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宗教戦争 後半戦

 慣れない雪の森、山の行軍を想像を超えるものだった。

 南部とは違う寒さに皆が疲弊し、足を鈍らせた。

 モンスターの散発的な襲撃もあり、想定以上に負傷者が出た事と、凍傷で指、耳、足先などを失う者が出始めたが止まる訳にも行かない。

 こういう時に指揮官という立場は辛い。

 私の回復魔法を使うにも回数にも限度があり、全ての者は癒せない。

 だからどうしようもない者へは『薬』を処方させた。


「……歯がゆい」


「…ノワール様、どうかなされましたか?」


「…別に、何でも、ない」


「…失礼致しました」


 副官は有能ではあるが、好きなタイプではない。

 つい先ほども回復の見込みの無い重傷者に『薬』を処方させて回ったが、眉一つ動かさずにいたのは流石の私も引いた。

 むしろ柔らかな微笑みで甲斐甲斐しく飲ませる様子は理想の聖職者そのものか。

 教会には性格破綻者しかいないのか?

 自分の利己主義とどちらがマシかな、と考えるがそんなことで頭を悩ませるだけ無駄だと理解して止めた。






 『薬』の処方により荷物が減ったことで行軍速度が上がり予定より2日ほどの遅れで先発隊に追いついた。

 目に飛び込んできたのは異常が異常と認識出来ないような光景だった。


 並べられない程の重傷者の数。

 横に積まれた遺体と人体だったもの。

 幾度か戦場に駆り出されたり、冒険者として災害救助を頼まれたこともある。

 これほど酷い、形容できない現場は初めてだった。


「ここの、現在の、指揮官、呼んで」


「ハッ」


 久々に喉にこみ上げるものを感じながら自らの陣営に指示を出す。

 ただ戦うだけで済むような戦場ではない、と私はひそかに気を入れなおした。






「アズゥー大司教配下、ホンブルでございます」

「フシア大司教配下、ソーモンと申します。以後お見知りおきを」

「イヴォワ大司教配下、モーヴ…です」


 ここに派遣されるということは実質的に次期の大司教候補であるが、現時点で配下まで覚えるのは面倒だ。

 どうせ副官が把握しているだろうし、私は立場的にトップだが、指揮を執るつもりは無い。

 きっと明日の朝には最前線に立っているだろうし。


「…この惨状、説明を」


「では代理指揮官を務めておりましたソーモンから報告させて頂きます。初日から始めてもよろしいでしょうか?」


「…」(コクリ)


 直観的にこの優男も私の副官と同じ人種だ、と感じた。

 …この際だ。

 性格的に破綻していても指揮能力に問題が無ければ代理指揮官を続けさせても良いだろう。


「ではホンブル司教率いる先発隊が到着した所から…まずは様子見と当たって被害は100名ほどの負傷者。かろうじて死者は片手で済む程度です。2日目は目的を変え、情報収集を目的にさら一当たり…これは被害甚大となり、先発隊の半数である500名を取られました。…ホンブル司教、修正箇所はございますか?」


「…我が隊は道中にて30名程の死者、行方不明者を出している。正確には半数ではない」


「誤差、ですね。他に無ければ次へ進みます」


「…進めて」


「畏まりました。その後は私共の部隊が合流し、ホンブル司教の持っていた情報との擦り合わせと検証に少々の時間を費やしました。また並行して村への裏口製作も実行しております。少々人的損失が嵩みましたが、後発隊が加わった以上、侵攻に問題は無いと思われます」


 やはり、私が感じた感覚は正しかった。

 見える範囲だけでも異常と思える遺体の数だが、これはあくまでも回収出来たものというのは想像に難くない。

 現実はもっと、想像以上に異常である、と。


「…この死者、が少々? 把握、している、死者数、は?」


「ただいま集計中ですのでもう少しお待ちいただければ正確な数を――」


「…昨晩まで、で5000名を数えております。無論、道中と『薬』の使用者も含めて…です」


 口を噤んでいたモーヴ司教が口を開いた。

 アダムに関する村一つに5000名もの命がつぎ込まれた事も驚きだが、何よりも都合の悪い数字を隠そうとしたこの糸目の男が心底、信用に値しないと私の中で結論が出た。

 手前味噌でも自分の副官に任せ、その補佐ぐらいに留めておこう。


「…そう、そんなに…。」


「ですがっ! その損失に見合う準備は既に出来ております! 後はあの――」


「…あの、何?」


「…あのデカブツを抑えられる、大司教様の力さえあれば…と」


 まだコイツは情報を隠していた。

 小出しにしていたのかもしれないが、危機的状態にあると。

 そして私が対応しなければならないレベルの者がいると。

 つまりは私が到着するのを前提で、こいつら…もしかしするとコイツだけかもしれないが、私が戦う理由の為に犠牲を強いた可能性さえ考えられる。

 ため息が出る。


「…分かった。詳細な、作戦、説明を。但し、指揮権は、私の、副官に、持たせる。貴方はその、補佐」


「……承知致しました」


「そっちの…ホン…」


「…ホンブル司教とモーヴ司教です」


「コホン…ホンブルと、モーヴは、その、糸目の、作戦案に、準じて、動け」


「「「ハッ!」」」

「…委細、承知致しました」


 微かに聞こえた歯ぎしりの音は恐らくあの糸目。

 権力争いに興味は無いが、あのタイプは潰しておかないと組織の腫瘍になりかねない。

 正確な報告の為に犠牲者数は常に報告させよう。





 私はここ数年、装着すらしなかった『純白』の専用装備を纏った。

 過去、持ち出しはしたが装備するほどの強敵に出会わなかったからだ。

 しかしこの度は何もかにもが違う。

 敵対すべき本当の相手が控えている以上、問題のデカブツとやらで踏みとどまる訳にも行かないのだ。


「ノワール様のそのお姿、初めて拝見いたしました。まさに純白…美しゅうございます」


「…性能、が全て。外見は、どうでも、いい」


「そう申されますな。この鎧を戦場で見る事は味方にとって必勝と同義です。敬虔な信者であれば猶更かと」


「無駄死に、は避ける。私が、出たら、部隊を、下げろ。一騎討で強者を、狩る」


「向こうが乗ってくれますでしょうか…」


「私が、負ける、どっちに、しても個人、では勝て、ない。それに…」


「…それに?」


「…何でも、無い」


 アダムが本当に出てくれば、私など相手にもならないだろう。

 その事実は私以外にはほぼ知らない。

 引きこもっている大司教連中も半信半疑と言った所か。

 本当にこの局面に関しては…


「神のみ、ぞ知る…か」








― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 







 攻めては殺され、地面は度重なる冷えで堅く凍っている。

 踏みしめるとパキ、パキと霜を砕く音が感じられた。

 これは単純な水分でなく流れた血も含まれているのだろう、砕けた霜も水溜まりも赤い。

 向かい合うのは亜人が2名、人種が3名と人形?が1体。

 例のデカブツとやらの姿は無い。


「…名乗り、頼む」


「ハッ……ここに居られるはセント・チャリストス教会、六翼大司教の一人であり、特色クラスの冒険者としても名を馳せる…『純白』のノワール様であります。我らが大司教様は汝らの奮戦に敬意を表し、一騎討を望まれている!」


「はっ…今更都合が良すぎるぜ」


「とか言って、また後ろから襲うんだろ?」


 筋肉質な男と年配の女性が口を開いた。

 昨日までの戦術を見ればそう思われるのも仕方ない。


「おほん! 大司教の名の元に一騎討ちを行う。そちらが勝てばこちらは兵を引く事を約束しよう。こちらが勝てばこれ以上の抵抗無く投降して貰いたい」


「…これ以上、死人、無駄」


「それはこちらも同じことだ!だが、そちらが約束を守るという保証がどこにある!?」


「…信じて、としか、言えない。どちらに、せよ、アダムに、この事が、伝われば、こちらも、無事では、済まない」


「貴女は…アダム様に逢ったことが?」


「同じ、特色クラス。知り合い、程度には…」


 黒い…猫?の亜人は見た目は傭兵っぽいがこのメンバーの中ではかなり冷静な振る舞いだ。

 信じてもらうには私の首を預けるくらいで無いと足らない、それでは本末転倒だし、副官の首では「切るだろう」と言われたらおしまいだ。

 多少不利になろうとも信用されるものを出せねばならない局面だが、あの亜人2名は恐らく同格と思える。

 こちらが譲歩した段階でこちらの負けが決まるのは避けたい。


「であれば…約束を破ったことによる報復で殺されるのも覚悟の上と…」


「…」(コクリ)


「…村の命運を分ける選択肢になる。俺たちでは判断しかねる。よって2時間後にまたここで回答したいと思うがよろしいか」


「問題、ない」


「一時撤退!小休止に入るぞ」


「こちらも見張りだけ残して引くぞ」


 少なくとも検討する価値あり、として持ち帰ってくれたのは成功だった。

 あの糸目は私とアダムの関係、そして村とアダムの関係も考慮の上で一騎打ちを用立てたのではないか?

 そう思うと尚、人を駒としてしか見ていない感性だけが悔やまれる。





 2時間後に現れたのは先ほどと同じ顔触れだった。

 顔つきを見るに答えを聞くまでも無さそうだ。


「では、回答をお聞かせ願おう!」


「大司教殿の申し出…一騎打ちを受ける。ただしいくつかの条件を付けさせて頂きたい!」


 答えるのは黒猫っぽいさっきの人だ。

 チラッと副官が視線を寄こすがそれぐらいは当然の権利と許可する。

 もとよりこのまま攻勢を繰り返せば…私が参加したとてこの先も数千…下手をすれば本当に全滅までの可能性すらある。

 教会の幹部としても、何より一個人としても無駄死には無い方が良い。


「こちらが付ける条件は三つ。一つは公平を期すために審判は双方より一人ずつ選出する。二つ、戦意喪失か気絶を持って決着とし、誤って命を絶った場合は殺した方を負けとする。三つ、この取り決めと先の撤退とこれ以上の戦闘不可に関する約束をスクロールに刻み、大司教殿とこちらの村長に調印して頂く…この三つだ」


 一つ目、これは別に構わない。

 二つ目、少々危険ではあるが、私が相対する以上は即死程度ならば回復魔法でギリギリなんとか出来る。

 三つ目…課されるペナルティ次第だが、それは相手も同じで、いざとなれば解呪で何とか出来る抜け道もある。


「先に言っておくとこのスクロールはアダム様の手によって作られたものだ。生半可な解呪で反故に出来ると思うなよ」


 …出鼻をくじかれたが問題は無い。

 約束を破らねば良いだけの話だ。


「…私、に、異論、無い」


「畏まりました。調印には私も参加させて頂きます」


「うん」


「その要件を全て飲もう!」


 既に数は失われたが、1万VS200の行方を決める一騎打ちの調印に今、両名のサインが並び、約束を破った者へはアダムの名の元に確実な、逃れられぬ死が約束された。


人数管理やばい。

感覚で…

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