【幕間】キルスティンの調査3
私は…キルスティン・ギモン。
もはや改めて役職を名乗ることもあるまい。
先日、特色ランクの冒険者…無色の"D"を雇ってアダムの調査を依頼した。
それから間もなく、オースの北に位置する肋骨山脈を越えた先にある村…設立から10年程度だが今まで村の名称がなく、村長の名を取ってゲイツ村と呼称していたがその村が『アダム村』に村名を決めたことが伝わってきた。
アダムの情報が入ってきた時期、私が集めた範囲での活動状況…何よりアダムに助けられたという村民の情報を得たのはその現・アダム村の村民からだ。
つまり、これは紛れもなく例の要注意人物がその村に大きく関係しているというのは確定だ。
「サリー、至急のギルド依頼を出してくれ。冒険者の指名も頼む。」
「はい、こちらをどうぞ。」
私に1枚の書類が渡される。
うん、この書類は"緊急用ギルド依頼書"だ。
分かりました…自分で書きますよ…。
件のアダム村…設立した理由は不明だが少なくとも人里から離れ、森の奥に行くほど、山の高所ほどモンスターが手ごわくなる傾向がある。
正直、あんな秘境とも言える場所に行くのは御免だが目の前にとてつもなく大きなヒントが転がっているのだ。
故に準備は怠れない。
私とて現役から離れて十数年…体の衰えは感じるがモンスター対策は常に準備している。
若手の足を引っ張る事もあるまい。
それに護衛として指名するのは若手のホープと期待されている"投槍のマルダ"だ。
緑ランクに上がって間もないというのに更に上の依頼をこなしており間もなく赤に手が届くだろう。
この人選もただ能力だけを考慮したものではない。
マルダもアダムに救われた1人だ。
詳しくは"【幕間】キルスティンによるアダムの調査"に書いてあるので思い返せない場合は参照するのが良いだろう。
それとギルドの長たるものが私的な用事で長々と席を空けるわけにはいかない。
馬車ではなく馬による最短ルートを使った突貫スケジュールでこなす予定だ。
それでも片道2日から3日…聞き込みを含めれば最低7日くらいは見なければならない。
「サリー、これを頼む。それと少なくとも7日ほど留守になる。」
「指名相手はマルダさん…2人っきりで山奥へ…浮気ですか?」
「冗談はそれぐらいにしてくれ…例の人物に関する調査だ。かなりの強行軍だから人数も限られる。」
「依頼の手続きとマルダさんへ連絡はこちらでしておきますね、くれぐれも死なないでくださいね…貴方1人だけの命ではないのですから…」
サリーがお腹をさすりながらそんな事を言う…もしや!?
「お前まさか…子供が!?」
「……単にお腹が張っているだけです…」
「…あぁ…そう…」
「それに、まだ見ぬ子供もそうですが私も貴方の人生の一部なのですから…死んで妻を路頭に迷わせないでくださいね?」
「今回は調査だけだ、危なくなったらすぐに逃げるよ。」
やはりこういう事に関しては妻が1枚上手だ…妻の人生もだが、この支部の命運が私の肩に乗っているのもまた事実。
私は昔と同じようにどんな事があっても生き残れるように、逃げられるように用意をするのだ。
支部長室の扉がノックされる。
「しぶちょー、アタシをご指名ですか?」
期待のホープ、マルダだ。
二つ名の投槍の元になったミサイル・ランスは収納しているのか見えないが、身なりが以前に比べ格段に良いものに変わっている。
救出された当初は最低限の服装に上級の魔法武器を装備していたがまるで"金のスプーンで粥を食う"ようだった。
今は胸当て、ガントレット、脛当…と冒険者として最低限の軽装に留まっているがこれは彼女の戦闘スタイルを阻害しない為でもあるのだろう。
それに彼女は"障壁の指輪"なるものをアダムから受け取っている…その効果を考えれば今の装備は体面を気にした結果だな。
「あぁ、急で悪いが私の護衛を頼みたい。行先はオースの北、肋骨山脈を超えた先だ。」
「そんな辺境にねぇ…ギルドのルールだから受けますけど、手に負えないモンスターが出たら撤退を優先しますからね?」
「構わない。私とて命を犠牲にして情報を得たいとは思っていないからな。」
「出発は?」
「早いほどいい、私は既に準備を終えているから君の準備が出来次第すぐに出るつもりだ。」
「りょーかいしましたっと。では1時間後にギルドの馬小屋でどうですか?」
「分かった、よろしく頼む。」
マルダと話したのは救出されたあとすぐに1度きりだが、その時はまだまだケツの青いひよっこだなと思っていた。
一足飛びにランクを上げた事から奢っているかと思えばそんな空気も無い…これは今後も期待できると私は安堵した。
私とマルダはまだ日暮れまで時間はあるとはいえ、今出発しては確実に森の中…モンスターの生息地で夜を明かすことになるという時間に出発した。
だが、今回は野営しているような時間的なロスは取りたくない。
疲労に関してはポーションでごまかすつもりだ。
馬に関しても休憩時に水にポーションを混ぜ、なるべく走り続けれるようにする予定だ。
目標は明日の昼ぐらいまで駆け抜けて一気に村を目指す。
「それにしても緊急の依頼やポーションまで支給、おまけに馬にまでってどんだけ重要視してんですか?」
「それがそのまま答えだ、私はこの調査にそれだけの経費を掛けて行うだけの価値と意味があると考えている。」
「ふーん…アタシはあんまり調べものとか得意なほうじゃないっすからねー。」
「調べることは重要だぞ? モンスターの生態については戦うことはもちろん、逃げる為にも役立つ。土地の気候や風土に関しては依頼の遂行スケジュールにもかかわる。特に魔法に関しての知識は特に重要だ――」
おっといかん、説教臭くなってしまったせいかマルダが「…へー…」とまったく興味なさげに聞き流している。
本当に情報を持つことは重要なんだがなぁ…
すでに街から3時間ほど走り続け今は馬を休ませている。
日も落ち駆けており、森は段々と暗さを強めている…いずれ真っ暗になり、身動きが取れなくなるだろう。
「このまま進んでもあと1時間もしないうちに真っ暗になるっすよ?」
「光源は用意してある、低速でも進めるだけ進むぞ、ポーションを飲んで体力だけは減らさないような。」
「へいへいっと…」
そうこうしている間に空は青から橙を通り越し群青、黒に近づいていき森は既に地面が見えないほどに暗くなっている。
「やはり見えないと馬が進まんな…ここらが潮時か。」
用意していたものを鞄から取り出す。
「今度は魔法のスクロールっすか、ほんとに至れり尽せりっすね。」
スクロールを開き、込められた魔法名を呼ぶ。
「"マジックランタン"」
私の前に火の玉が生まれ、足元を暖かな光で照らし出す。
「へー…初めて見たけど松明と変わんないんすね。」
マルダの言うとおりだ。
この魔法は初級の火属性でお手軽に取得出来る割にはお世辞にも使用頻度が高いとは言えない。
それは効果が火の玉を生み出し、周りを照らせるというあまりにシンプルな為だろう。
私も現役の頃にお世話になった記憶はない。
「そうだな、こいつの利点は片手を使わずに済むというぐらいだ。今回のことが無ければ私はこの魔法を使わないまま生涯を終えていただろうな。」
マジックランタンので視界が戻ったからか馬もゆっくりだが素直に足を進めてくれる。
「目標は今夜中に山脈の麓までだ、着けたら休憩して翌朝に山越えを目指すぞ。」
「早く着けなきゃマジで夜通しかー」
いくら急いでいるとはいえ明かりは限定的…しかもモンスターにも警戒して進まなければならない。
コレは体力よりも気力のほうが先にまいりそうだ。
幸いなことにモンスターによる襲撃もなく日付が変わる頃には山の麓にある休憩用の山小屋に着き、朝まで休憩することが出来た。
休憩と言っても横になって熟睡出来たわけではない。
精々座って目を閉じ、少々の仮眠をとるぐらいだが不眠不休出ないだけ余程マシというものだ。
「よく休めたか?今日中に目的地まで着くぞ。」
「うー…ぼんやりやりするっす…」
朝は携帯用の簡易食と眠気覚ましの薄荷水だ
簡易食は栄養価のある焼き菓子のようなものだ。
栄養も味自体は悪くないのだがいかんせんぼそぼそとして、口の水分を全て持って行かれるので食べにくい。
簡易食を薄荷水で流し込み、同時に目も覚まさせる。
「朝のうちに距離を稼ぎたい、20分後に出発だ。」
「ういーす…」
私は今のうちに馬の準備だ、今日も頑張ってもらわなきゃいかないから食事と世話は手が抜けない。
馬には小屋周辺の草を食ませているし、水にポーションを混ぜているせいか体調不良の傾向も見られない。
「すまんが今日もがんばってくれよ」
ヒヒンと軽く嘶くと私に鼻先を押し付けてきた。
中々に可愛いヤツじゃないか。
短い時間だがブラッシングしてやると目を細めている。
「無事に帰れたらもっと念入りにやってやるからな。」
そんな和やかな時間もすぐに終わりを迎える。
「しぶちょー、何か荷物がぴかぴか光ってるんだけど?」
「何ッ!!」
私が持っている荷物で勝手に光を放つものは1つしかない。
緊急連絡用の通信宝珠だ。
各冒険者ギルドを繋ぐ通信魔法…それなりの大きさの魔力結晶を消費することから余程の緊急案件にしか使用されない。
私が持っているのはその受信機となるものだ。
「私だ、何があった?」
『サリーです。先程Dさんから連絡がありました。内容は"衛士達が牢獄に例の人物をぶち込んだぞ"と。』
「は…?」
例の人物…というのはもしかしなくてもアダムだろう。
私が絶対に敵対するな、というのは冒険者には限られた冒険者には伝えてある。
衛士連中には街に入るようであれば私に連絡しろと念を押しておいたはずだ。
「もう少し状況を詳しく教えてくれ。」
『はい、支部長が出発した翌日に警邏隊長のモンドさんが面会を求めて来て代わりに要件を伺おうとしたら"本人に話す"の一点張りで…そして今朝になりDさんが先程の件を…内容が内容だけに私の独断で緊急通信を使用しました。』
「使用に関しては問題ない、むしろ良く伝えてくれた。有能な秘書を持つと心強いよ。」
警邏隊長が私を訪ねたのは間違いなくアダムの件だな。
ともあれ、例の人物に粗相を働いて被害が無いのは不幸中の幸いだ。
村での情報収集にもはや意味はない、早急に街に帰り誤解を解かねばいかん。
「サリー、計画を変更しこれからオースに帰る。今から出れば昼過ぎから夕方前には着くだろう…警邏隊長に私の名前を出しても良い"決して無礼を行いをするな"と伝えてくれ。」
『畏まりました。お帰りをお待ちしています…あなた。』
宝珠の光が消え、サリーの声が聞こえなくなる。
妻の声を聞かないでまだ半日ほどだがこれほどまでに恋しいものだったとは…我ながら年甲斐もなくのぼせているようだ。
「マルダ、話は聞いていたな?オースに戻るぞ。」
「はぁ~、ここまでの工程は徒労すか…」
「ぼやくなよ、報酬は全額とはいかないが用意してやる…街までの護衛を頼むぞ。」
「へいへい、報酬が出るならやる気マンマンですよ~」
あの人物を怒らせて街が壊滅することは何としても避けたい。
私とマルダはまだ朝靄が消えきらない森の中をオースに向けて馬を走らせる。
休憩は可能な限りとらず、馬の疲労具合だけに注意を配り常に全力疾走状態…ポーションを飲ませていなければ1時間も持たなかっただろう。
緊急の案件を待たせているからか道中の距離と時間の進み具合がちぐはぐに感じてしまう。
太陽は既にあんなに高かったか?
森はこんなに深かったか?
通信は来ていないか?
街はまだ無事だろうか…。
そうだ、これは『緊張』だ。
久しく感じていなかったためもう体も心も忘れていたらしい。
人は不安なこと、予想から外れた事態に対して嫌悪感を抱き、それが緊張となって本来の能力を発揮できなかったり予定を崩されたりする。
私はそれが嫌であれこれと情報を集め、対策を講じて今に至るのだ。
昔はあれやこれと理由を付けるだけの学も無く、出来ることをやっているうちに実績が後から付いてきた。
"私が緊張など…らしくないな、出来ることを出来るだけ…最悪を避けるのが私の使命だ。"
そんなことを考えているうちに森の切れ目が見え、なだらかに広がる丘が見えてきた。
オースまではもう30分も掛からないだろう。
さて、例の人物が牢で大人しくしてくれているのを祈りつつどう謝罪と申し開きすべきかな…と私の頭は思案を始めるのだった。




