…別の支部の方でしょうか…?」
「何にせよだ、マルダちゃんと親密というのは許せねぇな!」
あれだな、地下アイドルに熱を上げるヲタクという表現が的確では無いだろうか。
ステージじゃなく実際に触れあえるのだからこちらの方が幾分マシ…いや、触れ合えるからこその害という考え方もあるか。
ちなみに逃げるようにはぎ取った依頼は街近郊のダッシュボアという猪の駆除だった。
私もマルダに続きその場を去ろうとするが…
「おいおいおいおい!何知らん顔して行こうとしてるんだよ。」
「俺たちを差し置いてマルダちゃんと仲良くしてるんだよ!?」
「許されませんね…」
剣呑な空気に周りのざわつきが収まり、私とホリッド、その他2人を囲んでいつの間にか遠巻きに眺める空間が出来上がっていた。
「…何故私が見ず知らずのお前たちの気を使わなければならないのだ?」
「どこの誰かは知らんがマルダちゃんと仲良くする以上、マルダ親衛隊のルールには従って貰わんとなぁ?」
「…そんな隊とルールがあるのか?」
「あるわけないですよ…自称ですよ自称。いちゃもん付けてアダムさんをどうにかしたいだけです。」
分からなくはない。
突然好きなアイドルが俳優と一夜…などというニュースなんて出た日には炎上間違いない。
それにマルダ親衛隊とか…あまりにストレートなネーミングに草を禁じ得ない。
「それで、マルダに近づく私が許せなくてどうするんだね?決闘でも申し込むのかね?」
「馬鹿言っちゃいけねぇぜ、そんな事したら降格されちまうから…"手合わせ"しようぜ。」
これほど分かり易い比喩も無いだろう。
手合わせと称して私をボコボコにしてマルダの気を引きたいだけなのは明確だ。
「良いだろう、どの程度か様子を見るのに丁度いい。是非"手合わせ"をお願いしようか。」
「アダムさん!そんな奴ら相手にする必要ありませんって!」
「良いのだ、私も手加減というものを練習したいからな。」
ホリッドの剥げた頭にビキビキと青筋が浮き出る。
見ず知らずの私とマルダの件で1度、手加減発言で2度目。
どんな頭をしていても流石に煽られているのが分かるはずだ。
「へへへ…良い度胸しているぜ、裏庭に来な!その面の原型が分からないほどにしてやるぜ!!」
「ホリッドが青筋立ててらぁ…ご愁傷様だ。」
「あんた、怒らせる相手を間違えたね…」
さて、本気の緑ランクとはどれ程の物かな…?
裏庭にはにわとりが…ではなく見物客がそれなりの人数が集まっていた。
群衆の中にはキルスティンさんも見えるので心の中で「早速揉め事を起こしてすいません…」と誤っておく。
「良く逃げずに来たな!」
「せっかくの学習の機会だ、逃しはしないさ。」
「!!……さっさと木刀を拾いな、ノしてやるよ…!」
流石に大勢の前で武器も無い相手に襲い掛かるほど理性は失っていないか。
「念のため、支部長として一言だけ…これは"手合わせ"である。やり過ぎた場合は言うまでもなく処分が下されるからそのつもりで。」
「マルダ親衛隊と恋敵の一騎打ちだ!! 倍率が9:1じゃあ掛けになんねー!」
「お前ら…賭け事にするなら私の見えないところでやれ!……アダムに1口だ。」
「アタシはアダムさんに10口!!」
「「「お~!」」」
「これはホリッドは勝負に勝っても将来は無いな…」
ハハハハハーっていや、支部長乗るなよ!
眼の前で「10口!」とか賭け事の対象にされるのはちょっと思うところがあるな。
それにしても大穴狙いで掛ける奴もそんなにいないとは…逆説的にホリッドの実力が認められているという事だ。
まぁ…負ける気はこれっぽっちも無いがな!
「先に言って置くが…骨の1本か2本は覚悟してくれよ? 私は手を抜くのが下手でな。」
「どこの誰かは知らんが俺様を舐め腐っているのはよ~く分かった…その言葉そっくり返してやるよ…!!」
私が木刀を拾うやいなやホリッドが駆け出してくる。
ほぼ不意打ちに近い行動だ。
比嘉の距離は5メートルほど、1歩…2歩と木刀を振りかぶり私の脳天目掛けて全力で振り下ろしてくる。
アドレナリンによる興奮か、戦闘中は思考が加速するらしく「頭に全力で打ち下ろしとかどんだけだよ」と呑気に考える余裕すら有った。
それに常時発動型のパッシブスキルのお陰か"今のままでは頭に当たる。あと1/3歩だけ下がれ良い"と体が教えてくれる。
体が動く通りに任せスッ…と後ろに僅かばかり体をずらすと目の前を高速で木刀の切っ先が通過した。
私の頭を打つはずだったエネルギーを秘めたままの切っ先は目標を見失い、地面に深々とめり込んだ。
「…あれれ、力みすぎて狙いが狂ったかな? まぁ、いいか…さっきので動け無かった所を見るとさては怖気づいたかぁ?」
私が避けたとは思っていないようだし見えてもいなかったらしい。
ギャラリーもホリッドの必殺とも言える一撃が空振りに終わったことで安堵している者も見受けられた。
そんな中で支部長を含めた数人の目つきが変わった。
なるほど…同じランク帯にいるけれども能力はピンきりらしい。
「俺を前に…よそ見すんなぁぁぁぁぁ!」
視線を戻すと今度はより確実に当てるために更に半歩踏み込んで胴を狙い、横薙ぎに打ってきた。
今度は趣向を変えて……シュッと。
端からみれば私の体を木刀が素通りしたように見えたのではないだろうか。
「は? え?」
対峙しているホリッドはやはり見えなかったようで自分の木刀がおかしいのか?と触って確かめている。
ギャラリーもざわざわと話し声が絶えない。
「今…腹を通った…よな?」
「魔法か…?」
「……?」
「マジかよ…ありえねぇ…」
「へ?アダム様をすり抜けた?」
先程よりも少ないがあの動きを追えた者がいたらしい。
マルダは…まぁ…予想通りかな。
「てめぇ…何しやがった?」
「何って…躱しただけだよ。」
「どういう手品だよ!」
「お前は武器をブンブン振り回す事と女の尻を追いかけるためにしか頭を使わないのか?少しは考えたらどうだ?」
何てことはない。
単純に木刀の動きに合わせてしゃがんで立ち上がるという動作を本気でやってみただけだ。
擬音にするならブチッだろうか、ホリッドの顔がゆでダコのように真っ赤になっていた。
「あ゛ぁぁぁぁ!ぶっ殺す!!!」
もう木刀をめちゃくちゃに筋力に任せ振り回している。
どれか1発でもまともに貰えば下手をすれば骨どころか殺してしまうような振り回しだ。
ただ今の私からすれば扇風機にしか感じられない。
その場で躱し、いなし、受け流し…まるで木刀が私に当たることを拒否しているかのように流れていく。
先ほどからの動きを見るにホリッドは力任せにぶん殴る戦法を普段から行使しているのだろう。
だからこそのヒッティングマッスルと主武器は戦槌という選択。
かの達人は言いました「激流に身を任せ同化する…激流を制するは静水」と…力だけの攻撃はほんの少し行先を変えてやれば良いわけだ。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
100発ほども流しただろうか、ホリッドは既に肩で息をするほど呼吸を乱していてゆでだこになった頭は汗でヌラヌラと光っている。
さすがにこれだけやれば向こうも力量の差が分かったと思う。
ギャラリーも唾を飲み攻防を見守っていた。
「もう終わりか?」
「はぁ……防御は……上手いようだが…はぁ…ほら……さっさと打って来いよ…!」
問題はここからだ。
カウンターをせずに受けに徹したのは公言した通り"手加減出来ない"からだ。
倒す為なら手加減する必要は無い。
しかし、これは一種の試合だ。
それに木刀とはいえ素人でも力いっぱい相手の頭を叩けば殺せるだけの威力は持つことが出来る。
ましてレベル差が大きければさらに顕著になるだろう。
私が全力で木刀を振るえばホリッドを数回…下手をすれば十数回殺せるだけのオーバーキルなダメージになるのは明白だ。
現実でオーバーキルなどすれば体が弾け飛びここら一帯がトマト祭りになってしまう。
試しに軽く…そう、上げた手をだらんと下げるように重力に任せ木刀を振る。
ヒュン…という軽い音の直後、ボワッと裏庭に突風が吹き、砂ぼこりが舞い上がる。
建付けが甘い扉をガタガタと揺らし、あまり多くないガラスの窓を叩く。
「え…今の…剣圧…?」
「腕が見えない…」
「木刀が触れてないのに地面が抉れてる…」
これはやばい。
何とか当てない方向で戦意を失わせないと腕の骨じゃなく、受けた腕を切り裂き頭までやってしまいかねない。
素振りを見ていたのか、ゆでだこが青くなってきている。
出来ればこのまま降参してもらえると有難いが、あれだけの啖呵を切った以上あいつも引けないだろう。
自分が攻撃してもダメ、相手に引かせるのも難しい。
となれば第3者に勝敗の権限を委ねるような状況を作るしかない。
私は1歩、2歩と牛歩の速度で進みながら殺気Ⅰを発動させた。
まるで自分を中心に風が吹いたような感覚とでもいうのだろうか、ギャラリーにも伝わったようで体をブルッと震わせている者が見えた。
もう1歩進みながら殺気をⅡに上げる。
もはや違和感では済まない明確な殺意が私から放たれると幾人かが膝を付き、呼吸を荒くしている。
目の前のホリッドも私の殺気を感じ取り青くなった顔が蒼白へと変わり、歯はカチカチと鳴り、木刀を握る手が震えじりじりと後ろに後ずさっている。
「死ぬ気で…いや、死なないように是が非でも受けろよ?」
私はわざと上段に大きく、ゆっくりと「これから振り下ろします」とばかりに構える。
さぁ、振り下ろすぞ―――




