家に帰るまで、公爵への罰
「お二方、お待たせしてしまいました。今すぐ邸宅までお連れします。」
もう夜も遅いというよりは明け方の方がよほど近いだろう。
実害は服の汚れくらいと言っても誘拐の被害者には心のケアが必要だろう。
放置しておくのは良い事ではない。
住み慣れた環境に戻して養生してもらうに越したことはない。
「あの…地下に居た奴隷達は…どうなるのでしょうか。」
メリーベルが恐る恐る訪ねてくる。
見た目は勝気に見えるが心根はやさしい娘なのだろう。
「みな、解放しました。後は公爵様に委ねようと思います。」
「そうですか…」
ほっと母親譲りの大きな胸を撫でおろしている。
胸を撫でおろしている。(大事な事なので2回です。
「それでは参りましょう。お二方、お手を拝借しても?」
「「?」」
疑問符を浮かべながらも私の右手にメリーベル、左手にメルラダさんが手を乗せてくれる。
「従者よ、私は先に飛ぶから下の奴隷達を公爵邸まで連れてきなさい。」
「承知致しました。」
恭しくお辞儀と丁寧な動作をしているが "お菓子追加だぞ" と内心は欲望に忠実なドラゴン様だ。
「ではお二方、どうか驚かれませんように目をお瞑り下さい。…『転移』」
主を見送った従者は、
「お仕事はきっちり済ませねばな、お菓子が我を待っておるぞ!」
とやる気をモリモリ漲らせていた。
― ― ― ― ― ―
「もう目を開けて構いませんよ。」
公爵邸前に転移したが今回は『透明化』などは掛けていない。
いきなり門前に現れた私たちに対し門番達は目を丸くしながら対応に当たるが…
「なっ!何者か!?」
「…無礼な、武器を下げなさい。」
女帝の風格とでも表現すればいいのか、端的に言うなら「怖い女性の上司」というイメージ。
なお、このイメージは私個人の物ですので全ての女性の上司に当てはまるものではございません。
でもこういう職場では強い女上司が乱れる映像作品とかは…おっと、話が反れました。
「お、奥方様にお嬢様!?失礼しましたッ!!」
自分が誰に槍を向けたか即座に把握したのだろう、直立不動の像のように固まってしまった。
「分かったら門を開けなさい、それと夫に使いを。」
「ハッ!!」
上に立つのがさも当然といった姿。
現代日本からすれば偉ぶりすぎと捉えてしまうがこの世界での上下関係とはこのぐらいでよいのだろうか。
門がスッと開き、玄関からメイドがぞろぞろと出て、道の左右を固め、その真ん中を公爵がこちら目掛けて走ってくる。
大きい貴族の屋敷だ、玄関から門までは直線で100メートルはあるだろう…そこを全力疾走している。
寝ずに待っていたのだろうか、目の下に隈を作り髪が乱れているのは気のせいではない。
「メル!メリー!!」
感動の再会だ。
コーウェル公は涙やら鼻水やらを隠すことなく2人を抱きしめる…娘もやはり心細かったのだろう、父親の胸に頭を埋め嗚咽を漏らしている。
やはり母は強し、メルラダさんは冷静に「ほかの人が見ていますよ…程ほどに」と至って冷静だ。
私も感動の再会に口を出すほど朴念仁ではない。
しばらくはおとなしくしていよう。
― ― ― ― ― ―
公爵は妻と娘を執事とメイドに預けると私を応接室に迎えた。
「済まない、恩人を前にはしたない姿を見せてしまった。」
「お気になさらず…家族が欠けずに再会出来たのです。喜ばしい事でしょう。」
もう空が白み始めている…公爵は貫徹状態だろうが気力は満ちている。
家族が無事だったことが分かり、安心したというのが大きいのだろう。
「貴方には感謝してもしきれない、何でも望む物を報酬として差しあげよう。」
「報酬ですか…忘れていたら大変なので念を押しておきますが、貴方へは『罰』の事もあります。あまり不用意な発言は命を縮めますよ。」
「それは…私に命を差し出せと言っているのかね…?」
公爵への罰の件はいくつか考えていた。
だがどれも納得いくものが出なかった…罰という名の死であったり、『信仰』を広める教祖になってもらうとか…。
棚から牡丹餅ではないが今回奴隷の件があったお陰で丁度いい事を思いつけた。
「そうですね、長い目でみれば命を差し出せ…という事も当てはまるかと思います。」
お茶を一口啜り、私も気持ちを落ち着ける。
言葉は正確に選ばねば後々問題を産みかねない。
「罰を与える前に私も少々状況の確認をしたいのでいくつか質問させてください。」
「…何なりとどうぞ。」
「この王都での奴隷の扱いについて…奴隷自体は合法なのですか?」
「例えば犯罪者や借金などを払えない者…これらが『合法』な犯罪、労働奴隷です。そしてそれらに混じり誘拐や借金の形として当人ではなく家族…主に妻や娘など使い道のある者を無理やり連れて来る…これらが『違法』な奴隷です。」
「ふむ…」
「王都、いえ近隣の諸国も含めた話になりますがこれらの奴隷を区別する事はほぼ不可能です…一部の役人と商人が借用書を偽造して濡れ衣を着せているという事例も出ているくらいです。」
「これを解決するために王は動いているのですか?」
「先ほども言いましたが判別が不可能なのです…確実に偽造と分かったものは処罰していますが本物の奴隷も数多く後手に回っている状態です…今回の誘拐に奴隷と関係が?」
「…ブタールという商人に聞き覚えは?」
「ブタール…ブタール…確か幾度か当家に売り込みに来ていたと思いますが…」
「今回の誘拐の主犯です。」
「何ですと!?」
「動機は奥さんと娘さんを玩具にする為…と言っていましたね。手紙も偽装の一部だったそうですよ。証言は奥さんと娘さんも聞いているので信じられなければ確認してみてください。」
みるみるうちに公爵の毛が逆立つように怒りの気配が満ち、こめかみに血管が浮き出る。
「いえ、信じましょう。それで…その商人はどこに?」
この様子では捕まえて拷問…いや、処刑までやるだろう。
「既に物言わぬ体です、遺体はブタールの商店の地下に置いてきました。そうそう、その地下に違法と思われる奴隷が居たのですがね…後でこちらへ来ると思いますのでひと時の間で構いませんので面倒を見て頂けませんか?」
「そう…ですか、既に…私自身の怒りを向ける先が無くなったのは微妙な心持ですがそれは仕方ない、奴隷の件は分かりました。我が家の家名に掛けて保護致します。」
「良かった。これで憂いなく主題に入れます。」
それでは一番の主題に移るとしよう。
公爵自身も罰に関する話になかなか移らないのが気になっているのか複数回汗を拭う仕草をしている。
「それでは…コーウェル・レニード・マンダン、貴方にはいくつかの制約を課したいと思います。その生涯をもって解決の為に活動なさい。」
私がコーウェル公に課した制約…約束は3つ。
1つ、違法な奴隷の解放、最終的には奴隷制度を廃止の為に尽力なさい。
2つ、領民に手を掛ける事、王が人道を外れることの無いように尽力なさい。
3つ、己が正義の為に生涯を尽くしなさい。
公爵は執事を呼び書面に書き起こした。
なんと便利な事か、「日本語じゃない!」と思ったがこの体では問題なく読み書き出来るようだ。
もしかすると今まで会話していたのも日本語では無かった…?
細かい事は置いといて…
私が制約した3か条に加えて、下には「マンダン家当主はこの約定を生涯に渡り守る事を誓う」と付け加えられ、公爵のサインと判子が押された。
くるくると巻き私に1巻き渡して、1部は公爵が持つようだ。
同じものを私に持たせることで制約としているようだ。
私の方からもこぶし大の神像を執事に渡して「これを屋敷に置いてください。」と伝えておく。
これだけ調度品がある家だ、その中の1つとして紛れ込むだろう。
「妻と娘…加えて私の命がまだあるのは貴女の慈悲のお陰です。重ねて感謝を…。」
「貴方の家族を救ったのは私の『仕事』です。貴方これから生涯を賭して誰も成し得無かった改革行うのです、それは紛れもない過酷な『罰』……感謝は不要です。」
「…私に過酷な罰を与えていただき感謝します。」
もはや何も言うまい。
「私は奴隷達を迎えたら帰りますがそれまでは少しお邪魔させて頂きます。」
「どうぞごゆるりと…私は妻と娘の様子を見に行ってまいります。何かありましたら執事に申しつけ下さい。」
そう言い残し公爵は部屋を後にし、執事はテーブルに呼び鈴を置きペコリと一礼し扉の外へ。
既に空の大半が白み…というよりは青空になりつつあり、応接室から見える王都の風景が鮮明になってくる。
行儀は悪いが、ティーカップを持ちながら窓へ歩み寄る。
王都の全景は見えないが、形状としては三角形になっており上に行くほど高貴、権力者という構造だろう。
窓から見える下の風景はレンガ積みの家だったり木造だったり、大きさはバラバラで道の太さも、入り組み方も違う事から区画整理が追い付いていないのが見て取れる。
煙突から薄く煙が立ち始め、王都の末端が目覚めつつあることが把握できた。
街が起き始めると道に出る者も増えてくる…ぞろぞろと奴隷を連れた集団は必ず衆目に晒されるし、最悪の場合は衛士に…となりえる。
"ハチ、今どのあたりだ?"
"うーん…もう少しで着くと思うのだが、飛ぶのとは訳が違ってな…"
"…迷ったのか?"
"身も蓋もない言い方だが、うん…まぁ、世間的にそのような言い方をすることを知ってはいるぞ?我がそういう状態になっているかどうか――何だ貴様ら、邪魔を――"
"おい、ハチ?"
あら、念話が途切れた。
フラグ立てちゃったかな…机の上の呼び鈴をチリンチリンと鳴らす。
数秒とおかずにノックされ執事が入ってきた。
「私が公爵の使いであるという身分を示せるものをお借りできますか?」
「…失礼ですが、用途をお伺いしてもよろしでしょうか。」
「先ほど公爵にお伝えした奴隷の件…向かっている途中にもめ事に巻き込まれたようなので、その身分の証明の為に。」
「畏まりました。少々お待ちください。」
家名を名乗る物を貸せということは当然悪いことにも使えるという事だ。
それを執事の判断で出せるというのは執事が信頼されているのか、私が信頼に足ると見做されているのか…おそらく前者だろう。
1分と置かずに執事が戻ってきた。
手には紋章入りのマントと短剣…この執事すごい有能、欲しい。
「こちら、当公爵家の親族か非常に関係の深い方にお渡ししている品でございます。」
「ありがとう、お借りします。」
「いいえ、旦那様より是非お譲りするように、と伺っております。」
「そうですか、では頂いておきます。」
「はい、旦那様も喜ばれます。」
さっそくマントを纏い、短剣を腰に付ける。
羽織ってみたが白地に青のラインが鮮やかな装飾だ、今の装備に良く合う。裏地も凝った刺繍がされており胸の部分には公爵家の家紋が縫われている。
短剣の方も実用性はなさそうだが公爵家の紋章が刻まれた白い鞘、柄に大きな青い宝石…公爵家は青とか白がイメージカラーなのだろうか。
「では少し出てきます。公爵によろしくお伝えください。」
「行ってらっしゃいませ」とお辞儀をする執事を尻目に窓を開け放つ。
まだ太陽が昇る直前、冷ややかな空気が部屋に入り込み顔を引き締める。
眠気や疲れは一切ないこの体だがまだ人間だった頃の感覚が残っているのだろうか、眼も冴えるようだ。
簡易的なバルコニーをトンッと軽く蹴り、2階から飛び出す。
庭に着地し、トン、トン、トーンと石畳を壊さぬように軽く門を飛び越えながらハチを目指す。
『範囲索敵』で既にハチの居場所は確認済み、屋敷から直線で1キロ程度、道なりに歩いて3キロといった所か…ハチの後ろにいるのは奴隷達…その他の反応は衛士かな?
職務質問みたいな事をされて答えが不明瞭で怪しまれた…と見るのが妥当かな。
夜に移動していた時は感じなかったが、中々青空の下を軽快に飛び回るというのは爽快感を感じるものだ。
ハリウッド映画の主人公のような縦横無尽に街を飛び回るヒーローに憧れなかった訳じゃない。
そのヒーロー達も悩みながら、強敵と闘いながら成長していく姿が良く描かれている。
私も自分の正しさを押し付けるだけでなく、もっと違った正しさを見つけることが出来るのだろうか。
楽しい事というのは時間の過ぎ方が早く感じるものだ。
勉強の1時間、ゲームの1時間では体感時間が違うのと同じだな。
眼下で揉めるハチと衛士の姿が見えた。
位置を調整して…とうっ!
白いマントを翻し、私が降り立つ。
時間差で長い銀髪が朝日を浴び煌きを放つ。
ヒーローが大地に降り立つように力強く、白鳥が舞い降りるかのように優雅に軽く。
「え…」
誰が空から人が降り立つと思うだろう。
周りに居た衛士、奴隷が唖然として私を見つめる。
まるで舞い降りた天使(自称
…決まった…!
さて、おふざけはこのくらいにしておいて…。
「ここにいる衛士の中で一番偉い方は?」
数人の視線が一人へ向かう。
なるほど、一番年齢が高い人…と思いきや案外若い人が一番偉いらしい。
「私は公爵家の使いでこの者たちの迎えに参りました…身分の証明は必要ですか?」
「い、いいえ…そのマントにある獅子と薔薇の紋章は確かにコーウェル公爵の物…お手を煩わせてしまい大変失礼致しました。」
「お気になさらず、身分を証明できるものを持たせなかったこちらの落ち度もありますので…」
「そう言っていただけるとこちらも助かります。」
「では先を急ぎますので…いきますよ。」
ハチに促し、公爵邸へ急ぐ。
これ以上の面倒は抱え込みたくない。
私の足は自然と早歩きになるのだった。
「隊長…さすがに公爵家の縁の者では取り調べる訳にも行かないですよねぇ…それにあの身体能力…特色クラスの冒険者とか…?」
「…」
「あれ、隊長?」
「…可憐だ…」
「「「は?」」」
「い、いや何でもない!警らを続けるぞ!」
「公爵家にツテでもあれば出会えるかもしれませんねぇ?」
「うるさい!さっさと行くぞ!」
とりあえず『助けてもいいし、助けなくてもいい』というイメージの1回目が何とか書けました。
もう2話で2部の主要なストーリーが終わりの予定です。
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