元奴隷達の引っ越し
リリアナから無事に逃げ出せた私は元奴隷達の引き取りの為に公爵邸に赴いていた。
「ご苦労。今日は裏の家に用事だから公爵への取次は不要だ。」
「ハッ!」
前回ぐらいから顔パスだし門番とのやり取りも慣れたものだ。
大企業の社長というのはこんな感じなのだろうか…。
それにしてもコーウェル公爵の薔薇園は見事なものだ。
どれだけ花や庭園というものに無頓着でも素晴らしさが分かる。
贅沢な手入れのおかげか、完全に開ききった花は見かけずこれから主役になるであろう8部、9部咲きが場を彩っている。
花、蕾、葉がバランスよく配置されており薔薇の花だけが主張せず全体で1つの美術品として完成しているようだ。
薔薇のアーチを潜り抜けながら散策していると目の前にひと際大きな花が現れた。
「あまりに美しい薔薇園を見ていたらここに一際可憐な薔薇が一輪咲いているではありませんか。」
「まぁ、アダム様!」
自分で言っておいて何だが、くっさぁ…今の私はイケメンだからこそ言える恥ずかしいセリフ。
「もう…いらっしゃると教えて頂ければもう少しおめかししましたのに…」
「ご機嫌麗しゅう、メリーベルさん…それ以上綺麗になっては薔薇園の花たちが咲くのを諦めてしまいます。」
「まぁ! お上手ですこと♪」
今のところは回答を間違えてはいないらしい。
メリーベル嬢が上機嫌な事がその証左だ。
「もしかして……今日は私に会うために?」
「申し訳ない、今日は裏の預けていた者達を引き取りに来まして…」
「それではアダム様が当家にいらっしゃるのはもしかしてこれが最後ということですか!?」
リリアナといい、メリーベル嬢といいこの世界の女性は何か推しが強くない?
「そんな事はありませんよ、私はコーウェル公と今回の件で結べた縁を非常に大切に思っています。これからも良き関係を重ねていければと考えています。」
「すみません、声を荒げてしまって…それではこれからもお会いすることができる…と?」
「またまだ忙しい身ではありますがいずれ時間は作ると約束しましょう。」
「はい、楽しみに待っておりますね。」
公爵との良好な関係は維持すべき…その為にはメリーベル嬢と親しくする事も必要だろう。
打算的だがこの世界で結べた縁はまだそれほど多くない、大切にしていこう。
「よし…!アダム様にふさわしい淑女に慣れるようにレッスンの数を増やしてもらいましょう!」
メリーベルと別れた後に割と重要なフラグが囁かれた事を私は知らなかった。
邸宅の横を抜け、元奴隷宅が見える位置に差し掛かると家の脇で誰かが組手…手合わせしているようだ。
徒手による打撃の打ち合い、たまに投げや関節技だったりと年末の総合格闘技を思い出す。
だがどちらも人種ではなく、亜人…奴隷商の所から救った奴隷の仮リーダーだった黒猫の亜人とその後ろに居た亜人だろうか。
あの暗がりでは見えなかったがもう1人の方は豹?チーター…だろうか、猫系という事は何となく分かるが生半可な知識しかないので判別がつかない。
黒猫のほうはかなりガッシリとしつつも引き締まったバランスタイプに思える。
チーター(仮)のほうは細身のスレンダーなスピードタイプ…細マッチョというのだろうか、いや失礼…女性のようなので細マッチョはいかんな。
黒猫が頭を狙い拳を突き出すとチーターが首だけ紙一重で避け、代わりにとばかりに左の足蹴りがお見舞いされる。
それを読んでいたとばかりにブロックする黒猫、蹴りをガードしつつ片足だけになった相手にタックルを仕掛けマウントポジションに持ち込む。
そして顔面に拳を――─という所で止まった。
彼らの中で試合終了という事なのだろう。
思わずパチパチと拍手を送ってしまった。
「素晴らしいものを見せてもらった。」
2人は組手の構えを解くとババッと膝を折り、首を垂れた姿勢を作ってきた。
「これはイヴ様、このようなお見苦しいところをお見せして申し訳ございません。」
あー、こっちには名前戻したこと伝えてなかったか…ここで直しても二の舞だし皆揃ってる所でまとめて説明しよう。
「謝ることは無い、先の通り良いものを見せてもらった…特に最後のマウントを取られてからの相打ち覚悟の急所を狙った抜き手は本気で刺すのかと思ってしまったほどだ。」
「きょ、恐縮、です。」
「なんと、私自身それには気づきませんでした…奴隷暮らしで思った以上に訛っているようです。」
1人は委縮、1人は戒め。
いい年した大人…と思う人が耳をぺたん…と倒しているのが何ともシュールだ。
チーターの方は対照的に尻尾をぶんぶんを鞭のように振っていた。
「それと跪く必要は無い、これからみんなに話があるので家の広間に集めてくれないか?」
「ハッ、直ちに。」
組手でかいた汗が既に中天近い太陽の煌きを受けてキラキラと反射し、スポーツのワンシーンを思わせる駆けだし方だ。
コテージのドアを開けるとリビングに全員+メイドが揃っていた…のはいいが何故みんな床に座るのか。
メイドは壁際で直立不動だし…。
「…みんな、そう硬くなることは無い、椅子やソファーに座り楽な姿勢で聞いてほしい。」
そう促すことで恐る恐るだが座っていく。
これは上下関係を示しているのだろうが、ちょっと大げさすぎる。
精々、直属の上司と部下ぐらいの関係で十分だと思うんだがなぁ。
「皆に話すことが大きく3つある。重要な事なので良く聞いて覚えていてほしい。」
少し間を置きつつ、全員の顔を見回して視線が通ることを確認し次につなげる。
「1つ目、私はここではイヴの名を名乗っているがこれは偽名だ…これからはアダムと呼ぶように。
2つ目、君たちはこれからこの家を出てとある村に引っ越してもらう。
最後3つ目、引っ越しに関しては強制ではない…自分の街に戻りたかったり自由に生きることを私は咎めない。遠慮なく自分の意思を示してほしい。」
「恐れながら…宜しいでしょうか。」
例のダンディ黒猫さんだ。
「はい、どうぞ。」
「ここにいる者は全て…アダム様に救われた者達です、よって全員が貴方様に―「はい、ストップー。」
おほん、と一呼吸…これは仮とは言え代表が言い出しては少々問題を残すことにもなる。
「再度言っておく、私は君たちをなりゆきで救いはしたが別に報酬が欲しくて助けたわけではない。だからどう生きようと君たちの自由だ。
もちろん、そこの…黒猫の亜人の君みたいな忠誠を示してくれるのも1つの答えだ。」
ハッ…と首を垂れるのはもういいよ…
「だが、家族と無理に分れさせられた者はいないか?非道な扱いで人種に絶望したものはいないか?引っ越し先の安全は私が保証するが人種が治める村だ…問題の火種は少ないほうがいい。」
黒猫とチーターは前々から忠誠を―って聞いているからいいとして…残りは人種が2名に土精種1名と耳長種1名だ。
「そちらの人種2人はどうだ、自分の家に帰りたくはないのか?」
「えっ…あ…はい…帰りたい…です…」
「私も家族に会いたい…です。」
「うん、良く自分の意思を示してくれた。公爵に頼み故郷に送ってもらえるよう手はずを整えよう。」
チラッとメイドに視線を送るとアインがお辞儀をしてコテージを出て行った…連絡に行ってくれたのだろう。
「そちらの土精種の男はどうだ?」
「ワシは鍛冶が出来ればできればどこでも問題ない。」
これはまたドライな、研究者…ファンタジー的に土精種――ドワーフは街のインフラや装備関連に大活躍する存在だ。
正直手元に置けばよい手札になるかな?
「生憎、その村に鍛冶師のような者は居ないので設備は無い…設備は私が整えれば…やるか?」
「この建物の設備から察するに天上の鍛冶設備か!それなら全てを捨ててでも行くわい!」
わーい、釣れた釣れた。
「最後はそちらの耳長種のお嬢さん…君はどうする?」
「…お嬢さんは止めてちょうだい、これでももう170歳は超えているわ。」
以前に助けた耳長種も若い見た目ながら300歳を超えていた事から年齢の10分の1くらいの見た目なのだな。
「それは失礼した、話を戻すが故郷に帰るというなら手はずは整えるが?」
「…帰りたいのは山々だけど私は既に死んだことにされているでしょうね、それに人種の慰み者になった耳長は穢れものとして扱われるから帰っても居場所が無いわ…」
「分かった、君の居場所は私が作ろう。」
「…感謝します。」
その後、執事さんを呼んで今日で引き上げることと人種の女性2人に関しては家に帰れる手はずを…という話をした。
公爵家には手数料として魔法効果の付いた装備をいくつか、家に帰る2人にはそれなりの金品を支給した。
「アダム様、こちらをお受け取り下さい。」
執事さんからマイクのようなものを渡された。
マイクと違うのは先端の網の部分が宝石に変わっていること。
「こちらは会話が出来る魔道具でございます。柄のボタンを押すと中に仕込まれた魔力結晶から魔力が流れ、上部に付けられた魔石が会話の触媒になる…という優れものです。」
確かにボタンが1個…ほかに弄る場所がないということは…
「これは対になっていて、対になったもう1本としか会話が出来ないものですか?」
「ご推察の通りでございます。もう1本は在宅時は旦那様、外出時は私が管理しておりますのでいつでも対応可能となっております。」
「なるほど、次から用事があれば使わせてもらいます。」
「もう1つございます…アダム様専属として付けていたメイドですがご入用であればそのままお連れ下さい。」
「旦那様からも許可は出ております。それに…」
「それに?」
「いえ、身内の恥ずかしいお話で恐縮ですが"あの家の快適さに慣れてしまったら元の勤務には戻れない"と…」
「ははは、正直で良いではないですか。それではお言葉に甘えてお借りします。」
「よろしくお願い致します…粗相があればすぐに飛んできますので…」
この執事さんであれば文字通り『飛んで』来そうで若干怖い。
まぁ、村での生活の為にも手はあったほうが良いだろう。
みんなが家から出た事を確認してコテージをアイテムボックスに収納する。
「では執事さん、2人を故郷までよろしくお願いしますね。」
「畏まりました。皆様、またのお越しをお待ちしております。」
「ではみんな、私の手に手を重ねて下さい、抵抗ある人は体に触れるだけでもいいです。」
右手に2人、左手に2人…背中にメイド3人を感触を確かめつつアダム村へ『転移』した。
会話会ばっかりで申し訳ない。
どうしても会話しつつ細かく段取りを踏まないと満足できなくて…
もっと読者の想像に委ねられるような文体を目指したい。




