自己満足とエゴの夜
ポイントは次話投稿時(木曜)に記載させて頂きます。
「今夜、貴方の部屋に…お邪魔していいかしら? もちろん皆が寝静まってから…ね」
※このセリフは脚色されております。
男に生まれたなら言われてみたいセリフナンバーツーぐらいだろうか。
もちろん異論は認めるが、特に女性と親密になった事が無い私にはかなりクるね。
それが年齢的にJK付近(合法)であれば!
「いやいや…もしかしたら真面目な話とか、他の人に聞かれたくない話かもしれない。いやいやいや、もしかしたらとか私は何を期待しているんだ…!」
フルーに関して思うところはいろいろとある。
しかし、それは恋愛の感情でも無く、上司と部下ですら無く…私のエゴイズムな思惑だけだ。
トン…トン…トン…
ドクン、と私の心臓の鼓動の方が大きく感じられるような小さなノック。
廊下を歩く誰かの足音とすら聞き間違えそうな音だが、一定の調子は間違いなく誰かの意図したものだ。
今夜はアダムの家の一室に泊っているので管理者の間にあるログハウスではない。
ベッドから立ち上がると、鍵も付いていないドアを手前へ引く
「…夜分遅くに…申し訳ございません」
そこには肖像画かと思わんばかりの彼女が立っていた。
雪に反射する月光のお陰で廊下は仄かに青白く、彼女の青い髪をより艶やかにしていた。
身にまとっているのはネグリジェだろうか。
体のラインが結構見え…見えなくもないというシルエットを映し出し……正直、興奮した。
コケていた頬に少し痩せた体躯は「ファイト!一発」なドリンクで本来の調子に戻りつつあった。
「いや…約束していたからな。入りなさい」
「はい、失礼します」
「適当に座ってくれ。何か飲むかね?」
「私などにお気遣いは…」
「ふぅ…何も無しに(会話を)始められる程、私も得意ではないのだよ」
「そう…ですか…では、頂きます」
こんな時には何を出せばいい?
思考を加速させるがそもそも脳内に無い知識は意味が無い。
カクテル? 無理、作れん!
ジャパニーズサケ? きっと雰囲気に合わん!
ビール…同上!
缶チューハイ…論外!
ワイン…私が苦手!
シャンパン…………これか?
テレビなんかではシャンパンは細めの長いグラスに注いでいるのをよく見た気がする。
もちろんそんなものが用意周到に部屋にある訳も無いのでメニューから信仰ポイントで購入する。
アイテムボックス経由でグラスを二つ、あの瓶を冷やす氷のバケツを用意した。
オシャンティー…だけども冬の寒い時期にキンキンに冷やした酒で合ってたのか?
さりとて用意した物を下げるのはちょっとカッコ悪いと自分でも思ってしまう。
こまけぇこたぁいいんだよ!
シャンパンのコルクを弾く…と危ないのでそのまま引き抜く。
ポン、と軽い音と共に泡が漏れ出して来た。
そうそう、こんな感じとタオルを巻きながら、トクトクトク…とグラスを濡らす。
「待たせたね、では乾杯といこう」
「はい」
音のしない、触れるだけの乾杯。
二人の間に言葉は無く、シュワシュワと炭酸が弾ける音すら部屋に木霊するようだ。
飲みやすい(とお勧めが付いた)シャンパンを選んだが、確かに甘くいくらでも飲めそうだ。
フルーも同じようで一口、また一口と進めている。
「甘い…美味しい…です」
「薦めておいて何だが、まだ本調子じゃないんだから控えめにな」
「ふふ、そうでした」
ベッドに腰かけるフルーはとても細く見える。
実際に見えるネグリジェのシルエットもだが、沈んだベッドからも軽さが感じられる。
「…」
「…」
沈黙が苦とは思わないが、部屋に男女が二人っきり。
皆が寝静まった時間帯…個人的な主観で悪いが、スケスケのネグリジェって人に見せないものだよな?
つまり…やはりそういう目的なのか!?
だが私は…その話は置いといて、重要な話をしなければならないというつもりで訪問を受け入れたのだ。
「…フルー」
「…アダム様」
その言葉はほぼ同時で、二人して顔を見合わせ微笑む形となった。
「すまん、そっちから…」
「いえいえとんでもないです。アダム様のお言葉を遮るなど…」
「…すまん、私がの方は言葉にするのは少し難しくてな。ちょっと時間をくれ…だから話はフルーから頼む」
「はい…」
意を決した感じはあったが、あちらも言うべきであろう言葉と羞恥心…私への畏怖か尊敬かは知らんが内なる葛藤があるのだろう。
…ここで関係の無い話をしてしまうかもしれないが、異性に対し「好きだ」と告白できる者はすべからく尊敬する。
どれだけ身分違い、勘違い、思い込みがあろうとも、だ。
グラスに残っていたシャンパンを呷ると、熱い吐息と共にフルーの目が変わった。
「アダム…様」
ベッドから立ち上がるフルー。
部屋に置かれたランプが、ネグリジェ越しのシルエットを露わにする。
細い、華奢…だが、それも女性の体だ。
そしてシュルッ…と肩ひもが外され、彼女の体を守る最後のネグリジェさえも床へ落ちた。
「私の…体、醜くありませんか? 穢れておりませんか?」
「…少々痩せ気味だが、大きな傷もない。風呂にも入ったのだろう?」
目の前にはおパンツ…風情が無いのでショーツとしておこう。
それが一枚だけの女性が私に値踏みでもさせようと、立っているのだ。
正直な所、冷静さを保つので精いっぱい。
性がいっぱいなどとくだらない事を考えないとヤバイ。
「ふふ、そうではございません…ゴブリン、と言えば思い出して頂けますか?」
「…あぁ」
ゴブリンに捕まった者の末路は語るに値しない。
いや、語れない。
運よく助け出されたとしてもその後は『普通』の人生は歩めない。
…そういう事か。
ここは男として恰好を付ける場面だ。
「ゴブリンに汚された…一般的な常識ならば…まぁ、いろいろとあるだろう。だが、私は私の中の常識で生きている。とある昔、こんな事を言った男がいた……誰を愛そうがどんなに汚れようが、最後に俺の横に居ればそれで良い!と」
「…相手の事を真剣に、ただひたすらに想っていたのですね」
某世紀末な漫画だが、特定の女性を求める気持ちとしては純粋であると私は思った。
逆に言うならば好きになった女性が犯罪者だったり、二股をかけて居たり…性犯罪の被害者でもその人を思えるのならば…それは非常に素晴らしく、尊いことだ。
…あくまでもこれが『真実の愛』で他が偽物という訳ではないからね?
「…では、こんな私でも、ゴブリンに弄ばれた私でも…望みはある…と?」
「真に君を思うのであれば、これまでの些事など問題にならんと、少なくとも私は思う」
目に浮かぶ涙は、きっと、たぶん、恐らくうれし泣き…であると思う。
こんなくっせぇー台詞二度と言わんぞ…。
ポス…と私の胸に飛び込む石鹸の香り。
どれほどステータスMAXな、チートな能力を持っていても精神はあくまで並だ。
状況に頭が付いてこない。
『え…何? 軽っ 石鹸の香り 体温高い 泣いてる? 手、柔らかい あんまり無いけど胸の感触…』
頭に某格闘漫画のように情報が乱れ飛ぶ。
一瞬の出来事だが、走馬灯のように濃縮された時間が過ぎる。
「お慈悲を…そのお言葉の証明を、頂けませんか」
「……分かった…。だが私からも大事な、君に告げなければならない事がある」
真っすぐに、涙に濡れ少し赤くなった彼女の目を見据え、告げる。
これは私の…エゴだ。
彼女は望んでそうなった訳では無い。
だが、これを放置すれば次はどこで同じことが起こるか予想出来ない。
きっと十人に聞けば九人は批判するかもしれない。
いや、十人の批判も当たり前かもしれない。
十を救うために一を犠牲にする。
物語の王道であれば「犠牲なんて間違っている!」や「全部助けるだろうが!」と熱い展開があるのだろうが、私にはそれを成せるとは思わない。
私は…俺は…自分の助けられる範囲で助ける。
もとより自分勝手に始まり、自分勝手に決めるのだ。
「フルー。私の為に、死んでくれ」
あえてのノーコメ。