契約書を作ろう
私――沢渡 神一郎はサラリーマンを自主的に辞め、MMORPGのテスター兼ゲームマスターとしてとある会社に就職した。
その結果…世界に名前が有るわけじゃないから「こっち」とか「あっち」でしか表現出来ないけどそれは置いといてこっちの世界の管理人になった。
それ自体は問題ない。
ゲームマスターとして就職したのだから…問題なのは…いや、語弊があるな。
帰れないと言われたことが問題と言えばそうなるかも知れないが、大した問題ではない。
私自身はこっちでの生活に案外満足しているし、あっちでは絶対に味わえないファンタジー世界だ。
楽しまなきゃ損ってもんだ。
私自身の回想はこのくらいにして…
管理者生活もなんだかんだ3週間、アルバイトの時を含めれば約3か月だ。
救った人数(種族問わず)は100人を超え、それから数えるのは止めた。
念のため信仰ゲージを確認すると毎日190P程度溜まっていることから人数=信仰ポイントだと推察出来た。
リリアナらの村のように集団を助けたことも多々あるため正直な所何人に祈られているかは不明だったが少なくとも昨日と今日の差分で今の人数が推測できるのはありがたい。
しかし、今までの生活でそれなりに溜まったが信仰ポイントが減った形跡は無い…。
何をすれば減るのかは今後の課題として置いておこう。
そして、日々の救済を続けているうちに明確になった問題がやはり『救済の説明と報酬』の話だ。
もう同じことを何十回も繰り返すのは疲れたよ…。
というわけで救済がない時間を利用して契約書作りに取り掛かろう!
とあえずの問題としては、
1、契約内容を文面に起こす、法に詳しい人。
2、契約書に魔法か呪いを付与する魔法等に詳しい人と実行可能な人
3、契約不履行時の罰の考案
4、契約書の量産
5、可能性として言語を持たない種族への契約書の考案
とあるがまずは1と2だ。
主な相談先はコーウェル公とエミエだ。
特にエミエなんてあの村で軟禁状態のまま出てきてから2週間は経っているので様子見も含めて見に行くべきだな。
コーウェル公は貴族だし、何かしらの連絡をしてから行くべきだろうが…こちらからの一方的な念話ぐらいしか連絡手段がないのであの執事さんか借りたメイド3人衆のどちらかに連絡役を担ってもらおう。
では行動を開始しましょうか。
「ハチーちょっと出かけてくるがお前はどうする?」
「仕事では無いのだろう?ならばお菓子さえあればいいぞ」
この自堕落っぷりは目に余るものがあるが…大人しくしてくれているなら放って置こう。
「じゃあ私だけで行くけど、おまえも少しは運動したほうがいいと思うぞ? お菓子の食い過ぎで腕とか腹がちょっとぷにっとしてきてるからな。」
「何!?」
「『転移』」
爆弾は落としたから後はアイツ次第だな。
― ― ― ― ― ―
コーウェル公にアポを取るため、元奴隷の家に赴きメイド経由で執事さんを呼んでもらった。
やはりあの呼び鈴は魔法の道具らしく特定の人物にかならず聞こえるというものらしい。
チリンチリンと鳴らして十数秒程度、数十秒じゃないよ?
ドアがノックされる…どれだけこの執事さんは有能なのか…。
「それでは旦那様の都合の会う時間をご連絡し、イヴ様の都合の良い時間を選んで念話で連絡を頂く…という形ではどうでしょうか。」
「うむ、それで構わない。時間は何かに書いてここのメイド達に預けてくれれば良い。」
「畏まりました。すぐに対応致します。」
「では私は別の案件に向かうのでここで失礼します。『転移』」
「いやはや、旦那様からもしや転移魔法では…と伺っていましたが本当だとは…これは考えを改めねばなりませんね。」
老紳士は髭を撫でながら少々思案に耽る。
― ― ― ― ― ―
そういや、未だに公爵家では女性扱いされるのは…いずれ説明しよう…。
さぁ、忙しいぞ。
次はゲイツ村長に会ってエミエの処遇とちょっと相談をしなきゃいけないからなー。
今日は姿を隠す必要も無いので転移先の教会からそのまま出てくる。
もう朝日という高さではないが日は中天に至らず、まだまだ村は働き盛りという時間帯だ。
青空に白い雲、畑仕事に放牧…うーんスローライフとでも言えば良いのだろうか。
退職した人たちが田舎暮らしを求めるという気持ちも分かる。
私の姿に気づいた娘が走ってきた。
リリアナだ。
彼女は私が一番最初に助けた家族の1人だ、その為非常に印象深く記憶に残っている。
父親はすでに流行り病で先立ってしまったがその後は母親と弟と元気にやっているようだ。
それはこちらに向かって笑顔で手を振りながら向かってくる元気さを見れば容易に汲み取れる。
「アダムさまー!! わっ!…たっ…と…あははは…」
危ないちゃんと前を見て走らないから転びそうになるんだよ。
「アダム様、ようこそアダム村へお越しくださいました!」
ん?気のせいかな?何か2回呼ばれたような気がしたけど…
「リリアナ、元気そうで何よりだ。家族も変わりないかね?」
「はい!私の家族はもちろんですが、村に男手が増えたことで活気が増えて毎日が楽しいです。」
「そうか。それは何よりだ、今日は村長に用が有って来たのだが何処にいるか分かるかね?」
「まだ昼前なので…畑か牛舎だと思います」
「ありがとう、向かってみるよ」
「あの!アダム様…もし、もしよろしければ…お昼はウチで食べて下さいませんか!?」
これは…うん、救ったお礼の一環だな。
村長とか偉い人であれば分かるが思い入れはあるとはいえ一村民の誘い安易に乗るのもあまり良いものではない…と思う。
「うむ、村長との用事が済んでから時間があれば寄ろう。」
「はいッ、お待ちしております!」
…大丈夫だよな?
あくまで『時間があれば―』って事は無い場合はしょうがない…ってことになると思うが…。
ダメならゲント――村長の息子を代わりに行かせようじゃないか、リリアナに好意を持っているようだし私も時間を使われずに済むし、win‐winじゃないか。
管理者はキューピッドの役割もこなしてみせるのだ。
畑か牛舎と言われたものの直接行って確かめるのも少々のロスだ、『範囲索敵』の条件付きでさっさと探そう。
見つけた先は村から少し離れた畑と思われる場所だった。
散歩気分で畑に向かうが、何故だろう…村人が私を見つけるたびに跪いて両手を合わせている。
先ほどリリアナがアダム村と言っていたような気もするし…ちょっと予想外な方向に進んでない?
「アダム様! こんな所へわざわざ来ていただかなくとも我が家でお待ちいただければ…」
「気にしないで欲しい、仕事中に押し掛けた私に非があるのは承知です、それに良い天気に散歩も中々良いものです。」
「はぁ…そうですか。」
「時に村長さん、ちょっとお話があるのですがよろしいですか?」
「それは大丈夫です…ゲント!あとは頼むぞ! それでは参りましょう。」
只歩くのも寂しいので道すがら村長に疑問を兼ねて話を振ってみる。
「村長さん、この村の名前ってあるのですか? 風の噂で…えー…私の名前が使われているとか何とか…」
「本人に確認も取らず申し訳ない事です…恥ずかしながら今まで名前がなかった反動と言えば良いのでしょうか…村民から熱烈に要望が出まして…あ! もし問題があれば即座に変えますが…」
これは『アダム村』が肯定されたと見るべきだろう…本来の私の名では無いとはいえこれはちょっと気恥しい。
「いえ、問題は私自身の恥ずかしさぐらいですので……皆さんが良ければ構いませんよ。」
「そうですか…いやぁ本人に許可を取らなかったとはいえ私も悪くないと思っていたものですから」
許されたという事から村長自身はにこやかに話てくれた。
この村が唯一関係するのは村の南部に位置するオースの街のみなので今の所は大きな影響は無いと思いたいが…。
「もしかして、村人が私を見るたびに祈るのもそのせいですか?」
「そうですね…あの像に祈りをささげる事もそうなのですが、あの戦いを見たものからすれば現人神とでも見えたようで…」
元々『信仰』というものは宗教に付随するものだ。
私からすれば只の力を使うためのポイントだが、この世界で生きる人にとってはまさに新しい宗教そのもの…何も戒律もルールも無いけど。
そして私がまさかの神扱い。
「ははは…私が神とはまた大きく見られてしまいましたね…ですが私の扱いは出来ればもう少し雑にお願いします。」
「はぁ、アダム様がそう仰るのであれば…」
アダム村が変更できそうにないのでとりあえず私自身の扱いは人並みにお願いしたい…そうでなければ対等に相談する相手すらいなくなってしまう。
私とて管理者という立場ではあるが孤独と孤高を望むわけではない。
時には人と触れ合い、語り合い、温かみの中に有りたいと思う時もあるのだ。
「相変わらず狭い我が家ですが、どうぞお入りください。」
「お邪魔します」と入るとそこには…普通に村長の妻と談笑するエミエの姿を見つけるのだった。
3部始まります。
お付き合い宜しくお願い致します。
2018/3/14
管理者生活の期間を修正




