蛇狩り (2/2)
森を駆ける。
ひたすらに。
「ハァ…!ハァ…!ハァ……!」
どれだけ走っただろうか、司祭となり司教になり…書類仕事が増えるにつれて体を動かす機会はとんと減った。
そんな中、久々に全力で、無我夢中で走ったことで心臓がバクバクと早鐘を打っている。
木にもたれかかり天を仰ぐ。
青空は見えず、青々とした木々の葉が見えるばかりだ。
「ハァ…化け物の……想定すら、甘かった…ハァ…とでもいうのか…」
純白と同格の戦力をぶつけても数分と稼げず、それこそ脱兎のごとく逃げるしかなかった。
フードで顔を隠し、服装も助祭の物に着替えたのに奴は追って来た。
同じ恰好の者が5人…それぞれ別方向に逃げたのに…だ。
そしてそれは今も継続中である。
バキバキバキ…ドドン…バキバキ…ズズン…
道中の木を切り倒しながらこちらへ、確実に近づいている。
方向を変えても、途中で立ち止まっても、あえて引き返してみても…結果は変わらなかった。
自分は常に狩る側、追う側だった。
追われるにしても策ありきの計画的な逃亡だけだ。
こんな何も計画も対策も無い、這って逃げるような事はただの一度だって無かった。
「この…体力では…いずれ時間の問題…なら交渉? 切れる手札は…」
教会ではそれなりの地位にいるし、今回の討伐軍が『成功』すれば次期の大司教も夢では無かった。
その道も今や閉ざされ、無事に逃げ帰っても維持が精いっぱいだろう。
「…金…女…いや、邪教とはいえ、率いる者がそんなので釣れたら苦労しませんね…追い付かれる前に――」
「鬼ごっこは飽きた」
木の倒れる音はいつの間にかせず、誰の声か?と顔を上げると変わった全身鎧の、血にまみれたアダムなる化け物が立っていた。
私は、子供の頃…それもかなり幼少期から久しくして居なかったおもらしをした。
股間に広がる温い不快感より、見つかった事による激しい動悸よりもカタカタとなる歯が五月蠅かったと記憶していた。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
「鬼ごっこは飽きた」
木の根元にうずくまるフードの男…およそ1時間に及ぶ逃避のお陰かかなり憔悴しているようだ。
自分が狙われて追われているという事を理解しているのか、見つかった途端に…あらら、漏らしちゃった。
わざと倒さなくてもいい木を倒して煽っていたのもあるがな。
「ソーモン、だな?」
「…ご名答。よく私が本物だと分かりましたね」
案外潔い。
聞いていた話から頭脳系の奴という想定は間違っていなかった。
「見た目だけ変えても素性は変えられん」
「…貴方は何者ですか?」
「肩書は…管理者、御使い、虹…まぁ、いろいろあるが、今はお前の敵で充分だろう?」
「虹…やはり貴方は虹のアダムですか…!教会へのいいお土産が出来たわけですが…私はどうなるんですか? ここで最後を迎えるんでしょうか? それとも教会に身代金でも請求しますか?」
やっぱり特色の名前は広まっているしアダムの名も偶然にしては出来過ぎたか。
どこかで引退か使い分けか…何かしら考えないといけないかも。
「金は要らん。個人的には殺してやりたい。でもそれはみんなの為に取って置こうと思うんだ。だからと言って逃げられても困るから手足ぐらいは貰うけど」
「みんなの為? こ、ここまで追い詰められたら今更逃げませんよ!?」
「…俺だってさ、このぐらいしておかないとつい殺しちゃうかもしれないだろ?」
にっこり笑って肘と膝で手足を切り飛ばした。
失血死されても困るのでポーションも忘れない。
「がぁぁぁぁぁ!? 痛い痛い!!」
ちょっとだけスッとした。
これで這う事は出来ても逃げるのはまず無理だろう。
首輪もプレゼントして、こいつらの陣地に置いてきたあの2名と一緒に持ち帰らないとな。
『ハチ、そっちはどうだ?』
『ぬ?主か。めぼしい所はあらかた排除したが…やはりダメだな』
『何が? 取り逃がしでもしたか?』
『いやなに…本来の姿で暴れるとな…すぐに終わってしまうのだ』
『…あっそ。んじゃ、人型に戻って村人を安心させてやってくれ』
『承知したぞ』
分かっていた事だがハチだけでも戦力として事足りた。
それに加えて同格のシロに俺に…と人数が多いにしてもアリの巣1個にゾウが3匹とはやりすぎ感が半端ない。
『シロー、聞こえるか?』
『ご主人、どうした?』
『状況を聞いておこうと思ってな』
『おう! 今は村から結構離れててな、3つめの集団を潰したぞ!』
『よしよし。グレイにも伝えて欲しいんだが、敵の頭は捕まえたから後はテキトーでいいぞ。好きに遊べ』
『やったぁ!』
と連絡はこれで良し。
鎖を引っ張り、3人をズルズルと引きずって村へ向かう。
「じゃ、村に向かおうか」
「たす…助けて下さい!何でもしますから!」
「…う…」
「……」
最初に捕まえた不届き者2名は観念したのか茫然自失な感じで軽く呻きが聞こえるぐらい。
新鮮なソーモンはまだまだ活きが良い。
「何でも?」
「はい!何でも、何でも致します!!」
「じゃぁ村のみんなの為に死んでね♪」
「え…」
まだ交渉できるとでも思っていたのだろうか。
死刑囚ならぬ絞められる前の子羊と言った所かな。
「何だよ!糞が!俺が何をしたって言うんだ!殺せよ!さっさと殺せぇ!!」
「おう、喚け喚け。ちなみに舌を噛んで死んでも良いぞ。すぐに生き返らせてやるからなー」
俺はこの怒りに身を任せ、この時ばかりはいくらでも悪魔にでも、鬼でも人でなしにでもなってやろう。
この状況はきっと俺が蒔いた種だ。
刈り取る責任ぐらい追わないで何が管理者だ。
所変わって惨劇、主に教会側の…舞台となったアダム村。
背中をズリズリしながら引っ張ってきたら地味に時間が経ってしまった。
「アダム様!」
ゴートとキルト、ビルドにミルレートが跪く。
顔役らは見守るのみだ。
「みな、よく村の為に奮闘してくれた。感謝する」
「勿体なきお言葉です」
「…義務を果たしたまで」
「……労いには酒なんかあると嬉しいのう」
「疲れましたよ~」
怒りで占められていた心に少しだけ余裕が生まれるようだった。
ふぅ…と無意識に吐息が漏れてしまう。
「アダム様…窮地へのご助力感謝いたします」
「村長、むしろ私が謝らねばならんだろう。これらは私が動いた結果だろう、であれば…私の不徳だ。すまない」
謝れるときに謝るのが一番難しい。
意地を張っていたり、意固地だったり…ちっぽけなプライドだったり。
皆の無事が分かった事で私も少し余裕が出来たのか自然と言葉が出て来た。
「そんな、頭を上げてください!仮にそうだとしてもアダム様た助けに来てくださいました。それにみんなが無事………あ!」
「そうだ!教会に居た人たちは!?」
「あ…」
管理者の間に置きっぱなしだった。
でも、これから行われる事を思えば女性や子供はいない方が良いかもしれない。
と、その前に…。
「教会に居た女性と子供たちは無事です。誰も手だし出来ない所で待っています。後で迎えに行きますのでご安心を」
捉えようによっては「天国に居れば手出しできないだろ?」と取られかねないが、そこは信用して貰えたようだ。
そしてまずやって置けなければならない事があるが…適任は…。
「キルト、それとオーバさんお願いがあります」
文字通り、彼女の身を清めなければならないだろう?
これで大きい山が一つ踏破できました。