教会の最後
918PTになりました。
ありがとうございます。
「馬鹿な…」
「なぜ…ここに…」
教会の大司教連中は今まで敵対していた組織の首魁が目の前に現れた事に理解が追い付かない。
そればかりか、奴…奴らは法皇の部屋から出て来た…それは、自分たちの頂点と敵の首魁が繋がった、或いは繋がっていた事を意味する。
「まず、皆さん。改めましてアダムです。あまり質問を投げられても答えられない場合がございますのでお静かに願います。余計なおしゃべりをした場合は即座に首なり腕を切り飛ばす事が出来ますのでどうかご清聴を…」
「皆よ、私も血を見たくはありません。静かに拝聴しようではありませんか」
「元同僚、からも…この、アダム、私の……100倍、強い」
「ご助力感謝いたします法皇猊下、ノワールさん」
「「「……」」」
誰もが押し黙るしかない。
引退したとはいえ、教会の実質トップの言に元・同僚からの助言は肺すら握りつぶす圧力だ。
現にこの男、アダムを目の前にしては重鎮らは額に冷や汗か脂汗が滲んでいる。
「…よろしい。先ほどの法皇猊下のお言葉ですが、全て事実です。この…無残な姿になったソーモン君の作戦でノワールは命を落とし、私の逆鱗に触れました。その結果、ざっと2万?3万?が命を散らしました。正確な数は知りませんが生き残りは…両手で事足りるんじゃないでしょうか?」
「う、嘘を言うな!ノワールは生きているし高々200人程であの数を―――あ゛っ!!」
「我慢の出来ない子がいましたね。私は優しいので最初は警告です」
会議の間に置かれた巨大な円卓。
樹齢何千年にもなるだろう大木から切り出した一枚板は非常に頑丈で、20人で手を繋いでも回り切れない。
ボタッと何かが落ちて、次には血がポタポタと円卓に染みてゆく。
驚くべき事にアダムはその場から動く事なく、真向かいにいるノワゼットの耳を、耳だけを切り飛ばしたのだ。
「順番に話しているんだから我慢しろよ。"エクスヒール"」
「へ…?」
まるで逆再生のように落ちた右耳が、血が戻り、何事も無かったかのようにそこには右耳が存在した。
円卓の中に染み込んだ血液も戻ったのか、綺麗な木目が見えている。
「な…な…!」
「手間が少し省けたので治して差し上げましたが次は有りませんのでお静かに。ええと、御覧の通り私は、皆さんが言うところの信仰の力を使えます。それも最上級も問題無く使えます。これがノワールが生きている理由ですね。そして私の戦力の証言はノワールの証言もありますが…ソーモン君。話してください」
「は、はい…畏まりました…」
「ソーモン…何てこと…」
ソーモン直属の上司であるフシア大司教が哀れみで漏れ出た言葉くらいは寛容に見てあげたらしい。
最も、離れた者の耳だけ飛ばす技量、最低でも上級回復魔法を使える能力、ノワールの証言から既に疑う者は居ない。
「こ、このアダム…殿の力…は人の域に、ありません…。今の剣のみならず…攻撃魔法は…グリムゲルデ並かそれ、以上…です。」
「はい、ありがとう。実際披露しても良いのですが…この場を消し飛ばす訳にも行きませんのでね」
「それではアダム殿…先ほどの件、進めさせてもらっても構いませんか?」
「ええ、私とて無為な殺しは望みません。何よりも…手間ですからね」
剣ならずに魔法に関しても特色ランクの域にある。
人を殺す事に躊躇しない。
手間だから殺さない。
裏を返せば手間<殺意となれば容易に…という事だろう。
「アダム殿の口より、私の口から話した方が飲み込み易いでしょう…この場にいるアズゥー、イヴォワ、フシア、ノワゼットを大司教の座より今をもって解任する。ムタードゥとノワールは悲しいかな殉職…同様に枢機卿も…先ほど殉職を確認しました」
事実上、教会を取り仕切る…言わば社長、部長クラスが全て死亡・解任となる。
つまり教会の崩壊を意味した。
枢機卿は不参加、では無く消されたのだと面々も即座に理解した。
だが、それでも素直に認められるものではない。
「そ、それでは教会が終わりでは無いですか!」
「こんな暴挙、いかに法皇猊下のお言葉としても受け入れることなど出来ません」
「そうです。全てはそこのアダムとやらが原因では無いですか!」
「だまらっしゃい!!!!」
「「「…ッ!」」」
いつも穏やかであった法皇の顔が怒りに歪む。
皺で閉じていた目は開き、こめかみには若干の血管の浮き上がり…手はぷるぷると握りしめていた。
「教会が終わりだと、そう言ったのです。相手が邪教と、小勢と高を括り数万もの軍勢を用意して力による暴挙…私が何より嫌うものです。何故、その村の者らと会話が出来ないのです…何故、信ずるものが違うだけで邪教と括るのです…お前たちは権力と力を振るう事に溺れ、虎では無くキメラの尾を踏んだのです。この滅びは自らの不徳が招いたものと心得なさい…!」
涙を滲ませる法皇を前に、なす術無く。
奇しくもここに残ったのは好戦派か、好戦に賛成派だった者らだった。
中立派のムタードゥ、ノワールは事実上死亡となった。
「このような凝り固まった頭の腐った連中が率いるのであれば、教会など存在する価値は無いと私は考えます。故に教会を崩し、後処理が終われば私も神の元に向かうつもりです」
「猊下!」
「考え直して頂けませんか!」
「法皇猊下、私としても…あの村の保護者としても、そこまで考えて頂ける猊下に死んでほしくはございません」
「アダム殿…私に生きろ、と? 生き恥を晒せとおっしゃいますか?」
「生きる事の何が恥でしょうか。死んで責任を取るなど安易な逃げではありませんか。本当に教会の事を憂うなら膿を排除し、立て直す事こそが本当の償いではないでしょうか」
「………ははは、老骨に鞭を打つなどアダム殿は酷いお方だ…」
「そうです。私は自分のやりたいようにやるのです。本音を言えば、統率者を失った集団ほど暴徒になりかねませんからね。その点で求心力ならば破門されたその辺の元大司教とは比べ物にならない程だと思っています」
「…そうですな…もとより迷える子羊を導くのが神に仕える者の使命。また1から始めるのも面白いでしょうな」
「ご理解、感謝いたします」
数日後、法皇の署名が記された書簡が各国に回った。
その内容は今回の邪教討伐に関して、教会を取り仕切るべき枢機卿、以下大司教5名の誤った判断での暴挙とその結果。
法皇の名の元に枢機卿、大司教5名を破門としたこと。
残った2名の大司教も殉職したこと…主だった上役が全て消えた事、各地の教会の信仰の自由化などなど今まで積み上げたものを崩す旨が記されていた。
法皇自身も自らを司教まで降格させ、一信徒として出直す事が何よりの衝撃であった。
図らずとも邪教討伐の失敗についてはオースからの噂話が流れており、法皇の書簡がそれを真実とした。
セント・チャリストス教会は神の怒りに触れた…と瞬く間に流れ、200万人を超えていたとされる信徒は蜘蛛の子を散らすように教会を離れ、信仰を止め、世には多種多様な信仰が芽生え始めた。
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何年後か、喫茶店にて。
「で、今は何をしてるんだ?」
「宗教、査察官」
「へー…具体的にどんな事?」
「生贄、権力…癒着…詐欺…そんなの、捕まえ、てる」
「非人道的なのとか犯罪を取り締まってる訳か。そりゃ信仰の力が見えるノワール…今はブランか、君にしか出来ないな」
「んふふ」
ノワールは組織に属するという事をせず、自らの能力を生かすために出来る事は?と模索した結果、そこに行きついたらしい。
元法皇の元で新たに立て直しをするのも良いのでは、と言ったが「大司教のノワールは死んだ」と頑として譲らなかった。
それでも元法皇のお墨付きといくつかの国の援助を受け、国の範疇を越えた宗教査察官となった。
もちろん、世界初(多分)。
名をブランへと変えたが、当然ながら以前のノワールを知っている者は多い。
彼らからは畏怖を込めて色々な呼び名が付けられた。
"不死者ノワール"
"異端審問官"
"モノクロの鬼"etc…
元気にやっているのならそれは良い、非常に良い事だ。
私はコーヒーを啜るのだった。
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是非是非、よろしくお願い申し上げます。