その後、ある布教官の話(加筆)
2019/9/21加筆
ここはとある地方の田舎町。
王国歴741年…分かり易く例えるなら教会の崩壊後の2年後に当たる。
それでも領民は1万人を越え、この近辺ではもっとも栄えた街だ。
「皆さま、この度はアダム教の布教会にご参加頂き誠にありがとうございます。私めは筆頭布教官を務めさせていただいております、アモンと申します。隣は筆頭監査官のルシオ君です。以後お見知りおきを」
「…」(ペコリ)
会場に集まった農民、町民、商人に冒険者…身分は隠しているのだろうが高貴と思われる者もちらほらいた。
人種で言えばそれこそ類を問わず、人種に耳長、亜人が各種と坩堝と化した面々に挨拶し、会場を提供してくれた領主にも謝辞を述べた。
白く、絢爛とは言わないが上品に仕上げられた白い僧服を纏ったその男の声は不思議とよく通り、大声では無いのだが数百名はいるであろう会場の奥まで鮮明に聞こえていた。
「さて…アダム教については『教会を滅ぼした』だの『地上に舞い降りた神が教主』だのと根も葉もない噂から戯言まで広まっている事は皆さまもご承知の事と思われます。そこでまずはアダム様についてお話しましょう。その後に教義について…質問については話の区切り事で受け付けますので少々お待ちください」
軽く周囲を見渡し、視線が集まっている事を確認して言葉を続けた。
「アダム教はアダム様を讃える者らの集まりです。しかし、アダム様は神ではございません。厳密にいうならば神に最も近い存在ではあるのですが、何でも出来る万能の存在ではございません。他の…語弊なく言うのであればそこらで教祖、教主をしている『私は神だ』などと宣う輩よりは余程、力をお持ちの御方です。比べるのも烏滸がましいほどですが…」
自らの信ずる存在を棚に上げ、他をけなしているのにその男の言い分に嫌味は一切無い。
嫌味を感じ取れないという方が正しいのか、異論を挟む者すらいない。
「少々話が逸れました。申し訳ございません…アダム様の肩書についてはご存知の方も多いのではないでしょうか。特色ランク、虹のアダムと言えば一時的にですが話題を席巻した事もありました。その偉業は一端とは言え、あの御方の力を推し量る物差しの一つになるでしょう。もちろん、その程度の力が全力でもありません。それゆえにあの御方の元には種族を越え、肩書を越え…はたまた存在が違うモノまでが集うのです!」
自らの講義に興奮しているのだろうか。
男の頬は若干赤く、身振り手振りは徐々に大仰になっている。
「……アダム様の人となりと教義が若干被りましたが…異論がなければこのまま参りましょう。アダム様は数々の偉業を成し、数多の者を救い、そのまま配下となった者と含め、ひいては町一つを従えております。その下では身分の差は無く、種族の差も無く誰もが平等であります。もちろん職務上の上下関係はありますが、立場は公平です。皆さんも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか?アダム様の配下にはモンスターすらも含まれると…」
モンスターは存在自体が悪であり、討伐されるべき存在である。
百害あって一利なしとまでは言わないが、死んで初めて感謝される生物…というのが常識である。
菜園や家畜を襲うのはまだ序の口で人としての尊厳を奪うモノ、そもそも食糧としか見ないモノまで多種多様だ。
「皆様の常識からすれば何を馬鹿なことを、と思われるかもしれません。ですが現にアダム村…失礼、現在は町ですね。そこの守護を任されているのはフォレストウルフの親子です。交通の利便性が向上したとはいえ簡単に移動できる距離ではないでしょう。ですので冒険者の方々にでも聞いていただければ真偽はすぐにわかるかと思われます。 では…この辺まで質問はございますか?」
「…いいべかな?」
「どうぞ」
手を挙げたのはまだ20代と思われる顔つきの…おそらくは農夫だろうか。
少々汚れてはいるが整えた一張羅から見える筋肉質な体と日焼けした肌がその事実を鮮明にしていた。
「公平とか平等とかはよう分からんけ。聞こえてきた噂が本当かだけ聞きたいんだがそれでもええか?」
「私めに答えられることであれば何でもどうぞ」
「……あの町じゃ、農具は全部ミスリルだってのは本当か?」
明確な貧富の差は何も金や武器、装飾に限らない。
一般的に見れば『そんなところにこんな金額を!?』というのが何よりも分かりやすい。
「申し訳ございません。物事は正確に伝えねば布教官の任を解かれてしまいますので…まずは明確な回答はNOです」
「そう…なのか…」
有名な噂なのか、一瞬だけざわっと動揺か失意が広まる。
「ご質問者様に限らず皆様を残念に思われる回答を出さざるを得ない私をお許しください。ですが明確に語るには幾ばくかの言葉が必要です。きっと皆さまを裏切るお話にはなりませんのでもう少しお耳を拝借させて頂ければと思います」
数秒だけ、ざわつきが収まるのと視線が集まるのを待ち口を開いた。
「ありがとうございます。先ほどはNOといいましたが、これは厳密に、正確に言えば…となります。以前は村と住民も少なく、アダム様の恩情も分け隔てなく降り注いでいた為に農具に限らず、除雪用のスコップや包丁にナイフ…一家庭においてはフォークにスプーン、皿までもミスリル製だったことがあります。しかし! しかし、です…現在ではアダム様の威光に縋ろうと移住者も増え、既に当時の村の10倍程度の規模となりつつあります。小さな村であったころと違い、急速な発展に隅々まで整備が追い付いていない状態です。嘆かわしい事ですが、これは我ら従者の力不足を感じる次第でございます」
「おお」と「やはり…」と安堵の吐息が漏れる。
伝説にある黄金卿と違い、ミスリルは庶民にも手が届く貴金属の代表格だ。
実在するとしても無駄に使える金属ではない。
「どうせコーティングでもした紛い物だろう。それでも結構な金額だが…私財があれば不可能ではあるまい。ましてあのアダムなる者はエネキア王国の公爵とも懇意だという話だ。かの公爵ほどの巨財があれば村一つの偽装だって可能だろうがな」
批判的な声を挙げたのはお忍びという空気を隠し切れない貴族と思われる壮年の男性だ。
周りには冒険者…風の護衛もいる。
それなりに情報通のようだが真偽を確かめる事まではしていないらしい。
ある意味それもそのはずだ。
村で使われる農具や食器がミスリルの話が真実としてもそれを適正な値段で買う理由にはならない。
買っても買い手が付くはずもないからだ。
「……私の言が信用ならないというのは…私個人の不徳ですが、あの町に関する事を偽るとみなされるのはあの御方への不敬に当たる恐れがありますので発言にはご注意ください」
「…警告、1つ」
後ろにいたもう一人の監査官を名乗る男が何か呟いたが、筆頭布教官のアモンほどは声が通らず、最前列にいた者らも誰一人として気づかなかった。
疑念を発した貴族(仮)は疑念を次々と並びたてていく。
「大体モンスターの話もそうだ。大方、腕の立つ召喚術が使える輩を囲っているのではないか? もしかしたら教会とも通じていたのではあるまいな?そうでなければ数万もの軍勢を滅ぼしたなどと―――」
「警告、2…3…警告を発す。今すぐその口を閉じぬ場合は『手』を出す」
「後ろの奴がやっと喋ったかと思えば結局は暴力だ!この集会だって馬鹿な下民を扇動して――ムグッ!!?」
誰もが監査官ルシオを、声を挙げていた男を2度、3度と見る。
そしてその間にある物が彼の腕であることに気付くのはしばらく経ってからだった。
貴族らしき男の顔にあるのは紛れもない手で口の部分をガッシリと掴み、一言も発せない状態にしていた。
「!?――!!!―――!?」
「貴様は警告を無視した。よって監査官としての職務を執行する……お帰りを」
ルシオから伸びた腕はそのまま上に…人が一人、中に浮かびホールのドアを目指し飛んでいく。
護衛らしき者らが伸びた腕にしがみ付いたり切ろうとナイフを突き立てるが、不思議なことに血一滴すら出ない。
「…同様に手を出した者、敵対行為を実行した者も同様に処す」
「お手柔らかにお願いしますよ」
「……それは御方の意志か?」
「概ねそう取って頂いて良いかと」
「…善処しよう」
更に左手を伸ばし一人を捉えるが、手が二本では足りないのは明白だ。
ならば…と気軽に財布から小銭を出すがごとく、軽い動作も無しに背中から無数の手が生えた。
取り巻き含め、5名がドアから外へと放り出される。
自分らなど歯牙にもかけない、手傷すら与えられない未知がいると分かればもう脆いものだ。
喚きながら逃げる哀れな存在を既に、誰も見てすらいない。
ホール中の視線はすべて壇上のルシオに向けられていた。
「…天使…」
誰かがそう呟いた。
でももう一方からは全く正反対の声が聞こえてくる。
「悪魔だ…!」
― ― ― ― ― ― ― ―
「少々横やりが入ってしまいました。皆さまには重ねてお詫び申し上げます…この際なので一つご忠告させて頂きます。我らは我らの主に対する不敬、暴言、不遜を許しません。まだアダム教に名を連ねていない皆様方に関しましては多少は目を瞑ります。今回は1度目の警告の無視、2度3度の度重なる不敬に対処したに過ぎません。我々はあくまでも平和的な布教を第一にしております」
そうニッコリとほほ笑むアモンだが、その言葉は民衆の耳にはあまり入っていない。
そうさせたのは自分たちの姿だという事には気づいていなかった。
「あ…あの……」
「はい、何でしょうか?」
参加者の視線は二分されている。
先ほど貴族とその護衛らしき人らを排除した白い羽を生やしたルシオ、黒い…蝙蝠のような羽を生やしたアモンに。
「貴方達は…まさか、モンスター…なのか?」
「…人ならざる姿を見ればそう思われるのも仕方がない事ではございますが、我らはモンスターではありません。アダム様の手によって呼びだされた召喚獣にございます」
「…我も左に同じ、アダム様の従者にして下僕也」
「私は悪魔。侯爵の位についております。ルシオ君は熾天使階級の天使です。先ほども言いましたがもちろん皆さまに危害を加えるつもりはございません。あくまでも我らは布教に来ているのです。自らの意思でアダム様への祈りを届けてもらわねば意味が無いのです……あ、先ほどのあくまでも…と言うのは私が悪魔で、それと掛けたギャグではございませんので…」
「………アモン、5点」
中々に監査官は厳しいようである。
付け加えるが、誰一人としてその発言をギャグとも取らないし、思ってもいなかった。
「―――と紆余曲折があり、自らの行為を悔やみ、失意の底にあったアダム様は可能な限り直接人々を統治する事を止め、救う…ただその一点に活動を絞ったのです。その為に私たちのような従者を呼び出し、各々へ仕事を任せているという訳です…一先ずこの辺でアダム教とアダム様のこれまでをお話しを終えると致しましょう」
パチパチとまばらではあるが拍手が飛んできた。
少なからず自分たちの考えが否定はされず許容程度までは行ったのかと安堵する。
如何に人知を超える召喚獣でも緊張は必至で、ましてや自分らよりも遥かに弱い者を言葉のみで懐柔するというのは骨が折れる。
この緊張感も達成感もあちら側では味わえなかった刺激だ。
「ご清聴ありがとうございました。皆さまの入信を信者一同、心よりお待ち申し上げております」
壇上より二人が去ると、ロビーではざわざわと周りと相談する人が多く見られた。
スキルというより単に地獄耳なルシオはそれを聞き取り、手元にメモしていく。
『アダム様ってのはすげぇんだな。物語でしか出てこなかった天使とか悪魔まで従えるのか』
『でもよ、羽だけ付けた仮装ってのは考えられねぇか?』
『お前あの腕伸ばした所を見てねぇのかよ。大の大人が3人も4人も捕まってもビクともしてなかったぞ』
『うちの近所にもアダム様に救われたって人が居たけど…』
『カタリじゃないの?』
『だってあなた…千切れた腕が元通りになるポーションなんてあると思う?』
『え…じゃあ…本物?』
『アダム様うんぬんは置いといても良い男だったわねぇ』
『アタシゃあの礼儀正しいほうがいいね』
『後ろの寡黙な彼も素敵じゃない』
『人じゃないなんて信じられないけど…』
『『『そうよねぇ~』』』
「…批判的な意見は少なし…」
「嗚呼、これで何人…何十人が改宗と新規を考えて頂けるでしょうか…。今からワクワクが止まりません」
「…アダム様の活躍表現は80点。しかし、それを万民に理解させたかという点で見れば50点…これには聞く側の教養も含まれる」
「手厳しいですねぇ…それも含めてこれからです。ミルレート様の学校により識字率もどんどん向上していますし、エミエ様のゴーレムラボも中々に好調との事。いっそ学びを前面に押し出した勧誘も有かもしれません」
「それには同意。他にも寄付金や医療面、税率など民が自らに直接関わる利益を示せれば…90点」
「むふふ、次の講演内容を少々書き換えなければいけませんね」
天使と悪魔という相反する2名だがアダムの下僕という意味では良き関係を築けている。
そもそも天使と悪魔が敵対しているという常識自体が誤りで、両勢力ともに敵対感情は持っていない。
教会が作り出した天使が善、悪魔が悪という見た目による印象操作だ。
言うなれば両者はライバル企業同士と言った所だろう。
良質な魂を確保して世界を循環させるという、世界を維持するどこにも属さない二大勢力なのだ。
さりとてこの2名は既に天使や悪魔という器から逸脱した召喚獣である訳だが…。
「まったくアダム様、様々ですね。天使という階級を飛び越えた先は地獄かと思いましたが…」
「同意。世界…いや神は残酷だ。規格を飛び越えた先には別の規格があるなぞ誰も思わん。正に牢獄…」
「強すぎる、影響が強すぎるが故の牢獄とは言い得て妙です。『神』としては不要でも『管理者』であれば有用と…せめて恩義に報いるよう努力しましょうか」
「まったくもって同意」
その2人はその場で姿を消し、次の街へと布教に向かった。
お待たせしております…ちょっと出張やら行事が重なり、なかなかまとまった時間が取れていませんでした。
決してモンスターをハンターしていた訳では無いです。
…だってまだアイスボーン買ってないしね…orz
2019/9/21
大変お待たせしております…言い訳をさせてください…。
執筆用ノートPCがアップデートで吹っ飛びました。
回復領域もまとめて死んだのでほぼ再起不能です…あの窓の会社め、ゆるさんぞ…
原稿はUSBメモリなので大丈夫でしたが新規PCを準備するまで少々遅延するかもしれません。
気長にお待ちいただければ幸いです。